桜咲く社で

鳳仙花。

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第三章

第八話 西部

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 少し遡り、西部
社をった虎文フーウェン火響かきょうは、式神の虎の背に乗って空を飛んでいた。
「邪気がやはり強いですね」
「そうだな、やっぱ村に結界張っといて正解だったわ」
三大神族が神殺しの実の脅威きょういさらされ、機能を失った今、結界以外に頼れるのは圓月に忠誠を誓うあやかしや、自分達の式神のみである。念のため神来社と黎明の武官を各村や街に配置してはいるが、全ての場所には向かえない上に神力は使えない。その為、抜けた穴や補助は二重に結界を張るか、式神やあやかしが守護することで保っている。
 「お?」
何かを見つけ、虎文フーウェンは式神に合図を送った。ピタリと空で立ち止まる。火響かきょう虎文フーウェンの視線を追って前を見た。
「………」
そこには龍の翼を羽ばたかせた男が居る。ジャラリとした飾りを首に付けたその男は、憤怒ふんぬの悪魔、サタンだった。
 虎文と火響に気がついたサタンは目を細める。
「……お前、悪魔だろ」
糸目をニヤつかせて笑う虎文。火響は目を少し見開いてサタンを見つめる。
「だったらなんだ」
「いや、一度でいいから戦ってみたかったんだ。悪魔と」
疑うこともなく敵と見た虎文は、虎の背から降りた。そして足元に風を舞い上がらせて宙に浮く。
「くだらん、時間の無駄だ」
サタンは腕を組んで見下した。
「どうしてそう考える?」
「戦うなど無意味。これからお前たちは戦うこともできず、一方的な殲滅せんめつを受ける」
「へえ、やってみろよ」
細い目が挑発するように開く。サタンは何も言わず、ため息を吐いた。
 次の瞬間。
「この程度が神か」
「…!」
背後を取られた虎文はその場から離れる。サタンの鋭い爪がかすり、纏めていた金色の髪がほどけた。
 火響も虎と共に距離を取る。
「愚かな。距離など無意味」
いつの間にか回り込まれていたらしく、虎ごと殴られ地面に叩きつけられた。
「火響!」
かなりの高さから落ちた火響だが、土埃のせいで下の状況は分からない。虎文は高速で回転する風を拳に纏わせるとサタンへ立ち向かう。近距離での打撃戦が続いたが、勝者はサタンだった。拳を上に弾かれ、肩から脇腹にかけて爪で袈裟斬けさぎりにされる。
 虎文は一瞬目を見開いたがニヤリと笑った。
「そうこねぇと」
サタンの腕を掴んで引き寄せると腹に拳をめり込ませる。サタンは腕を振り払い、虎文の顔に手を伸ばした。
 しかしその瞬間、下から勢いよく飛んできた火の玉に気が付き、翼で身を覆う。爆音と共に炎上するサタン。炎の熱に浮かされたのか、虎文は足元をグラつかせてその場から離脱した。
 「ご無事ですか」
虎文が地面に降りると尾が九本に増えた火響が走り寄る。
「俺は無事だ。それよりお前…」
「大丈夫です。少し油断しましたが、落下時に受け身を取りました。見た目より酷くはありません」
全身に打ち身の跡と、額を切ったのか血で左半分が汚れていた。出血は既に妖力で治癒させているようで、もう止まっている。虎文も先程の傷は神力で塞いだらしく、既に出血は止まっていた。
「随分と力が強い…」
「そうだなぁ……。俺はあんま力技との相性良くないからな、どうしたもんか」
やれやれとため息を吐く虎文。余裕そうに見えるが、やや息が上がっている。普段なら汗一つかかない筈なのだが、それだけ威圧感と手数が桁違いということなのだろう。
「……それに、我々の組み合わせも場合によっては致命的です。炎の熱は風を浮かせる」
虎文は「うーーん」と唸り、頬をかいた。
「整理しよう、俺の得意な戦い方は中距離と近距離打撃の複合戦法。風を纏わせた単純なもんだ」
「私は遠距離一択なのですが……」
火響は一瞬前のことを思い出す。サタンに火の玉が炸裂さくれつした時、虎文の風が激しく乱れ、グラついた。
「一歩間違えば事故になりかねません」
「違いないな」
虎文は浮かない顔のまま息を吐く。サタンは屈強くっきょうなその翼で炎を吹き飛ばした。虎文は拳に風を引き寄せる。
 現在、社側についている者達のひとりひとりの実力は、一部を除き申し分ない。しかし、どうしても相性というものがこの世には存在する。各地に散っている人員の組み合わせは、お世辞にも相性が良いとは言えない。むしろ致命的なほどに合わせられないのだ。
「火響。俺が前線に出る、お前は援護を」
「御意」 
虎文は再び足場を作ると上空へ飛んでいく。サタンは鼻で笑うと、急降下するように向かい打つ。
 サタンの持つ鋭い爪と翼、そして虎文が生み出す乱気流らんきりゅうは、地上に巨大な竜巻をいくつも出現させる。火響は激しく舞い上がる砂埃と瓦礫の中、火の玉を自身の周りに配置させると、全て上空へと飛ばした。
「……」
虎文はそれにいち早く気づき即座に距離を取る。
 しかし。
「逃すか」
「何……!」
虎文の襟を掴んで引き寄せたサタン。火の玉は全て外れること無く命中し、大炎上した。
「虎文様!!」
炎を見上げ、青い顔をする火響。すると、中から白い虎が何かをくわえて飛び出した。
「あれは…」
着物を咥えられて飛び出してきたのは虎文である。地上に降り立った虎はゆっくりと地面に降ろした。
「虎文様……!」
「問題ねぇ、すんでで風の防壁張った。まあ、そのせいで炎の勢いが強まったんが…」
上の着物が燃え、袴にすすを着けた虎文はパッパッと燃え残った布を払う。
「申し訳ありません、見誤りました」
「いや、俺が避けきれなかっただけだ。気にすんな」
虎文は髪をかき上げてけた。火響は眉間にシワを寄せて空を見上げる。サタンはゆっくりと炎から姿を現した。
「こんなゴミのような者等が現世を支配してるというのか。くだらねぇ」
「そりゃどうも、お褒めに預かり光栄だな」
虎文は肩をすくめる。
 その面持ちからは少しの焦りが滲み出ていた。
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