道化の世界探索記

黒石廉

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第3部1章 探索稼業

115 あっさりと作戦変更

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 3組のパーティーはともに暗いトンネルを抜ける。
 これだけの人数がいると、洞窟小人もわざわざ襲ってこないようだ。

 地底湖の下をくぐり抜けるトンネルを抜けると、南西すぐのところに開かずの塔と言われる塔が見える。
 中層の天井まである高い塔である。
 窓もなければ、入り口らしきものもない。

 「これって位置的には上層の開かずの神殿とつながってるんだよね?」
 ミカが前を行くタダミにたずねる。
 タダミは肩をすくめて、「さぁな」と答える。

 「確かめようがないんだ。ちなみに下層にはコザルの砦って呼ばれている建物がある。砦の群れを排除すれば、確かめようがあるが、今のところ、その試みは成功していないんだ。
 わざわざ刺激すると、逆さ塔に入りづらくなるからな。だから、探索隊たちも刺激しないことにしてきたんだ。
 刺激した探索隊は殺されるか、逃げても顔を覚えられる。
 そうなると、逆さ塔につながるルートが「人減らし丘陵」「底なし湿原」という超危険ルートしかなくなって実質詰みになる」

 タダミは歩きながら解説をしてくれる。
 彼らに比べると大穴探索経験の少ない俺たちサゴ隊とタケイ隊の面々はそれをうなずきながら聞く。

 開かずの塔の脇を通り抜け、地底湖から離れたあたりを東に向かっていると、タダミが手を上げる。
 向こうから、拳を握ったまま地面について四足で歩く5つの影が見える。

 「おい、コザルだ!」
 タダミが叫ぶ。
 やつのデカイ声は当然コザルの群れにも伝わっている。
 1匹が立ち上がると、歯をむき出してこちらを威嚇する。
 
 確かにややでかいチンパンジーだ。
 今となっては記憶が定かでないが、動物園で見たチンパンジーは人間の子どもくらいの大きさだったはずだ。
 しかし、向こうで俺たちを威嚇するやつは人間の大人くらいの身長はある。
 すくなくともミカよりは確実にでかいはずだ。
 本当に誰なんだよ、このやばそうなやつらにコザルとかいう可愛らしい名前をつけたのは。

 ぶんという音とともに先頭を行くタダミ隊の1人が構えていた盾にコザルの投石があたる。投石とはいえ、力が強くて道具まで使えるとか嫌すぎる。
 「盾を持っているやつは集まって構えろ! それ以外は射て射て射て!」
 タダミの号令に従って、俺たちは陣形を作る。
 タダミは両手剣を構えたまま、雄叫びを上げる。
 轟音に怯んだコザルの群れに矢が降り注ぐ。
 2匹のコザルが倒れ、3匹が突っ込んでくる。

 「シカタとチュウジ、タケイ隊は誰でもいいから3人前に! 後はすきを見て囲め。一気に潰すぞ!」
 タダミがよく通る声で指示を出す。
 前に出た俺たちは2人ずつで1匹のコザルを食い止めようとする。
 
 「両手武器レッスンはちゃんとおぼえてるか? かっこよく決めろよ、ストームブリンガー」
 俺は突進してくるコザルを見据えながら、隣に声をかける。
 同意なのか、鼻をならす音だけが聞こえる。

 ナックルウォークで疾走するコザルに金砕棒をフルスイングする。
 飛び上がって避けたコザルがすごい勢いで飛びついてくるのを避けきれず俺は尻もちをつく。
 コザルが俺の肩を持ち、腕を引っこ抜こうとする。
 激痛が走る。
 肩が外れたかも。
 歯をむき出しにしてコザルが吠える。
 「アリオッホ!」
 吠え顔のまま、コザルの頭が飛んでいく。
 確かに名前をつけたくなる切れ味だな。
 
 「アリオッホ! アリオッホ!」
 チュウジが気持ちよさそうに叫んでる。
 助かったんだけど、俺の上にいる首なし死体どけてくれないかな。

 ◆◆◆

 戦闘はあっけなく終わった。
 とはいえ、楽勝というわけではなく、被害は出た。
 死者が出なかったのは幸いだったが、タダミはコザルの右フックで左腕を折られ、俺も両肩を外された。
 関節が外れたのは治療できないのだそうで、俺はタケイさんに肩を入れてもらった。痛くて涙が出た。

 「これがコザルだ。でかいし速い。そのうえ、壁やらするする登っていきやがる。チンパンジーだからな。こいつらに有利な地形でこいつらと戦わないとならない……」
 治療してもらった左腕をさすりながら、タダミが言う。

 「そのまま突っ込んだら、結構な確率で死人が出るな。下手すれば全滅だろう」
 タケイさんの意見はもっともだ。
 もう一度作戦会議が必要だ。
 俺たちは野営地の設営をすることにした。

