道化の世界探索記

黒石廉

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第3部1章 探索稼業

118 砦から

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 巨大おたまじゃくしは砦には目もくれず、奇妙な動きで去っていった。
 「コザル」の砦と言われていたはずの建物はひっそりとしていて生物の気配は今のところない。

 「群れはどこに行ったんだろ?」
 ミカがつぶやく。
 一部は中層に出てきていたとして他はどうなったのだろう。

 「どうなんだろうな。俺たちが危険として避けたルートがあいつらにとっては安全なルートかもしれないしな」
 タダミがミカの独り言のようなつぶやきに答える。

 建物の屋上にびびりながら登る。
 登ってみて巨大羽つきおたまじゃくしが目の前にいたりしたら、俺は絶対漏らす。それも大の方を漏らす。
 そんな情けないことを思いながら、俺はタケイさんと屋上に通じる扉らしきものを開く。
 ありがたいことに巨大おたまじゃくし(羽飾りつき)は東へ悠々と移動しているところだった。
 
 「なぁ、シカタくん。あの化け物がこちらに来ないのはありがたいんだが、あいつが上に行く道あたりにいすわっていると、俺たちは帰れないんじゃないか?」
 タケイさんが小さくなりつつある羽つき巨大おたまじゃくしの後ろ姿を眺めながらため息をつく。

 「それどころか、あいつが上に上にと登っていったら、俺たち帰るところなくなるんじゃないんですかね……」
 俺もつられてため息をつく。

 「ため息ばっかりついていると、幸せが逃げていくよっ」
 階段をたたたっとかけあがってきたミカがお互いにため息をつくデカブツ2人の前で背伸びして言う。
 「下でいかにもあやしげな扉を見つけたの。今調べてるから2人も降りてきて」

 「ため息なんかついてられないですね」
 「ああ、息を吐く時は力を入れながら少しずつ吐くもんだよな」
 タケイさんはそう言うと、いかにも重そうなメイスをゆっくりと持ち上げる。
 常在戦場? 常在筋肉? この人(たち)はすごい常識人なんだけど、たまにその常識を筋繊維が抑え込もうとするところがある。

 俺たちは階段を下に降りる。
 階下ではサゴさんとチュウジ、サチさん、それにタケイ隊のダイゴさんがドアノブのない扉らしきものを前にして首をひねっていた。
 SFアニメの宇宙船のドアのようなそれは、見る俺たちにそれが扉だと認識させるには十分な姿をしていたが、それを開くことはできていない。
 扉だと認識しながら開くことがかなわなかったのはコザルも同じようだった。というのも、コザルの手形の跡はドアノブのない扉らしきものにたくさんついていたが、開けられたような形跡はなかったからだ。

 「開けたかったけど、結局開けられずあきらめたってとこか」
 ダイゴさんがコザルの手形の跡に自分の手を合わせながらいう。

 「強引に開けたりはできないか?」
 タケイさんがそうたずねると、ダイゴさんは「筋肉バカのお前とそれを軽くひねる我らがアイドルミカちゃんで試してみろよ」と答える。
 ダイゴさんは巨漢揃いのタケイ隊の中で唯一の中肉中背だが、脱ぐとやっぱりムキムキなので、俺から見ると彼も立派な「筋肉バカ」だ。

 「試してみろ」と言われた2人は両開きらしい扉の前に立つ。
 2人はまず左右に開こうとする。
 びくともしない。
 前に押してみる。
 やはり開かない。
 「押してだめなら引いてみろ、だ」
 タケイさんのその言葉で2人は扉を引く。
 それでも開かない。
 
 汗で手が滑ったのだろうか。
 タケイさんの体が後ろに倒れてくる。
 後ろにいたのは俺だ。タケイさんの後ろ辺りの位置は小さな体でがんばるリスっぽい可愛い女の子の姿を眺めるのに最適だからだ。
 ちまちまと動く姿がこれまた可愛い。
 そんなことを思いながら、彼女に見とれていた俺は汗とともに飛んでくる巨漢を避けることができなかった。

