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第三章
第六話 東部
しおりを挟む同刻、東部。
「……くそ」
舌打ちをして吹っ飛ばされた体勢を立て直す嶄。その少し後ろでは、三人の子供が怯えたように抱き合って縮こまっていた。
「チョロチョロしないで。私今とても気分が悪いの」
顔のない男に抱かれたリヴァイアサンは、水人形を操っている。背後にある巨大な湖から無限に湧き続ける人形を前に、嶄は眉を顰めた。
「お、おにいちゃ……」
怯えながらも助けを乞う様に嶄を呼ぶ子供。嶄は一瞥すると、襲ってきた水人形を金棒で薙ぎ払った。そして空いた一瞬の隙に子供を三人抱えて森へ走る。
「無駄よ。水はどこにでもある」
走る嶄の背後には、地中から湧き出るようにして現れた人形が後を追っていた。
「おい、ここから西へ行けば村がある。結界はまだ生きてる筈だ。合図をしたらそこへ走れ。振り返るな」
「村に…?」
「ああ。お前が1番年上だろ?チビ達を頼むぞ」
三人の中で恐らく年上であろう子供にそう言うと、嶄は金棒を振って水人形を弾き飛ばす。木にぶつかった人形は水に戻って地中へ還った。
嶄はそのまま走り続け、滝のある場所までやってくる。
「下がってろ」
嶄は子供を降ろすと、追ってきた水人形を片っ端から潰し始める。ギラリと光る鬼の眼光は、一体一体を確実に捉えた。
リヴァイアサンはそれを見て指を一振り動かす。地中から数倍の大きさになった人形兵が地鳴りを起こしながら立ち上がり、一歩一歩近づいた。
「やらなきゃいけないこと山積みなの。死んで」
リヴァイアサンは酷く冷たい表情を崩さない。まるでそれが当たり前のように。この世の道理であるように。淡々とそう言った。その瞳は冷たい氷海のように暗く濁っている。
嶄はため息を吐くと、金棒を肩に乗せた。自身の身体より一回りも二回りも大きい人形兵。押し潰されそうな威圧感を前に、嶄は動じることもせず、リヴァイアサンを真っ直ぐに見つめた。
「俺は主に魂を売ったんでな。死ねと言われれば死ぬし、消えろと言われれば消える」
嶄の眼の前に迫った人形兵は、その巨大な拳を振り上げる。
「だが今、主からの命令はひとつだけ」
ズン、という重い音が地響きを走らせて空気を揺らした。ミシミシと地割れを起こした人形兵に、子供達は恐怖のあまりに腰を抜かす。
しかし。
「……」
人形兵の拳が持ち上げられ、最終的に弾き返された。体勢を崩した人形兵は尻もちを着く。それを見たリヴァイアサンは目を細めた。
「何があっても帰ってくること、それが俺達配下に下された命令だ」
嶄はそう言うと金棒を持ち直し、水人形に立ち向かう。人形兵の頭を潰し、腕をもぎ取り、地面に身体を叩きつける。
「力自慢が好きなようね」
「知らねぇか?鬼は力が強くて頑丈なんだよ」
爆散し、水に戻る人形兵を背に振り返る嶄の姿は、とても雄々しく、鬼人と呼ぶに相応しかった。
「なら死ぬまで力自慢させてあげる」
リヴァイアサンがそう言うと同時に先程の水人形が数体地中から現れる。嶄はチラリと子供達を見た。そして手のひらで合図を送る。
「!」
最年長の子供が察したのだろう。自分よりも小さな子供の手を引いて全速力で駆け出した。
それに反応した数体の人形兵が子供を追い掛けて走り始める。
「行かせねぇ!」
嶄はその間に滑り込み、人形兵の足を薙ぎ払った。その時。
「うわあ!!」
子供の悲鳴が嶄の耳に入る。振り返ると、最初に襲ってきていた小柄な水人形達が子供らを囲っていた。それに気を取られた嶄は、巨大な人形兵に殴られ吹っ飛ばされる。
「…!」
滝壺に叩き落された嶄は急いで岸に上がった。子供らを掴み上げ、今にも頭を潰そうとする人形兵達。嶄はすぐに駆け出した。
