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第二章
第三十一話 眷属
しおりを挟む「おい、お前」
「はい?」
会議が終わり、各々まばらに部屋を出ていく中、史と六花、そして薫子は未だに話し合っている茜鶴覇達守護神や夢幻八華、蛇歌含めた五大属性の神を避けながら座布団を回収していた。
そんな時、不機嫌そうな声が薫子を呼ぶ。振り返ると腕を組んでムッとした顔の獅伯が立っていた。
「何か御用でしょうか」
正面に向き直って訊ねると、獅伯は鼻をフンと鳴らして口を開く。
「お前、茜鶴覇とどーゆー関係だ。まさか本当に神女な訳ねぇだろ。あいつは女に現抜かすようなやつじゃねえ」
「え、えっと…」
(私は神女……なのか?)
確かに求愛はされているが、薫子は未だに返事をしていない。勿論茜鶴覇がそう命ずれば薫子は問答無用で神女となる。しかし、彼は薫子の意見を一番大事にしているので強制的に婚約を結ぶことはないはずだ。
(今は言うべきときじゃないから保留にしてるだけだけど、一応違うからな)
薫子はなんと答えたら良いのかわからず、冷や汗を垂らして口籠る。
「それにお前ここに来て日が浅ぇだろ。匂いが社に馴染んでねぇ。何者だ」
キッと獅子のように鋭い視線を送る獅伯。薫子は「えっと…」と視線を下げた。
その時。
「何をしている」
肩を抱き寄せられ、桜とお香の香りに包まれる。茜鶴覇の香りだった。
「茜鶴覇様…!」
上を見上げると、少し眉間にシワを寄せた茜鶴覇が獅伯を見下げている。獅伯は相変わらず不機嫌な顔で薫子を指さした。
「茜鶴覇、誰だコイツ。何者だよ」
「亜我津水から話を聞いたのではないのか」
「聞いた。この人間を助けに地獄へ乗り込んだんだろ。だけど俺は納得してねぇ。なんでこんな神力もねぇただの小娘を助けるために、鳳凰神ともあろうてめぇが地獄まで行くんだよ。気に食わねぇ」
フンスと鼻から息を勢いよく出して腰に両手を当てる。その様子を見て亜我津水尊が額を押えた。
「あんたねぇ…。わかんないわけ?」
「はあ?別にこいつ茜鶴覇の神女じゃねぇだろ?」
その質問に亜我津水尊は「それは…」と口籠り、茜鶴覇へ視線を流す。茜鶴覇は表情を一切変えることなく獅伯を見つめていたが、ゆっくりと口を開いた。
「神女ではない。しかし、私は薫子の為なら何度だって地獄へ向かう。例えこの身が邪気に冒されようとも」
それを聞いた獅伯は舌打ちをする。
「なんだってそんな肩入れしてんだよ…!らしくねぇ!!どうしてだ、答えろ茜鶴覇!」
苛立ちが募っていっているのか、段々と感情的になっていく獅伯。薫子はそんな彼を見てふと村の子供を思い出す。
(似ている)
下に弟ができたことで、今までたくさん向けられていた自分への愛が極端に減り、寂しくて仕方がなかったと号泣する子供を見たことがあった。状況も立場も、種族すら違うのだが、なんとなく薫子にはその男の子と獅伯が重なって見えた。
「お前には関係ない」
そう淡々と茜鶴覇は答える。獅伯は目を見開いた後、一瞬顔を歪めて俯いた。
「そうかよ」
それだけ言い残し、走って部屋を出ていく。静かになった部屋に亜我津水尊の申し訳無さそうな声が響いた。
「なんか、ごめんね薫子。あの子本当は茜鶴覇が大好きなのよ」
頬に手を置いて謝罪をする亜我津水尊に、薫子は慌てて首を横に振る。
「そんな…大丈夫です」
そう答えると、茜鶴覇はゆっくりと薫子の肩を離した。
(彼にしては。冷たい対応だった気がする)
元々茜鶴覇は愛想が良いかと言われるとそうでもない。だがこうもハッキリと突き放すような事を言う人物ではない。逆にこの二人には、何かしらの絆が結ばれているような気がした。
「ひとつだけ、質問してもよろしいでしょうか」
「……」
薫子は茜鶴覇を見上げて訊ねる。
「獅伯様と茜鶴覇様は、どういったご関係なのですか?」
そう訊ねると、茜鶴覇ではなく蛇歌が「ああ…」と口を開いた。
「そうか、薫子はアタシらについてよく知らないんだったね」
