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第2部1章 指と異端と癒し手と
053 旅路 上 旅暮らしと新たな力
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隊商の馬車が列をなして進む右側を歩く。
俺は革袋の紐をゆるめ栓をはずす。水を一口分、口に含み、ゆっくりと進む馬車を眺める。
目的地である鉄の王国の首都はまだ遠い。
今回の隊商は3人の商人の共同出資によって組まれている。
14台の馬車からなるこの隊のリーダーはヴェサ商会という中規模の商会で働くタルッキという男性だった。俺たちを面接した立派な髭の人だ。
この人に限らないが、商人たちは基本的に気さくで話好きな人が多かった。
「評判とつながり、これが商売の基本ですからね」
食事の時、タルッキさんはきれいに整えられたカイゼル髭の先をねじりながら話してくれたことがある。
「今は隊商の仕事を任されていますが、店頭に立つことだってないわけではありません。たとえば、私が横暴な態度をあなたに取ったとしましょう。店先で私を見かけたあなたはどうしますか?」
「回れ右して、別の店に行きますね」
「そうでしょう。あなたがアロのような評価される護衛になったとき、これまで邪険に扱ってきた隊商の仕事受けますか?」
「受けません。もう遅いって言って笑ってやるかなぁ」
「ねっ、いくらでも例をあげられます。私たちにとって、この態度は武器であり鎧であるんですよ」
彼は髭の先端をピンと指で弾きながら笑う。
こういう人がリーダーだったからか、隊商での旅は楽しかった。
日中は隊商を囲んで歩く。
3つの護衛チームはそれぞれが左右と後部を警戒しながら歩く。
「オレさまがいれば、そもそも危険の方から逃げていくんだよ」
護衛の仕事をして5年間、護衛中に武器を抜いたことがない男、抜かずのアロさんは休憩中こそへらへらと笑っているが、実際に歩いている姿を見ると神経を研ぎ澄ませているのがよくわかる。
「あの警戒姿勢と集中力、見習いたいものです」
サゴさんがぼそっと言う。俺はうんうんと何度も首を縦にふる。
夕方近くになると野営の準備を始める。
14台の馬車を円をつくるようにして止めると、ウマたちをつなぎ直し、エサをやる。
まず大きなテントを馬車の内側に建てる。
その後、自分たち用のテントも近くに設営する。
円錐形テントはやはり設営しやすく、中は思ったより広く感じられる。おそらく高さのおかげだろう。俺のように無駄に背丈があるやつには特にありがたい。
設営が終わってしばらく体を休めていると、夕飯の時間がやってくる。
シチュー専門と隊商のメンバーやベテラン護衛はからかうが、隊商が手配した炊事係のタネリさんのつくるシチューは美味い。
基本的に燻製肉や燻製魚と野菜、野草のシチューで毎日似たような味付けなのだが、自分たちで作るよりも数段美味い。
「魔法の調味料かなんかあるんですか?」
後学のためにと質問したら、「俺の仕事の秘密を奪おうとはふてえ野郎だ」と怖い顔で腕まくりをしたあと、破顔一笑する。
「冗談、冗談。これが魔法の調味料さ」と野菜の皮やクズを見せてくれた。
「それは捨てるゴミですよね」と言う俺に、タネリさんはチッチッチッと舌をならしながら、指をふる。
「ゴミなんてとんでもない。これを最初に放り込んでな、じっくりと出汁を取るだけで良いんだ。簡単だろう。アロやトマにも教えてやったんだが、あいつら『面倒くせぇ』とか言いやがる。一生、薄い塩スープでも飲んでろってんだ」
確かに面倒くさそうである。でも、それで味が変わるなら、そのうち試してみたい。
主食は二度焼きしたという固いパンか炊いた米である。
米の場合はシチューをどばっとかけ、固いパンはシチューにひたして食べる。
酒は出ないが、別の護衛は蒸留酒を持ち込んでいて、見張り番がまわってこないときは舐めるように飲んでいる。
「次回は私も持ち込みます」
サゴさんは宣言する。
今回は気のいい先輩たちにたまに飲ませてもらっているようだ。
酒が関わるとコミュニケーション能力が格段にあがる特殊能力でも持っているのだろう。
この人、訓練所で毎晩酒を出されていたら、俺たちとは別のパーティーに誘われていただろうなと思う。
