騎士ですが正直任務は放棄したいです

ななこ

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序章

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 借りた部屋で仮眠をとっていたサラたちは、テリーに呼ばれて町外れの祭壇に来ていた。

 森の近くの薄気味悪い場所だったが、更にそれを助長するかのような祭壇のいで立ちに、サラたちは少々引いた。

 魔除けか何かのお面がびっしり付けられており、辺りには松明が轟々と焚かれ、変な音楽までもが流れていたのだ。

 き、気持ち悪いな……。

 というか、演奏している老人の血色が悪いのは気のせいだろうか。

「では、ウィルソンさん、こちらの祭壇に」

 テリーに促されるように、ウィルソンは祭壇の上に上がった。

祭壇の上には十字の形をした張り付け台が仕立てられており、そこにウィルソンはしぶしぶというようにくくられてゆく。

「サラちゃん! 絶対に助けてよ!」

 そう叫びながら。

「なあ、サラ。これではヒロインとヒーローが逆じゃないか?」

 そばにいたアルグランドが、泣きそうになるウィルソンを眺めながらサラにぼそっと問いかける。

「……そんなの、どっちでもいい。重要なのは吸血鬼を捉えられるかどうかだ」

「サラさん、あまりウィルソンをいじめないでくださいね」

 ウィルソンのそばにいたら不自然なので、今リプニーチェはサラの近くを浮遊していた。

「いじめてはいないから、安心しろ」

「本当ですか……? それなら安心です」

「リプ、騙されてる! 俺、いじめられてるよ! これ、絶対にいじめられてるから!」

 リプニーチェに助けを求めているが、彼女は「大丈夫ですよ、ウィルソン。あなたはいじめられていませんよ」とおっとりほほ笑んでいるだけ。

 そういえば、いじめないで、と言っておきながらリプニーチェはウィルソンが囮になることについては抗議しなかった。

 そして今の状況に対してもあまり触れていない。

 リプニーチェはウィルソンよりも肝が据わっているのか。

 それともウィルソンの状態について特に何も思わないのか。

 そう考えると、ある意味私よりも精霊からいじめられているのでは……?

 そう思うと、少しだけウィルソンが不憫に思えた。

「おい、ウィル」

「な、何?」

「絶対に死なせなから、安心しろ」

「えっ」

 少しだけ頬を染めて、ウィルソンは顔を背けた。

「やだ、なんか恥ずかしい……!」

 乙女みたいなセリフを吐き出したウィルソンは無視。

 サラはそそくさと身を潜めにいく。

「え!? 無視!? そこ無視しちゃうの!? 俺、めっちゃ恥ずかしくない!? ねえ、サラちゃんってば!」

「やっぱり逆だな……。そもそもヒロインやヒーローが言うセリフじゃないぞ。サラはもっとおしとやかに……ならないな」

「まあ、いいじゃないですか。サラさんはかっこいい系ヒロインで」

「まあ、それはそれで悪くはない。でも、リプニーチェ。ウィルはヒーローにはなれないぞ。度胸が無さ過ぎる」

「それは私も同じこと思っていました。でもそこがいいんじゃないですか」

 ふふふ、と笑うリプニーチェに、困った表情を浮かべるアルグランド。

 それぞれ自身の主に思うところがあるらしい。

 心底どうでもいい精霊たちの会話を聞きながら、サラは緊張した面持ちで吸血鬼を待っていた。

 すると轟々と燃えていた松明が風に吹かれたように、同方向に揺れる。

 空気が張り詰めた――と思った瞬間、張り付け台の上に一人の姿が。

 今朝見たロングコートの人物。

 現れた。奴だ。

 サラが駆けだした瞬間。

「おっと。先にはいかせませぬぞ?」

 ぬっと目の前に現れたのはテリーだった。

「おい、そこをどけ!」

 サラがテリーを躱してウィルソンの方へ行こうとするも、再び前を塞がれる。

 何なんだ? 一体……?

「吸血鬼を仕留めるのが、一番だろう!?」

「ふふふ……。だから駄目だと言っているのじゃあああ……!」

 いきなり彼の姿が歪み始めて、痛々しい骸骨の姿に変わった。小柄だった体は全長三メートルほどある巨大な体へと変貌を遂げる。

 そう、彼はスカルになってしまったのだ。

「なっ! 一体どうして!?」

 昼間はスカルの気配などまったくなかったし、普通の人間だった。なのになぜ。

 その場にいた他の老人たちは慌てふためき、逃げ惑っている。

「私が教えてあげようか?」

 どこかで聞いたことのある、笑いを含んだような声。

 そのおぞましい声に、背筋が凍った。

 この声は……!