蛇歌は妖艶な仕草で髪を肩から払い、歩き出す。
「……親子と言うには遠すぎて、仲間というには近すぎる。アタシ達五大属性の神は、守護神にとって、眷属……または創造物に近い存在なんだ」
「眷属……?」
(神力の顕現と実体化……だったっけ)
前に蛇歌が言っていたことを思い出して目を見開いた。彼女が言っていることが正しければ、五大属性の神達は皆茜鶴覇達の力より生まれた存在という事である。
「アタシは亜我津水の水の神力から生まれた存在なんだよ」
蛇歌は亜我津水尊の隣に着くと、薫子の方へ振り向いた。寿鹿も蛇歌に続いて肩を竦めて発言する。
「僕は岳詠穿の岩の力から生まれたんだ」
見た目は全然似てないけどね、と最後に言うと、蛇歌も「アタシも似てないよ。似たくなかったから丁度いいさ」と答えた。それを聞いて亜我津水尊は頬を膨らませている。
「……そして、獅伯は鳳凰神茜鶴覇の炎の力より生まれた神。つまり、そのカタブツの眷属ってことだ」
蛇歌がそういうと、茜鶴覇は袖の中で腕を組んで視線を下に落とした。
(そうか、それで繋がりがあったのか)
それにしても、皆それぞれ関係性がバラバラである。
蛇歌は毛嫌いしているのか、はたまた精神的に自立しているからか、そのどちらもなのかはわからないが、亜我津水尊と一定の距離感を保っているようだ。
それに比べ、今でも同じ国に留まり部下として動いている寿鹿は岳詠穿と親しい関係を築いて居るようである。
そして問題の獅伯は茜鶴覇を超えるべき存在として認識しているのか、随分と反抗的な態度が目立っていた。桜花が居た四千年前の話を聞く際、彼の話が一切出てこなかったので、昔がどうだったのかは知らない。しかし、久しぶりに対面したであろう皆の反応に動揺が無い所を見ると、以前からずっとこうなのだろう。
「昔から極端に負けず嫌いだったからね。落ち着きも無いし、空気も読めない。茜鶴覇の炎から生まれただなんて認めたくないね、僕は」
「お前達も同じようなものだろう」
「そうよ。女好きなところとか、そのチャラチャラした感じ、ホントに岳詠穿と似てないわよ。可愛くないんだから」
即座に寿鹿へツッコミを入れる岳詠穿に続き、「見た目くらい似せればよかった」とムッとして口を開いた亜我津水尊。その隣でため息を吐きながら「はいはい、可愛くないよアタシは」と適当に蛇歌はあしらっている。
(……もしかしたら)
薫子は足元に敷いてある座布団に視線を落として考え込んだ。
(獅伯様は、寂しいのではないだろうか)
彼が寂しさを感じているのかどうかの確証は無い。しかし、茜鶴覇から拒絶された瞬間のあの表情は、とても寂しげに薫子には映っていた。その瞳は「認めてほしい」「自分を見てほしい」「関わってほしい」と懇願しているようにも見える。少なくとも、見ていて心が傷んだのは確かだ。これが同情なのか、それとも村の子供に重ねたのかはわからない。ただ彼をどういう人物なのか判断するには時期尚早と思った。
「………やつは、心が真っ直ぐすぎる男故、周りとぶつかり合ってしまう」
茜鶴覇は獅伯が去っていった方向を見て語る。
「しかしそれと同時に、やつは嘘をつかない。正直に素直に、目前で起こる全ての事を受け入れる。それは獅伯の美徳であり、優しさというものだ」
そういった茜鶴覇を薫子は見上げた。真剣な面持ちの茜鶴覇は構わず続ける。
「先程のも、薫子が社に居ることを受け入れはしているが納得はできない、という意味だ。お前の存在を否定しているわけではない」
「………」
正直意外だった。状況を見る限り彼と茜鶴覇は、少なくとも何千年か面識がない。それでも彼のことを理解し、敬愛を持っている。
亜我津水尊や岳詠穿も己の眷属達を子供扱い、もしくは無関心で居るように見えるが、その実よく蛇歌達のことを見ているように思う。時折見せる視線は真剣に彼らを見つめていた。
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