道化の世界探索記

黒石廉

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第3部2章 饗宴あるいは狂宴

121 嘆きの坂の前哨戦

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 「おい、いっせいのせで持ち上げるからな……いっせいのせっ!」
 俺は切り倒した木の根元をぐっと持ち上げる。
 これを穴掘り組のところに持っていくと、逆茂木というやつになる。
 尖った枝や丸太が突っ込んでくる相手をはばむというあれだ。
 この逆茂木を検問所の前や恵みの平野の検問所近くに張り巡らせて、敵の侵入を防ぐ陣地を構築をやらされている。

 だまし討ちのような配置転換宣言をきいたあと宿に戻った俺たちはそれぞれ仲間に事の次第を報告した。
 結局どうすることもできず流されるままに、今恵みの平野と検問所の防衛線構築に加わっている。

 探索隊から防衛軍先遣隊に「配置転換」されたのは63パーティー317人だった。
 街の防衛の戦力は他に衛兵隊が400人強、騎士が200名弱それらの私兵を含むと合計約1000名、教会所属の騎士が100名配下含めて合計500名。
 ここまでが常に武装している(騎士の私兵はその時々集められるので微妙らしいけど)戦力となる。
 強や弱、約といったことばを無視して単純に足し算すると2217名、そこに街から臨時徴兵された男たちが1700名。
 防衛軍の今のところの総戦力は4000名に足らないぐらいだ。 
 昔やった歴史シミュレーションゲームで見ていた兵数を考えると、万に足らない兵数とかものすごく心細いが、チュウジにいわせると「人口を考えればこれでも多いほう」なのだそうだ。

 陣地の構築が大分進んだ頃、俺は先遣隊隊長のシメネスの天幕に呼ばれた。
 ジロさんとタダミも一緒だ。

 「君たちを呼んだのは、兵士たちの士気を維持してもらうためである」
 シメネスの説明は次のようなものだった。
 これから戦う敵はこれまで遭遇したことのない異形の怪物である。斥候隊の生き残りに正気をうしなわせた恐ろしい姿、恐ろしい場面が戦場であらわれる可能性は大いにありうることだ。
 特に臨時徴収された歩兵をはじめとした弱兵は、その姿を見ただけで一気に敗走する可能性がある。
 そこで事前に敵の姿や動きを怖がらせないように伝えて欲しい。

 「援軍が到達するまで持ちこたえなければならない。まぁ、援軍が到達するまでに勝ちきってしまっても困るがな……」
 
 「勝ちきると困るというのは、不思議な物言いですが?」
 俺の問いかけをシメネスはぴしゃりとはねつける。
 「君たち元探索隊は規律に欠けるきらいがある。君たちはいまや防衛軍先遣隊である。烏合の衆に集団戦の技能や行軍についてまでは求めないが、軍のやり方には多少慣れるべきだろう。君たちに質問する権利はない。君たちが質問される側なのだ。わかったら、下がって任務を遂行したまえ」
 俺は無言で一礼して下がる。むかつく野郎だ。

 俺たちは衛兵隊や臨時徴収兵、元探索隊の陣地を回って、説明をおこなった。
 「こんな感じで、俺なんか間近で見た時、びびりすぎてうんこ漏らしそうになったんですよ」

 「それにしては帰り道やたらと臭かったが……」

 「ごめん、嘘つきました。たぶん親指ぶんくらい出てました」 
 俺は親指を立てながら言う。
 笑い声がまばらに起こる。
 どうやら俺たちにはお笑いの素質はないらしい。

 「まぁ、サゴさんよりは受けてたから気にすんな、うんこたれ」
 ジロさんが慰めてくれる。
 「いや、あれはネタで実際には……」
 
 「でも実際臭かったぜ」
 
 「小指の第一関節分くらいは出てたかもしれないけど……気のせいだから!」

 「はは、やっぱり漏らしてるじゃねぇか」
 タダミは大声で笑った後に信じられないような小声で続ける。
 「それでもよくやったほうだ。俺たちのことを上とつながっていながら情報を隠し、自分たちを死地に送り出そうとしてるやつみたいに思ってるやつも少なからずいるみたいだからな」
 確かにタダミの言う通りなのだ。そして、俺たちに疑いの目を向ける側にも悲しいことに一理ある。
 口止めとか無視して、住民や別の探索隊に避難をうながしたほうが良かったのかなと思うことは正直ある。
 だからといって、罪滅ぼしに俺が最前線に立って、味方を援護し、退却する時は殿しんがりをつとめるなんてこともいえない。
 結局、俺は英雄にも勇者にもなれない。

