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第3部 前奏
100 シン・ニホンと旅立ち
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「我らで潜るのだ」
そう誇らしげに言ったところで迷宮探索までの道のりは遠い。
俺たちは草原の交易所経由でグラースの街に戻ると、タルッキさんに相談し、今度はナナ先輩をのぞいた5人でグラティアの街に戻った。
そこで俺たちは酒場兼宿屋の出店計画を少しずつ進めた。
大穴の市場のすぐそばが良かったが、そこはもはや土地が空いていなかった。
まぁ、仮に空いていたとしても借りられるような金額ではなかっただろう。
だから、立地の悪い場所で廃業寸前のぼろ酒場兼宿屋を居抜きで借りることした。
「なぁ、チュウジよ。こんな潰れかけの店を居抜きで借りたってさ、結局赤字出すだけで終わりなんじゃないの? おまえ、タルッキさんにも自信あるとか言ってたけど大丈夫なの?」
俺はホコリまみれの店の中を歩きながらたずねる。
広い中庭に井戸、家畜小屋、1人部屋、3人部屋、6人部屋、酒場スペース、施設は立派だが、ホコリまみれで大変にボロ臭いし、ベッドの木枠はカビが生えているのはまだ良い方で腐りかけているのもある。
「ターゲットを絞ろうと思うのだ」
ターゲット? そうたずねる俺を無視して、他のメンバーに向かって言う。
「諸君はどのような宿に泊まりたいか? どのような生活をしたいか?」
「きれいなシーツ」「安心できる部屋」「服についたミドル脂臭を洗濯で流したいです」「学食のカレー食いてぇ」
口々に言う俺たちの前で腕組みしてうなずくチュウジ。
いつもならば、最後の俺の一言に対して罵倒してくるはずだが、今日はそれがない。
「諸君らの希望全てをかなえる宿はこの街のどこを探してもない。もし、そんな宿があれば、どうだ? 転移組の探索家はそこに集まるであろう。では全てをかなえようではないか! この探索家の宿シン・ニホンで!」
チュウジは有名ラーメン店の店主のような腕組みをやめると、両手をかかげてドヤ顔をする。
すげぇ名前だな。奴のことだから、「†黒薔薇亭†」とかつけると思っていたわ。
ていうか、シン・ニホンってなんだよ。プロレス団体の名前でなければ、ものすごくパチモンくさいだろう。外国のパチモン日本料理屋、入ったら、人生で味わったことのないような創作日本料理食わされそうなレベルの。
ミカとサチさんがぱちぱちと手をたたく。
俺も盛り上げようと、「愛してまーす」と叫ぶ。
その俺の首を「ウィー!」と雄叫びをあげながら突進してきたサゴさんが左腕で刈る。
対抗戦かよ?
倒れた俺に逆エビ固めを極めながら彼はうなるように言葉をつむぐ。
「ダメ、ですよ。他の、人がついてこれない、ネタに走るの、は! だから、君は、早口で、訳の、分からない話を、まくしたてる、コミュ障と、言われるんですよっ!」
少なくともサゴさんついてきて、悪ノリしてるじゃん。
そうツッコミを入れたかった。
しかし、逆エビに腰をやられる寸前の俺はツッコミを入れる前にギブアップした。
◆◆◆
それからはお宿シンニホンのオープンに向けて、部屋の掃除とちょっとした改装に励んだ。
傷んだベッドを取り替え、シーツを全て新しくベッドの数の倍発注する。
宿の中庭にカマドと大きな釜を2つしつらえる。
これでシーツを煮沸するだけでなく、宿泊客用の洗濯サービスをするのだそうだ。
扉は全て新しいものに取替え、錠前がしっかりつけられるようにする。
他に短時間の外出用の預かりサービスをカウンターでおこなうのだそうだ。
「で、俺のカレーはどこだよ?」
ドヤ顔をしたときにあいつにはちゃんとカレーが食いたいと伝えておいた。
まさか、俺だけ無視じゃないだろうな?
