道化の世界探索記

黒石廉

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第2部 前奏

051 仕事探しに休養に

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 装備を整えた俺たちは仕事を探すことにした。
 「公証人のところで隊商の護衛の仕事が出るのを待ちましょう」
 サゴさんが提案する。
 公証人は契約関係を保証する役人だ。
 俺たちは身をもって学ぶことになったが、酒場で受ける依頼は時として言った言わないの水掛け論になった挙げ句に踏み倒されることがある。
 それに対して、公証人のもとで受けた依頼で水掛け論になることはまずない。公証人がまとめた契約を覆すことは国家権力に楯突くことになるからだ。
 わざわざ手間暇金をかけて、しっかりとした契約を結ぶだけあって、公証人役場で仕事を受けるには身元がしっかりとしてなくてはならない。
 探索家として正式登録をするメリットの1つはここで仕事を受けられるようになることである。

 南街区にある公証人役場に行く。
 この街区は城壁外では一番治安の良いところで、懐かしき訓練所もこの街区にある。
 比較的綺麗な建物が多い中でもひときわ立派な建物が公証人役場だ。
 「しかし、まぁ、立派だよな。お屋敷って感じだわ」
 「キレイだよねっ。貴族が住んでるって感じ」
 それぞれ印象を述べる俺たちにサチさんが城壁内について話してくれる。
 癒やし手ヒーラーの訓練施設は城壁内にあり、自由な外出は許されていなかったものの、散歩できる機会もあったのだそうだ。
 「城壁内は外と違って、こういう綺麗な建物が多いんですよ」
 綺麗な建物があっても、素敵な市場があってもお金もってない私たちは見てるだけでしたけどね。サチさんはそうつけ加えて笑う。

 受付には大きな黒板があって、色々と書き付けられているが、そちらを見る人ばかりではない。
 素通りして受付に行く者も多い。
 「私たち、この世界の文字、読めませんしね」
 レア能力者として半年にわたって、しっかりと教育をうけたサチさんをのぞき、俺たちは文字を読めない。
 ここに出入りしている者の大半も俺たちと似たような境遇なのだろう。
 文字を習得するには、教師を雇う必要がある。雇った後に腰を落ち着けて学ぶ時間も必要だ。
 その日暮らし、寝なし草の俺たちみたいな探索隊には、なかなか難しい要求だ。
 ただ、幸いなことに俺たちはパーティー内に文字が読める仲間がいる。
 少しずつ教わりはじめたところだが、今のところ、黒板の依頼を読みとけるレベルには達していない。

 公証人の事務所に通い始めて3日目、俺たちは隊商の護衛の任務を見つけた。
 1人あたり1日銅貨80枚、食料支給という条件、公証人役場の受付で聞いたところ、相場通りの普通の依頼だそうだ。
 「薬草採集の依頼が1日銅貨40枚、山で危険手当がついて60枚、食料持ち込みでした。相場通りって言いますけど、比べてみると破格の待遇ですね」
 とサチさん。
 探索隊正規登録の威力を思い知らされる。
 「絶対、これ受けましょう。護衛任務だから危険ゼロとはいえませんが、そうそう毎回襲われるようなものではないでしょう」
 「サゴさん、それ、フラグっぽいからやめましょうよ」
 「大丈夫だよっ、うちにはフラグクラッシャーがいるからね」
 ミカがニコニコしながら、俺のことをつつく。
 「ふん、我が暗黒闘気があれば、雑魚など襲ってこないわ」
 〈そりゃズボンの中で暗黒闘気高ぶらせる変態を襲う奴はおらんわな〉
 俺は心の中でツッコミをいれる。

 「この依頼を受けたいのですが……」
 サゴさんが受付で頼むと、4日後に面接があるので、そのときに武装してくるようにと言われた。
 面接? 
 まさか、そこでトーナメントとかあって、「護衛ミッション選抜トーナメント天下一武○会篇」とか始まっちゃうのとか思ったが、そうではないようだ。
 となりにいたチュウジにこの考えを話したら、「貴様は脳みその代わりにカニ味噌がつまっているのか」とバカにされた。中2病のくせにむかつくやつだ。
 護衛にふさわしい、とりわけ見た感じ襲うの面倒と思わせるような装備をしているのかを見たいらしい。

 面接までの間は休養も兼ねて、街をぶらぶらして過ごした。
 ありがたいことに全員がまだそれぞれ銀貨10枚近く持っていたので、毎日、公衆浴場に通った。
 サチさんが来たこともあって、公衆浴場へは男組と女組に分かれて通うことになったのが俺的には残念だ。
 サゴさんはフォークソングの一節を歌って、「神田川ごっこは終わっちゃったけど、寂しがっちゃいけませんよ」と言う。
 見透かされているのが少し恥ずかしい。

