40 / 148
第1部2章 捜索任務
037 惨劇の記憶
しおりを挟む
激高して、誰彼構わず当たり散らすナナちゃんをミカがぎゅっと抱きしめる。
「ナナちゃん、大丈夫だから。あたし、探しに来たから。一緒に帰るんだよ」
「簡単なお仕事って言われたのに……」
ナナちゃんはそう言うと、すすり泣き始めた。少し静かにはなったが、話が聞ける状態ではなさそうだ。
「何が起こったのか。私のほうから説明しますね……」
サチさんが話し出す。
サチさんの説明によると、山に入った日にいきなりヤマバシリのつがいに奇襲されたのだそうだ。
「つがい? たしか、この時期につがいはないはずだろう」
チュウジの疑問はヤマバシリの生態について教えを受けた者なら、誰しもが思うことだ。
ヤマバシリは通常単独で行動する。
このでかい鳥がつがいとして行動するのは、産卵直前からヒナが巣立つまでのわずかな期間である。
そして、その期間はもう過ぎている。そう習ったはずだ。
「つがいで行動する時期を避ければ、本来臆病な性質のヤマバシリが人を襲うことは稀……でしたよね」
「命が惜しければ、ヤマバシリがつがいで行動している時期に山に入るなってのも座学で習ったよな……」
「奇襲でカナさん……仲間が1人倒れました。一瞬であたりが血まみれになったのだけ、覚えています」
「……」
話したことはほとんどなかったが、訓練所の同期だから、顔は思い出すことができる。ショートカットのおとなしめの女の子だったはずだ。
「武器を抜いて無我夢中でそれをふりまわす私たちを置いて薬師の方が逃げ出しました。ヤマバシリは武器をふりまわす人間よりもそちらのほうが安全と思ったのでしょうか。2羽とも薬師の方のところに向かっていきました。薬師の方は足をくわえられて放り投げられていました。そのあと、2羽の間でひっぱりあいみたくなって……ものすごい悲鳴、絶叫……」
サチさんが目元をぬぐう。
「……」
俺たちは相槌をうつことすらできない。
1羽に奇襲されただけで総崩れになって敗走した俺たちだ。つがいに襲われていたら、今聞いている話とほぼ同じ状況を再現していたに違いない。
「私たちは逃げ出しましたが、走る中、背後で悲鳴は続きました……私、癒やし手なのに、傷ついている人を見捨てて逃げてきた……」
サチさんが下を向く。ぽろぽろと涙がこぼれ、洞窟の床に落ちては染み込んで消えていく。
「我は助けてもらった。そなたがここにいなければ、我は死んでいた。我は見捨てられておらぬ!」
チュウジが熱弁する。実際にサチさんがいなければ、こいつは死んでた可能性が高い。俺は最初の仕事で自分が死ぬような思いをしたにも関わらず、どういうわけか自分以外は絶対に怪我一つしないだろうくらいに思っていた節がある。おかしなことだらけで俺の認知は少し狂っているのか。それともまだ元の世界の感覚が抜けていないのか……。
「……ありがとうございます。この洞窟に逃げ込んだときは4人でした」
サチさんは目元をこすると話を続ける。
「洞窟に逃げ込んでから4日目の朝のことでした。キョウさんが外の様子をうかがおうと入口近くに向かった時に突然ヤマバシリの顔がそこに現れたんです。ヤマバシリは頭だけ突っ込んで、キョウさんを引きずり出していきました」
キョウという名前が出た時に、ナナちゃんが嗚咽をもらした。
キョウというのは訓練所で10日間で女の子といい感じになっていたやつだ。その相手がナナちゃん。リア充爆発しろとは思ったが、ばかでかい鳥についばまれてなんかほしくなかった……。
「……キョウの悲鳴が……。あたし何もできなかった……」
ミカがすすり泣くナナちゃんの頭を撫でている。
「それからずっと私たちはここにいます……。天井から落ちてくる水滴で水だけはなんとかなっていますが、食料はどうしようもありません。キョウさんとサエグサさんが、みんなの食料を担いでいたおかげで助かりましたし、節約もしてきましたが、もうほとんどありません」
捜索隊が派遣されるくらいだから、帰還予定日をとっくに過ぎている。2人ともげっそりとやつれているのは当然と言えば当然だ。
チュウジが荷物から燻製肉を取り出し、水を入れた革袋とともに2人にそっと手渡す。
「今朝、耐えられないと言ってサエグサさんが出ていきました。ここで飢え死にするのだけは嫌だと言って……。私は怖くて動けませんでした……」
「サエグサさんとは外で出会いました。助けられませんでした。ごめんなさい」
サゴさんが頭を下げる。
以上が、薬草採取の護衛という楽勝のはずの仕事で起こった惨劇である。
あのとき、少しはやく申し出ていれば、この仕事は俺たちが引き受けるはずだった。受けていたら、多分、最初の遭遇で全滅していたに違いない……。サチさんとナナちゃんには申し訳ないが、俺たちは彼女たちの不運な選択に助けられたことになる。
とはいえ、このままではジリ貧だ。
何とかしないと、食料はすぐに無くなるだろうし、それ以前に、天井から落ちてくる水滴だけではこの人数には足りない。早々に脱水症状で倒れるだろう。
そんな死に方は嫌だ。
いや、どんな死に方であっても死ぬのは嫌だ。
死なせたくない仲間もいる。
もう一度、市場でミカとクレープを食べたい。良い匂いのする石けんを一緒に探したい。
だから、まだ死にたくない。
考えろ、考えろ、考えるんだ俺。
「ナナちゃん、大丈夫だから。あたし、探しに来たから。一緒に帰るんだよ」
「簡単なお仕事って言われたのに……」
ナナちゃんはそう言うと、すすり泣き始めた。少し静かにはなったが、話が聞ける状態ではなさそうだ。
「何が起こったのか。私のほうから説明しますね……」