そんなことになったら、俺は自称暗黒騎士とのデュオ。たぶん、街から出る前にのたれ死んでいただろう。酒が出たのが訓練最終日だけで本当に良かったと思う。
食事の前後はパーティーごとに交代で見張りをしながら、空いている時間はウマのブラッシングをしたり、雑談をしたり、勉強をしたりして過ごす。
勉強というのは、読み書きの習得である。
俺たちは旅の途中、サチさんに文字を習った。サチさんは他にもこの世界の神話を一部教えてくれたりもしたが、こちらは興味をもった俺が個人的に教えてもらったくらいだ。
現地の言葉をインストールするくらいだったら、識字能力も一緒にインストールしてくれよと俺はタワシの神様を恨んだものだが、勉強もまたけっこう楽しかった。
話し言葉に関してはネイティヴレベルということもあって、俺たちは目的地に到達するまでに簡単な読み書きができるようになっていた。
ちなみにサチさんの「教室」には他の護衛チームのメンバーも参加し、結果として、サチさんは親しみをこめて「先生」と呼ばれるようになった。
ウマの手入れはチュウジが驚くほどに上手だった。
俺はあやうく蹴られかけたが、チュウジは手慣れたものだ。
「お前のパパンの英才教育はすごいな。さすが英国特殊空挺隊のサバイバル教官だわ」
「貴様はもう少しネタの引き出しをひろげたほうが良い。同じネタの使い回しが目立ちすぎるぞ」
こう反発した後にチュウジは声をひそめて「実は違うのだ」と続ける。
「どうも新たな技能を獲得したらしいのだ」
チュウジがぼそっと重要な報告をした。たしか、こいつは普段使っている中2病スキルだけでなく、別のスキルを獲得するというスキルを持っていると言っていたな。
「まさか、ハーレム作る能力じゃないだろうな」
「もし、そうだとしたらどうなるのだ?」
「俺はお前をこの手にかけなければならない。これは義憤であって妬みではない。煉獄で苦しむ元の世界の仲間のためにも、俺はお前を殺らねばならない。齢18にして、大魔道士としての将来を確約されている主将のためにもだ!」
だいたい、こいつはラノベの主人公気取りのサーコート着込んで、女性に妙にもてやがる。手にかけるというのは冗談であっても、切り落とす必要はあるだろう。
「貴様はバカの蠱毒で勝ち上がってきた本物か。スキルはじゃじゃ馬ならしという」
「なにがじゃじゃ馬ならしだ! 誰か口説くのに使えそうな名前じゃないかっ!To kill, or to assasinate, that is the question……」
「静まれ、バカの帝王! notがないとパロディにもならないであろうが!」
「ハーレム禁止! ラブコメ死ね死ね団呼ぶぞ、こらぁ!」
言い争う俺たちのうなじに息がふきかけられかと思うと少し遅れて酒臭さが襲ってくる。
「はいはい、君たち、またお嬢様方にネタ提供するんですか? はい、チュウジくん、はやく説明してくださいね」
いつも通り、サゴさんに流されて、話はようやくチュウジのスキルの話に戻る。まぁ、原因は俺かもしれないが、俺は悪くない。チュウジがもげたり、爆ぜたり、腐っておちないのがいけないんだ。
チュウジによると、やつが獲得した新しい技能は生き物を慣らし、また騎乗ができるようになるものだという。
「とはいえ、騎乗ができるかどうかは試してみたことがないからわからないし、ウマももともと人馴れしているから、どれほどがスキルの力なのかは正直なところ、不明だ」
どうも、ヤマバシリのヒナと離れたあたりから、よくわからない感覚が芽生え、しばらくしてスキル獲得となったらしい。
「人馴れっていうけどさ、俺はウマに蹴られかけたぜ」
「あれは貴様がおかしいだけだ」
「それにしてもミカ殿は、このアホの神の依代みたいな奴のどこが良いのだ。アホの神の巫女になってしまうぞ?」
「うーん、そのアホの子みたいなとこかなぁ。犬でもさ、アホの子って可愛いんだよねっ」
ミカが答える。アホの子ってなんだよ、俺は犬じゃねぇと思ったが、俺も彼女のことをげっ歯類呼ばわりしていることが多々あるので、人のことはいえない。彼女可愛いし。
「チュウジくん、そこまでですっ!」
サチさんがチュウジを「メッ」としかりつける。
チュウジは基本的に俺以外の人のことは素直に聞く方だが、とりわけサチさんのなにか言われるとすぐにおとなしくなる。