「まかせるのだ。クミンとコリアンダー、ターメリック、唐辛子。これはもう市場で見つけた。玉ねぎもトマトもある。にんにくも生姜もだ。ならばカレーだ!」
ミカ、サチさんの3人は最初ににんにくと生姜を刻む。
そのあとは玉ねぎをひたすら刻むようにと命じられている。
横ではサゴさんがじゃがいもをすりおろしている。
チュウジは人参とじゃがいもを大きめに刻むと湯を沸かした鍋に放り込む。
そして、フライパンでスパイスを炒る。
炒ったスパイスをあらかじめ用意してあった木の臼に入れると、「すりつぶせ」と俺に命じる。
俺がゴリゴリとやっている間にチュウジは中華鍋のような大きな鍋に油をそそぎ、丸のままのスパイスを油で炒めて、しばらくしてからにんにくとしょうがも炒める。スパイスの香りとにんにく、生姜の香りが立ち上る。
そして、刻みおわった玉ねぎを鍋に放り込む。
「ひたすらかき混ぜてろ。焦げそうだったら水を足してもかまわない」
チュウジはスパイスをすりつぶし終わった俺の左手に木べらをもたせて鍋の前に立たせる。
「おい、まだかよ?」
「もっと茶色くなるまでだ」
俺は炒める。
「おい、まだかよ?」
「もっとだ。貴様の家の犬の糞くらい茶色くなるまで炒めろ」
汚いたとえだな。
「この子はなんてこと言うの! 汚い言葉使っちゃダメでしょう」
案の定、チュウジはサチさんに怒られている。ざまぁ。
「シカタくんがいつも下品なことばっかり言うから、チュウジくんに感染っちゃうんだよ。気をつけようねっ」
おれにおつりならぬとばっちりが飛んでくる。
今回、俺は無罪なのに……。
ようやく炒め終わったところでチュウジ変わる。
チュウジは乱切りにしたトマトを鍋に放り込み炒めながらペーストにする。
俺が頑張ってすりつぶしたスパイスと塩が玉ねぎトマトペーストに投入される。
「あ、懐かしい匂いが……」
カレーの香りが俺たちの鼻孔をくすぐる。
「ヨダレ、たれそうだよ」
俺がからかうと、ミカはぱっと口元に手をやる。
「からかわないでよ、もー」
チュウジはカレーペーストを人参、じゃがいもを煮ていた鍋に放り込んで軽く混ぜていく。
おお、あの色になっているじゃないか。
ペーストを炒めていた鍋にウシの肉を投入すると手早く炒めて、これも鍋に放り込んで、しばらく待つ。
俺たちは無言で鍋を見守るだけだ。
「貴様のリクエストは学食のカレーだろう? 要するに日本のカレーっぽいものを作ればよいわけだ。それに必要なのはとろみ。片栗粉は見つけられなかったから、これを使う」
先程すりおろしていたじゃがいもをカレーの鍋に投入する。
ああ、デンプンでとろみをつけるわけか。
「先に言っておくが、勝手に味見とかしてはならぬぞ。特にそこの食い意地の張ったバカ。アミラーゼが入るからな」
アミラーゼぐらいは俺だってわかるわ。
デンプンを分解しないようにということだな。
俺は黙ってうなずく。
「煮込んでいる間に米を炊こう」
こちらは旅ぐらしで慣れたものだ。
火さえあれば40分もしないうちに米は炊ける。
「おいシカタ、大穴市場のそばの穴蔵亭という宿に言ってこい。そこに宣伝にうってつけのバカがいるはずだ」
この前、見かけたからなとチュウジ。
そう言われた俺は宿の外に飛び出して、全速力で穴蔵亭に向かう。
おあずけをされている犬の気分だ。
穴蔵亭の酒場から騒音が聞こえる。
ああ、こいつね。
耳につめる布もってないわ。
「おおー、シカタ! おまえ、どうしたんだよ、その腕? ずいぶん情けない姿になったもんだな」
騒音の主がこちらを視認して声をかけてくる。
「おまえは相変わらず悪運が強いようで」
「まぁ、善行をつんでいるからな。3年くらい前のあれ、今でもおぼえてるからな。俺をあんな面倒なことに巻き込みやがってよ」
面倒なことと言いながらも笑っている。
なんとか切り抜けたんだろう。
