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第2部2章 草原とヒト
077 戦士の葬儀
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家畜泥棒との戦いを終えて、キャンプに戻る。
亡骸を背負ったウシを見ても、驚く人はいない。
1人だけ、ヨルの亡骸にすがって泣く女性がいたが、それもほんの少しの間だけだった。
「あれはヨルの妻だ。別れを告げている」
ヨルの兄ジョクさんが教えてくれる。
この人たちは俺たちから見れば、かなりドライに見える。
サチさんとチュウジが走ってくる。
「無事か?」「怪我人の手当を」
チュオじいさんの怪我を治療しようとしたサチさんをジョクさんが押し留める。
「これは戦いで得た傷だ。それを消してしまうのは戦士として恥ずかしいこと。オレたちはそう考えている」
「でも……」
「薬草と灰をすりこんでおけば、いずれ治る。じいさんはこの歳にして、また名誉の傷あとを得られる。お前の申し出はありがたいが、オレたちの考え方と少し違う。だから、こちらのことを考えてくれたその気持だけで十分だ」
チュオじいさんが傷を負った肩をさすりながらこちらを向く。
歯が何本か抜けた口がサチさんにニイッと笑いかける。
男たちが手に手に棒やクワのようなものをもって集まってくる。
「男たちは穴を掘るのを手伝えと言っている」
ジョクがチュオじいさんの言葉を通訳してくれる。
「さっそくこれが役に立つ時がきましたよ」
サゴさんが自分の武器の片側についたスコップで穴を見せびらかす。
俺はサゴさんから、手斧を貸してもらって穴を掘る。
チュウジはソの子どもからクワを借りて、それを振るっている。
人1人埋めるには大きな穴ができあがったあと、男たちはヨルの亡骸とオークの亡骸をそこに横たえた。
「オークも一緒に埋めるの?」
俺が思わずジョクにたずねると、ジョクはこともなげに答える。
「あいつらも戦士だ。戦いを終えた戦士は讃えられるべきだ」
3体の亡骸を穴に横たえると、ウシが一頭引っ張ってこられる。
穴の横で1人の中年の男がウシの喉を大きなナイフでかき切る。
男たちが暴れるウシをおさえると程なくして、ウシは力尽きる。
大きな木の器に受けた血を中年の男は穴の中に注ぎ、大きな声で何かを唱えると、周りの男たちも唱和する。
「あれはヨルの父でオレのオジだ。旅立った戦士たちを送り出す言葉を唱え、ヨルの友であり、ヨルと同じ名を持つウシを一緒に旅立たせた」
ジョクが俺たちに説明してくれる。
チュオじいさんがこちらに目配せをする。
「穴を埋めるのを手伝えと祖父は言っている」
俺たちは周りの人を真似て、手で土を救うと、ウシの血で湿った穴の中にかけていく。
穴の周りに集まった人々が交代で土をかけていくうちに3体の戦士たちの亡骸は見えなくなっていった。
墓標はたてない。
先ほど人のヨルの共として「旅立った」ウシのヨルは、今、血抜きをして、解体されているところだ。
ふさふさの毛皮がヨルの両親に手渡される。
両親は毛皮の裏についた肉や脂肪を丁寧にこそぎとっていく。
「しっかりとなめせば、ずっとヨルの毛皮とともにいられる」
ジョクが横で教えてくれる。
俺はよく理解できていないが、この毛皮が墓標もないなかで亡くなった息子をしのぶものなのだろうか。
「墓標などにこだわらない民族は我々の世界にもいるものだ。さして不思議なことではない」
チュウジがしたり顔で言うが、たぶん、あいつもこの奇妙な感覚は理解できていないだろう。
「ソと暮らすと価値観が変わる」
タケイさんが言っていたのはこのことだったのかもしれない。
その日の夕方は宴会がおこなわれた。
つぶしたウシがまんべんなく調理され、村人にふるまわれる。
「こうしてヨルはみなとともに生き続ける」
ジョクがチュオじいさんの横でつぶやくと塩をふって焼いただけの肉の塊を俺とミカにくれた。
「食えとじいさんが言っている。お前の男としての能力は頼りなさそうだが、戦士としてはそこそこやる。みなおしたソナソニジランダ、だそうだ」
認められるのは嬉しいが、いい加減その名前、別のに変えてくれないかな……。
「お前らはここで暮らしても良いとチュオは言っている。おまえはソマソとここで子をなせば良い。戦士の間に生まれた子は良い戦士になるだろう。ソナアンナナイには孫、つまり俺のイトコをやるとじいさんは言っている」
いきなり永住の誘いが来てしまった。
好意的に受け入れてくれるのはとても嬉しいが、気が早すぎる。
ただ、ちょっとだけここでの将来を考え、にんまりしてしまう。
隣でミカがあたふたとしている。
俺と同じこと考えているのかな。そんなことを考えて、またにまにまとする。
向こうではサゴさんはウシの乳酒とそれを蒸留したものを両手に持ち、ぐびぐびと飲みくらべている。
微発泡する乳酒は俺も飲んでいる。
乳酒蒸留酒はちょっときつすぎて、お付き合いになめる程度にしている。
乳酒はヨーグルトより酸味がきついが、慣れれば美味しい。そして、なんか腹にたまる。
この人たちは普段、ウシの血を茹でたものや、この乳酒だけで暮らしているのだから、なかなかすごい。
タンパク質はそれなりにあるんだろうけれど、この食生活でよくあの体を維持できるものだ。