 夕方前に男3人で公衆浴場へと向かう。
 3人並んで裸でころがされる。
 最初の頃は妙な遠慮をおたがいにしていたが、すぐに気にならなくなった。
 蒸し風呂の中、裸で垢を落とされ、その後、湯船に向かう。
 ちなみに最近は風呂に行く際に、市場で仕入れた木のコップと小銭を持参する。
 風呂上がりにサゴさんが一杯やりたがるからだ。

 酒を売る屋台や露店は目立つところに、原材料がわかる印をつける。
 シードルならばリンゴ、ジャガイモ酒ならばジャガイモが店先に置かれているわけだ。
 変わったところではよくわからない木の枝がぶらさがってるなんてのがあった。
 「見知らぬ酒があるのならば、そこに行かねばならないのです。彼女さけが私を呼んでいるから」
 訳のわからないことを言って、必ず「利き酒」しにいくサゴさんに引っ張られてついていくと、そこで売っていたのは樹液酒であった。
 ナフロンという木の樹液はさらさらとしていて甘く、それを壺にためると勝手に発酵するらしい。
 「ナフロンの木がどのようなものかはわからないが、樹液の酒といえば、元の世界でもヤシ酒というのが……」
 チュウジはいつものとおり解説してくれた。世界は違えども、環境次第で似たようなものは出てくるものなんだな。どういうわけか少し感慨深い。
 「うまいけど、これは……」
 コップに注がれた中には樹液につられて壺に飛び込み、そして溺れたあわれな虫たちがたくさん浮いている。
 「え、隠し味?」
 そう聞いたサゴさんは一瞬で否定されていた。みんな指で表面に浮いた虫を払って捨てながら飲んでいる。
 俺たちも意を決して飲んでみると、これがシュワシュワとしていてなかなか美味い。
 「発酵が続いているからでしょうね」
 「これ、この串焼き肉に合うわ。肉の脂と塩味、辛味が甘さと微発泡で洗い流されて……」
 追加の串焼き肉を買いに行く俺にチュウジが後ろから声をかける。
 「シカタ、食べ過ぎると醜く肥え太るぞ。あと、サゴ殿と我の分もついでに買ってくるのだ」
 お前も食う気満々じゃん。

 別の日には同じ店にミカを連れて行った。
 「男子チームが赤くなって帰ってくるのは長風呂のせいじゃなかったんだね。てっきり3人でずっと裸のお付き合いしてるのかと思ってたのにー」
 ミカは目を輝かせながら、彼女の趣味を考えるとどうにもひっかかることを言う。
 「壁ドンは君にしかいたしませんってば」
 俺は樹液酒から虫をできるかぎり取り除いてから渡す。
 「わ! たしかに虫いっぱい入ってるんだねっ。カルシウム?」
 彼女は案外ずぶとい。酒で溺れた虫たちを見て一瞬ひるんだ俺よりもたくましい。
 でも、そういうところが……内心でも惚気のろけるのっては恥ずかしいものだ。

 「で、もう1つ見つけたんだよ、これ!」
 と言って別の露店に案内する。
 樹液酒片手に屋台に入り、ピースマークをすると、店のおじさんはすぐさま準備をはじめる。
 「これって……?」
 おじさんは大振りな木の器を2つ出す。
 「そうそう、ラーメン……っぽいやつ」
 牛肉がごろごろと入った赤いスープの中に浮かぶ小麦粉製らしき麺。
 「うわ、辛っ!」
 ミカは涙を浮かべてる。
 「でしょでしょ。だから、こいつの甘みが辛さを和らげるのにちょうどいいんだ」
 俺は樹液酒を口に含む。舌をおそう辛いというより痛いに近い感覚が和らぐ。
 「辛いけど、手がとまらないね」
 「そして、汗もとまらないんだよな」
 「前の話、覚えててくれたんだ」
 以前、野営地で彼女はいつか素敵な彼氏にラーメン屋に連れて行ってもらうといい出したことがある。
 ただの雑談だし、笑い話なんだけど、頭のすみにこびりついてた。
 「そうそう、サゴさんが糸状のラーメンだけに釣られてとか意味不明な冗談言ってさ」
 「みんなで流しちゃったよね」
 ミカが笑う。
 「大学生にはなってないし、一緒にいる相手は素敵じゃないかもしれないけど……」
 みぃーっとほっぺたを引っ張られる。
 「素敵だよっ。素敵って言わない子はおしおきだから」
 「おしおきという言葉にはそれとなくかれるものが……」
 「へんたいっ」
 今度はつねられた。

 「日常って良いよね」
 帰り道、歩きながらミカが言う。
 「うん」
 俺はうなずく。
 この世界に来てからまだ2ヶ月弱だ。
 俺は毎月のように重傷を負っている。
 なのに、今、ここでは楽しいひとときを過ごしている。
 切り替えないとここではやっていけない。
 この楽しいひとときが続くように、この楽しいひとときをまた過ごせるように、非日常を生き抜かなくてはいけない。

 雨の匂いがする。今にも降りそうだ。
 「雨、降るかな?」
 「うん、降りそう。走ろっか?」
 俺たちは駆け出す。
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