道化の世界探索記

黒石廉

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第2部1章 指と異端と癒し手と

062 レイヤー、盗人市場でぶらぶらする

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 「コスプレ」をした俺たちはとりあえず盗人ぬすっと市場と呼ばれる界隈をぶらつくことにした。

 いきなり根堀葉掘り聞き込み調査をはじめてもしょうがない。だから、まずはそれっぽいところを観察しながらぶらついてみようというのが俺たちの方針だった。
 盗人市場というのが表立ってアクセスできるところで一番うさんくさいところだという情報は宿のおばちゃんやアロさんに聞いてはいた。

 数日うろついてわかったことだが、盗人市場は多少ガラの悪いヤツが多いだけで、盗品が売買されていたりすることはない。すくなくとも看板に堂々と「盗品あります」とか書いていたりはしない。当たり前といえば当たり前だ。
 怪しげなにおいじたいはするが、歩いているだけではそのにおいまではたどり着けない。
 
 においといえば、良い匂いもしてくることがある。
 その匂いは世界最古の職業と言われる女性が発している。
 この界隈ではそこら中でおねえさんからおばあちゃんまで様々な年齢の方々がしなをつくって客を引いている。
 胸元あらわな服装でこちらにウインクとかしてくるおねえさんを見ると、情けないことに視線が自然とそちらに向かってしまう。
 「用心棒のチンピラ」役として最後尾を歩いていてよかったと思う。
 こんな姿を見られたらミカに幻滅されてしまう。

 俺たちは毎日どこかの酒場に立ち寄った。
 「用心棒のチンピラ」がテーブルの周りで立っている横で「不良のボンボン」の一行は酒を飲み、寄ってきた奴にはおごってやる。無礼な態度で「坊っちゃん」や「お嬢様」にからんできたやつは「チンピラ」が立ちはだかる。そして、夜遅く帰る。
 こんな日々が1週間ほど続いた。

 いくら溶け込むといっても、このままじゃらちが明かないと、相談していたある日、ようやく裏社会っぽい場面に遭遇した。

 酒場の看板をかかげながらも扉が閉められている建物、その中から歓声と怒号が聞こえてきたのだ。
 入り口に門番らしき体格の良い男が座っている。
 チュウジが扉に近づこうとすると、男はすっと立ち上がる。
 「用心棒のチンピラ」はマンガやテレビドラマを必死に思い出しながら、「坊っちゃん」を見下ろす門番に「ガンをとばす」。

 「今日は定休日でして」
 「楽しそうな声が聞こえるのが気になってな」
 「貸し切りってことですよ。またの機会をお待ちしております」
 大男は丁寧ながらも取り付く島もない。 

 〈暴れるか?〉
 チュウジをちらっと見る。
 手でこちらの動きを制する。俺はガンをとばしながらも大人しくしている。
 
 タイミングが良いことにちょうど先日酒場でおごってやった男の一人が通りかかった。チンピラこと俺は暴れなくて済みそうでちょっとほっとする。

 「坊っちゃん、この前はごちそうさまでした。今日は何をして遊ばれるので」
 「この酒場から何か良い匂いと声がしてきてな。ボクがこういう賑やかなところを好きなのは知ってるだろう?」
 チュウジが普段とはまったく異なる口調で答えている。

 〈こいつ、普通に喋れるんだよな。てっきり生まれた時から「我は暗黒神の申し子なり」とか言ってたんだと思ってたわ〉
 チュウジが一人称「我」以外を使うところをみる度に俺の頭には同じようなことが浮かび上がる。

 通りがかった男に笑顔で返事をしたチュウジは後ろを振り返るとサゴさんにアゴをしゃくって合図を送る。
 サゴさんはチュウジに一礼してから大男に近づくと、耳打ちしてその手に何かをつかませる。
 「きたねぇところですが、坊ちゃまがご覧になりたいようでしたら」
 2人の会話をきき、さらに金までつかまされた門番の大男の態度はころりと変わって扉を開けてくれる。

 中は通常通りに営業している酒場だったが、ホールの真ん中に人の輪ができているところが普通とは異なる。
 この人の輪が歓声と怒号の発生源であった。
 中でボクシングみたいなことをやっているようだ。
 倒れた側が立ち上がる前に思いっきり足払いをかけたり、お互いに蹴り合っていたりもしたので、キックボクシングあるいは総合格闘技とかいったほうが良いのかもしれない。
 ただ、キックボクシングというには足技のキレはなく、総合格闘技というには洗練されていない。
 一番正確な表現は……ケンカの見世物かもしれない。
 
