Eclipse/月蝕症候群

青貴空羽

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脅威、狂気、恐怖

その17

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「ぎゃ……!?」
 元近藤だった化け物が顔を跳ねあげ、雄たけびを上げる。ガスは横から、叩きつけるように吹き付けてきていた。のしかかっている化け物もぎゃあぎゃあ喚いている。まるで動物園の猿山で騒ぐサルを連想される。賑やかだな、と他人事のように思った。その光景すら、白いガスに覆われる。
 ふとそれが、消化スプレーなのだと唐突に理解した。
「ぎゃっ!」「ぎょっ!」「ぐぎっ!」
 続いて訪れる、無数の化け物の鳴き声――いやおそらくは、悲鳴。普段の鳴き声も雄たけびにも悲鳴にも聞こえるものだから、なかなか気づきにくかった。その中に、痛みの色を感じられた。
 戒めが解かれた。
「…………っ!」
 とたん、生存欲求が復活する。こんなところで寝ていたんでは、100%殺される。だが立ち上がれば、足掻けば、逃げれば、それがほんの僅か、減らせる……!
 ガガガガ、という硬い音。
 背筋が、凍る。おいおい、まさか……今の音の正体に心当たりがありつつ、しかしこの平和な日本においてはその可能性を打ち消したくもありつつ、だけど化け物たちが離れた理由に他には心当たりがなくて――
 腕を、掴まれた。
「…………ぅ」
 うお、と言おうとして、それすら出せない疲労の極という現状を再度確認させられた。引かれる腕そのままに、身体がヨタヨタと駆けていく。そこで、気づく。化け物の類じゃない。それだったらここに拘束するか、もういっそそのままこの体に喰らいついているはずだ。それに加えて先ほどの硬い音といい、ひょっとして――
 視線を、掴まれている腕の先に。
 そこに、あまりに見知った横顔があった。肺に空気を送り込み、腹筋に力を入れ、喉に意識を集中し、その名を、呼ぶ。
「こ……古河」
 男は振り返り、いつもの人懐っこそうな笑みを作る。
「よ。遅れたな、謙一」
 男――古河は謙一の腕を引いていない方の右手を後方に向け――そこに持っている"サブマシンガン"の銃口を狙い定め、
「ぎょあッ!」
 ガルルルルル、という猛獣の唸り声のような掃射音。秒間推定十発前後にも及ぶ弾幕は、追いすがる化け物の群れをまとめて三、四匹ほど薙ぎ払う。もう一度肺に空気を以下略。
「お……お前……」
「おっと、」
 すると古河はサブマシンガンを、身体にバツの字につけているベルトで右肩に背負いなおし、反対側である左肩に背負っているボルトアクション式のライフルを構え、
「――シュート」
 ゴン、という重い音。再び「ぎょぺっ!」という本日一番の情けない雄叫びと共に、すぐ傍までにじり寄っていた近藤が視界最奥の向こうの壁まで吹き飛んでいくのが見えた。なんちゅう破壊力だ。
「さぁ、逃げるぜ謙一。……目と耳を閉じてろ」
 なんていう古河がちらつかせた右手の中にあったのは――
「ま……マジかよ」
 慌てて目を閉じ肩と残った手で耳を塞ぎ、そして古河はそれを確認して口元を吊り上げたあと、その手にあるものを化け物へ向けて、放(ほう)る。それは美しい弧を描き化け物の群れの中心へ到達し――
 轟音と閃光が、辺りを蹂躙した。
「ぐぎゃああああ!」「ぐおおおお!」「ぎいいいい!」
 化け物たちによる阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる中、謙一は古河に手を引かれて、死地を脱していく。スタン・グレネード弾。日本語でいう音響閃光弾というやつで、殺傷力はない代わりに爆音と閃光を発し、周囲の人間の視覚聴覚および平衡感覚を一時的に麻痺させることを目的とした手榴弾だ。まったく、さっきのサブマシンガンとボルトアクション式ライフルといい、まるで軍隊だ。
「ふっ……ふふ」
 そんな感想を抱きながらも謙一瞳を閉じて、心強い友人に会えたことと助かったことに安堵の笑みを浮かべていた。
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