道化の世界探索記

黒石廉

文字の大きさ
上 下
66 / 148
第2部1章 指と異端と癒し手と

061 コスプレ

しおりを挟む
 俺たちは今、服屋にいる。
 目の前には新しい服に着替えたミカとサチさんがいる。
 
 ミカは薄い黄色いワンピース型のドレスを着ている。
 ふわりとした生地で腰のところは同じ色で染めたレースの帯のようなもので絞られている。
 ふわりとしたスカートは膝丈より少し上の長さで、小柄ながらもすらりとした足が伸びている。
 本人は足が太いとか言っていたが、どう見ても太くない。
 綺麗な刺繍のほどこされた短靴をはいた彼女のコンセプトはお金持ちのお嬢様の街遊び用スタイルである。
 肩まで伸びた髪の毛もきれいに整えられている。

 「もう一度上から覗いたらぶつからね」

 俺はそう警告されている。
 彼女の服装は胸元が大胆にカットされていて、背の高さがある俺が横に並ぶと、大変ドキドキするのだ。
 
 「俺の目は鉄、君の体は磁石。引き付けられるのも……」
 言い終わる前につねられた……。俺は吟遊詩人にはなれないようだ。
 素直に謝る。
 
 「バカっていいたいとこだけど、あたし、現金な子だから! これくれたから今回は許してあげるっ!」
 ミカがニッと笑って右手の薬指を見せる。
 宝石がついているわけでもない簡素な銀の指輪が光る。
 
 簡素だが、幾何学模様の彫金に惹かれてペアリングとして買ったのだ。
 本当はこっそり買ってびっくりさせる予定だったのだが、うまくいかなかった。
 指輪にサイズがあるとか、そんなの習ってない。ゲームの装備で指輪ってあるのは、あれどうなってんだよ?
 サゴさんに慰められながら宝飾店を出た俺は帰って、勇気のかなりの部分を消費して、彼女を誘った。BP勇気力なんてものがあればその大半を消費しての一撃。これを断られたら、残りすくないBPがマイナスになって、俺は泣きながら逃げ出しただろう。
 幸いなことに彼女はにっこり笑って了承してくれた。ただし、プレゼントではなく、プレゼント交換にしようというのが彼女の提案だった。
 だから「現金な子」というのはずいぶんと露悪的な表現だ。彼女も照れくさいのかもしれない。
 俺がなんかして照れてもらえるというのはなんだか嬉しい。
 
 彼女の笑顔はいつも素敵だが、それでも鎖かたびら着込んでいるときより、今の姿のほうが断然素敵でいつも以上に見とれてしまう。

 いつもなら、チュウジがここらへんで
 「シカタよ。ズボンの中に暗器を隠すのはやめたらどうなのだ? バレバレであるぞ?」
 とか煽ってくるところだが、今回はそれはない。
 あいつはあいつでサチさんに見惚れて真っ赤になっているからだ。

 サチさんは黒を基調とした落ち着いたこれまたワンピース型のドレスを着ている。
 スカートの丈はくるぶしくらいまであるロングスカートで、靴は普段はいているのとは別のショートブーツをはいている。
 落ち着いた服装のコンセプトはお手伝いさんだそうだ。こちらは胸元までしっかりと覆い隠されている。
 全体的に地味であるが、そんな中でワンポイントとなるのが胸元の銀のネックレスだ。
 これがなんとチュウジがプレゼントしたものなのだ。
 あいつがこれを買う時、横にいたが、まさか実際に渡すだけの勇気が奴にあるとは思わなかった。
 ただ、渡した後も奴の態度はぎこちないままだ。
 