「退け!」
人形兵達が束になって襲い掛かる。嶄は焦りの色を浮かべた顔で手を伸ばした。
その時。
「!」
一頭の水龍が人形兵の足元を潜り抜け、子供らへと向かっていく。そして掴み上げていた人形兵を噛み千切ると、その鋭い爪で周囲の敵を薙ぎ払った。
「すみません、遅くなりました」
滝の上から着地した男は、少し息を切らしてそう言う。そこに居たのは飛竜だった。
「近くの村や街には二重で結界を施してきました。暫くは持つと思います」
飛竜はそういうと、汗の伝う頬を手の甲で拭う。
「助かりました…」
嶄は子供らが無事なことを目で確認すると礼を言った。
「いや…もっと早くに駆けつけられなくて申し訳ない」
飛竜はそう言うと、人形兵とその奥にいるリヴァイアサンを見る。
「………悪魔か」
「だったら何?」
首を傾げて見下すリヴァイアサンを横目に、嶄は訊ねた。
「悪魔…ですか?」
「はい。地獄で洗い流した罪や邪気は業火によって焼かれ、灰となって浄化されます。しかし、極たまに……屁泥のように溜まってしまった邪気が形を成し、自我を持つことがあります」
飛竜はそういうと水龍に視線をやる。式神と思われる龍は、子供を背に乗せてすぐに空に飛び立った。
「現世で生まれ、世界の循環の一部として存在しているあやかしと違い、悪魔は地獄で変則的に生まれ、循環から弾かれた存在なんです。邪気の権化である彼らは、我々神にとって危険そのもの。ある意味、神殺しの実より厄介です」
一通り説明をすると、嶄は「なるほど」と呟く。
「てことは、あやかしと違って消しても問題ねぇってことですよね」
「……それは、まあ…そうですが…」
前向きな思考の嶄を、少し引き気味で見る飛竜。嶄は少し楽しそうな顔をしていた。
「私はお前を知ってる。お前じゃ私には勝てないわ」
「………」
飛竜は無言で身構える。背後にある滝壺から龍を召喚すると、背後に控えさせた。その瞬間。
「!」
「なに…?」
龍は、飛竜と嶄に噛みつこうと口を開く。二人はその場から飛んで離れた。龍の牙は飛竜達の代わりに岩を噛み砕く。
「………」
飛竜は印を結んで水を噴射した。しかしその水の矛先はグニャリとうねり、嶄に向かって迫っていく。
「うぐっ」
予想外の攻撃に、躱しはしたものの体勢を大きく崩してしまった嶄。その隙を付き、水龍は嶄へと飛びかかる。
「舐めんな」
嶄は噛みつこうとする龍の顎を掴むと、そのまま地面に叩き落とした。水龍は叩きつけられた衝撃で崩れ、土に染み込んでいく。
「どうなってんですか」
飛竜の下に控えた嶄は先程の楽しそうな面持ちではなく、状況の理解に苦しんでいるようだった。しかし、それは飛竜も同じである。
「……わかりません。でも俺の水が、支配下から外れているようです」
自身の手のひらを見てそういうと、リヴァイアサンは冷たい目で見下した。
「そのとおりよ。私の前で水を操るなんてできるはず無いの。何故なら全ては私の水だから」
リヴァイアサンの背後に浮かぶ水は、不気味に黒く濁っていく。飛竜はなにかに気がついて目を見開いた。
「……少々マズイことになりました」
「というと?」
嶄は黒い水を見つめる。
「あれら全て、邪気に汚染された水です。俺は関与できません。それどころか、触れれば命に関わるかもしれない」
飛竜がそう予測すると、リヴァイアサンはニコリと笑った。
「諦めて」
「……それはお断りします」
飛竜はげんなりとした顔でリヴァイアサンを見上げ、刀を顕現させる。嶄は飛竜を横目に見て金棒を握り直した。
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