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レトナックス公爵

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 さて、あっという間に試験の日が来てしまった。
 まぁ、僕はいつも通り試験を受けたし、皆もそうだったと思う。変わったことといえば、その試験の前の日に問題を起こした面々が学院に帰ってきたことだ。だけど、王子も試験のことで頭がいっぱいだったのか、特に問題もおこさずアイラ嬢の方も貴族の子息と一緒にいる姿はみたけど、前のようにはしゃいだようすはなかった。まぁ、きっと親から試験は落ちないよう釘をさされているだろうし、しばらくはおとなしくしてるように言われてたんだろう、その日は久しぶりの平穏だった。

 だけどね、やっぱりあの人たちの我慢は一週間と持たなかったよ。
 試験期間が終わればあっという間にいつものようにアイラ嬢の周りにはイリュージュ王子やカルガス様といった貴族の子息が周りを囲み、他の生徒たちのあきれたような冷たいような視線にはものともせず、彼等だけの空間を作り出していた。僕も生徒会のたまっていた仕事をぼちぼちと片づけたりしていたんだけど、責任者の王子は姿をみせないし、僕の権限でできることは限られていたのであっという間にその仕事もなくなった。彼らは反省という言葉は知らないようだったよ、うん。

 あ、変化があったと言えば、王子がアルマとハルスをやたら構うようになったことかな。
 イリュージュ王子は基本、アイラ嬢のそばから離れないんだけど、二人を見かけると彼女のそばを離れて必ず挨拶したり、自分たちの方へと誘うんだ。もちろん二人は断っているけど、たまにアイラ嬢が参戦してくるので二人はなるべく彼らに合わないよう卒業までの日を過ごすそうだ。がんばれ。

 そして僕の方も無事試験に合格。
 あとは卒業までの三か月ほどをすごせば、念願の王宮勤めが目の前だという時だった。



 また、家に呼ばれた。
 ……最後のあがき?父上も対外しつこいね…





「ふわぁ……すごいなぁ」
「レイドリック。口を閉じろ。間抜けに見えてしまうぞ」
「そういう父上だって、今僕と同じ顔をしていたじゃないですか」

 馬車から降りた僕と父上は、目の前に広がる屋敷の大きさに圧倒されていた。
 いや、馬車の窓から門からこの屋敷にたどり着くまでの広大な庭…というか、もう森レベルのところを通り過ぎたときから、僕たちは言葉もなくただ外を見続けていた。そしてようやく到着した屋敷の前で、僕たちは立ち尽くすかのように、屋敷を見上げてしまったんだ。

 さすがはレトナックス公爵家のお屋敷。
 僕の家の三倍はあろうかという大きさに、長い年月の重みを感じるようなたたずまいの屋敷の貫録。そして僕たちが到着したのに合わせて出てきた使用人たちの洗練された対応(とりあえず、僕らの間抜け顔は見なかったことにしてくれたようだった)。僕と父上はこの屋敷を取り仕切っている執事の男性の後を歩きながら、玄関から客間にたどり着くまでただ圧倒され続けていた。
 客間に通された僕たちの前には、良い香りのするお茶とお菓子。そして横にはメイドが静かに立っている。当主がくるまでおくつろぎくださいと言われたけれど、もともと小心者の僕が落ち着けるはずもなく、それは父上も同じようで、きょろきょろとあたりを見回したり、片足を何度も組み替えたりと親子で挙動不審だ。

「すまない、またせてしまったね」

 客間の扉が開かれ、一人の男性が入ってくる。途端に父上はさっと立ち上がり頭を下げたので、僕も慌ててそれに倣った。

「かしこまらないでくれ、今日はこちらが呼び出したのだから。楽にしてください。バファームト伯爵」
「いえ、はい、すみませんでした。いえ…このたびはお招きくださってありがとうございます! レトナックス公爵殿」

 がばっと聞こえるようなお辞儀をし返して、父上はまた頭を下げる。
 レトナックス公爵は困ったように微笑みながら、ソファに座るよう勧めてくださったので、父上を僕はかちんこちんと体を固くしたままそこに座った。

「本当に楽にしてくださってください。それではお話がすすみませんから」
「はい! ありがとうございます!」

 レトナックス公爵は父上の大きな返事に少し驚いたような顔をしながら、僕の方に顔を向けてきた。

「そちらがご子息のレイドリック君だね。はじめまして」
「は、初めまして! お会いできて光栄です!!」

 うわーうわー話しかけられちゃったよ!!
 僕はもうそのことで頭がいっぱいになってしまった。

 レトナックス公爵は想像以上に若かった。父上と全くの真逆のタイプで、細身でとても背の高い方だった。流れるような金色の髪をひとくくりにして背中に流し、少し鋭いまるでアメジストのような紫色の瞳。柔らかく微笑み顔はとても優しく、気品があふれ出しているような方だった。
 