 真っ赤になっているチュウジの肩をたたく。
 「おい、ドラ息子よ。お前はもっと偉そうに構えとけよ」
 
 チュウジもまた衣装を変えた。
 この街の若者の間で流行っているという左右で柄の違う縞のシャツとこれまた左右で柄の違う縞のズボンを身に着けている。
 シャツの右の柄とズボンの左の柄というように対角線上に同じ柄で揃えるのが、この街の裕福な(そしてガラの悪い)少年たちで流行っているらしい。
 みんなの前で駄々をこねて買ってもらった黒い立襟たてえりのサーコートは脱がせた。
 「似合ってる似合ってる! 中2病のお前にはぴったりだ」
 褒めてやったのに、チュウジは不満そうである。

 「お似合いでございますよ、坊ちゃま。このハゲには私が後で説教をしておきましょう」
 白シャツ、黒ズボンに灰色のベストに身をつつんだサゴさんがチュウジを褒める。

 ちなみに俺は服は変わらないが、頭を刈り込まれた。
 俺の場合、短くしたほうがよりチンピラっぽく見えるという個人的には納得のいかない理由による。
 スキンヘッドにするか、せめて頭頂部だけでも剃り上げるようにとサゴさんが訳の分からない説得をしてきたが、これは無視した。
 髪型は気に入らないが、ミカが頭を触ってくれるのは嬉しい。坊主頭はどうしてこうも人の手のひらを吸い寄せるものか。

 どうしてコスプレめいたことをしているのかというと話は数日前にさかのぼる。

 ◆◆◆

 「異端派の線と売買目的での誘拐の線、この2つを手分けして調べてみよう」
 タケイさんの提案に俺たちは乗った。

 異端派はそもそも癒し手の存在自体を忌避と言うか嫌っているところがある。
 そのようなところに癒し手であるサチさんが関わるのは危ないのではないか。
 チュウジがこう主張したので、俺たちは売買目的での誘拐について調べることになった。

 「結局のところ、どっちも危ないんじゃないか?」
 「十字軍から近年のテロまで宗教というのは人を思わぬ方向に突き動かす力があるのだ。それを相手にするなら金目当ての悪党のほうがまだ対応しやすい」
 俺の疑問に答えたチュウジにタケイさんが笑いながら突っ込んだ。
 「で、俺たちにその危ない方をやらせるってわけか」
 「まぁ、良いじゃん。俺たちのアイドルが危ない目にあうのは……いー、やぁ、だ、し、な。くそっ! まいったっ!」
 腕相撲をしていたタケイ隊のジロさんというスキンヘッドの巨漢がミカにねじ伏せられながら言った。

 ◆◆◆

 こんなやりとりから、あるかどうかもわからない闇市等の調査をすることになった俺たちは、情報が集まりやすいように変装(?)することになった。
 変装のコンセプトは裕福な家の不良息子とその彼女、そしてお付きの者どもである。
 刺激を求める不良のボンボンに悪い誘いがやってくることを期待というわけだ。

 「そんなことあるんですかね?」
 今一納得がいかない(そして、配役にも納得がいかない)俺はサゴさんに疑問をぶつけた。
 「昔、チーマーっていう不良グループが乱立しましてね。この人たち、君らみたいな結構頭の良いとこの坊っちゃんだったんですよ。それが恐喝にはじまり、パーティー券さばいたり、悪い人たちとつるんで薬物売買にも手を出したのもいたんですから。世界が変わっても金持ちのボンボンにつきまとう悪人はいるんじゃないんでしょうかね」
 他に良い調査方法も思いつかないので従っている。

 不良息子とその彼女はチュウジとミカ。
 世話係の女性はサチさん、お目付け役はサゴさん。
 俺は護衛をつとめるチンピラ。

 「ガラの悪さなら、チュウジだって負けてないだろ! ていうかこいつは呪いの日本人形ですよっ!」
 チンピラ役をあてがわれた俺は少し抵抗したが、
 「チュウジくんはガラが悪いというより、不気味なんですよ。この中で一番チンピラっぽくなりそうなのはシカタくんですよ」
 サゴさんが俺もチュウジも落としてまとめてしまったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...