「そんなお前にプレゼントがあるんだよ。ちょっと来い。あと、建物に入ったら蚊の泣くような声で話せ。いいな」
10分後、開店準備中の俺たちの宿で苦情が来るのではとビクビクするくらいの号泣が響いた。
久しぶりにカレー食ったくらいで泣いてんなよ。
でも、久々の元いた世界の食べ物に俺たちも涙が出てきたのは確かだ。
少しカレーの塩減らしても大丈夫だったんじゃないかな。
◆◆◆
自分たちのベースキャンプにもなる宿の一通りの開店準備が終わった俺たちは一度ソのキャンプに戻った。
宿は彼らにも利用してほしい。
差別される彼らはなかなか都市に足が向かないだろうが、いつでも使える宿があることを知らせたかった。
それに俺たちが迷宮探索を実際にすることになると、キャンプになかなか戻れなくなるだろう。
永遠の別れとまでいかなくても、一度しっかりと別れを告げておきたかった。
キャンプで馴染みの小屋を周り、挨拶まわりをする。
いつでも戻ってこいという言葉が嬉しい。
宣教師2人組にも挨拶に向かう。
レフテラさんは別のキャンプを回っているということで不在だったが、ヴィレンさんが出迎えてくれた。
街で買ってきた土産の酒を手渡すと、彼は顔をほころばせながら言う。
「私たち宣教師は訪れた土地で朽ちるつもりで任につきます。野良宣教師になってしまった私たちですが、当初から気持ちは変わりません。私たちはいつでもここに居ますし、あなたたちのためにも扉を開いておきますからね」
そう言いながら微笑むと、彼は「もどってくる時は神にして神々に捧げる酒も忘れないように」とちゃっかり付け加える。
最後にチュオじいさんの東屋に向かう。
彼は孫3人と話をしている最中だった。
自分たちの旅立ちを告げる。
「お前らのウシは引き続き預かっておいてやる。帰ってきたときには驚くくらい増えているぞ」「気が済んだらいつでも帰ってこい」「お前たちの小屋はちゃんと取っておいてやる。たまに戻ってこい」
ジョク、ラン、グワンの孫3人組とそれぞれ固い握手を交わしたあとに抱き合って別れを告げる。
「お前たちがどの道を進もうとしているのかわからない。お前たちの道はどこかでワシたちと分かれるかもしれない。それでもワシの心はお前たちとともにある。だから、お前たちは誇りをもって自分の選んだ道を進むのだ。自信をもって道を歩みむのだ」
チュオじいさんはやたらと感動的なことを言う。
サゴさんを抱きしめ、「おまえの子を生みたい女はいるのだぞ」と告げて、サゴさんを苦笑いさせる。
サチさんを抱きしめ、尻をももうとし、「おまえのおかげで子どもたちが死ぬことが減った。新しい考えも良いものだ。感謝する」と告げる。サチさんは目に涙を浮かべ感謝の言葉を告げながらも、尻に忍び寄るチュオじいさんの手をぴしゃりとたたく。
チュウジを抱きしめ、「お前はソの英雄だ。別のところでもソの戦士の強さを見せてやれ」と告げる。いつも暗黒騎士だのダークヒーローだのを自称している男は他者から英雄と言われることに慣れていないせいで、顔を真赤にしている。
ミカを抱きしめ、尻をももうとし、サバ折りされ、苦しそうな声で「お前は強く優しく愛らしい。どこでもお前は戦えるし、どこでも受け入れられるだろう。ワシがもう少し若ければ……こ、腰が……」とうめく。ミカは照れながらサバ折りを緩めると、じいさんの手をねじりあげる。
最後にじいさんは俺の股間をつかんで、「お前は片手でも十分に強い。その強さを外でも見せつけてやれ。しかし、こちらはたまには使わないと、さらに縮むぞ」と告げる。
1人だけ扱いが違う気がするが、もう慣れた。
俺はじいさんを抱きしめて礼を言う。股間を握ったら俺は自信をなくしてしまうからやり返したりはしない。
思いっきり鼻から息を吸う。
草の匂いとウシの匂いを鼻孔に記憶させる。
小屋が立ち並び、カマドの前で煮炊きをする女性たちの姿を目に焼き付ける。