奴の気持ちはもはやバレバレではあるが、さすがの俺でもそこらへんをネタにしない程度の良心はある。武士の情けってやつかもしれない。
俺は革袋の紐をゆるめ栓をはずす。水を一口分、口に含み、ゆっくりと進む馬車を眺める。
目的地である鉄の王国の首都はまだ遠い。
今回の隊商は3人の商人の共同出資によって組まれている。
14台の馬車からなるこの隊のリーダーはヴェサ商会という中規模の商会で働くタルッキという男性だった。俺たちを面接した立派な髭の人だ。
この人に限らないが、商人たちは基本的に気さくで話好きな人が多かった。
「評判とつながり、これが商売の基本ですからね」
食事の時、タルッキさんはきれいに整えられたカイゼル髭の先をねじりながら話してくれたことがある。
「今は隊商の仕事を任されていますが、店頭に立つことだってないわけではありません。たとえば、私が横暴な態度をあなたに取ったとしましょう。店先で私を見かけたあなたはどうしますか?」
「回れ右して、別の店に行きますね」
「そうでしょう。あなたがアロのような評価される護衛になったとき、これまで邪険に扱ってきた隊商の仕事受けますか?」
「受けません。もう遅いって言って笑ってやるかなぁ」
「ねっ、いくらでも例をあげられます。私たちにとって、この態度は武器であり鎧であるんですよ」
彼は髭の先端をピンと指で弾きながら笑う。
こういう人がリーダーだったからか、隊商での旅は楽しかった。
日中は隊商を囲んで歩く。
3つの護衛チームはそれぞれが左右と後部を警戒しながら歩く。
「オレさまがいれば、そもそも危険の方から逃げていくんだよ」
護衛の仕事をして5年間、護衛中に武器を抜いたことがない男、抜かずのアロさんは休憩中こそへらへらと笑っているが、実際に歩いている姿を見ると神経を研ぎ澄ませているのがよくわかる。
「あの警戒姿勢と集中力、見習いたいものです」
サゴさんがぼそっと言う。俺はうんうんと何度も首を縦にふる。
夕方近くになると野営の準備を始める。
14台の馬車を円をつくるようにして止めると、ウマたちをつなぎ直し、エサをやる。
まず大きなテントを馬車の内側に建てる。
その後、自分たち用のテントも近くに設営する。
円錐形テントはやはり設営しやすく、中は思ったより広く感じられる。おそらく高さのおかげだろう。俺のように無駄に背丈があるやつには特にありがたい。
設営が終わってしばらく体を休めていると、夕飯の時間がやってくる。
シチュー専門と隊商のメンバーやベテラン護衛はからかうが、隊商が手配した炊事係のタネリさんのつくるシチューは美味い。
基本的に燻製肉や燻製魚と野菜、野草のシチューで毎日似たような味付けなのだが、自分たちで作るよりも数段美味い。
「魔法の調味料かなんかあるんですか?」
後学のためにと質問したら、「俺の仕事の秘密を奪おうとはふてえ野郎だ」と怖い顔で腕まくりをしたあと、破顔一笑する。
「冗談、冗談。これが魔法の調味料さ」と野菜の皮やクズを見せてくれた。
「それは捨てるゴミですよね」と言う俺に、タネリさんはチッチッチッと舌をならしながら、指をふる。
「ゴミなんてとんでもない。これを最初に放り込んでな、じっくりと出汁を取るだけで良いんだ。簡単だろう。アロやトマにも教えてやったんだが、あいつら『面倒くせぇ』とか言いやがる。一生、薄い塩スープでも飲んでろってんだ」
確かに面倒くさそうである。でも、それで味が変わるなら、そのうち試してみたい。
主食は二度焼きしたという固いパンか炊いた米である。
米の場合はシチューをどばっとかけ、固いパンはシチューにひたして食べる。
酒は出ないが、別の護衛は蒸留酒を持ち込んでいて、見張り番がまわってこないときは舐めるように飲んでいる。
「次回は私も持ち込みます」
サゴさんは宣言する。
今回は気のいい先輩たちにたまに飲ませてもらっているようだ。
酒が関わるとコミュニケーション能力が格段にあがる特殊能力でも持っているのだろう。
この人、訓練所で毎晩酒を出されていたら、俺たちとは別のパーティーに誘われていただろうなと思う。
そんなことになったら、俺は自称暗黒騎士とのデュオ。たぶん、街から出る前にのたれ死んでいただろう。酒が出たのが訓練最終日だけで本当に良かったと思う。
食事の前後はパーティーごとに交代で見張りをしながら、空いている時間はウマのブラッシングをしたり、雑談をしたり、勉強をしたりして過ごす。