 あえなく押しつぶされる俺。
 嫌、こんな巨漢に押し倒されるの。
 
 みじめに潰された俺の視線の先が赤く光る。
 〈えっ? やばい?〉
 しかし、いまさら避けることもできず、赤い光が目をさす。

 「認証しました。入室を許可します」
 
 俺の視線の先にホコリをかぶって無造作に転がっていた得体の知れない装置からそのような声が聞こえてくる。

 「おい、今、変な声が聞こえたぞ……」
 「聞こえましたね。なんか変な声が……」
 俺はタケイさんの下から這い出ると、扉の前の場所を譲ってもらう。

 俺は扉の前に立つ。
 何も起こらない。
 入室を許可してくれるんじゃなかったのか。
 少しいらついた俺は扉に両手をつこうとする。

 「おおっと!」

 俺の両手を支えてくれるはずの扉は手応えなく、俺は両手を前に突き出したまま扉の向こう側に転げ込んだ。
 明かりの灯ったきれいな部屋だ。
 後ろを振り返ると扉がある。こちらからは扉の外側がガラス戸を通すかのように見える。

 向こう側ではミカがばんばんと扉を叩いている。
 扉は開かないし、びくともしない。
 通り抜けられたのは俺だけだ。
 あそこで「認証」とやらをしてもらわないといけないんだ。
 
 向こうからは見えないことを忘れて、俺は「認証装置」のある場所を示そうと腕を伸ばす。

 「おおっと!」

 俺はまた反対側に転げ込み、ミカを押し倒すような形になる。
 お互いに兜を脱いでいるので、彼女の顔はドアップで数センチ先には彼女の唇がある。
 
 「みんなの前で恥ずかしいよ」
 彼女が笑う。
 俺は顔を離さず「そりゃそうだ」と肯定する。

 「でもさ、さっき俺、タケイさんに押し倒されてるんだよね」
 
 「うん。あれは良かったよっ!」
 ミカの目が輝く。
 相変わらず何を言っているんだか、この子は。

 「いつまでも2人の世界にいないで、さっさと話を進めますよ!」
 サゴさんに手を貸してもらって俺は起き上がる。
 もうちょっと2人の世界にいたかったけど。

 装置を遠巻きに眺めながら、俺たちはこれがどういうものか考える。
 
 「この装置自体は本来扉のすぐ近く認証がスムーズに進むような高さにあったはずです。ならばコザルが偶然認証装置と目を合わせないはずがないですね」
 というサチさんの言葉にチュウジが続く。

 「コザルより知能の低い男が偶然とはいえ認証装置を動かしている。コザルはこの男よりも知能が高く、数も多い。では、両者の違いは何か?」
 チュウジがいつものように煽りながらの説明をいれる。

 「ち○このでかさ! こいつは小さい!」
 勢いよく手を上げたタダミが大声で答える。
 こいつは多分馬鹿だ。ものすごい馬鹿だ。養殖物ではないうえに活きの良いピチピチの馬鹿だ。
 天然ボケで返されたチュウジがたじろぐ。あいつは俺のことを知力2とかサル以下の知能とか好き放題言うが、俺がどれだけ頭が良くて洗練されてエスプリが効いた男なのか、「本物」と対峙して思い知れ。

 「人か人でないかだろう。なんというか君らも大変だな」
 タケイさんがタダミ隊の面々を見ながらため息をつく。
 タダミ隊の面子と俺はぶんぶんと首を縦にふる。

 「そうなのだ。信じがたい者もいることは重々承知している。だが、こいつは一応人なのだ」
 ごめん、皆の夢を壊すからあえて言わなかったけど、俺、実はエルフじゃないんだ。そう言った俺の頭をサゴさんが「つまんないんですよ! それに話が進まないでしょうが」とひっぱたく。彼は自分のことを棚に上げて人の笑いに厳しい。
 
 おそらく人間であれば認証される。
 結局、検証材料が少なすぎて、安全か危険かどうかもわからないので、少しずつ人体実験をすることにした。
 性別の違う者は認証されるか。まっさきに立候補したミカは無事に認証された。俺と彼女の身長や体重はかなり違うから、それらが違っていても問題はないようだ。
 癒やし手のような特殊能力者は大丈夫か。サチさんが手を挙げる。大丈夫だった。
 
