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第二章
第二十九 致命的な仲の悪さ
しおりを挟む異形のその姿に薫子は言葉を失う。
「あれ、もしかして来る時期外した感じかな」
ポリポリと頬をかいて周りを見渡した青年の顔は恐ろしい程に整っており、その頭には雄鹿のような角が生えていた。
「嗚呼!史さんお久しぶり!相変わらず美しいねぇ」
「ありがとうございます」
淑やかに笑って礼を言うと、隣に居た雀梅が眉間にシワを寄せて見上げる。
「お前来てすぐ女に声かける。気持ち悪い」
「そんな冷たい雀梅ちゃんも可愛いね」
「キモい。雀梅、お前苦手」
史の後ろに縮こまって隠れる雀梅。あの辛辣な言葉を真正面から受けて立つとは、中々の猛者である。
「六花ちゃあん」
「お久しぶりです。話しかけないでくださると光栄です」
「そんなに照れなくても大丈夫だよ、僕はいつでも話し相手になるからさ」
猛者というより、獅伯とは違った意味で狂っているかもしれない。
薫子が呆然としたまま辿李に抱えられていると、彼と視線がかち合った。ぱっと花を咲かせてこちらに近寄ってきた男。辿李はザリッと砂を踏んで一歩下がる。
「やあ、はじめまして。君が噂のカオルコちゃんだよね?僕は寿鹿。岩神だよ、よろしくね」
そういって手を差し伸べる寿鹿。薫子はおずおずと手を乗せると握手をして上下に軽く振られた。
「ダァーー。馬鹿あんま触んな辞めろ薫子」
ペッと辿李に繋がっていた手を外される。
「ちょっとー。僕の交流を遮らないでよね、辿李君」
「コイツにだけは手出すなよ寿鹿。後がめんどくせぇから」
辿李はイライラした様子で茜鶴覇へ視線を向けた。寿鹿が振り返ると、眉間にシワを寄せている茜鶴覇が見える。
「……え、なに?この子もしかして神女?」
「………」
少し目を見開く寿鹿。その後ろの方で獅伯が目を細める。辿李は何も答えず助けを求めるように隣に居た虎文へ視線を向けた。
「まあまあ、なんだっていいだろー。てかそれより薫子殿が可哀想だから、そろそろ下ろしてやれって。犬っころじゃねぇんだからよ」
「……わりぃ」
小さい声で謝りつつ、静かに地面に下ろしてくれた辿李に薫子は頭を下げる。虎文は寿鹿へ視線を戻すと、ニッと笑いながら話しかけた。
「お前も国で暴れてるあやかしぶっ飛ばして来た口か?」
「お前もってことは、あそこでしょげてる猫も同じ感じってこと?」
「だれが猫だ!!ふざけんな」
グルグルと喉を低く鳴らして遠くから反論するが、寿鹿は全く気にせず話し続ける。
「……まあ、概ねそんなところだよ。岳詠穿が僕に任せてさっさと出ていっちゃうから仕方なく片付けてきたんだ」
「…お前、あやかし共を殺したわけではないだろうな」
岳詠穿がそういうと、寿鹿は少し笑って首を横に振った。
「まさか。いちいち戦ってたらこちらの神力が勿体無い。だから封印してきたんだ」
そう言いながらチラリと獅伯を見て勝ち誇ったような顔をする。
「脳みそまで筋肉の阿呆はきっと片っ端から倒していたんだろうけど、それじゃあ美しくないからね」
「よくわかった。てめぇからぶっ飛ばす」
バチバチと火花が散る二人の間に風牙が入った。
「よせ、そんなくだらない話をしている暇はない」
「はぁ⁉くだらねぇだと?俺はいつだって大真面目だッ!スカしてんじゃねぇぞ風牙」
「やれやれ、風牙のこの落ち着きを一回見習ってほしいよ獅伯。とても美しいじゃないか」
「誰のせいだと思ってんだ寿鹿。いつまでも自分が優勢だと思うなよ」
「いい度胸だ。褒めてあげるよ獅子のクソガキ。おいで、僕に勝てる自信があるなら遠慮なくかかってこい」
そういうと、どこからともなく槍を召喚する寿鹿。それを見るや否や獅伯は足と拳に炎を纏って身を低くした。
その時。
「よせと言っている」
風牙はダンッと地面を一歩踏みしめた。その途端足元から暴風が吹き上げ、寿鹿と獅伯の体が宙に放り出される。桜の花弁が勢いよく舞い上がり、ボロボロになって宙を漂った。二人は目を見開いて着地すると、唖然とした顔で風牙を見つめる。
「今がどういう状況か分かっていながらこれか。寿鹿、獅伯」
普段温厚で大人しい風牙とは思えない様子に二人は冷や汗を流して押し黙る。ビリビリと肌で感じる威圧に、薫子は思わず生唾を飲み込んだ。
「はい、そこまで」
そんな緊張状態の中、凛とした亜我津水尊の声が通る。
「あんたもいい加減になさい。一刻を争うって時に自分の都合で動くのは三流よ。どれだけ力があろうとその使い方を誤ればただの迷惑でしかないの。今一度、神としての立場をちゃんと考えなさい」
「……承知」
苦虫を噛み潰したような顔で頷いた獅伯。亜我津水尊は「まったく…」と腰に手を当ててため息を吐いた。
「お前もだ。立場をわきまえろ」
「……御意に」
寿鹿も少しシュンとした顔で頷く。
(この二人は犬猿の仲ってやつなんだろうな)
初対面だが、彼らの関係性がなんとなく把握できた。ツンケンとした態度が目立つのは辿李もそうだが、流石にここまで誰かと致命的に合わないわけではない。
(寿鹿様と獅伯様が組んで行動しなければ問題は起きなさそうなんだが)
とはいえこの先どういう事態になるか分かったものではないので、二人が噛みつき合わないように各々で気を使ってほしい所だ。
「ま。ひとまず中に戻ろうぜ。日も暮れる」
夢幻八華は西の空をみる。燃えるような真紅の太陽が地平線に身を落とし、群青色の空が天を覆った。
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