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第二章
第三十ニ話 十六夜の正体
しおりを挟む「まあ、素直じゃなさすぎるのは考えものだけどね。僕のように、正面からこうして接しなきゃさ」
「触るな気色悪い」
蛇歌の髪を掬って口付けをする寿鹿。蛇歌は顔を盛大に引き攣らせて振り払った。
(それはちょっと違う気もするが)
薫子は乾いた笑みを浮かべた後、ふと思い出したことがあった。
「そういえば、風牙様と爪雷様はどなたの眷属なのですか…?」
彼らの司る属性を考えると、一人に付き一人の守護神が居そうなのだが、見落としてはならないのは風神と雷神は双子だということ。もしかしたら今はいない守護神が風と雷を司っていたのかもしれない。
(本当の双子かどうかはわからないが)
薫子がそう問いかけると、風牙は普段となんら変わらない面持ちで、スッとある人物を示す。
「俺達兄弟は十六夜の眷属だ」
その指の先は座布団で胡座をかいていた十六夜だった。薫子は目を見開いて唖然とする。十六夜は特に表情を変えること無く薫子を静かに見つめていた。
(……いや、でも確かに、只者じゃない事はわかってた)
立ち振舞や、時折見せる茜鶴覇にも引けを取らぬ威圧感と気迫、そして圧倒的な知識の多さ。同じ土地神という肩書の武静達とは、どこかかけ離れた印象を受けていたが、それらすべての辻褄が今合致した。
薫子は風牙の発言から導かれた事実に、驚きつつ腑に落ちる感覚を覚える。
(つまり十六夜様は…)
今はもう居ない、四人目の守護神だということだ。
その答えが脳裏に浮かんだ瞬間、十六夜は「よいしょ」と言って立ち上がる。
「そういえば、薫には土地神としか名乗っとらんかったの」
目を見開いたままの薫子を見て、ポンと手のひらを打った。
「別に隠す気は無かったが、どうも言うべき時を逃しておった」
許してくれるか?と可愛く上目遣いをする十六夜。いつから守護神という肩書を降りているのかわからないが、天界や冥界、現世、これら全てに精通している理由は彼が元守護神の一角であった為だった。
「まあ…こやつの言うとおり、風牙と爪雷はわしの眷属じゃ。しかし、ひとつ薫に言っておかねばならんことがある」
「……え、あ、なんでしょう」
ハッとして答えると、十六夜は風牙の肩をポンと叩いて笑う。
「わし等守護神は、こやつらの事を一度たりとも眷属などと思ったことはない。風牙達は確かにわしらの力を多かれ少なかれ受け継いではおるが、全てではない。その半分以上は天照大神と月読尊の神力と、あらゆる力を練り込み、最後にわしらが命の源として神力を注いだにすぎんのじゃ」
(……だから親子というには遠すぎるってことだったのか)
精神的な距離もそうだが、実際の繋がりも遠いようだ。
そもそも神がどうやって生まれているのか、薫子にもよくわかっていない。ただ村の祭祀は、「人間が何かを崇め、信仰した瞬間に生まれるのだ」と言っていた。天照大神や月読尊、そして茜鶴覇達を含む原初の神々を除き、現世と契を結んだ後に生まれた下級神や中級神たちはもしかしたらそうして生まれたのかもしれない。あくまで人間の妄想でしかないが。
「この子達はただ、私達がきっかけで生まれた存在。それ以降の功績や実力、知能、記憶、失態、そして罪。それら全てはの子達だけの問題であり、この子達だけの財産でもあるの」
亜我津水尊は慈しみの籠もった優しい目で蛇歌を見つめ、ポンポンと頭を撫でる。普段なら手を叩き落とす蛇歌だが、どこか懐かしさを感じたのか、特に何も言わずに視線を反らした。
「獅伯は最も長く茜鶴覇と共に居たんじゃ。修行すると言って出ていくまで、茜鶴覇自身がやつに力の扱いを教えておった」
十六夜は茜鶴覇をちらりと見ながらそう話す。
(成程。久しぶりに招集されて来てみれば、茜鶴覇と親しげな知らぬ人間の小娘が居り、他方の介入によって修行の成果を見てもらう機会を損ない、挙句の果てに風牙の堪忍袋の緒をぶった斬ってしまった)
これだけ聞くと踏んだり蹴ったりな気もするが、その半分以上は本人が原因なのでなんとも言えない。とはいえ、このまま気まずい空気で過ごすのはいかがなものかと思う。
「獅伯様とお話してきてもよろしいでしょうか」
「えぇ…辞めときなよ薫子ちゃん。あいつ人の話なんて聞かないよ」
寿鹿は眉間にシワを寄せて首を横に振った。だが茜鶴覇は真逆の答えを出す。
「好きにするといい」
「ありがとうございます」
「え、ちょ、ほんとに…!?」
薫子は「行ってきます」とお辞儀をすると部屋を立ち去った。その背中を見送った寿鹿は頬を掻きながら茜鶴覇を見る。
「あれ大丈夫なの?獅伯は他人に厳しいし、絶対心開かないよ」
寿鹿がそう言うと茜鶴覇は問題ないと言わんばかりに答えた。
「獅伯が無闇矢鱈に危害を加えるような男ではない事は私が一番分かっている。心配せずとも、薫子を本当の意味で邪険に扱えはしない」
それだけ告げると茜鶴覇は史を見る。
「ここは頼んだ」
「承知しました」
史は優しく微笑んで頭を垂れ、寿鹿は「師弟の信頼ってやつかな」と呟き、少し笑って茜鶴覇の背中を見送った。
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