道化の世界探索記

黒石廉

文字の大きさ
上 下
90 / 148
第2部2章 草原とヒト

083 名前で呼ばれるあるいは大人の階段をのぼる

しおりを挟む
 戦闘後、傷を負っていたチュウジとサゴさんをサチさんが治療をする。
 ジョクさん、ラーンさん、グワンさんの3人もそれなりに傷を負っているが、彼らは癒し手の力を拒否し、持っていた薬草をすりこんだだけで済ませてしまう。
 「嫌っているわけではないんだ」
 ジョクさんが弁明する。
 「戦士の傷を消したら、戦った意味が減る」
 とラーンさん。
 「女がこの傷を褒めてくれる。撫でてくれる。その機会は失いたくない」
 グワンさんが笑いながら、自分の胸についた傷を指でなでる。
 彼は俺に近づくと、頬をすっと撫でて言う。
 「お前もこのあたりに傷をもらえば、もう少しましな面になるぞ」
 横にいたミカが首をぶんぶん横にふる。わかっていますとも。
 「以前、ここ思いっきり切り裂かれたんですけどね。そのときは悲鳴をあげられましたよ」
 ソの3人が大笑いする。
 ここだったら、傷あとに一晩中口づけをしてくれるぞ。
 そう言われて、その場面を妄想していると、思いっきり背伸びをした女の子にほっぺたを引っ張られた。
 「あ、傷、傷あとできちゃう」 
 一晩中、つねり続けてあげる。そう言う彼女に「それもいいかも」と返したら耳まで真っ赤になっていた。
 
 ウシにオークの亡骸を載せてキャンプ地に戻る。
 戦いとウシこそ全てと言わんばかりのソの価値観には驚かされることが多いが、見ず知らずの敵であっても丁重にあつかうというのは文句なしに気に入っている。
 戦わないで済むというのが一番なのだが、この世界にいる限りその選択肢をとれないことも多い。
 そして戦ったら最後どうしても怒りや憎しみにとらわれがちだ。そんな負の感情をリセットしてくれるような気がする。

 ◆◆◆

 キャンプ地に戻ると、真っ先にチュオじいさんが出迎えてくれた。
 両手をひろげてにっこり笑う俺の横をすり抜けて、ミカをがっちりと抱きしめ、そのあと、サチさんに頬ずりをしていた。
 このじいさん、結構スケベじゃないかしら。
 ていうか、じじい、ミカの尻を鷲掴みにして「もっと食べろ」とか言っていやがる。
 くそ、まだ触ったことないのに……。
 じーっと目から恨みビームを送っていると、チュオじいさんはようやくこちらにやってきて、俺の尻をもんで言う。
 傍らにいたジョクさんが通訳してくれる。
 「お前は食いすぎだそうだ」
 大きなお世話だよ。
 
 今回はこちらに死者はいなかった。
 それでも皆がクワや棒をもって集まってくる。
 穴を掘りおえると、前回と同じように亡骸を丁寧に横たえる。
 襲撃でとってきたウシを一頭、穴の横で殺して、血を捧げる。
 そして、何かしらの詠唱と唱和。
 唱和の意味は「お前は戦った」という意味なのだそうだ。
 俺たちも教えられた通りに発音をまねて唱和に加わる。

 ウシがさばかれるあいだに俺とサゴさん、それにチュウジは小屋に引っ張っていかれる。
 ミカとサチさんは女性が別の小屋に引っ張っていった。
 小屋の中で俺たちは上半身裸にされると、ウシの毛皮でつくった頭飾りを被せられ、首飾りをつけられる。
 白い顔料で顔と上半身に模様を描かれる。
 下半身は膝上の緩やかな腰布。
 文化祭でミニスカートをはかされたときのようにちょっとスースーする。
 
