桜咲く社で

鳳仙花。

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第三章

第十四話 形勢逆転

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 北部。

 「一体何……!」
ベルフェゴールは舌打ちをした後、砂煙を翼で吹き飛ばす。しかしその背後には嶄が構えており、咄嗟に翼で防御する彼を金棒で殴り飛ばした。
「なんて馬鹿力なんだ、ほんとにもう…っ面倒くさいなァ!」
翼を広げ、当たり一面炎の羽根で無差別に攻撃する。深く突き刺さった岩が炎上し、瞬く間に灰へ姿を変えた。
 「………貴様の羽根は肉を燃やさない。ならば敢えて貫通させ、傷を最小限にし、即座に閉じれば良い」
灰の中に立っていたのは武静だった。所々着物が燃え落ち、顔に纏っていた覆面が炎でくすぶりながら宙に舞う。その顔には火傷のような痣があった。
「そんな芸当、いつまでできるのかな。僕の翼はまだまだこんなにもあるというのに…」
そういって再び羽根を展開させるベルフェゴール。
「ってやったら君くるでしょ」
嶄が岩の壁を蹴り、飛んでいたベルフェゴールに向かって金棒を振り下ろした。ベルフェゴールは間一髪で身を翻して躱す。
「バカの一つ覚え、つまんないね君。そろそろその気配の無さに慣れたから」
「そうかよ」
嶄は特に気にもせず、着地するなり走り出した。ベルフェゴールは眉をひそめる。
 先ほど辿李の足元が光ったと同時に彼の姿が消えた。それと同時に上空から嶄が金棒を叩きつけに来たのだった。すぐに気がついたので難なく躱したが、嶄を見た時、その異常さにベルフェゴールは胸騒ぎを起こした。
 やがてその違和感は確証を得ることになる。
 「このゴミ共が……」
ベルフェゴールは、刀を顕現して飛び上がってきた武静に羽根を飛ばす。武静はその羽根を宙で全て切り捨てると、壁に足を付いて飛んだ。
 その身軽さにベルフェゴールは一瞬の隙を与えてしまう。武静の刃は彼の腕を肩から切り落とした。落とされた腕は即座に石化し、砕け散る。ベルフェゴールは青筋を立てて武静を蹴り飛ばした。
 「!」
嶄は飛んできた彼を片手で支えた後、金棒の代わりに武静の刀を掴み取り、ベルフェゴールの懐へと突っ込む。そして落とされて防御困難な腕側を狙い、袈裟斬りと横一文字に胸を斬る。
 嶄は鬼。鬼は妖力があやかしの中で最上位に君臨する。懴禍も鬼なのでどんなものかはベルフェゴールも知っているのだが、嶄は不気味なほどに妖力を感じなかった。
 静かに、そして確実にこちらの隙をついて回る彼の戦い方は鬼らしくない。鬼は自身の妖力を腕力や脚力に変換できる。圧倒的且つ単純故に戦いやすく、また対策しにくい。それが鬼というあやかしである。
 だが嶄は違った。たしかに妖力を腕力や脚力に変換させているようだが、妖力の漏れが只の少しもない。それ程洗練されていた。余分な力を抜き、必要な時に最大出力を出す。そんな戦い方だった。
 ベルフェゴールが嶄の攻撃を避け続けるのはその最大出力の腕力を喰らわない為でもあったのと同時に、彼を調子に乗せない為でもあった。
 懴禍が言うには鬼は元の妖力も軍を抜いているが、調子が良ければそこから更に上昇することもあるらしい。
「この程度で…この程度で僕が!死ぬとでも!?」
大量の血を流しながら石化し始める傷口を抑えるベルフェゴール。
「ああ、そうだ。お前は死ぬ」
嶄は血払いをして刀身から血液を振り落とした。
「貴様ら悪魔に、容赦も慈悲も要らぬ。冥界へと戻るが良い」
武静は酷く冷たい目でベルフェゴールを見下す。その目を見て奥歯を噛み締め、ベルフェゴールは悪魔らしい表情を浮かべた。
「……くそ、くそッ……クソッッッ!!!ゴミ風情の弱者がッッ僕を誰だと思ってる!僕は冥界の頂天に君臨する七つの大罪怠惰の悪魔、ベルフェゴール様だぞッ!貴様らなんかに負けるわけがないだろうがァ!!」
叫びながら再び羽根を仕向けてくるベルフェゴールを見て、武静は直ぐ様印を組んで地面に手を叩きつける。その瞬間大地がうねり、ベルフェゴールの体を捕縛した。そして騒ぎ続ける彼を飲み込み、やがてその質量を何かが潰れた音と共に収縮させる。
 「………貴様に勝てるわけが無いだろう。私は四神、武静なのだから」
そういうと、ゆっくりと立ち上がった。だが神力を使いすぎたのか一瞬体を揺らす。
「大丈夫ですか」
嶄が訊ねると武静は頷いた。
「ああ、問題ない。それよりお前は」
「俺も大丈夫です。流石に転送陣で飛ばされた時は驚きましたがね」
肩をすくめてそういうと、刀を武静へと返却する。
「それより、咄嗟とはいえ刀奪ってしまって申し訳ない」
「いや、いい判断だった。あの間合いで金棒を使うのは難しかったからな」
武静は刀を受け取ると鞘に収めて霧散させる。
 「…他はどうなったんでしょうか」
「わからない。式神が途絶えた事を見るに、各地で激しい戦闘が行われているんだろう。おそらく神族たちの武官も機能していない」
「……無事だと良いですがね」
「大丈夫だろう」
「いや、村や森が」
「………」
嶄は遠い目をする。武静も問題ないと返答したかったが、各地へ散っていった人員を考えると素直に頷けなかった。
 「これからどういたしますか」
「予定通り二手に分かれて守護を。すでに陣形は取れていない、神族の武官が襲われている可能性もある。見つけ次第あやかしを叩け」
「了解」
嶄はそういうなり壁を蹴って器用に谷底から飛び上がって後にする。武静はそれを見送るなり、別方向へと分かれて行動し始めた。




