騎士ですが正直任務は放棄したいです

ななこ

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序章

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「で? なんであんたがここにいるんだ?」

 目の前で朝食のパンをむしゃむしゃ食べているウィルソンに、サラは自身も朝食を食べながら問う。

 昨日モントレイルから移動してきたサラたちは、西の森を抜けた先にある街を目指していた。けれど日が暮れてきたので、森に入る手前でこの宿屋を見つけ一晩を過ごしたのだ。

「ふえ? はらひゃん、ひいへひゃいほ?」

「は? 何を言ってんのか全くわからないぞ。それに食べながらしゃべるな。汚い」

「その状態の時に聞いたサラもサラだが、しゃべろうとするウィルもウィルだな。まずは口の中の物を飲み込みなさい」

 サラとアルグランド双方に言われ、ウィルソンは慌てて飲み込む。

 ウィルソンの精霊であるマンタのリプニーチェは申し訳なさそうにウィルソンのそばを浮遊していた。

「……ごっくん。えーっと、サラちゃんは聞いてないの?」

「何を」

「任務」

「は? 任務?」

「あっれー? おかしいな! 俺がここに着く頃には連絡入れるって言ってたのにな」

 するとサラの団服に付けていたアクセサリー型の無線が鳴った。

『おーい、サラ、聞こえるか?』

 低めの声の主は特務長――フレデリックのものだった。

 特別任務を指示する特務長からの任務は、過去の経験上面倒くさいものが多い。まさか脱退してからも任務が回ってくるとは。人手が足りてないのか?

 サラはフレデリックからの任務だと分かると、あからさまにげんなりとした。

「……聞こえてる」

『もうすぐしたらそっちにウィルが行くぞ』

「……もう来てる」

「フレデリックさん! おはようございます! 俺はもうサラちゃんのところにつきましたー!」

 なぜかサラの無線で挨拶をしたウィルソンに、フレデリックは『朝から元気だな』と笑った。

「ホントにな。朝から元気すぎてうるさいよ。こっちは睡眠不足だ」

『まあ、いいじゃないか』

「よくない」

 サラがふわあ、とあくびを一つしていれば、フレデリックが『早速だが本題に入るぞ』と無線を鳴らした要件を告げ始める。

『今東都市にいるだろう?』

「ああ……」

 騎士が今どこにいるのか把握するため、この無線にはGPSが内蔵されている。そうしなければ的確に指示が出せないというのがあるからだ。

『二人には森を抜けた先にあるトンガっていう街に行ってほしい。そこでどうやら吸血鬼が出るらしいんだ』

「は? 吸血鬼?? いるわけないだろ、そんな伝説上の生き物」

 サラが「なんだよ、吸血鬼って」と眉間に皴を寄せていたら、目の前にいたウィルソンが「何言ってるの!」と口を尖らせる。

「精霊がいるんだから、吸血鬼がいてもおかしくないでしょ!」

「は、はあ……?」

 何言ってんだ、こいつ……。

「会ってみたいと思わない? ついでに友達になったりして!」

「は、はあ……?」

『うーん、それは難しいだろうな。なんせ、街で人が襲われているらしい。それに、死人も出ているから、もしかしたらこの件はスカルが絡んでいるかもしれない。よろしく頼んだ』

 ぷつ、と通信が切れる。

 ……おいおい面倒くさいな、スカルじゃなくて吸血鬼退治か?

 そう思っていれば。

「え、そ、そんな……」とウィルソンが尋常じゃない程震え始めた。先ほどまで吸血鬼に会いたがっていなかったか?

「ひ、人を襲うなんて……ききき、聞いてないよ」

「はあ? 任務内容聞いてなかったのか?」

「うん」

「即答かよ!」

 するとウィルソンのそばを浮遊していたリプニーチェが申し訳なさそうにこちらに頭を下げた。

「ウィルソンは幽霊とか、怖いものが苦手なんです……」

「はあ!? じゃあ、なんでこの任務を受けたんだよ!」

「任務内容知らなかったし、吸血鬼と友達になれるチャンスだと思ったから……?」

「は、はあ……?」

 だめだ。アホすぎる……。頭が痛い。

「……じゃあ、ここは私だけで行ってくるから、あんたはここに残るか、帰るかしていいぞ」

「はあ!? やだよ! いいいいい行くよ! ぜぜぜ、絶対に友達になってやるぞー!」

 真っ青になっても「行く」と言い張るウィルソンに、サラはお荷物確定だな、とため息をつき呆れていた矢先。

 下の階から悲鳴のような甲高い声が聞こえて来た。

「アル、行くぞ!」

 サラはアルグランドを連れて部屋から飛び出す。

「ひ、ひええええっ! サラちゃん待ってよー!」

 その後ろをへっぴり腰でウィルソンも付いて行った。


 ✯✯✯


 階段を降りてみてみれば、宿屋の従業員が倒れているではないか。

「おい、大丈夫か?」

 体を揺すっても反応がない。

 従業員の顔からは血の気が引いており、真っ青だ。

 呼吸と脈を調べるも、どちらもない。

 ――死んでいる。

 数名同じように倒れているが、目立った外傷などないのが不思議だった。

 どうしてこの状態でみんな倒れているんだ?

 その周辺には割れたガラスの破片。

 窓が割れているのか……? 何かが入ってきたのか……? 一体何に襲われた?

