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第1部2章 捜索任務
035 遭遇
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俺たちは何事もなく山に入った。
山と言っても一日あれば登れてしまうようななだらかな山だ。
登山道があるわけではないので、歩きやすいとはいえないし、しんどいといえばしんどい。ただし、耐えられないほどでもない。
小さな洞窟があるという中腹までもさしたる距離ではないはずだ。
山に入ってから5時間程歩いた。登り始めにさしたる距離ではないはずとか思った自分を呪いたい。
「山はさすがにきついなぁ」
俺が愚痴ると、サゴさんがふーふーと息をしながら答える。
「それでも……歩けるんだからすごい……ものですよ。私たちは……やはり元の世界にいたときよりも体力あるんですねぇ」
「そのような能力付加や肉体改造ができるのならば、そもそももっと良い力を与えてくれれば良いのだ。多少身体能力が上がったとしても、それ以上に世の中が危険では意味がないであろう」
チュウジも愚痴る。
「ずっと山道歩いてばかりだと足太くなりそう。あたし、ただでさえ足太いのに」
ミカも嘆く。
俺はミカの言葉に釣られてミカの太ももに目をやってしまう。
「シカタくん、目がイヤラシイ。どこ見てるのかって、結構相手にわかるんだよ」
「いや太くなんかないということを言うためにはまず現物を……」
「イヤラシイ」
怒られてしまった。
そういえば稽古のときも目のすみで捉えるようにしろってよく言われたよな。
目のすみに胸元を……。
「ヘンタイ」
……俺は修行が足りない。
くだらない会話をしながら歩き、そろそろ件の洞窟に着くだろうというころに嫌な臭いがした。
「なんか腐った肉の臭いがするよね」
俺がつぶやくと、サゴさんは自分の首筋をかぎながら、「私じゃありませんね」とつぶやいた。
じっと見つめると、「シカタくんも20年もすれば私の気持ちがわかるようになりますから」と言われてしまった。
「どこかに動物の死骸があるのかしら」
「ヤマバシリの餌場かもしれないから、注意をしよう」
山に住むという肉食の巨大鳥のことが頭をよぎる。
「今の時期ならば、人間の集団を襲うようなこともないらしいが、用心するに越したことはない」
腐った臭いの正体は草と土でできた小山だった。
ぽつぽつと3つの小山がある。
小山からはそれぞれ手足や顔が突き出ている。
ミカが震えだす。
「……知ってる子たちだ……」
ミカは下を向いて嘔吐する。
俺は彼女を支えながら丸まった背中をさする。さすりながら、俺も吐き気を必死に我慢する。
「薬師らしき者も混じっている。今回の任務は救出任務ではなく遺品回収任務となったわけだ。しかし、なにはともあれ、一度、この小山から離れる必要が……」
チュウジの話をけたたましい鳴き声と悲鳴がさえぎった。
木の陰から3メートル以上はありそうな巨大な鳥が飛び出してきた。
大きな頭に大きなクチバシ、そして、よく発達した後ろ足、その先にはナイフのような鉤爪がついている。すべてがでかいのに翼だけはびっくりするほど小さい。チョコレート色の羽毛に覆われ、頭の大きさに似合わぬ小ささの真っ黒な目でこちらをぎょろりとにらむ巨大な鳥。恐ろしいことに、やつはクチバシで人間をくわえている。
実物を見るのは初めてでも間違いようがない。こいつがヤマバシリだ。
ヤマバシリはクチバシでくわえていた男の体を放り投げる。
「あ、あ、あ、あ、あ……たすけてたすけて、いたいいたいいたい……」
放り投げられた男が泣きながら助けを求める。
ぱっくり裂けた腹から飛び出た内臓を男は必死に押し込もうとしている。訓練所の同期、たしか、サエグサというやつだった。
「大丈夫か?今助ける」
そう叫んだチュウジに向かってヤマバシリがものすごい勢いで突進する。
さっきまで俺のとなりにいたはずのチュウジの姿が消える。
俺の隣に嫌な真っ黒い目が並び、遅れてやつがまとう腐臭がやってくる。
やばい、ちくしょう。
とっさに念じる。必殺の間合い!