向こうではじゃれあった子どもたちが喧嘩になりそうだ。それも目に焼き付ける。
槍と盾で武装しながらウシに放牧に出かけようとする男たちの姿を目に焼き付ける。
そして、「行ってきます」と告げてキャンプを出る。
まぁ、ちょくちょく帰ってきそうな気もするんだけどな。
そう誇らしげに言ったところで迷宮探索までの道のりは遠い。
俺たちは草原の交易所経由でグラースの街に戻ると、タルッキさんに相談し、今度はナナ先輩をのぞいた5人でグラティアの街に戻った。
そこで俺たちは酒場兼宿屋の出店計画を少しずつ進めた。
大穴の市場のすぐそばが良かったが、そこはもはや土地が空いていなかった。
まぁ、仮に空いていたとしても借りられるような金額ではなかっただろう。
だから、立地の悪い場所で廃業寸前のぼろ酒場兼宿屋を居抜きで借りることした。
「なぁ、チュウジよ。こんな潰れかけの店を居抜きで借りたってさ、結局赤字出すだけで終わりなんじゃないの? おまえ、タルッキさんにも自信あるとか言ってたけど大丈夫なの?」
俺はホコリまみれの店の中を歩きながらたずねる。
広い中庭に井戸、家畜小屋、1人部屋、3人部屋、6人部屋、酒場スペース、施設は立派だが、ホコリまみれで大変にボロ臭いし、ベッドの木枠はカビが生えているのはまだ良い方で腐りかけているのもある。
「ターゲットを絞ろうと思うのだ」
ターゲット? そうたずねる俺を無視して、他のメンバーに向かって言う。
「諸君はどのような宿に泊まりたいか? どのような生活をしたいか?」
「きれいなシーツ」「安心できる部屋」「服についたミドル脂臭を洗濯で流したいです」「学食のカレー食いてぇ」
口々に言う俺たちの前で腕組みしてうなずくチュウジ。
いつもならば、最後の俺の一言に対して罵倒してくるはずだが、今日はそれがない。
「諸君らの希望全てをかなえる宿はこの街のどこを探してもない。もし、そんな宿があれば、どうだ? 転移組の探索家はそこに集まるであろう。では全てをかなえようではないか! この探索家の宿シン・ニホンで!」
チュウジは有名ラーメン店の店主のような腕組みをやめると、両手をかかげてドヤ顔をする。
すげぇ名前だな。奴のことだから、「†黒薔薇亭†」とかつけると思っていたわ。
ていうか、シン・ニホンってなんだよ。プロレス団体の名前でなければ、ものすごくパチモンくさいだろう。外国のパチモン日本料理屋、入ったら、人生で味わったことのないような創作日本料理食わされそうなレベルの。
ミカとサチさんがぱちぱちと手をたたく。
俺も盛り上げようと、「愛してまーす」と叫ぶ。
その俺の首を「ウィー!」と雄叫びをあげながら突進してきたサゴさんが左腕で刈る。
対抗戦かよ?
倒れた俺に逆エビ固めを極めながら彼はうなるように言葉をつむぐ。
「ダメ、ですよ。他の、人がついてこれない、ネタに走るの、は! だから、君は、早口で、訳の、分からない話を、まくしたてる、コミュ障と、言われるんですよっ!」
少なくともサゴさんついてきて、悪ノリしてるじゃん。
そうツッコミを入れたかった。
しかし、逆エビに腰をやられる寸前の俺はツッコミを入れる前にギブアップした。
◆◆◆
それからはお宿シンニホンのオープンに向けて、部屋の掃除とちょっとした改装に励んだ。
傷んだベッドを取り替え、シーツを全て新しくベッドの数の倍発注する。
宿の中庭にカマドと大きな釜を2つしつらえる。
これでシーツを煮沸するだけでなく、宿泊客用の洗濯サービスをするのだそうだ。
扉は全て新しいものに取替え、錠前がしっかりつけられるようにする。
他に短時間の外出用の預かりサービスをカウンターでおこなうのだそうだ。
「で、俺のカレーはどこだよ?」
ドヤ顔をしたときにあいつにはちゃんとカレーが食いたいと伝えておいた。
まさか、俺だけ無視じゃないだろうな?