宴は夜更けまで過ぎ、翌朝、一緒に家畜泥棒と戦った俺とミカ、サゴさんはそれぞれウシ一頭ずつをもらうことになった。
亡骸を背負ったウシを見ても、驚く人はいない。
1人だけ、ヨルの亡骸にすがって泣く女性がいたが、それもほんの少しの間だけだった。
「あれはヨルの妻だ。別れを告げている」
ヨルの兄ジョクさんが教えてくれる。
この人たちは俺たちから見れば、かなりドライに見える。
サチさんとチュウジが走ってくる。
「無事か?」「怪我人の手当を」
チュオじいさんの怪我を治療しようとしたサチさんをジョクさんが押し留める。
「これは戦いで得た傷だ。それを消してしまうのは戦士として恥ずかしいこと。オレたちはそう考えている」
「でも……」
「薬草と灰をすりこんでおけば、いずれ治る。じいさんはこの歳にして、また名誉の傷あとを得られる。お前の申し出はありがたいが、オレたちの考え方と少し違う。だから、こちらのことを考えてくれたその気持だけで十分だ」
チュオじいさんが傷を負った肩をさすりながらこちらを向く。
歯が何本か抜けた口がサチさんにニイッと笑いかける。
男たちが手に手に棒やクワのようなものをもって集まってくる。
「男たちは穴を掘るのを手伝えと言っている」
ジョクがチュオじいさんの言葉を通訳してくれる。
「さっそくこれが役に立つ時がきましたよ」
サゴさんが自分の武器の片側についたスコップで穴を見せびらかす。
俺はサゴさんから、手斧を貸してもらって穴を掘る。
チュウジはソの子どもからクワを借りて、それを振るっている。
人1人埋めるには大きな穴ができあがったあと、男たちはヨルの亡骸とオークの亡骸をそこに横たえた。
「オークも一緒に埋めるの?」
俺が思わずジョクにたずねると、ジョクはこともなげに答える。
「あいつらも戦士だ。戦いを終えた戦士は讃えられるべきだ」
3体の亡骸を穴に横たえると、ウシが一頭引っ張ってこられる。
穴の横で1人の中年の男がウシの喉を大きなナイフでかき切る。
男たちが暴れるウシをおさえると程なくして、ウシは力尽きる。
大きな木の器に受けた血を中年の男は穴の中に注ぎ、大きな声で何かを唱えると、周りの男たちも唱和する。
「あれはヨルの父でオレのオジだ。旅立った戦士たちを送り出す言葉を唱え、ヨルの友であり、ヨルと同じ名を持つウシを一緒に旅立たせた」
ジョクが俺たちに説明してくれる。
チュオじいさんがこちらに目配せをする。
「穴を埋めるのを手伝えと祖父は言っている」
俺たちは周りの人を真似て、手で土を救うと、ウシの血で湿った穴の中にかけていく。
穴の周りに集まった人々が交代で土をかけていくうちに3体の戦士たちの亡骸は見えなくなっていった。
墓標はたてない。
先ほど人のヨルの共として「旅立った」ウシのヨルは、今、血抜きをして、解体されているところだ。
ふさふさの毛皮がヨルの両親に手渡される。
両親は毛皮の裏についた肉や脂肪を丁寧にこそぎとっていく。
「しっかりとなめせば、ずっとヨルの毛皮とともにいられる」
ジョクが横で教えてくれる。
俺はよく理解できていないが、この毛皮が墓標もないなかで亡くなった息子をしのぶものなのだろうか。
「墓標などにこだわらない民族は我々の世界にもいるものだ。さして不思議なことではない」
チュウジがしたり顔で言うが、たぶん、あいつもこの奇妙な感覚は理解できていないだろう。
「ソと暮らすと価値観が変わる」
タケイさんが言っていたのはこのことだったのかもしれない。
その日の夕方は宴会がおこなわれた。
つぶしたウシがまんべんなく調理され、村人にふるまわれる。
「こうしてヨルはみなとともに生き続ける」
ジョクがチュオじいさんの横でつぶやくと塩をふって焼いただけの肉の塊を俺とミカにくれた。
「食えとじいさんが言っている。お前の男としての能力は頼りなさそうだが、戦士としてはそこそこやる。みなおしたソナソニジランダ、だそうだ」
認められるのは嬉しいが、いい加減その名前、別のに変えてくれないかな……。
「お前らはここで暮らしても良いとチュオは言っている。おまえはソマソとここで子をなせば良い。戦士の間に生まれた子は良い戦士になるだろう。ソナアンナナイには孫、つまり俺のイトコをやるとじいさんは言っている」
いきなり永住の誘いが来てしまった。
好意的に受け入れてくれるのはとても嬉しいが、気が早すぎる。
ただ、ちょっとだけここでの将来を考え、にんまりしてしまう。
隣でミカがあたふたとしている。
俺と同じこと考えているのかな。そんなことを考えて、またにまにまとする。
向こうではサゴさんはウシの乳酒とそれを蒸留したものを両手に持ち、ぐびぐびと飲みくらべている。
微発泡する乳酒は俺も飲んでいる。
乳酒蒸留酒はちょっときつすぎて、お付き合いになめる程度にしている。
乳酒はヨーグルトより酸味がきついが、慣れれば美味しい。そして、なんか腹にたまる。
この人たちは普段、ウシの血を茹でたものや、この乳酒だけで暮らしているのだから、なかなかすごい。
タンパク質はそれなりにあるんだろうけれど、この食生活でよくあの体を維持できるものだ。
宴は夜更けまで過ぎ、翌朝、一緒に家畜泥棒と戦った俺とミカ、サゴさんはそれぞれウシ一頭ずつをもらうことになった。
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