今ならばこのアホ鳥をぶん殴れる。
視えたとおりに戦斧を足元に叩きつける。巨木に斧を入れるような感覚で手がしびれる。弾き返されてしまった。
「ケェー!」
たいしたダメージも受けなかったようですぐさま向かってくる。
戦斧の刃でクチバシの一撃を受け流そうと、右手首を返し、戦斧をやや寝かせる。
俺の体をついばもうとしたクチバシは右手の方にそれていく。
右肘のあたりに熱した鉄の塊を押し当てられたような熱さを感じた。
受け流しきれなかった。
かろうじてヤマバシリの首をけっとばし、左手一本で戦斧を怪鳥の首筋に落とし込む。
重力を使って振り下ろされた戦斧はヤマバシリの首筋に切り込みを入れる。
ギャギャギャー、気味の悪いクソ鳥の叫び声。
ヤマバシリはけたたましい鳴き声をあげると、一度こちらから離れていく。
そのすきをついて、俺は叫ぶ。
「ミカさん、チュウジを頼む」
ミカは吹き飛ばされて倒れていたチュウジを担ぐと走り出す。
もう一度、戦斧を構えようとしたが、右手に力が入らない。
左手で肩に担ぐ。
態勢を立て直したヤマバシリがこちらに駆けてくる。
「シカタくん、さがってください!」
サゴさんが俺の前に出て、口を大きく開けると酸のブレスを吐いた。
悲鳴のような鳴き声をあげて、逃げるヤマバシリ。
「今のうちに私たちも逃げましょう」
「彼はっ?」
ヤマバシリに腹を裂かれて泣きながら腸を押し込もうとしているサエグサが目に入る。
「もう手遅れです!」
「でも、まだ……」
「お前まで死ぬ気か!」
普段穏やかなサゴさんが俺を怒鳴りつけ、頬をはる。
痛みと驚きで頭が真っ白になった俺はサゴさんに手を引かれ、ミカとチュウジのあとを必死に追う。
「こっちよ!」
ミカの叫び声に導かれて、俺たちはなんとか洞窟にたどり着いた。
ヤマバシリはサエグサに夢中なのか、追っては来なかったようだ……。
脳裏でやつの悲鳴ともれでた内臓がリピート再生され、俺は盛大に嘔吐した。
山と言っても一日あれば登れてしまうようななだらかな山だ。
登山道があるわけではないので、歩きやすいとはいえないし、しんどいといえばしんどい。ただし、耐えられないほどでもない。
小さな洞窟があるという中腹までもさしたる距離ではないはずだ。
山に入ってから5時間程歩いた。登り始めにさしたる距離ではないはずとか思った自分を呪いたい。
「山はさすがにきついなぁ」
俺が愚痴ると、サゴさんがふーふーと息をしながら答える。
「それでも……歩けるんだからすごい……ものですよ。私たちは……やはり元の世界にいたときよりも体力あるんですねぇ」
「そのような能力付加や肉体改造ができるのならば、そもそももっと良い力を与えてくれれば良いのだ。多少身体能力が上がったとしても、それ以上に世の中が危険では意味がないであろう」
チュウジも愚痴る。
「ずっと山道歩いてばかりだと足太くなりそう。あたし、ただでさえ足太いのに」
ミカも嘆く。
俺はミカの言葉に釣られてミカの太ももに目をやってしまう。
「シカタくん、目がイヤラシイ。どこ見てるのかって、結構相手にわかるんだよ」
「いや太くなんかないということを言うためにはまず現物を……」
「イヤラシイ」
怒られてしまった。
そういえば稽古のときも目のすみで捉えるようにしろってよく言われたよな。
目のすみに胸元を……。
「ヘンタイ」
……俺は修行が足りない。
くだらない会話をしながら歩き、そろそろ件の洞窟に着くだろうというころに嫌な臭いがした。
「なんか腐った肉の臭いがするよね」
俺がつぶやくと、サゴさんは自分の首筋をかぎながら、「私じゃありませんね」とつぶやいた。
じっと見つめると、「シカタくんも20年もすれば私の気持ちがわかるようになりますから」と言われてしまった。
「どこかに動物の死骸があるのかしら」
「ヤマバシリの餌場かもしれないから、注意をしよう」
山に住むという肉食の巨大鳥のことが頭をよぎる。
