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第二章
第十四話 鳳凰刀
しおりを挟む「なるほど……それが鳳凰刀か…!」
「……」
茜鶴覇は刀を握りしめて切っ先を懺禍に向ける。橙色の刀身からは周囲の空気が揺らぐほどの熱が出ていた。
「ここからでも感じる太陽の如き熱、そして力。いい、いいねェ、面白くなってきた」
懺禍は赤い髪を舞わせて笑うと、先程よりも大きな火炎玉を複数出現させて放つ。茜鶴覇はそれを見て、爆発する前に全てを切り捨てた。そして舞った火の粉を水と風で薙ぎ払う。
「鳳凰刀は全てをその熱で切り捨てる。貴様の炎がどれだけ強かろうと、この刀身の前には等しく無力だ」
茜鶴覇はそう言いながら刀を構え直し、グッと懺禍の懐に踏み込んだ。黒い炎を纏った懺禍の掌を避けると、鳳凰刀で切り上げる。
「……!」
最高の防御を誇っていた肌が切り裂かれ、髪と同じ赤が飛沫を上げて舞った。ここに来て初めて見せる懺禍の表情は、驚きその物である。構わず茜鶴覇はそのまま追撃し、まるで剣舞を舞うが如く軽やかな足取りで懺禍の反撃を受け流した。そして鳳凰刀の切っ先が懺禍の心臓へと向けられた時、懺禍は牙を見せて狂気的な笑顔を見せる。
「最高だ」
そう言うと、真っすぐ突いて来た茜鶴覇の刀を握り、顔に向かって手を伸ばした。茜鶴覇は懺禍の手から刀を抜くと後ろに身体を反らせて避け、そのまま宙返りして少し離れた地面に降りる。
あまりにも早いその攻防戦に、桜花は息を飲む。それを横目に見た圓月は最後の氷の玉を風で浮遊させながら、そっと口を開いた。
「……茜鶴覇のあの刀は鳳凰刀っつってな。四人の守護神がそれぞれ一つずつ持ってる神器の一つなんだ。まぁ、今となっちゃ守護神の一人はもう居ねぇが」
俺も詳しい事は知らんと付け加えると、茜鶴覇と懺禍がぶつかり合うのを見つめる。
「火、土、雷、水。その中で最も強力で大きな力を持つ鳳凰神、茜鶴覇は炎の神だ。その影響で鳳凰刀は太陽にも匹敵する火力と熱を宿してる。だから持ち主である茜鶴覇にしか扱えねぇ上に、鞘に収まってるだけでも危険な代物。周りへの被害を考えた結果、火に対抗し得る水の力で今まで封印っつー形で保管してきたんだ」
「だから天大蛇に…?」
「ああ。五大属性の神は、自身が司る対象に関して守護神を除いて右に出る者はいない。だから預けた。……とはいえ封印物は太陽その物。封印にも解除にも大きな神力が必要だし、数百年に一度重ねて封印しなきゃいけねぇ。天大蛇はそれを理解した上で手を貸してるから、茜鶴覇もあいつには頭が上がんねぇってわけよ」
桜花はそれを聞いて、今茜鶴覇が握っている刀がどれ程の物なのかようやく分かった気がした。鳳凰刀と茜鶴覇の力があれば、現世を火の海にすることは赤子の手を捻る行為と何ら変わらない。そんな力が今、桜花の目の前にあるのだ。
「怖いか?」
圓月は氷を運び終わり、風を収める。桜花は首を横に振った。
「何も怖くない。茜鶴覇は優しいから、自分の為じゃなくて周りを助ける為に、この先もずっと自分の力を使う。そんな人が扱う刀に恐怖は持てない」
そう言った桜花を見て、圓月はにぃっと口角を上げる。
「やっぱお前最高にいい女だ」
「……口説こうとしてる?」