勉強というのは、読み書きの習得である。
俺たちは旅の途中、サチさんに文字を習った。サチさんは他にもこの世界の神話を一部教えてくれたりもしたが、こちらは興味をもった俺が個人的に教えてもらったくらいだ。
現地の言葉をインストールするくらいだったら、識字能力も一緒にインストールしてくれよと俺はタワシの神様を恨んだものだが、勉強もまたけっこう楽しかった。
話し言葉に関してはネイティヴレベルということもあって、俺たちは目的地に到達するまでに簡単な読み書きができるようになっていた。
ちなみにサチさんの「教室」には他の護衛チームのメンバーも参加し、結果として、サチさんは親しみをこめて「先生」と呼ばれるようになった。
ウマの手入れはチュウジが驚くほどに上手だった。
俺はあやうく蹴られかけたが、チュウジは手慣れたものだ。
「お前のパパンの英才教育はすごいな。さすが英国特殊空挺隊のサバイバル教官だわ」
「貴様はもう少しネタの引き出しをひろげたほうが良い。同じネタの使い回しが目立ちすぎるぞ」
こう反発した後にチュウジは声をひそめて「実は違うのだ」と続ける。
「どうも新たな技能を獲得したらしいのだ」
チュウジがぼそっと重要な報告をした。たしか、こいつは普段使っている中2病スキルだけでなく、別のスキルを獲得するというスキルを持っていると言っていたな。
「まさか、ハーレム作る能力じゃないだろうな」
「もし、そうだとしたらどうなるのだ?」
「俺はお前をこの手にかけなければならない。これは義憤であって妬みではない。煉獄で苦しむ元の世界の仲間のためにも、俺はお前を殺らねばならない。齢18にして、大魔道士としての将来を確約されている主将のためにもだ!」
だいたい、こいつはラノベの主人公気取りのサーコート着込んで、女性に妙にもてやがる。手にかけるというのは冗談であっても、切り落とす必要はあるだろう。
「貴様はバカの蠱毒で勝ち上がってきた本物か。スキルはじゃじゃ馬ならしという」
「なにがじゃじゃ馬ならしだ! 誰か口説くのに使えそうな名前じゃないかっ!To kill, or to assasinate, that is the question……」
「静まれ、バカの帝王! notがないとパロディにもならないであろうが!」
「ハーレム禁止! ラブコメ死ね死ね団呼ぶぞ、こらぁ!」
言い争う俺たちのうなじに息がふきかけられかと思うと少し遅れて酒臭さが襲ってくる。
「はいはい、君たち、またお嬢様方にネタ提供するんですか? はい、チュウジくん、はやく説明してくださいね」
いつも通り、サゴさんに流されて、話はようやくチュウジのスキルの話に戻る。まぁ、原因は俺かもしれないが、俺は悪くない。チュウジがもげたり、爆ぜたり、腐っておちないのがいけないんだ。
チュウジによると、やつが獲得した新しい技能は生き物を慣らし、また騎乗ができるようになるものだという。
「とはいえ、騎乗ができるかどうかは試してみたことがないからわからないし、ウマももともと人馴れしているから、どれほどがスキルの力なのかは正直なところ、不明だ」
どうも、ヤマバシリのヒナと離れたあたりから、よくわからない感覚が芽生え、しばらくしてスキル獲得となったらしい。
「人馴れっていうけどさ、俺はウマに蹴られかけたぜ」
「あれは貴様がおかしいだけだ」
「それにしてもミカ殿は、このアホの神の依代みたいな奴のどこが良いのだ。アホの神の巫女になってしまうぞ?」
「うーん、そのアホの子みたいなとこかなぁ。犬でもさ、アホの子って可愛いんだよねっ」
ミカが答える。アホの子ってなんだよ、俺は犬じゃねぇと思ったが、俺も彼女のことをげっ歯類呼ばわりしていることが多々あるので、人のことはいえない。彼女可愛いし。
「チュウジくん、そこまでですっ!」
サチさんがチュウジを「メッ」としかりつける。
チュウジは基本的に俺以外の人のことは素直に聞く方だが、とりわけサチさんのなにか言われるとすぐにおとなしくなる。
奴の気持ちはもはやバレバレではあるが、さすがの俺でもそこらへんをネタにしない程度の良心はある。武士の情けってやつかもしれない。
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