 僕の憧れで、目標でもある方が目の前にいるなんて信じられない。
 この時ばかりは無理やりとはいえ、父上に連れてこられたことを感謝していた。

「そういえば、レイドリック君は文官に努めることになるとか。では、城で会う機会もあるかもしれないね」
「は、はい! そのときはご指導よろしくお願いします!!」

 まさか新人の僕がそんな機会に恵まれることはないと思うけど、こうして言葉を交わす機会に恵まれたのだ、もしかしたらもあるあもしれないと思い僕はがばりと頭を下げた。…もう少しでテーブルに頭をぶつけるところだったのは秘密だ。

 そんな僕を見て、レトナックス公爵はくすりと笑い、父上はあきれたような視線で僕を見ていた。…うん、ちょっと恥ずかしい振る舞いだったよね、それは反省するよ。

「レイドリック君は、わが庭に興味はないかね? 私の奥方は花が好きでね、この屋敷を訪れる客人たちにも好評なんだ。少し父上とお話があるから、見学してくるといい」
「はい! ありがとうございます!」

 正直、僕はあまり草花に興味はない。
 けれど、これは遠まわしに僕にこの場から外してほしいという公爵の意図に気づいていたから、頷いて立ち上がった。前を案内する執事の人についていき、部屋の扉が閉じられる瞬間、何気なく振り返った僕は父上がこれまで以上に緊張していた顔をするのを見て少し驚き…そして扉は閉められた。





 赤、青、ピンクに白…
 そこは彩があふれる花で満ち溢れていた。

 どこまでが庭? と聞きたくなる公爵自慢の花々を横目に、僕はのんびりと歩く。執事の人が迎えに来るまで自由にしていいと言われたので、僕は案内の申し出を断り、一人きりになれた空間に肩の力を抜いていた。

「それにしても、お会いできるなんて思わなかったな~本当に良い経験だったなぁ~」

 思わずでてしまう独り言。でも誰も聞いている人はいないし、いいよね? そう思わば僕の口からでるのは公爵様のことばかりで…

「いつもどんなお仕事をされているんだろうな…やっぱり最近は隣の国との契約交渉に成功した農産物の話かな…それとも、治水工事に定評にある国からそれを取り入れるために送られる使節団の人選とかかなぁ…ああ、実際に見学してみたい…」

 もちろん、僕がこれらの出来事にかかわることはまだないけれど…きちんと仕事をしていけば、そういった機会に携われることができるようになるかもしれない!

 うん、将来の展望は明るくもたないとね! せっかく念願の文官んなれるんだ、夢は大きくもっておこう!!

 僕は周りの景色など全く目に入らず(すみません、公爵様…)公爵様に出会えたことによる昂揚感に包まれながらいろいろなことを勝手に想像していた時だ。遠くから女性らしき声が聞こえてきた。

(あれ、僕のほかにもお客がいたのかな?)

 いろいろなところに顔の広い方だから、そういったこともあるだろうと僕はあまり深く考えなかった。けれど、なんとなく見知らぬ人と顔を合わせたりするのが気まずいような気がしたので、声の聞こえた方にはいかないよう、僕はその場から離れようと来た道を戻ることにした。だけど……

「おまちください! まだ、今日の……が終わっていませんよ!!」
「そんなもの、私には不要よ! そんなことを知っていても何の役にもたたないわよ。知ってなくても生きていけるわよ」
「何をいっておられるのです。……としての最低限の嗜みではないですか」
「あら、……としての最低限の嗜みは身に着けてはいるわよ。お作法に礼儀、マナーはまぁまぁいいじゃない。完璧にしなくてもなんとかごまかせるわよ」
「ご、ごまかせるなど…そんなお言葉を使われるなんて」
「……なんて、着飾って微笑んで、男性に付き従っていれば、妻としての役目はほぼ満たしているじゃない。ああ、もちろん美容だけは手を抜かないわよ? ……の嗜みですものね」



 ……なんだか、きいちゃいけないような話を聞いてしまった気がする。
 僕は歩く速度を早めて、一刻も早くこの場から離れようとしたのだが…僕が気付かなかった小道があったらしい。相手はこの庭を熟知しているかのように、その場に現れた。



「知識なんかなくても、貴族の妻は務まるわよ。旦那様を愛しているふりをすれば、どこにでも嫁げるわ」



 鼻をならすような馬鹿にした笑い声で彼女は現れた。
 腰まである長い金色の髪。公爵と同じアメジストの瞳。
 ドレスや見慣れた制服ではなく、水色のシンプルなワンピースに身を包んでいるが、彼女の美しさははっと目を見張るようなものだった。しかし、僕がいままで彼女に抱いていたイメージ、気品や清楚、奥ゆかしさといったものはなく、そこにいるのはわがままで、唇を吊り上げ品のない顔で笑い、どこか見下した目をしながら、暴言ともいえる言葉を吐いた少女。


 カレン・レトナックス令嬢だった。
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