「今の時期ならば、人間の集団を襲うようなこともないらしいが、用心するに越したことはない」
腐った臭いの正体は草と土でできた小山だった。
ぽつぽつと3つの小山がある。
小山からはそれぞれ手足や顔が突き出ている。
ミカが震えだす。
「……知ってる子たちだ……」
ミカは下を向いて嘔吐する。
俺は彼女を支えながら丸まった背中をさする。さすりながら、俺も吐き気を必死に我慢する。
「薬師らしき者も混じっている。今回の任務は救出任務ではなく遺品回収任務となったわけだ。しかし、なにはともあれ、一度、この小山から離れる必要が……」
チュウジの話をけたたましい鳴き声と悲鳴がさえぎった。
木の陰から3メートル以上はありそうな巨大な鳥が飛び出してきた。
大きな頭に大きなクチバシ、そして、よく発達した後ろ足、その先にはナイフのような鉤爪がついている。すべてがでかいのに翼だけはびっくりするほど小さい。チョコレート色の羽毛に覆われ、頭の大きさに似合わぬ小ささの真っ黒な目でこちらをぎょろりとにらむ巨大な鳥。恐ろしいことに、やつはクチバシで人間をくわえている。
実物を見るのは初めてでも間違いようがない。こいつがヤマバシリだ。
ヤマバシリはクチバシでくわえていた男の体を放り投げる。
「あ、あ、あ、あ、あ……たすけてたすけて、いたいいたいいたい……」
放り投げられた男が泣きながら助けを求める。
ぱっくり裂けた腹から飛び出た内臓を男は必死に押し込もうとしている。訓練所の同期、たしか、サエグサというやつだった。
「大丈夫か?今助ける」
そう叫んだチュウジに向かってヤマバシリがものすごい勢いで突進する。
さっきまで俺のとなりにいたはずのチュウジの姿が消える。
俺の隣に嫌な真っ黒い目が並び、遅れてやつがまとう腐臭がやってくる。
やばい、ちくしょう。
とっさに念じる。必殺の間合い!
今ならばこのアホ鳥をぶん殴れる。
視えたとおりに戦斧を足元に叩きつける。巨木に斧を入れるような感覚で手がしびれる。弾き返されてしまった。
「ケェー!」
たいしたダメージも受けなかったようですぐさま向かってくる。
戦斧の刃でクチバシの一撃を受け流そうと、右手首を返し、戦斧をやや寝かせる。
俺の体をついばもうとしたクチバシは右手の方にそれていく。
右肘のあたりに熱した鉄の塊を押し当てられたような熱さを感じた。
受け流しきれなかった。
かろうじてヤマバシリの首をけっとばし、左手一本で戦斧を怪鳥の首筋に落とし込む。
重力を使って振り下ろされた戦斧はヤマバシリの首筋に切り込みを入れる。
ギャギャギャー、気味の悪いクソ鳥の叫び声。
ヤマバシリはけたたましい鳴き声をあげると、一度こちらから離れていく。
そのすきをついて、俺は叫ぶ。
「ミカさん、チュウジを頼む」
ミカは吹き飛ばされて倒れていたチュウジを担ぐと走り出す。
もう一度、戦斧を構えようとしたが、右手に力が入らない。
左手で肩に担ぐ。
態勢を立て直したヤマバシリがこちらに駆けてくる。
「シカタくん、さがってください!」
サゴさんが俺の前に出て、口を大きく開けると酸のブレスを吐いた。
悲鳴のような鳴き声をあげて、逃げるヤマバシリ。
「今のうちに私たちも逃げましょう」
「彼はっ?」
ヤマバシリに腹を裂かれて泣きながら腸を押し込もうとしているサエグサが目に入る。
「もう手遅れです!」
「でも、まだ……」
「お前まで死ぬ気か!」
普段穏やかなサゴさんが俺を怒鳴りつけ、頬をはる。
痛みと驚きで頭が真っ白になった俺はサゴさんに手を引かれ、ミカとチュウジのあとを必死に追う。
「こっちよ!」
ミカの叫び声に導かれて、俺たちはなんとか洞窟にたどり着いた。
ヤマバシリはサエグサに夢中なのか、追っては来なかったようだ……。
脳裏でやつの悲鳴ともれでた内臓がリピート再生され、俺は盛大に嘔吐した。
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