サチさんが話し出す。
サチさんの説明によると、山に入った日にいきなりヤマバシリのつがいに奇襲されたのだそうだ。
「つがい? たしか、この時期につがいはないはずだろう」
チュウジの疑問はヤマバシリの生態について教えを受けた者なら、誰しもが思うことだ。
ヤマバシリは通常単独で行動する。
このでかい鳥がつがいとして行動するのは、産卵直前からヒナが巣立つまでのわずかな期間である。
そして、その期間はもう過ぎている。そう習ったはずだ。
「つがいで行動する時期を避ければ、本来臆病な性質のヤマバシリが人を襲うことは稀……でしたよね」
「命が惜しければ、ヤマバシリがつがいで行動している時期に山に入るなってのも座学で習ったよな……」
「奇襲でカナさん……仲間が1人倒れました。一瞬であたりが血まみれになったのだけ、覚えています」
「……」
話したことはほとんどなかったが、訓練所の同期だから、顔は思い出すことができる。ショートカットのおとなしめの女の子だったはずだ。
「武器を抜いて無我夢中でそれをふりまわす私たちを置いて薬師の方が逃げ出しました。ヤマバシリは武器をふりまわす人間よりもそちらのほうが安全と思ったのでしょうか。2羽とも薬師の方のところに向かっていきました。薬師の方は足をくわえられて放り投げられていました。そのあと、2羽の間でひっぱりあいみたくなって……ものすごい悲鳴、絶叫……」
サチさんが目元をぬぐう。
「……」
俺たちは相槌をうつことすらできない。
1羽に奇襲されただけで総崩れになって敗走した俺たちだ。つがいに襲われていたら、今聞いている話とほぼ同じ状況を再現していたに違いない。
「私たちは逃げ出しましたが、走る中、背後で悲鳴は続きました……私、癒やし手なのに、傷ついている人を見捨てて逃げてきた……」
サチさんが下を向く。ぽろぽろと涙がこぼれ、洞窟の床に落ちては染み込んで消えていく。
「我は助けてもらった。そなたがここにいなければ、我は死んでいた。我は見捨てられておらぬ!」
チュウジが熱弁する。実際にサチさんがいなければ、こいつは死んでた可能性が高い。俺は最初の仕事で自分が死ぬような思いをしたにも関わらず、どういうわけか自分以外は絶対に怪我一つしないだろうくらいに思っていた節がある。おかしなことだらけで俺の認知は少し狂っているのか。それともまだ元の世界の感覚が抜けていないのか……。
「……ありがとうございます。この洞窟に逃げ込んだときは4人でした」
サチさんは目元をこすると話を続ける。
「洞窟に逃げ込んでから4日目の朝のことでした。キョウさんが外の様子をうかがおうと入口近くに向かった時に突然ヤマバシリの顔がそこに現れたんです。ヤマバシリは頭だけ突っ込んで、キョウさんを引きずり出していきました」
キョウという名前が出た時に、ナナちゃんが嗚咽をもらした。
キョウというのは訓練所で10日間で女の子といい感じになっていたやつだ。その相手がナナちゃん。リア充爆発しろとは思ったが、ばかでかい鳥についばまれてなんかほしくなかった……。
「……キョウの悲鳴が……。あたし何もできなかった……」
ミカがすすり泣くナナちゃんの頭を撫でている。
「それからずっと私たちはここにいます……。天井から落ちてくる水滴で水だけはなんとかなっていますが、食料はどうしようもありません。キョウさんとサエグサさんが、みんなの食料を担いでいたおかげで助かりましたし、節約もしてきましたが、もうほとんどありません」
捜索隊が派遣されるくらいだから、帰還予定日をとっくに過ぎている。2人ともげっそりとやつれているのは当然と言えば当然だ。
チュウジが荷物から燻製肉を取り出し、水を入れた革袋とともに2人にそっと手渡す。
「今朝、耐えられないと言ってサエグサさんが出ていきました。ここで飢え死にするのだけは嫌だと言って……。私は怖くて動けませんでした……」
「サエグサさんとは外で出会いました。助けられませんでした。ごめんなさい」
サゴさんが頭を下げる。
以上が、薬草採取の護衛という楽勝のはずの仕事で起こった惨劇である。
あのとき、少しはやく申し出ていれば、この仕事は俺たちが引き受けるはずだった。受けていたら、多分、最初の遭遇で全滅していたに違いない……。サチさんとナナちゃんには申し訳ないが、俺たちは彼女たちの不運な選択に助けられたことになる。
とはいえ、このままではジリ貧だ。
何とかしないと、食料はすぐに無くなるだろうし、それ以前に、天井から落ちてくる水滴だけではこの人数には足りない。早々に脱水症状で倒れるだろう。
そんな死に方は嫌だ。
いや、どんな死に方であっても死ぬのは嫌だ。
死なせたくない仲間もいる。
もう一度、市場でミカとクレープを食べたい。良い匂いのする石けんを一緒に探したい。
だから、まだ死にたくない。
考えろ、考えろ、考えるんだ俺。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
核醒のカナタ -First Awakening-
ヒロ猫
ファンタジー
日本に住む高校二年生永田カナタはひょんな事から同級生のワキオとマルタと共に別の世界に転移してしまう。様々な困難が待ち受ける中、果たしてカナタは無事に元の世界に戻ることができるのだろうか...
⚠この小説には以下の成分が含まれています。苦手な方はブラウザバックして下さい
・漢字
・細かい描写
・チートスキル無し
・ざまぁ要素ほぼ無し
・恋愛要素ほぼ無し
※小説家になろう、カクヨムでも公開中

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる