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第2部1章 指と異端と癒し手と
074 リターン・トゥ・ザ・キャピタル, バット・ノット・リターン・トゥ・イノセンス
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首都に戻った俺たちはルーマンさんから残りの報酬をもらった。
事件の首謀者を捕らえた俺たちにルーマンさんは大喜びで、全員の報酬に色を付けてくれた。
癒し手の互助組合には潤沢な資金が流れてきているようだ。
カルミさんは昇進し、ブレイズさんもしばらく互助組合に滞在するそうだ。
「ミカたんもサチたんもグズどもに飽きたら、ボクのとこに戻っておいでね。ボクの仲間にいつでもくわえてあげるからね」
みんな無表情でブレイズさんに丁寧に頭をさげる。
できれば、この人とはもう関わり合いになりたくない。
「敵」の亡骸を吊るすことを拒否した俺たちにカルミさんは内心怒り心頭だったらしく、互助組合に戻ってからは俺たちとは一切口をきかなかった。
こちらとしても願ったり叶ったりだ。
「献杯」
身を清めた俺たちは酒場の隅のテーブルで静かに酒を飲む。
トマさんたちと大騒ぎをしたときに食べた酸っぱいクレープもどきの上に煮込みが乗った料理を注文し、もそもそと食べる。
ああ、あのときはむちゃくちゃ楽しかったな。
みんな踊ったり、食べさせあったり、飲ませあったり。
目からなんか汗が出た。
ワインをわざと一気にあおり、むせたことにしてごまかす。
「……ステータスオープン」
俺は虚空を指でさすりながら、1人つぶやく。
「何をバカなことを言っているのだ? バカが」
チュウジが人をバカバカいう。
「いやな、もしステータス画面が現れたらさ、俺たち、たぶん、運の数値すごい高いんだろなって思ってさ。あのとき、俺たちが後方待ち伏せ組で最初からトマさんたちと戦っていたら、俺たちの中から犠牲者が出てた……あるいは全滅してたのかもしれないってな……」
「シカタ 男 クラス 童帝力11 知恵6 信仰心4 生命力14 素早さ11 魅力4 運17」
なんだよ、それ。さすがに知恵と魅力はもうちょっと高いんじゃないか。
「知恵と魅力に訂正を求める」
「知恵5 魅力3」
下がってやがる。相変わらずムカつく呪いの座敷童子だ。
「バカって言ったほうがバカなんだよ、バカ!」
「要するにお前はバカなのだろう。だから、難しいことを考えるな」
「だな。わかったわ。バカ」
俺はクレープもどきをつかむと、チュウジの口に詰め込んで黙らせる。
◆◆◆
翌日から俺たちはそれぞれ仕事を探した。
少しでもはやく日常に戻りたかった。
残念なことに事件解決後のカステの街は日常に戻るにはあまり良い環境ではなかった。
事件の首謀者はカステの有力な商人の1人で、取り調べの結果、街の有力者が他にも何名か捕らえられることになった。
俺たちがいた世界では考えられないような迅速な取り調べと裁判の結果、事件に関わった人間たちが公開処刑された。
鉄の王国というだけあって、幅広の鉄の剣による斬首刑だった。
目隠しをされた者の後ろで 綺麗な幾何学模様が彫られた刀身を振りかぶる派手な装いの処刑人に喝采がとぶ。
すでに気を失っているのか、あきらめきったのか微動だにしない罪人の首がどさっと落ちると、また喝采がとぶ。
処刑される罪人が多いこともあって、広場には普段ないような数の屋台まで出ており、さながら祭のようであった。
処刑された者の中にはアレフィキウムの村人たちももれなく含まれていた。
今後、あの村に偶然たどり着いた人は住人が消えた廃村を見て、どんなことを考えるだろう。
目をそらしているだけと言われようとも、公開処刑がおこなわれる前にはカステを出たかったが、それもかなわなかった。
俺たちは必要以上に外出しないようになった。
新しい装備を買い整える。仕事を探す。宿に帰って食事をする。それだけ。
◆◆◆
「俺たちは一度グラースに戻るよ。隊商の護衛の仕事が決まった」
ある日の夕食の時にタケイさんが俺たちに報告してくれた。
「君らは家畜取引の護衛だっけ?」
幸いなことに俺たちも前日に仕事が決まっていた。
仕事が決まったことで沈みきっていたみんなの雰囲気も多少良くなっている。
「そうっす」
「ソだけに……」
言ったら確実にすべる。そう思って口にしなかったダジャレをサゴさんは迷わず口に出す。