 外に出る。
 人々が大きな焚き火のまわりに集まっている。
 しばらくして、ミカとサチさんも別のテントから出てきた。
 
 思わず見とれてしまう。
 2人とも、上半身は短めのチュニック状のもの、下半身は俺たちと同じような緩やかな腰布。
 彼女たちは俺たちみたく顔に白い模様とかは描かれていない。
 鎧をつけているときはもちろんだし、鎧を脱いでいるときでも、あまり肌の露出した服をもっていない俺たちにとっては、へそ出しミニスカートみたいな姿は非常に刺激が強い。

 「おい、魔導騎士フェアリーナイト、お前は今幸せを感じているか?」
 ミカに見とれたまま横にいる同志に声をかけるも返事がない。
 右を向いてみると目付きの悪い座敷童子が真剣なまなざしで前方を見つめている。
 俺の声なんか聞こえないらしい。
 とんだエロガキだ。
 俺はチュウジを放っておいて、心の中のビデオカメラに集中する。
 足キレイだなとか、お腹引き締まってるなとか、胸元もうちょっと見たいとか鼻の下を伸ばしていたら、ミカがたたたっと走ってきて、俺のほっぺたを両手ではさんだ。

 「目がやらしい」
 「……すみません」
 「あたしのことを舐め回すような目で見てた」
 「……おっしゃる通りでございます」
 「でも、サッちゃんに見とれてたりしなかったのはエライ子だ」
 あなた一筋で見つめ続けますと返したら、そっぽを向かれる。

 「はいはい、お父さん、ラブコメは許しませんよ。みんな待っててくれてるんですから、恋人結界とか作るのはあとあと」
 サゴさんが俺たち4人を現実に引き戻す。

 チュオじいさんが俺たちの前に来る。
 彼も普段とは違って着飾り、右手には装飾の施された槍をたずさえている。

 そして、何事かを唱えると順番に俺たちの鎖骨のあたりを槍の穂先で薄くひいていく。
 血が出てくるとまた何事かを唱え、まわりの皆が唱和する。
 最後に俺たち5人を名前で呼び、ウシの血を俺たちの額に塗る。
 普段はナニが小さいみたいな恥ずかしいあだ名でしか呼んでもらえない俺もちゃんと名前を呼ばれている。
 周囲の人たちが陽気な声で叫ぶ。

 「お前らは一人前となって名を得た」
 ジョクさんが説明してくれる。
 「お前たちは、もう俺たちの一員だ」

 「どうやら、これはソの成人儀礼らしいな」
 チュウジがつぶやく。
 「成人式?」
 そう聞き返すミカにチュウジが説明を続ける。
 「我々がいた世界でも成人儀礼では死の危険すらあるような試練をくぐり抜けなければならないということがしばしばあるのだ」
 「バンジージャンプとかライオンを槍で仕留めるとかですよね」
 サチさんが補足する。
 この2人は本当にこの手の話が好きだ。
 ソの野営地でも常に観察したり、質問したりしているし、言葉のおぼえもはやい。
 いまだに通訳してもらわないと、ほとんど言葉が理解できない俺はちょっと恥ずかしい。
 せっかく仲間にいれてもらったのだから、もう少し真面目に言葉の勉強をしよう。

 「そういえば、ここの人たちもみんな大人になる前は名前が違ったの?」
 ミカがジョクさんに質問をしている。
 うなずいているジョクさんに俺も質問をする。
 「チュオじいさんの名前はなんだったんですっか?」
 ジョクさんがにやっと笑う。
 オレも以前聞いたことがあってな、そう言ってから教えてくれたあだ名はなかなか傑作だった。
 「小便を漏らして逃げた男」
 小便漏らさないか心配という俺への言葉はかつての自分の経験からだったのか。
 チュオじいさんは鼻を鳴らすと、ジョクさんに早口でまくし立てる。
 「よくない名前を変えるために、自分はがんばった。お前も小ささは変わらないが、名前を得られてよかったと思う、と言っている」
 チュオじいさんは目の前にくると、俺の股間を鷲掴みにしてにやっと笑った。

 俺たちの「成人儀礼」というのが無事に終わったことを祝う宴は明け方まで続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...