 2日後、そんな俺たちに威力偵察に出る部隊への同行命令が出た。
 俺たちといっても、タケイさんやタダミの隊は出ない。
 威力偵察の主力はグラティア軍で徴収兵を中心とした400人程の歩兵隊である。
 そこに先遣隊から5パーティー28名とシメネスの副官が指揮する小隊5名の合計33名が同行する。

 援軍がくるまで戦闘を長引かせたいらしい先遣隊所属の俺たちに出た指令は敵とそれにあたった兵士たちがどのように戦うのかを観察し、味方が敗走しそうな場合にはすぐに退却せよというものだった。

 ◆◆◆

 威力偵察部隊の目的地は嘆きの坂である。
 危険地帯から戻ってくる探索隊が嘆き悲しみ涙を流す場所だから、嘆きの坂。
 黒い森には大ブタをはじめとした危険な生物がいるはずだ。
 もしかしたら、怒り狂った大ブタに怪物たちが蹴散らされているかもしれない。
 そんな希望を胸にいだきながら、俺たちは行軍する。

 もちろん希望なんてなかった。

 嘆きの坂で見たものは、子豚を守って怪物に立ち向かい、そのまま喰らい尽くされていく大ブタの姿だった。
 触手と無数の口を胴体に生やした獣が大ブタに食らいつき、飛び散った肉片に小型の四足羽つきおたまじゃくしが飛びついて丸呑みしていく。
 地獄絵図だ。

 その光景にすでに前線は浮足立っている。
 それでも指揮官に鼓舞されて、なんとか踏みとどまっている。
  
 「総員、構え! 射て!」
 クロスボウを装備したグラティア軍の射撃部隊が一斉に矢を放つ。
 矢は大ブタと周囲にひしめく怪物を貫いていく。
 怪物たちがばたばたと倒れる。
 
 数多あまたの怪物たちがこちらを向く。

 矢を受けて倒れた怪物の後ろから現れた別の怪物が倒れた怪物をむさぼり喰う。
 倒れなかった怪物も倒れた怪物をむさぼり喰う。
 一体の首無しの怪物のでたらめについた無数の口から別の一体の食いちぎられた触手が垂れ下がっている。別の一体は人間の歯に似たそれで羽つきおたまじゃくしをぐちゃぐちゃと噛み砕いている。羽つきおたまじゃくしは倒れた触手付きの怪物に群がって何かを吸い出しているようだ。

 そして……。

 お互いを喰らい合いながらも、突進してくる。
 共食いをしながら着実にこちらに向かってくる姿は、整然と突進してくるよりも気持ちが悪い。
 クロスボウ部隊が第二射を放つもその勢いはとまらない。

 まず最前線で敵を食い止めるはずの部隊が怪物たちの群れに飲み込まれていった。
 悲鳴とヒステリックな笑い声があたりに響く。
 少なくない兵士が抵抗すらできず、笑い声と悲鳴をあげながら、喰われていったのではないだろうか。

 前線が飲み込まれたときに俺たち先遣隊に撤退命令が出た。
 撤退命令を出した先遣隊の副官は動揺していなかった。

 「我らを見捨てるのか!」
 そのように叫ぶグラティア軍の指揮官に先遣隊の副官は返事もしなかった。

 俺たちは何もせず、何もできずに撤退した。

 後ろではクロスボウ部隊がばらばらに矢を放ちながら飲み込まれていった。
 怪物たちは人をふくむあたりの生物を喰らい尽くすのに忙しかったのだろうか。
 俺たちは逃げ延びることだけはできた。
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