全員で聞かなかったことにする。
俺たちはソという牧畜民のところに家畜取引に行く商人の護衛をすることになった。
「あいつら、すごいからな」
タケイさんとジロさんが口をそろえて言う。
「筋肉がでしょ?」
以前もそんな話を聞いた覚えがある。
「筋肉だけじゃないって。考え方とか行動とか。ちょっと価値観変わるかもしれないな」
「だからさ、そこで色々と考えてこいよ」
タケイさんが俺の肩をがっちりとつかまえて言う。
「仲の良い人と戦うことになって辛かったと思う。でもな、君たちのおかげで俺は死なずにすんだ。それを忘れるなよ。君たちが迷わず戦ってくれたから、俺は生きていられるんだ」
彼はごつい手で俺の手を握るとぎゅっと握りしめる。
「ありがとう。だから、気に病むな。自暴自棄になるな。そして、この世界に染まり切るな」
多分、それは俺が言ってほしかった言葉だったのだろう。
悲しみと嬉しさが入り混じった涙が出た。
「バカ力過ぎですよ。痛くて泣いちゃうじゃないですか」
感傷的になっている俺のところに、ジロさんも寄ってくる。
俺は2人の大男に挟まれる。
タケイさんが俺の耳にささやく。
「気に病むなといえばだな……あいつらは筋肉だけでなくて、○ニも無茶苦茶でかいからな。君……ソの子どもに大きさで負けても、気に病むんじゃないぞ!」
「ソのち○ち○見て、粗○ンがさらに縮むって。うふ、ぐふ、ふふふふ」
いつの間にか近寄ってきていたサゴさんが心底しょうもないことを言う。
とうとう無視できなくなって、言い返してしまう。
「このハ、ハ、ハゲっ! サゴさんだって同じくらいじゃないですかっ!」
「頭だけじゃなくて股間も蒸れないように皮の帽子は装備から外す癖をつけておくんですよっ、マイボーイ」
タケイさんとジロさんがぐふっと笑う。
「サゴさんも面白いこと言えることがあるんですねぇ……」
阿呆なことで笑えるくらいに俺たちのところに日常は歩み寄りつつあるようだ。
◆◆◆
「さっき、何話してたの?」
宿の中庭で夜風にあたっているときに、隣にいたミカがたずねる。
「ああ、アニキたち? うん、気に病むなって。トマさんたちと戦ったこと。戦って倒してくれたから助かったってお礼言われたよ」
「そっか……誰かを助ければ誰かを見捨てる。たぶん、あたしたちが元いた世界だって同じなんだけど、ここだともっと直接的だよね……」
「そうだよね。だから気に病んじゃダメなんだ。あと、こんな世界だからって自暴自棄になるなってさ」
「お兄さんだけあって良いこと言うよねっ」
「だね」
俺はうなずいて、そっと彼女の肩を抱き寄せる。
良い匂いがして、俺は思わず顔をひきよせられそうになる。
彼女の耳が赤い。
こちらを向いた顔も真っ赤だ。
ああ、もしかして、このシチュエーションは……。
ミカが真っ赤な顔でいう。
「あ、あのね。さっき、サゴさんとタケイさんとジロさんと4人でゲラゲラ笑ってたでしょ。シカタくんがあんな笑い方するの久しぶりに見た気がしたから、嬉しかったよ」
「はは、あれは……まぁね……」
「何の話であんなに笑ってたの? サゴさんのオヤジギャグで笑うなんて珍しいよねっ! なになに? 教えてよ」
「『なになに』って、まぁたしかナニの話でさ……」
「……」
ああ、俺は何を言っているのだ……。
ミカの顔から赤みが引いて、彼女の唇がすぅーっと遠ざかっていく。
「いや、ちがうんだって! ソがでかいから気に病むなって話から……いや、俺、そんなに小さくないから。ていうかタケイさんたちが規格外で……」
だから、俺は何を言っているのだ……。
「バカっ! ヘンタイっ! 大きさとか聞いてないからっ!」
ミカにそっぽを向かれてしまう。
「ほんと、男の人ってバカみたい。でも、バカなこと言えるぐらいなら、少し元気になったよね」
「うん、まぁね」
「元気になったなら、よしっ! でも、ロマンチックな雰囲気ぶち壊したから、いろいろおあずけっ!」
俺はミカに「お手」と「おかわり」を繰り返しながら問う。
「『おあずけ』はいつまででしょうか? てか、『いろいろ』ってなんですか? ご飯を前にしたうちの犬みたいによだれ垂らして待ってていいですか?」
ミカは再び真っ赤になると、
「ずっとまってなさいっ! よだれはふきなさいっ! あと、『いろいろ』はいろいろ。ヒミツ!」
そう言うと、俺の額に軽くキスして彼女は宿の中に戻っていった。
彼女が笑っていられる時間が長くなるように。
そのためにも彼女を守らないといけない。
