Eclipse/月蝕症候群

青貴空羽

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遊月怜華

その38

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 あれから、半月が過ぎた。
 謙一と古河と亜希子は、転校を余儀なくされた。それも当然だった。生徒の9割と教師陣が消えた学校。雨井島高校が廃校になるのは、仕方のない流れだった。
 グラウンドに戻ると、死体の山は姿を消していた。
 その光景に、まるで全てが悪いユメだったのではないかという心地になった。既にゾンビ-北村とドクター三島と名乗っていた二人の黒服の男も、姿を眩ましていた。当然、ヘリも無い。彼らが何者だったのか、目的はなんだったのか、ゾンビの山はどこにいったのか。今となっては知る手掛かりは、ない。だからこの事件は警察の間では失踪事件として扱われているという。もちろん現在も、なんの手掛かりも見つかっていないらしい。
 遊月と千夏の死体だけが、図書館最奥の月が照らす展望室に、残されていた。
 二人の死体の状態は、対照的だった。千夏はうつ伏せに、外傷は少なかった。足が焦げているのと、右肩と左胸に切り傷。出血も、少なかったという。
 遊月は仰向けに、壊滅的な状態だった。全身を無数の外傷が覆い、出血で出来た血の池の上に浮いているような状態だったという。
 その時の記憶は、あまりない。
 古河、亜希子と一緒になだれ込んできた警察官たちに取り押さえられ、尋問を受けたという。だが自失状態で使い物にならず、解放されたという。その時の二人のフォローも大きかったのだろう。謙一が持っていた刀や古河の銃火器、亜希子の各種魔術がどうなったのかは、わからない。
 遊月の記憶は、ずっと残っている。
「おう、ここだここ」
「ちゃんと怪我は治ってるのかしら?」
 半月振りに会う場所が喫茶店というのも、この二人らしいとは思う。
 カフェ、ローズブラッド。直訳、薔薇の血。店内は目に痛い赤一色にまとめられていた。
「こんなとこ、普通病み上がりの人間を呼びつけるか?」
 ボヤきながら、席に着く。四人がけのそれは真四角で、広く、よく磨き上げられており、少し普段の世界とは違う場所に来たように錯覚させた。
「なによ、謙一はこういうとこ来ないの? ダメねぇ、だから彼女も出来ないのよ。こういう機微を、覚えないとね」
 いって、亜希子はカップに口をつけた。アンティークのそれと、さらには真紅のドレスを纏う亜希子はまるで中世の貴族のようだった。
「彼女は出来ないんじゃねえ。作ってないだけだ」
「だな。謙一はオレと一緒で、ストイック派」
 そういってゴクゴク紅茶を啜る古河は対照的なTシャツにジーンズ。ギャップと現代風なところが、逆に存在感を浮き彫りにしていた。
「一緒にするな。それで、そっちの調子はどんな感じだ?」
 既に置かれていた、だけどまだ湯気があがっているカップを掴み、啜る。紅茶を飲むのは、まるで血を飲み干している気分にさせた。トラウマは、まったく回復されていなかった。
 謙一の復学は、未だ出来ていない。精神的肉体的損傷が大きい、という医者のお墨付きを貰っている。そんな状態で外を出回るとまるでサボっているように思われ視線を集めるので、少し後ろめたかった。
「――で、お前らの方は?」
 謙一の言葉に、古河と亜希子はそれぞれ味のある笑みを浮かべた。
「謙一が学校来なくて、退屈だ。周り全部初対面っていうのも衝撃的体験だよな。はよこいサボり」
「なんちゃないわね。いつも通りよ。とりあえずわかったのは、学校と市の図書館じゃEclipseを調べるのには蔵書不足、ってことね」
 この二人の心の強さが自分にもあれば、と謙一は思った。

 そのあと三人で、千夏の実家と遊月の墓に向かった。
 千夏の両親からは事件の詳細をくわしく尋ねられたが、なにも確かなことがいえない自分が、歯痒かった。土下座し、誠心誠意謝り倒し、お悔やみを申し上げた。それに手を振りながらも家族は、泣いていた。自分も、泣いた。心苦しかった。本当は残る全員――保健室のクラスメイトや、近藤を始めとしたA組の十人に、康や戸波を含めたすべてのクラスの実家を回りたかった。だけど事件が未解決――つまりは殺人事件としてではなく失踪事件として扱われている以上、それは難しい相談だった。
 だから、空に祈った。魂の、冥福を。
 時は夕刻。禍々しい朱色の空には、幾羽かの烏が舞っていた。
 視線を前に戻す。そこには、石碑があった。そこには遊月家之墓、とあった。
 彼女の両親には、ここに来る前に既に会っていた。というか、向こうの方から会いたいと言ってきたのだ。その理由はわからなかった。最初はこの猟奇的殺人の犯人と思われ、報復のために接近されたのかと思った。しかし真相は、違った。
 遊月の日記が、病室から見つかったという。
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