 視線を窓の方へ向ければ、窓枠に誰かが立ってこちらを眺めているではないか。

 品定めをするような、視線。

 何かを求めているような、視線。

 深い色の瞳が、サラとウィルソンを一瞥する。

 深くまでフードを被っているため、誰かはわからない。

 性別も不明。

 ロングコートを翻して、その者は軽やかに飛んで逃げた。身のこなしから身体能力が高く、並みの人間でないことは確かだった。

「おいっ! 待てっ!」

 サラは民宿から出て追うも、もはやその人物が一体どこへ行ったのかわからない。

 じっくりと辺りを見渡しても何の気配も感じない。

 ただそこにあるのは、風に吹かれてさわさわと胸騒ぎを助長する木々だけ。

 一旦戻ろう。

 何だ、あれが吸血鬼なのか? それともスカル、か?

 わからない。

 民宿に戻れば、「サラちゃん! 大変だよ!」と真っ青な顔をしてウィルソンが、倒れている人の首筋を指さした。

「こ、これ見てよ……!」

「……この跡は」

 首筋には歯型がくっきりと残っていた。しかもそこから出血している。

「まさか、先ほどの奴は吸血鬼だったのか? 血を吸って人間を殺すってことか?」

「お、俺……むむむむ無理……」

 ウィルソンはこの現状を目の当たりにして、ガタガタガタガタと尋常にないほど震え始める。

 アルグランドとサラは「こいつは使い物にならないな」とため息をついたが、リプニーチェは再び申し訳なさそうにウィルソンのそばに寄り添った。

「大丈夫です、ウィルソン」

「リ、リプ……」

 恐怖に震えるウィルソンと、それを宥めようとする精霊を交互に見遣り、サラは「大丈夫じゃないぞ」とため息をついた。

「ど、どうして?」

「ここはもう安全じゃないってことだ。先ほどの奴に私たちは見られている。もしかしたらもう一度ここにやってくるかもしれない。そしたらここに一人だけ置いていってしまうと、あんたは襲われるかもしれない」

「ひっ!」

「まあ、でも先ほどの吸血鬼がここにもう一度来るかははっきりとはわからないし、もしかしたら来ないかもしれない」

 そう言うとあからさまにウィルソンはほっとする。

「あいつが吸血鬼なのかスカルなのかは不明だが、人を襲っているのなら、早々に始末しないといけない。だから、ここで待つよりも情報収集も兼ねて、トンガに行った方がいい。奴がどこを拠点として行動しているのかわかるかもしれないし……まあ、任務もそうだが、姉さんの手がかりも探したいし、私はトンガへ行く」

 そこで一旦区切ると、サラはウィルソンに指を指す。

「だからあんたの選択肢は二つ。本部に帰るか、一緒に行動するか、だ」

「お、俺、いいいい行くもん! やややややっぱ帰る!」

「どっちだよ」

 サラの苛立った顔を見て、ウィルソンは硬直した。

 そしてたっぷりと数十秒。

「……行きます」

 ウィルソンの表情がごっそり消えた。


 ✯✯✯


 うっそうとした森を抜けて、トンガという街にたどり着いた。

 古い町並みが特徴的で、落ち着く雰囲気のある街だ。一度も来たことがない人でも懐かしいと感じてしまうだろう。

 けれど、そんな街の雰囲気を不思議なものへと変えているものが置かれている。

 明るいのに、なぜか松明が焚かれているのだ。

 しかも異様に多い。

「なんだ? 今日は祭りか?」

 サラたちが街にたどり着いた瞬間、街を歩いていた人たちが、一斉にこちらを振り向いた。そしてウィルソンを見るや否や。

「男じゃああああああ――――!」

 そう叫び、いきなりこちらへ向かって走ってきた。

 そして手には縄、縄、縄。

「な、何、何、何……!?」

 ウィルソンが真っ青な顔をしていれば、住民たちが襲い掛かる。しかもほとんどが年老いた男ばかりだ。

「生贄じゃ! 生贄を捧げろ―――ッ!」

「若い男の生贄じゃあああああああ!」

「ひえええええええっ!! や、やめてええええええっ!」

 あっという間に住民たちの手によって、ウィルソンは拘束されてしまった。

「これで生贄を確保じゃ!」

「これで儂らも安心じゃ!」

 口々にそう言う老人たちに、呆気に取られていたサラは思い出したように「おい」と声をかける。

「な、何じゃ!」

「わ、若い女がおるぞ! こいつは吸血鬼かっ!?」

「儂らを殺す気か!?」

「と、捉えろおお……!」

「は、はあ……!? 私は吸血鬼じゃない!」

 わけのわからないことを口々にそう言う老人。けれど彼らは聞く耳を持たない。

 箒や農具をそれぞれ手に取り、襲いかかってきた。

 みな、目がイッている。

 人間を人間と認識していない。

「ちょ、ちょっと待て……!」

 慌てふためいているサラに一人の老人が「待て!」と一喝する。どうやらこの老人たちのリーダー的な存在らしい。

「その人は……」

 ゆっくりとこちらへ人をかき分けてやってくる、厳かな服に身を包んでいる老人の雰囲気はまるで魔術師。

 老人に囲まれたサラたち。

 そして中心には魔術師の格好をした老人。

 かなり異様な光景だった。

 そして魔術師はサラと縄で拘束されたウィルソン、そして精霊たちを眺めてゆく。

 鋭い眼光で威嚇されるかのような視線に、サラたちは少しだけ身構えた。

 相手は人間だ。攻撃されたとしてもどうとでもなるが、あまり傷つけたくはない。さあ、どう出る……?

 緊張がピークに達した瞬間。

 魔術師がカッと目を見開いた。

「ただの人間じゃ!」
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