「アル!」

 手に光る剣を、神経は研ぎ澄まされた刃のように鋭くする。

 背後にいるだろう声の主に、振り向きざまに剣を振るった。

「あはは! どこを狙っているんだい?」

 サラの攻撃はひょいっと躱されて、その人物はスカルの肩に乗った。

「君はあの方が入る体の人間によく似ているから、特別に私が教えてあげよう」

「あの方……?」

「ふふふ。私たちは特殊でね、スカルを人工的に生み出せるんだ。こうやってね?」

 ほら、とりあえずあいつを殺して、そう男に指示されたスカルが、逃げ遅れた老人に向かって拳を振り上げた。

「ひ、ひいいいっ!」

「やめろっ!」

 サラは老人とスカルの間に滑り込むように体をねじ込み、振り下ろされる拳を弾いた。

 ガツン、と重い音が響いた。

 弾くだけで、びりびりと腕が痺れる。一撃が相当重い証拠だ。何度も受けられる攻撃ではない。

「おい! 早く逃げろ!」

「は、はひっ!」

「邪魔しちゃ駄目でしょう? 君とは後でしっかり遊んであげるから……やれ」

 男はけらけら笑い、今度はサラに向かって攻撃するよう指示した。

 地面を抉りながら猛スピードで手が迫ってくる。

 避けるしかない!

 タイミングを見計らって避けたその時、反対側の手が急接近しているのに気が付かなかった。

 強い衝撃がサラの体を駆け巡った。

 打たれた体は目にもとまらぬ速さで地面に叩きつけられる。

「ぐはっ!」

「よし。邪魔者はいなくなったね。ふふふ。そこでよく見ていてよ、人工スカルはこうやって作るんだよ?」

「ひ、ひいっ!」

 怯える老人などお構いなしに、男はスカルに老人を殺せと指示を出す。

 無慈悲にも胸を一突きされた老人は声にならない悲鳴を上げた。

「内なる声に耳を傾けてごらん。さあ、スカルの誕生だ」

 邪悪な炎が老人を包み込み、無理やり憎悪を増幅させられる。

 耳を塞ぎたくなるような絶叫が響き渡り、めりめりめりと体が生まれ変わってゆく。

 その叫びが、痛みが、サラの胸を締め付ける。

「や、やめろ……!」

 バアアアアアン!!

 邪悪な炎から解き放たれたのは、テリーと同じような型ではなく、ハイエナの型をしたスカルだった。

 まがまがしい気がねっとりと放たれる。

「ふふふ。パーティはこれからだよ。もっと私を楽しませてくれよ?」

 そう笑って、パチンと指を鳴らした。

 けれど目の前のスカルたちは動かない。

 一体、何の合図だったんだ?

 直後、明白な答えにたどり着く。

 張り付け台の方からウィルソンの悲鳴が聞こえてきたのだ。

「しまった!」

 合図と同時に吸血鬼が動いたのだ。

 ウィルソンの紐を引きちぎる。ぐったりしているウィルソンを軽々と肩に担いで、吸血鬼は森の中へと消えて行ってしまった。

「ウィル!」

「おおっと、行かせないよ。君はスカルと私と遊ぶんだ。たんまりと私を悦ばせておくれ」

 そう言って駆け出すサラの目の前に、骸骨型とハイエナ型のスカルが立ちふさがった。

「くそっ!」

 今はちんたらやり合っている場合じゃない。

 早急にスカルを殲滅させなければならない。

 ウィルソンを救出しに行きたいが、今この場にいるスカルを倒しておかなければ、町の住民への被害が尋常ではない。

 人工的にスカルが生み出されるのであれば、住民が殺された後、彼らがスカルにされてしまうということにもなりかねない。

 それは避けたい。

 そして、この男。

 姉さんの手がかりとなる唯一の情報源だ。

 こいつから情報を聞き出しておきたい。

 ここでやられるわけにはいかないのだ。

 痛む体を動かし、サラはハイエナ型スカルに向かって剣を振るう。

 強烈な一撃が入り、そこから眩しい光が放射状に放たれる。スカルはその光により内側から消滅した。

 微かに聞こえた「ありがとう」という声で、サラは気が付いた。

 スカルになることも、スカルでいることも、きっと辛く苦しいのだということを。

 ただ倒すのではなく、苦しみから解放させることが大切なのだということを。

 マントと髪の毛が風で揺れる。

 剣を握る手に力を込めた。

 許さない。

 人間の命を弄ぶような真似をするこいつは絶対に許さない。

「おおっと、それぐらいのスカルじゃあ、君は楽勝か~」

 愉快そうに笑う男。

 その様子からだと罪悪感など微塵もない。

 剣についた体液を地面に払い、サラは睨み上げた。

「かかって来な。私がその身を切り刻んでやる」
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