仲間に何かあってもいけない。
そして、俺も死んではいけない。
「命を大事に」
そうつぶやくと井戸水で顔を洗って、俺も宿の中に戻る。
事件の首謀者を捕らえた俺たちにルーマンさんは大喜びで、全員の報酬に色を付けてくれた。
癒し手の互助組合には潤沢な資金が流れてきているようだ。
カルミさんは昇進し、ブレイズさんもしばらく互助組合に滞在するそうだ。
「ミカたんもサチたんもグズどもに飽きたら、ボクのとこに戻っておいでね。ボクの仲間にいつでもくわえてあげるからね」
みんな無表情でブレイズさんに丁寧に頭をさげる。
できれば、この人とはもう関わり合いになりたくない。
「敵」の亡骸を吊るすことを拒否した俺たちにカルミさんは内心怒り心頭だったらしく、互助組合に戻ってからは俺たちとは一切口をきかなかった。
こちらとしても願ったり叶ったりだ。
「献杯」
身を清めた俺たちは酒場の隅のテーブルで静かに酒を飲む。
トマさんたちと大騒ぎをしたときに食べた酸っぱいクレープもどきの上に煮込みが乗った料理を注文し、もそもそと食べる。
ああ、あのときはむちゃくちゃ楽しかったな。
みんな踊ったり、食べさせあったり、飲ませあったり。
目からなんか汗が出た。
ワインをわざと一気にあおり、むせたことにしてごまかす。
「……ステータスオープン」
俺は虚空を指でさすりながら、1人つぶやく。
「何をバカなことを言っているのだ? バカが」
チュウジが人をバカバカいう。
「いやな、もしステータス画面が現れたらさ、俺たち、たぶん、運の数値すごい高いんだろなって思ってさ。あのとき、俺たちが後方待ち伏せ組で最初からトマさんたちと戦っていたら、俺たちの中から犠牲者が出てた……あるいは全滅してたのかもしれないってな……」
「シカタ 男 クラス 童帝力11 知恵6 信仰心4 生命力14 素早さ11 魅力4 運17」
なんだよ、それ。さすがに知恵と魅力はもうちょっと高いんじゃないか。
「知恵と魅力に訂正を求める」
「知恵5 魅力3」
下がってやがる。相変わらずムカつく呪いの座敷童子だ。
「バカって言ったほうがバカなんだよ、バカ!」
「要するにお前はバカなのだろう。だから、難しいことを考えるな」
「だな。わかったわ。バカ」
俺はクレープもどきをつかむと、チュウジの口に詰め込んで黙らせる。
◆◆◆
翌日から俺たちはそれぞれ仕事を探した。
少しでもはやく日常に戻りたかった。
残念なことに事件解決後のカステの街は日常に戻るにはあまり良い環境ではなかった。
事件の首謀者はカステの有力な商人の1人で、取り調べの結果、街の有力者が他にも何名か捕らえられることになった。
俺たちがいた世界では考えられないような迅速な取り調べと裁判の結果、事件に関わった人間たちが公開処刑された。
鉄の王国というだけあって、幅広の鉄の剣による斬首刑だった。
目隠しをされた者の後ろで 綺麗な幾何学模様が彫られた刀身を振りかぶる派手な装いの処刑人に喝采がとぶ。
すでに気を失っているのか、あきらめきったのか微動だにしない罪人の首がどさっと落ちると、また喝采がとぶ。
処刑される罪人が多いこともあって、広場には普段ないような数の屋台まで出ており、さながら祭のようであった。
処刑された者の中にはアレフィキウムの村人たちももれなく含まれていた。
今後、あの村に偶然たどり着いた人は住人が消えた廃村を見て、どんなことを考えるだろう。
目をそらしているだけと言われようとも、公開処刑がおこなわれる前にはカステを出たかったが、それもかなわなかった。
俺たちは必要以上に外出しないようになった。
新しい装備を買い整える。仕事を探す。宿に帰って食事をする。それだけ。
◆◆◆
「俺たちは一度グラースに戻るよ。隊商の護衛の仕事が決まった」
ある日の夕食の時にタケイさんが俺たちに報告してくれた。
「君らは家畜取引の護衛だっけ?」
幸いなことに俺たちも前日に仕事が決まっていた。
仕事が決まったことで沈みきっていたみんなの雰囲気も多少良くなっている。
「そうっす」
「ソだけに……」
言ったら確実にすべる。そう思って口にしなかったダジャレをサゴさんは迷わず口に出す。
全員で聞かなかったことにする。
俺たちはソという牧畜民のところに家畜取引に行く商人の護衛をすることになった。
「あいつら、すごいからな」
タケイさんとジロさんが口をそろえて言う。
「筋肉がでしょ?」
以前もそんな話を聞いた覚えがある。