 東部。

当たり一面氷漬けになった森に、シンシンと雪が降る。
「……天候が崩れてしまいましたね」
「六花殿の妖力で雪雲が発生したようですね…」
空を見上げる六花に飛竜は答えた。そして視線を滝へ向ける。
 「………」
静かに睨みつけるリヴァイアサンが滝に貼り付けになっていた。
 否、かつて滝だったはずの巨大な氷に腕と尾ひれを絡め取られていた。
「私と出会ったのが運の尽きでしたね」
六花は淡々とそう言う。
「貴方だけではないのですよ。大気や地中の水が味方するのは」
飛竜は静かに水流で弓を作り出し、美しい行射ぎょうしゃで矢を構える。
「……何度も言ってるでしょ。私に水は効かないの。もう忘れたのかしら」
「ええ、なので」
飛竜は六花に目配せすると、何かを察したのかその弓に手を触れた。そこから凍結を始め、氷の弓が完成する。
「それは……!」
「貴方が操れるのは液体。他者が操るものであってもその手中に落ちる。そして屈強な戦士を生み出し自由自在…。でも個体や気化してしまったものは条件に含まれず、操れない。……そうでしょう」
そう呟いた飛竜の矢が手から離れ、リヴァイアサンの心臓を一瞬で射抜いた。
「……なぜ、それを…」
「簡単です。もし操れるなら、その氷だって砕いて出てくれば良い。いや、そもそもさっきだって子供を抱きかかえて逃げる嶄殿を、氷漬けにしてしまえばよかったのです。でもあなたはそうしなかった。何故ならできないから」
リヴァイアサンは何かを言おうとしたが、声を発する前にその瞳から光を失い、体が闇に溶けていった。
 「……」
息を吐いた飛竜は少し疲労を見せる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、少し彼女の操る水に神力が持っていかれただけです。ご心配は無用です」
飛竜の答えに六花はこれ以上何も言わなかった。
 「今から私は東の村や集落の結界を更に固めようと思います。飛竜様は如何なさいますか」
「俺は各地に式神を飛ばして状況確認しながら東龍ドンロンの街の結界を再度貼り直します。それが終わり次第少し獅伯殿の様子を見てまいります」
 先ほど入れ替わりの陣が発動し、嶄が消えた。その代わりに六花が現れたのである。おそらくこちら側の誰かの陣だろうと、そう判断した二人は慌てること無くそのまま共闘し、リヴァイアサンを撃破したのだった。ただもしこの入れ替わりの陣で極東にいる獅伯が姿を消していれば少々マズいことになる。なので一応の様子見をしに行こうという考えだった。
 「わかりました。ご武運を」
六花は律儀にお辞儀をすると走っていく。飛竜は小さな龍の式神を顕現し、空へと飛ばした。
「皆、無事であればよいですが…」
飛竜はそう呟くと滝の上まで飛躍し、東龍の街へと走っていった。
    
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