 サゴさんはカウンターに行き、飲み物を注文する。
 俺はその間にご主人さま役のチュウジとミカのためにテーブルを確保する。
 ワインを入れた小さな陶器のかめとを手にしたサゴさんと人数分マイナス1の陶器のグラスを手にしたサチさんがやってくる。
 マイナス1である用心棒のチンピラこと俺はテーブルの横で腕組みして立ったまま、人の輪を眺める。

 俺たちはここに通い詰めた。
 
 チュウジは何試合かごとに金を賭けていた。自分が賭けた相手が勝つと、テーブルに呼んで酒を振る舞った。また、酒に釣られた人間が寄ってくると、そいつが横柄な態度を取らない限り色々と話を聞いていた。
 ミカはチュウジの横でキャーキャー言ったり、歓声を上げたりしていた。
 あんまり演技がうまいとは言えないが、観衆は酔っ払い中心だ。溶け込んでいる。
 サチさんは落ち着いた服装の彼女は不良ボンボンの軽薄な彼女とその教育係という役どころである。チュウジが飲みすぎそうになっているところをなだめたり、ミカが酒を飲もうとするのを「お嬢様」と呼びかけてとめる。
 俺は別の酒場でもやっていたように横に突っ立って、「ご主人さま」に無礼な口を聞いた酔っ払いを何人か放り出すことに専念した。普段だったら、自分に非があろうとなかろうと謝って相手をなだめるのだが、今は用心棒のチンピラ、ロールプレイ中である。申し訳ないが、膝蹴りしたり頭突したり、腹にパンチしたりしてつまみ出している。
 放り出す度に門番役の大男に金を渡して、酔っ払いが再度乱入してきて大騒ぎになることがないように気をつけていた。
 「坊っちゃん」の一行はそれなりにこのいかがわしい酒場になじんできた。

 ◆◆◆

 「貴様、あれに出られるか?」
 宿に戻ってきた夜、寝室でチュウジが俺に問いかけた。
 あれというのは人の輪の中でおこなわれている殴り合いのことである。

 「なんで、あんなもんに?」
 「不良の子弟は多少悪目立ちしないといけないだろう。近づく者に酒をおごったり、からんだやつをつまみだしたりしているだけだと時間がかかる」
 「言わんとすることはわからないでもないが、負けたら……」
 「死には死ないし、負けて戻ってきたら足蹴にして冷酷な不良子弟を演出するのに使えるだろう」
 「じゃあ勝ったら?」
 「金貨でも顔に投げつけてやる」
 「もらって良いのか?」
 「良いわけなかろう。あとで返せ」

 俺の配役はあまりにも不憫ふびんすぎる。
 俺はサゴさんにすがりつくように目配せをする。
 「まぁ、リスクとリターンを考えたら、悪い行動でもなさそうですね」
 俺が殴られることはリスクとして考えると許容範囲らしい。
 たしかに死ぬわけではないけど……。
 「大丈夫ですよ、君ならば。結構、死線をくぐり抜けてきたでしょう」
 サゴさんが俺の肩に手を置いてにっこりと微笑む。
 この人は、人を安心させるのがうまいもんだ。
 「シカタよりもミカ殿のほうが反対しそうだが……貴様も説得に参加するのだぞ」

 翌朝、案の定、ミカには反対された。
 当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、人を治すのが仕事なサチさんも反対のようだ。
 「たださ、もう調査開始から3週間過ぎて、タケイさんたちも俺たちも何もつかんでないしね……」
 すでに依頼を受けてから調査期間の4分の3が過ぎている。
 この3週間で新しい行方不明者こそ出ていないものの以前に行方不明になった者たちは帰ってきてはいない。
 何も報告できることがないことを報告しにいくと、ルーマンさんは怒ったりしないものの眼を伏せてしまう。

 「だから、ここでやれることをやっておきましょうということです」
 「それでも怪我したら、どうするんですか? 調査の最中だし、こんな事件が起こってるときに人前では治せないんですよ」
 「シカタなら大丈夫だ。案外こいつは図太いからな」
 「でも……」
 「だそうですぜ、お嬢様。坊っちゃんのお墨付きですぜ」
 食い下がるミカを俺はチンピラ役の喋り方でなだめる。
 「……わかった。だから、その喋り方やめて。あたし、普段のシカタくんのほうが良いよ」
 「ええ、ええ、はやく君の横を歩けるようにがんばるってことだよ。あ、でも後ろから見るミカさんの姿もまた……」
 (素敵だよ)と言葉を継ぐ前にほっぺたをみーっと引っ張られて口を封じられてしまう。

 「では、参りましょうか。坊ちゃま、お嬢様」
 サゴさんが促すと、俺たちはいつものように酒場へと向かった。
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