「まかせるのだ。クミンとコリアンダー、ターメリック、唐辛子。これはもう市場で見つけた。玉ねぎもトマトもある。にんにくも生姜もだ。ならばカレーだ!」
ミカ、サチさんの3人は最初ににんにくと生姜を刻む。
そのあとは玉ねぎをひたすら刻むようにと命じられている。
横ではサゴさんがじゃがいもをすりおろしている。
チュウジは人参とじゃがいもを大きめに刻むと湯を沸かした鍋に放り込む。
そして、フライパンでスパイスを炒る。
炒ったスパイスをあらかじめ用意してあった木の臼に入れると、「すりつぶせ」と俺に命じる。
俺がゴリゴリとやっている間にチュウジは中華鍋のような大きな鍋に油をそそぎ、丸のままのスパイスを油で炒めて、しばらくしてからにんにくとしょうがも炒める。スパイスの香りとにんにく、生姜の香りが立ち上る。
そして、刻みおわった玉ねぎを鍋に放り込む。
「ひたすらかき混ぜてろ。焦げそうだったら水を足してもかまわない」
チュウジはスパイスをすりつぶし終わった俺の左手に木べらをもたせて鍋の前に立たせる。
「おい、まだかよ?」
「もっと茶色くなるまでだ」
俺は炒める。
「おい、まだかよ?」
「もっとだ。貴様の家の犬の糞くらい茶色くなるまで炒めろ」
汚いたとえだな。
「この子はなんてこと言うの! 汚い言葉使っちゃダメでしょう」
案の定、チュウジはサチさんに怒られている。ざまぁ。
「シカタくんがいつも下品なことばっかり言うから、チュウジくんに感染っちゃうんだよ。気をつけようねっ」
おれにおつりならぬとばっちりが飛んでくる。
今回、俺は無罪なのに……。
ようやく炒め終わったところでチュウジ変わる。
チュウジは乱切りにしたトマトを鍋に放り込み炒めながらペーストにする。
俺が頑張ってすりつぶしたスパイスと塩が玉ねぎトマトペーストに投入される。
「あ、懐かしい匂いが……」
カレーの香りが俺たちの鼻孔をくすぐる。
「ヨダレ、たれそうだよ」
俺がからかうと、ミカはぱっと口元に手をやる。
「からかわないでよ、もー」
チュウジはカレーペーストを人参、じゃがいもを煮ていた鍋に放り込んで軽く混ぜていく。
おお、あの色になっているじゃないか。
ペーストを炒めていた鍋にウシの肉を投入すると手早く炒めて、これも鍋に放り込んで、しばらく待つ。
俺たちは無言で鍋を見守るだけだ。
「貴様のリクエストは学食のカレーだろう? 要するに日本のカレーっぽいものを作ればよいわけだ。それに必要なのはとろみ。片栗粉は見つけられなかったから、これを使う」
先程すりおろしていたじゃがいもをカレーの鍋に投入する。
ああ、デンプンでとろみをつけるわけか。
「先に言っておくが、勝手に味見とかしてはならぬぞ。特にそこの食い意地の張ったバカ。アミラーゼが入るからな」
アミラーゼぐらいは俺だってわかるわ。
デンプンを分解しないようにということだな。
俺は黙ってうなずく。
「煮込んでいる間に米を炊こう」
こちらは旅ぐらしで慣れたものだ。
火さえあれば40分もしないうちに米は炊ける。
「おいシカタ、大穴市場のそばの穴蔵亭という宿に言ってこい。そこに宣伝にうってつけのバカがいるはずだ」
この前、見かけたからなとチュウジ。
そう言われた俺は宿の外に飛び出して、全速力で穴蔵亭に向かう。
おあずけをされている犬の気分だ。
穴蔵亭の酒場から騒音が聞こえる。
ああ、こいつね。
耳につめる布もってないわ。
「おおー、シカタ! おまえ、どうしたんだよ、その腕? ずいぶん情けない姿になったもんだな」
騒音の主がこちらを視認して声をかけてくる。
「おまえは相変わらず悪運が強いようで」
「まぁ、善行をつんでいるからな。3年くらい前のあれ、今でもおぼえてるからな。俺をあんな面倒なことに巻き込みやがってよ」
面倒なことと言いながらも笑っている。
なんとか切り抜けたんだろう。
「そんなお前にプレゼントがあるんだよ。ちょっと来い。あと、建物に入ったら蚊の泣くような声で話せ。いいな」
10分後、開店準備中の俺たちの宿で苦情が来るのではとビクビクするくらいの号泣が響いた。
