道化の世界探索記

黒石廉

文字の大きさ
上 下
37 / 148
第1部2章 捜索任務

034 往路とごはん

しおりを挟む
 出発前日は食料を買っただけであったが、それ以前にも西の市場ではいくつか買い物をしていた。
 メンバーで案を出し合って、必要なものを銀貨2枚以内で買おうというものだった。
 
 ミカの提案は、針と糸、そして料理用の小型のナイフ。
 「みんなの服もすでに穴があいてぼろぼろでしょ。いちいち新しい服買う余裕もないし、必要だよ。あとはお料理用に小さなナイフがあれば、便利だよね」
 ごもっともということで全員一致で購入決定。あわせて銅貨40枚。
 
 チュウジの提案は針金。
 「山に入るのなら、罠があると良い。もしかしたら、新鮮な食料にありつけるかもしれないからな」
 ちなみにこの国でも狩猟には免許が必要だ。とはいえ、この免許制度は主に税収のためで、獲物を商店に持ち込んだりしなければ、黙認されているらしい。
 「罠の作り方なんて知ってるのか?」
 俺がたずねると、
 「貴様の大好きな『イン○ィージョーンズ』直伝だ。ただし、仕組みを教えてもらっただけだから、試行錯誤を重ねることにはなるだろう」
 とチュウジ。
 出費は3メートルちょっとで銅貨90枚。正確に言えば、両手をひろげたチュウジの左右の指先の間の長さ×2で銅貨90枚。言葉はわかってもこの世界の曖昧な単位体系には慣れるのは難しそうだ。なんにせよ、少し高いが、今後に期待ということで購入決定。
 
 俺の提案はヤスリ。
 「切れ味鋭い武器で敵を斬るというより、叩き潰す系の装備が多い俺たちだけど、刃を軽く研ぐヤスリはあってもいいかなって」
 これも無難に受け入れられた。銅貨40枚。
 
 サゴさんの提案はロープ。
 「罠をやるなら、獲物を引きずる、吊るす、何にでも使えるロープは必要でしょう。他にもロープがあって困る場面はありません」
 そのとおりだと全会一致で購入決定。10メートル程度で銅貨30枚。

 サゴさんは3メートルほどの木の棒を欲しいとも言い出したが、こちらは否決。
 「そんな棒何に使うんですか?」
 「ダンジョンで罠がないか、確認するんです!」
 「でも、あたしたち、ダンジョン潜った経験も潜る予定もないよ」
 「いや、これは浪漫ロマンなんですっ!」
 「サゴ殿、これは今度買うということでどうだろうか?」
 ダンジョンに潜るようなことがあったら、買うということでサゴさんには涙を飲んでもらうことになった。 

 山までの一週間は何事もなく進んだ。
 俺たちの野営の手際も大分良くなってきた。
 いまだにパーティーの中で一番下手くそではあるが、俺もようやく火打ち石で火を起こせるようになってきた。叩くというより削るような感覚のほうがうまくいくような気がする。
 また、今回は燻製魚だけではなく、燻製肉と少量ながら野菜も仕入れているので、食生活も前回よりも少し豊かだ。

 「燻製肉があるならば、今日は我が普段とは違った料理をしよう」
  2日めにチュウジがつぶやいた。
 「チュウジ、料理なんかできるのか」
 「これまでも散々披露ひろうしてきたであろう」
 「といっても、みんなでかわりばんこに炊き込みご飯やスープつくってただけだしな」
 「そういうんじゃなくて、なんか別のものなんだよね」
 ミカが目を輝かす。この子は痩せているが、結構食べる。ちまちま食べ続けるところがまたリスっぽくて見ていると楽しくなる。

 「あまり期待をされると困る。まだ調味料やスパイスを全然見つけていないからな」
 元の世界とこの世界ではどういうわけか野菜はほぼ一緒である。
 だから、ターメリックだのコリアンダーだのクミンだのというスパイスを見つければカレーだって作れるはずだが、残念ながら、まだそのようなスパイスは見つけていない。
 調味料に関しても味噌も醤油もないのが残念である。海が近いおかげで魚醤ぎょしょうはあった。
 買おうかと迷ったが、メンバーの誰も使いこなす自信があると言わなかったのでまだ買っていない。

