《完結》運命の人は運命の人だけではありません

ぜらいす黒糖

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運命の人は運命の人だけではありません

【前編】

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私は今、ビルの屋上から飛び降りようとしている。

私は柵の段になって少し高くなったところへ右足を乗せた。

「あれぇ?飛び降りるの?」

私が振り向くと、20代後半くらいの黒いスーツを着た若い男が右手に弁当、左手にペットボトルのお茶を持って立っていた。

私は冷めた目で、その男を見つめた。
 
この男のすることは分かる。

私を引き止めるのだろう。

私はかまわず左足も段のところへ乗せた。

後はこの柵を乗り越えればいい。

乗り越えて向こうに行けばいい。

ただそれだけ。

「腹減ったー、飯食おっと。」
 
男はすたすたと歩いて、私より5メートル位離れた柵の下に腰掛けた。

そしてお弁当を食べ始めた。

え?この男・・私を引き止めないの?

なら都合がいい。

私は柵のてっぺんの手すりを両手で掴み体を持ち上げようと勢いをつけるために少し、しゃがみ込んだ瞬間。

男が喋りはじめる。

「あーちょっと練習しようかなー。」

練習?

男がすっと立ち上がる。

「はい。そうです。」

「俺がこのビルの屋上に来たとき、彼女はもうすでに飛び降りる寸前でした。」

「年?そうですね。30代半ばくらいに見えました。」

はあ?

35歳に見えるってこと?

私が?

私は思わずその男に声をかけてしまった。

「28」

「え?なに?」

「28歳。私は28歳です!」

「あ、ごめん。よく見てなかったから。あーそう言えば若いね。あんた。」

その男は次にこう言った。

「じゃあ、そこは訂正することにするよ。」

訂正?

「え?年?そうですね。28位に見えました。」

「はい。はい。ええ。はい。そうですね。俺にはもう彼女を引き止めるだけの距離がなかったんです。」

「ビルの入口からこの柵まで離れ過ぎてて。」

「俺が弁当なんか買わずに、ここに来ていれば、彼女を止めることが出来たかもしれないのに。」

まさかこの男は、私が飛び降りた後のことを考えているの?

「いや違うなあ。」

「そもそも俺が弁当買ってなけりゃ、ここに来てないもんな。弁当の話はやめておこう。」

この男は私の飛び降り自殺を、マスコミに取材されたときの話しの種にするつもりだ。

「俺が気づいたときは、まだ飛び降りるまで時間があったので、俺、声をかけながら近づいたんです。」

「でも駄目でした。彼女の決意を翻すのは無理でした。ほんとにあっと言う間でした。」

「はい。そうです。ええ。気付いたときは、俺の目の前から・・・消えていました。」

考え込む男。

「やっぱりこれも今一か。」

「実際に目撃しないと説明に嘘がでるよな。」

男が私を見た。

ワクワクするような目で・・・・

自分の顔が引きつるような、生まれて初めての感覚だった。

私はどうすればいいのか。

このまま飛び降りるのか、取りやめるのか・・・。

私は躊躇していた。

どうしよう・・・。

どうしたらいい?

「あ!」

なによ!

「そうだ、これどうかな。」

そう言うと男は、また一人芝居を始めた。





 
         
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