久しぶりにカレー食ったくらいで泣いてんなよ。
でも、久々の元いた世界の食べ物に俺たちも涙が出てきたのは確かだ。
少しカレーの塩減らしても大丈夫だったんじゃないかな。
◆◆◆
自分たちのベースキャンプにもなる宿の一通りの開店準備が終わった俺たちは一度ソのキャンプに戻った。
宿は彼らにも利用してほしい。
差別される彼らはなかなか都市に足が向かないだろうが、いつでも使える宿があることを知らせたかった。
それに俺たちが迷宮探索を実際にすることになると、キャンプになかなか戻れなくなるだろう。
永遠の別れとまでいかなくても、一度しっかりと別れを告げておきたかった。
キャンプで馴染みの小屋を周り、挨拶まわりをする。
いつでも戻ってこいという言葉が嬉しい。
宣教師2人組にも挨拶に向かう。
レフテラさんは別のキャンプを回っているということで不在だったが、ヴィレンさんが出迎えてくれた。
街で買ってきた土産の酒を手渡すと、彼は顔をほころばせながら言う。
「私たち宣教師は訪れた土地で朽ちるつもりで任につきます。野良宣教師になってしまった私たちですが、当初から気持ちは変わりません。私たちはいつでもここに居ますし、あなたたちのためにも扉を開いておきますからね」
そう言いながら微笑むと、彼は「もどってくる時は神にして神々に捧げる酒も忘れないように」とちゃっかり付け加える。
最後にチュオじいさんの東屋に向かう。
彼は孫3人と話をしている最中だった。
自分たちの旅立ちを告げる。
「お前らのウシは引き続き預かっておいてやる。帰ってきたときには驚くくらい増えているぞ」「気が済んだらいつでも帰ってこい」「お前たちの小屋はちゃんと取っておいてやる。たまに戻ってこい」
ジョク、ラン、グワンの孫3人組とそれぞれ固い握手を交わしたあとに抱き合って別れを告げる。
「お前たちがどの道を進もうとしているのかわからない。お前たちの道はどこかでワシたちと分かれるかもしれない。それでもワシの心はお前たちとともにある。だから、お前たちは誇りをもって自分の選んだ道を進むのだ。自信をもって道を歩みむのだ」
チュオじいさんはやたらと感動的なことを言う。
サゴさんを抱きしめ、「おまえの子を生みたい女はいるのだぞ」と告げて、サゴさんを苦笑いさせる。
サチさんを抱きしめ、尻をももうとし、「おまえのおかげで子どもたちが死ぬことが減った。新しい考えも良いものだ。感謝する」と告げる。サチさんは目に涙を浮かべ感謝の言葉を告げながらも、尻に忍び寄るチュオじいさんの手をぴしゃりとたたく。
チュウジを抱きしめ、「お前はソの英雄だ。別のところでもソの戦士の強さを見せてやれ」と告げる。いつも暗黒騎士だのダークヒーローだのを自称している男は他者から英雄と言われることに慣れていないせいで、顔を真赤にしている。
ミカを抱きしめ、尻をももうとし、サバ折りされ、苦しそうな声で「お前は強く優しく愛らしい。どこでもお前は戦えるし、どこでも受け入れられるだろう。ワシがもう少し若ければ……こ、腰が……」とうめく。ミカは照れながらサバ折りを緩めると、じいさんの手をねじりあげる。
最後にじいさんは俺の股間をつかんで、「お前は片手でも十分に強い。その強さを外でも見せつけてやれ。しかし、こちらはたまには使わないと、さらに縮むぞ」と告げる。
1人だけ扱いが違う気がするが、もう慣れた。
俺はじいさんを抱きしめて礼を言う。股間を握ったら俺は自信をなくしてしまうからやり返したりはしない。
思いっきり鼻から息を吸う。
草の匂いとウシの匂いを鼻孔に記憶させる。
小屋が立ち並び、カマドの前で煮炊きをする女性たちの姿を目に焼き付ける。
向こうではじゃれあった子どもたちが喧嘩になりそうだ。それも目に焼き付ける。
槍と盾で武装しながらウシに放牧に出かけようとする男たちの姿を目に焼き付ける。
そして、「行ってきます」と告げてキャンプを出る。
まぁ、ちょくちょく帰ってきそうな気もするんだけどな。
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