「筋肉だけじゃないって。考え方とか行動とか。ちょっと価値観変わるかもしれないな」
「だからさ、そこで色々と考えてこいよ」
タケイさんが俺の肩をがっちりとつかまえて言う。
「仲の良い人と戦うことになって辛かったと思う。でもな、君たちのおかげで俺は死なずにすんだ。それを忘れるなよ。君たちが迷わず戦ってくれたから、俺は生きていられるんだ」
彼はごつい手で俺の手を握るとぎゅっと握りしめる。
「ありがとう。だから、気に病むな。自暴自棄になるな。そして、この世界に染まり切るな」
多分、それは俺が言ってほしかった言葉だったのだろう。
悲しみと嬉しさが入り混じった涙が出た。
「バカ力過ぎですよ。痛くて泣いちゃうじゃないですか」
感傷的になっている俺のところに、ジロさんも寄ってくる。
俺は2人の大男に挟まれる。
タケイさんが俺の耳にささやく。
「気に病むなといえばだな……あいつらは筋肉だけでなくて、○ニも無茶苦茶でかいからな。君……ソの子どもに大きさで負けても、気に病むんじゃないぞ!」
「ソのち○ち○見て、粗○ンがさらに縮むって。うふ、ぐふ、ふふふふ」
いつの間にか近寄ってきていたサゴさんが心底しょうもないことを言う。
とうとう無視できなくなって、言い返してしまう。
「このハ、ハ、ハゲっ! サゴさんだって同じくらいじゃないですかっ!」
「頭だけじゃなくて股間も蒸れないように皮の帽子は装備から外す癖をつけておくんですよっ、マイボーイ」
タケイさんとジロさんがぐふっと笑う。
「サゴさんも面白いこと言えることがあるんですねぇ……」
阿呆なことで笑えるくらいに俺たちのところに日常は歩み寄りつつあるようだ。
◆◆◆
「さっき、何話してたの?」
宿の中庭で夜風にあたっているときに、隣にいたミカがたずねる。
「ああ、アニキたち? うん、気に病むなって。トマさんたちと戦ったこと。戦って倒してくれたから助かったってお礼言われたよ」
「そっか……誰かを助ければ誰かを見捨てる。たぶん、あたしたちが元いた世界だって同じなんだけど、ここだともっと直接的だよね……」
「そうだよね。だから気に病んじゃダメなんだ。あと、こんな世界だからって自暴自棄になるなってさ」
「お兄さんだけあって良いこと言うよねっ」
「だね」
俺はうなずいて、そっと彼女の肩を抱き寄せる。
良い匂いがして、俺は思わず顔をひきよせられそうになる。
彼女の耳が赤い。
こちらを向いた顔も真っ赤だ。
ああ、もしかして、このシチュエーションは……。
ミカが真っ赤な顔でいう。
「あ、あのね。さっき、サゴさんとタケイさんとジロさんと4人でゲラゲラ笑ってたでしょ。シカタくんがあんな笑い方するの久しぶりに見た気がしたから、嬉しかったよ」
「はは、あれは……まぁね……」
「何の話であんなに笑ってたの? サゴさんのオヤジギャグで笑うなんて珍しいよねっ! なになに? 教えてよ」
「『なになに』って、まぁたしかナニの話でさ……」
「……」
ああ、俺は何を言っているのだ……。
ミカの顔から赤みが引いて、彼女の唇がすぅーっと遠ざかっていく。
「いや、ちがうんだって! ソがでかいから気に病むなって話から……いや、俺、そんなに小さくないから。ていうかタケイさんたちが規格外で……」
だから、俺は何を言っているのだ……。
「バカっ! ヘンタイっ! 大きさとか聞いてないからっ!」
ミカにそっぽを向かれてしまう。
「ほんと、男の人ってバカみたい。でも、バカなこと言えるぐらいなら、少し元気になったよね」
「うん、まぁね」
「元気になったなら、よしっ! でも、ロマンチックな雰囲気ぶち壊したから、いろいろおあずけっ!」
俺はミカに「お手」と「おかわり」を繰り返しながら問う。
「『おあずけ』はいつまででしょうか? てか、『いろいろ』ってなんですか? ご飯を前にしたうちの犬みたいによだれ垂らして待ってていいですか?」
ミカは再び真っ赤になると、
「ずっとまってなさいっ! よだれはふきなさいっ! あと、『いろいろ』はいろいろ。ヒミツ!」
そう言うと、俺の額に軽くキスして彼女は宿の中に戻っていった。
彼女が笑っていられる時間が長くなるように。
そのためにも彼女を守らないといけない。
仲間に何かあってもいけない。
そして、俺も死んではいけない。
「命を大事に」
そうつぶやくと井戸水で顔を洗って、俺も宿の中に戻る。
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