 「野営地を襲撃されたりしないかな?」
 ミカが心配そうに言う。

 「敵が来そうなところには火でも炊いておくぐらいしかないな」
 タダミが答える。
 いくら知能が高いと言っても火を操れるわけではないし、そもそも雷が落ちたりしない大穴の中で生きるコザルたちは外の動物以上に火に免疫がないだろう。
 だから、古代都市に近い側に火を炊いておこうというのがタダミの考えらしい。
 そこに異論はない。

 「言い出しっぺの自分がこんなこと言うのも何なんだけど、分散攻撃とかしてあいつらと同程度の数で戦うって自殺行為じゃないか?」
 俺は自分が言い出しっぺの作戦案をあっさりと否定する。
 実際戦ってみてわかったが、スピードとかパワーが違いすぎるうえに、あいつらは俺らと同じ程度かそれ以上に小回りもきく。
 1対1で戦ったら勝てる相手ではない。
 実際に3倍の人数で戦った今回の遭遇戦ですら、俺もタダミも負傷している。
 タダミは俺より動きが良いが、腕を一発で折られている。
 タダミ隊を含めた全員が実際に戦うのははじめてだったことを差し引いても、今のままの作戦ではコザルの晩餐会に食材としてお呼ばれされる可能性が非常に高い。

 「とりあえず古代都市の様子を教えてくれ」
 見張り以外は焚き火のまわりで作戦を考えることにする。
 どうせ食事は堅焼きビスケットと干し肉で済ますから、見張り以外は暇だ。
 
 「そうだな、とりあえずこんな感じだ。一番、近くにあるのが西見張り塔と北部建物群だ……」
 タダミが地面に棒切で図面を書きながら説明する。
 こういうとき昼夜関係なく明るい光る苔におおわれた地下は便利だ。

 西見張り塔から見下ろすようにあるのが北部建物群で、そのすぐ南側には中央通路とよばれるいくつかの建物が連なる場所がある。
 北部と中央の建物の間は枯れ木の森があるが、俺たちには障害になっても木から木に軽々と渡れるコザルたちにとってはむしろ移動を助ける手段ぐらいだろう。
 中央通路から南にある南部建物群についても間の距離こそ少し長いものの、状況は同じようなものらしい。

 「枯れ木の森というのは本当に枯れているのか? ただ葉を落とした、つまり禿げているだけではないのか?」
 チュウジが質問をする。サゴさんは禿げという言葉に反応して頭を撫で回している。

 「それがどうして気になるんだよ? 本当に枯れているぜ。コザルたちが住み着く前は野営時の薪を拾うのに便利だったわ」
 タダミが首をかしげながらも答える。

 「ただ禿げているだけだったら、中身は瑞々みずみずしい」
 チュウジの言葉にサゴさんはなぜか嬉しそうだ。

 「禿なら燃えない」「禿には萌えない?」
 サゴさんが俺の頭を思いっきりひっぱたく。痛ぇ……。

 「しかし枯れているならば燃やせるだろう。全部燃してしまえば良いのだ!」

 「建物は古代邸宅みたいな金属製か? こちらが燃やせなくても、増援が来る通路を全部燃してしまえば、奴らだってそうそうこちらに来られないだろう。その間に建物の中にもばんばん火矢を打ち込んでサルどもをいぶり出すのだ!」
 チュウジが両手をかかげ、気味の悪い笑顔で悪役的なセリフをはく。

 タケイ隊のスターウォーズマニア、ダイゴさんに、
 「あいつ、暗黒面に落ちてるんですけど、どうにかなりませんか」
 と教えを請うも、「彼はもともと暗黒卿だろ」の一言で片付けられてしまう。
 まぁ、たしかに自称暗黒騎士だしな。

 木はそう簡単に燃えない。
 根から吸い上げた水分を幹や枝の中に蓄えているからだ。
 だから、薪割りしたあとには外で乾かす。
 枯れ木ならば乾燥しているから燃えやすくなる。
 そこまではわかる。
 
 「しかし、それにしたって、そうそう簡単に燃せるわけないだろ?」
 そう俺が聞くと、チュウジは不気味な笑いを顔に貼りつかせたままサチさんのところに近づいていく。
 サチさんはなぜか顔を赤らめている。あの呪いの人形がすごい格好良く見えているんだろうな。アバタもエクボとはよく言ったものだわ。
 近づいたチュウジはサチさんに何か耳打ちすると、彼女の荷物から火炎放射器を取り出した。

 「もちろん、火矢だけでは足りないかもしれない。だが、我々にはこれがある!」
 チュウジは張り切る実演販売よろしく近くの枯れ木に火炎放射をおこなう。
 ごうごうと燃えあがる枯れ木、湧き上がる歓声。
 なんか俺たちが悪役っぽいな。

 「火炎放射役は私がやりましょう。人生で一度は言ってみたかったセリフもありますし」
 サゴさんが危険な役目に立候補する。
 そのセリフ、なんか予想つくけど、俺はあえてツッコまない。

 こうして古代都市焼き討ち作戦がはじまるのだった。
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