 結局、皆無事に認証された。
 ちなみにこの扉は開くものではなく、くぐるものらしい。認証されていないと通ることができないが、認証されていると抵抗なく「くぐる」あるいは通り抜けることが可能となる。
 となると扉というのは不正確な表現なのかもしれないけど、他に良い呼び名も思いつかなかったので、皆扉と呼んでいる。

 認証された者だけが入れる扉の先にあったのは4つの小さな部屋と大きな扉であった。こちらのほうの扉はどれも「くぐりぬける」ことはできないもののようだ。
 4つの部屋のうち1つは武器庫のようなものであったが、そこに残っていた武器らしき代物は2丁のライフル、1丁のピストルだけであった。見た目がそれっぽいから武器と言っているが、もしかしたら、使うと中から生クリームが大量に出てきてケーキのデコレーションがしやすいだけかもしれない。だからといって今は試し撃ちをするスペースも余裕もないので、武器なのだと考えておく。
 どちらもSF映画に出てきそうな見た目でダイゴさんがストーム○ルーパー、ブラスターとつぶやきながらうっとりとした目つきでながめていた。ここでラ○トセーバーみたいなのが出てきたら、彼は歓喜のあまり倒れてしまうのではないだろうか。

 「これがあってもアレを倒せるでしょうか?」
 サゴさんの言う通りなのだろう。たとえ、これが生クリーム発射機でなかったとしても、あの巨大な化け物を打ち倒せる代物かどうかはわからない。
 俺たちは押し黙ってしまう。
 それでもあるのとないのとでは大違いだろう。まぁ、本当にこれらが武器であったならばだけど。
 俺たちはその武器(?)を布で丁寧につつみ、持ち帰ることにした。

 最後に大きな扉の前に立つ。
 手を合わせてみろとばかりに手形のマークがついている。
 そこに手を合わせると、扉が開く。
 エレベータのように中にはいくつかのボタンが並んでいて、一番下のボタンが点灯している。
 エレベータのようなと言ったが、それは正確な物言いではなかったのだろう。
 まさしくこれはエレベータだった。

 「上にあるボタンを押せば、上層に戻れるんじゃないか?」
 誰かが当たり前のことをいう。
 本当はこれもちゃんと動くのか実験する必要があったのかもしれない。
 でも、実験せずに全員で乗ってボタンを押した。 
 エレベータが動き、戻ってこなかったら……自分が取り残されたらどうしようという不安に誰も耐えきれなかったのかもしれない。
 少なくとも俺はそうだ。

 エレベータはかすかに揺れると、俺たちを乗せて上昇していく。
 沈黙がしばらく続いたあと、エレベータはとまり、扉が開く。
 扉の先はホールになっていて、先の方に大きな扉があった。
 
 ◆◆◆

 俺たちは扉を「くぐりぬける」。
 そこに広がっていたのは、半ば予想していたことであったが、上層の景色であった。
 前方には恵みの平野が広がっているのが見える。
 
 「思った通り、開かずの神殿だな」
 誰かが独り言のようにつぶやくが、誰も返事をしない。
 化け物のことを報告しなければならない。

 足早に恵みの平野を抜ける。
 途中で見かけた人にはすべて声をかける。
 コザル騒ぎがあったばかりのおかげで、狩猟や採集に来ていた人は俺たちの言うことをまじめに聞いてくれる。
 俺たちは探索家たちの間でもそこそこ有名になっていたおかげで、別の探索隊も俺たちの説明を頭ごなしに否定するようなやつらはいない。
 それでも表情を見る限り、皆半信半疑っぽい。
 そりゃそうだろう。
 人間の大人とさして変わらぬ大きさのコザルを数匹まとめて丸呑みにする化け物に会った。その化け物はこれまで報告されていないものだ。それでその化け物は上に登ってくるかもしれない。ちなみにその化け物は羽の生えた巨大おたまじゃくしみたいなふざけた見た目だ。
 こんな話を他人にされたら、俺だって眉に唾つけたくなる。
 それでも、必死に皆にはやく撤収するように呼びかけた。

 そうしてようやく検問所にたどり着いた。 
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