桜咲く社で

鳳仙花。

文字の大きさ
上 下
92 / 96
第三章

第十一話 極西

しおりを挟む

 同時刻、極西海面にて。


「あの馬鹿戦い始めたな…」
溜息をついてヤレヤレと首を降る寿鹿ひさろく。海面に神力を張っているからか、沈むことなく優雅に立っていた。
「まあ、戦わなきゃいけない事態にでもなったんだろうね。アイツは何かを護る事については信じられないくらい強情で頑固で一途だから」
呆れた物言いでそう言うと、上空を見上げる。
「君は、頑固な男と僕みたいに優雅で美しくて余裕のある男、どちらが好みかな」
「あら、気づいてたの」
空には女の姿があった。黒い羽と尾、そして露出の多い服装が特徴的なその女は、意外とでも言うように首を傾げる。
「隠してたつもりなんだけどなぁ…」
顎に人差し指を当ててあざとくそう言う女に、寿鹿は自慢げに胸を張った。
「僕は人一番気配を正確に把握できてね。ここから真逆にいるクソガキ獅子の存在も、ブレまくった神力の風牙も、不安そうな薫子ちゃんも……国外にすっ飛ばされた夢幻八華の事も、手に取るように分かるよ」
「あら、国外のことまでわかるの?素敵ね」
「こんな程度で褒められるなんて悪い気はしないね。もっとも、流石に国外に行かれると気配は追えないけど。わかるのは、あらかじめ彼を嵌める為に組まれた何かしらの高度な転送陣で、結界外に放り出されたという事くらいかな」
鼻高々に話す寿鹿。女は口角を上げる。
「アナタ、随分楽しめそうな男ね。私は色欲の悪魔、アスモデウス」
「僕は寿鹿、岩神だよ。よろしくね」
寿鹿は「……まあ」と呟き、薄く笑ってみせた。
「君達悪魔は宜しくする気なんてないと思うけど」
ピリッと走った寿鹿の神力。アスモデウスは上空からそれを感じていた。
 飄々ひょうひょうとした態度を崩さない岩神だが、けして隙があるわけではない。寧ろ辺り一面に神力を展開している。その証拠に、彼は海面に立っているというのに、その周囲には波が一寸たりとも立っていない。いだ海面はまるで大きな水溜りのように静かだった。
 「時間が掛かりそうね、アナタ…」
舌舐めずりしてそう言ったアスモデウスは、腕を大きく振り上げる。海面が不自然に揺らぎ、邪気を孕んだ黒い海水へ変化した。やがてそれらは収縮し、渦潮となる。
 アスモデウスは渦潮が完成すると、そのまま腕を振り下ろした。渦潮は真っ直ぐと寿鹿へ突進していく。
 寿鹿は槍を出し、石突いしづきで海面をトンと突いた。すると海中から岩石の壁が迫り上がり、渦潮は分厚い岩石に阻まれ粉砕した。飛び散る邪気に侵された水は神にとって毒となる。それを予め知っていたのか、寿鹿は突風で全て弾き飛ばした。その手隙にアスモデウスへ風刃ふうじんを飛ばす。
 アスモデウスは目を細めた。その悪魔の力に対する冷静すぎる態度に、違和感を覚えたのである。
「アナタ……ただの神サマじゃないわよねぇ?」
寿鹿に弾かれた邪気を収縮させると、アスモデウスは短刀状に変えた。
「いやいや、元々ただの神サマじゃないよ。なんたって僕は五大元素の神だからね。上級神といってもピンキリだけど、僕らはその中でも上位だ」
自分の髪を愛おしそうにクルクルとイジる寿鹿だったが、その視線をアスモデウスへ戻す。
「……まあ、君の知る神サマと違うっていうのは、良い線いってると思うよ」
「あら、それはどうして?」
「美人に聞かれたら全部答えちゃいたくなるね、実によくない」
でも紳士なら優しく教えるべきだよね、と片目をパチンと瞑ってみせた。
 寿鹿は海面を二度突くと海底から巨大な岩石をいくつも宙に浮かせる。その岩石を渡って上空へ向かった。アスモデウスと同じ高さまで来ると、槍を構え直す。
「僕はね…この世に存在する神の中で、最も多く、悪魔を殺してきた。もう数なんて数えてないけど、万は越えてると思う。さとい君なら判るよね、ハッタリなんかじゃないって事くらい」
「……へぇ、どおりで…」
ここで初めてアスモデウスの目の色に動揺が映った。寿鹿は先程から神力で体表を覆っている。邪気に侵された水が、いかに危険なものか分かっているからだ。知識として知っていても土壇場で対策するのは難しい。幾度となく悪魔と戦ってきた経験からくるものだろう。
「じゃあ、舐めてかからないで本気で掛かった方が良さそうね」
「そういうことさ。僕も時間はかけてられないからね」
寿鹿がそういうと、アスモデウスは薄っすら微笑む。
「アナタが警戒すればする程、眼前は大きく揺らぐのよ」
意味がわからず寿鹿は片眉を上げた。
「一体どういう……」
 その時。突如アスモデウスの体が霧散し、辺りは白い霧に覆われる。寿鹿は耳をピクッと動かしながら辺りを警戒した。
 しかし、思いの外簡単にアスモデウスの姿は寿鹿に見つかる。
「何かの罠かな」
「さあ、どうかしらね。試しに切ってみたら良いんじゃないかしら」
「そうだね、こういう時は…」
寿鹿は槍を構えると、眼の前のアスモデウスを斬り伏せるフリをして後方から迫ってきていたもう一体のアスモデウスを薙ぎ払った。
「……!」
アスモデウスの血液が舞い、首が落ちる。
「……こういう時は大体、囮と本命が存在する。そういう決まりだよね。まさかこんな簡単な罠使うとは思わなかったけど…」
寿鹿は槍を振って血払いした。アスモデウスの体が闇となって霧散していくのを見ながら、寿鹿は不思議な違和感を持つ。
「あれ、君……さっきまで短刀持ってたよね」
 その瞬間だった。
背中を大きく切り裂かれ、眼の前が大きくグラつく。
「……っ」
寿鹿はすぐに体勢を整え、背後を槍で薙ぎ払った。アスモデウスはひらりとそれを躱して羽ばたく。
「どうかしら、私の幻覚は。まるで肉と骨を斬ったような感覚だったでしょう?」
「……そうだね、不思議だ」
幻覚というものは、見破られれば後は子供騙しの場合が殆である。それに加え幻覚は幻覚、実体は無い。実体が無いものには触れようもないし、攻撃しようもない。だというのに、アスモデウスの言葉を信じるのであれば先程の幻覚による彼女の分身は、しっかりと肉と骨が存在した。実に気味の悪い能力である。
「私の幻覚は実体を持つ。でもそれだけじゃない。例えばこんなのも出せるのよ」
アスモデウスが指を鳴らすと、白い霧から岳詠穿がくようがが現れた。寿鹿は目を見開く。
「まさか、相手の記憶から人物を読み取れるのか」
「ええそうよ」
アスモデウスは岳詠穿に近づくと、そのたくましい腕に指を這わせた。
「これが私の能力、素敵でしょ?」
「………どうかな。僕は美しいとは思えないけど」
 背中の傷を塞ぎ切ると、寿鹿は再び槍を構える。
「なるほど、大方把握した。君はその力を使って人間を誘き寄せ、精力と魂を喰らって生きているんだな」
「ナイショ。女に秘密はつきものでしょう?」
アスモデウスは妖美に笑って唇を舐めた。
「嗚呼、それもそうかもね」
寿鹿もそれに応えるように薄っすら笑ってみせた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

処理中です...