 ちなみに動物は元の世界とがらっと変わる。たとえば、俺たちが買った燻製肉はウシの肉とされているが、このウシと呼ばれる生物の顔は元いた世界のウシとはかなり違う。
 ブタもなんか顔がちがう。街道でたまに見かけるウマにいたってはウサギの顔にウマみたいな体がついていてなんか妙である。
 
 見た目はともかくとして味はあまり変わらない気がするので、慣れてしまえばなんとも思わない。
 ゴブリンみたいな亜人がいる世界なんだから、動物の姿が多少違っているくらいで驚きもしない。

 「ぬるま湯に燻製肉をすこしさらして、もどす」
 チュウジが説明する。燻製肉ってそのままかじるかスープに放り込むだけだと思ってたわ。
 「シカタ、もどしおわった燻製肉はあとで細く切っておいてくれ」
 チュウジは俺にそう言いつけると、自分は手際よくタマネギを薄切りにする。

 「多めの油でタマネギを炒めてからトマトを加えて炒める」
 チュウジはしゃかしゃかと手を動かしてタマネギを炒め、甘い香りがしてきたところでざく切りにしたトマトを放り込む。その間に、俺は燻製肉を細く切っておく。
 「スパイスがあれば、ここに放り込んでカレーになるね!」
 「カレー食いてぇー」「ですねぇー」
 俺は口の中につばをためながらつぶやく。サゴさんの口の中も俺と同じ状態に違いない。
 「スパイスが見つかれば、カレーを作ろう。我も食べたくなってきたしな。今回はカレーの素ペーストスパイス抜きを脇において、戻した燻製肉を油で炒める」
 油がばちばちと弾けて、燻製肉に火が通っていく。炒めるというより揚げている。
 「で、最後にこいつをあわせる。燻製肉の塩気だけでいけると思うが足りなかったら好みで塩を足してくれ」
 
 見た目は肉の炒めものだが、一度水分を抜いた肉特有のぎゅっとつまった旨味とそれを水で戻したことによる柔らかさが同居している。
 「ビール、欲しいですね」
 「俺は米で十分です。ご飯がすすむ進む」
 「……」
 ミカはがっつりと口の中に詰め込んでいる。やっぱり、この子、頬袋あるんじゃないかな。
 「失礼」
 俺はちょっと彼女の両頬を人差し指でつついてみる。
 ミカの頬が真っ赤になる。彼女は急いで頬袋の中を空にして、言う。
 「いきなりつつかないでよ! なんか恥ずかしいよ」
 うん可愛い。
 そんなこと考えていたら、サゴさんは通りゃんせのメロディーを口ずさんで言う。
 「はいはい、ラブコメ禁止。せめて私たちのいないとこでやりましょうね。初々しくておじさんまで真っ赤になっちゃう」
 俺たちは真っ赤になって黙り込んでしまう。

 真っ赤に火照った顔を冷やそうと俺は頭をふってチュウジに話しかける。
 「まじでうまいよ。これ。お前にこんな特技があるとはなぁ」 
 「スパイスがあるともっと香りや味わいが複雑になるのだが、それは別の時にしよう」
 「これもチュウジパパのレシピだろ。お前のパパ、世界何カ国ぐらいまわってるの?」
 「正確な数は我も聞いたことがないが、南極以外の大陸は全て足も踏み入れたし横断も縦断もしたとは自慢していた」 

 軍隊はご飯が大切ってミリオタの同級生が言っていた。あのときは頭でわかっていただけだったが、今ならばそれが体でわかる。
 美味い飯があれば足取りも軽くなるものだ。
 
 こうして、俺たちは飯の力で士気を高く保ったまま山に入ることができた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

処理中です...