「まさか、純粋に褒めただけだ。……それに俺が口説くのは、後にも先にも一人のみだ。知ってんだろ?」
炎に照らされた圓月の横顔は笑っているが、酷く寂しそうな面持ちだった。
「ああ、知ってる」
桜花がそう答えると、圓月は彼女の顔を見下ろす。少し暗い表情を浮かべる桜花を見て、ワハハと笑った。
「気にすんな、俺が決めた事だ」
ポンポンと撫でた後、風で桜花の着物と髪を乾かす。
「俺はもう行くから、巻き込まれねぇようになるべく端っこ行ってろ」
「分かった」
圓月は素直に頷く桜花の頭を、もう一度ポンと撫でて次の場所へと飛んでいった。桜花はその背中を見送り、屋敷の近くへ下がる。まだ桜花の居る辺りは火の手が回っていないので、他の場所からしたら幾分かマシに思えた。
相変わらず倒しても倒しても湧き出て来るあやかしに、炎揺らめく茜鶴覇と懺禍の死闘。境内はすっかり戦場になってしまっている。人ならざる者同士の戦いに、人間が付け入る隙など無い。何も手伝えぬもどかしさが、今桜花にとって一番の苦痛だった。
そうして庭で起こっている事に集中していた桜花は、自分の周りにまで気を張ることはできなかった。一歩一歩迫る影は、もうすぐそこに居るというのに。
「茜鶴覇ァ、俺はこの日を心待ちにしていたんだ」
袈裟切りにされた傷と火傷が段々と薄れていく中、懺禍は口を開く。
「何故だか分かるか?」
「……」
戯言を聞く気は無いとばかりに血払いをし、一気に距離を詰める茜鶴覇。懺禍はニヤリと口角を上げてその切っ先を避けると、黒炎の玉を至近距離で茜鶴覇に複数仕向ける。それらを全て切り伏せ、舞い上がる火や土埃を風で吹き飛ばした。
茜鶴覇と距離を取り、燃える木の上に立った懺禍は笑顔で見下ろしている。その表情はどこか愛おしそうな狂ったような顔をしていた。
「二千年間、俺はお前を殺す計画をしていた。守護神の一角が崩れれば、天界は一気に傾く。それが俺の夢への第一歩だ」
そう言うと、鬼独特の鋭い牙を見せて高らかに笑う。
「でもどうせ殺すなら楽しい方が良い。楽しんで、愉しんで、嬉しんだ後、俺がしたい事は一つ」
茜鶴覇は懺禍が乗っている気を根元から切り倒した。支えを無くした木は鳳凰刀の熱で発火して地に伏せる。
「……何かわかるか?」
懺禍は木から離れると地面に着地した。燃え盛る炎に中てられ、彼を包む大気が不気味にゆらゆらと歪む。
「全てを失った神が、惨めな姿で俺の前に首を差し出す。……最高の眺めだろう?」
光の失せた瞳で笑う鬼の王。その視線は茜鶴覇の更に奥を見つめていた。
眉間にシワを寄せて懺禍を見ていたが、次第に目を見開いて行く。そしてバッと振り返った。
「え……?」
急に向けられた視線に、桜花は思わず声を漏らす。圓月に言われた通り境内の端で待機していた桜花は、何事かと身構えた。
「桜花、後ろだッ‼」
茜鶴覇の声を聞いて後ろを振り向くと、木の陰から神否抗派の人間の男が弓を構えて立っている。その切っ先は真っ直ぐ桜花に向かっていた。
「死ね、神の狗がァ‼」
唾を撒き散らして叫ぶと、男は矢を放つ。
「!」
突然の事で身動きが取れず、桜花はその場で立ち尽くしてしまった。
―――ドッ。
鈍い音が鼓膜を震わせ、立ち尽くす桜花の前に純白の美しい髪がさらりと舞う。馴染みのあるお香の香りが鼻を掠めると同時に、血の匂いが漂った。
「……ぐッ」
苦しそうな声を上げるその背中に桜花は瞳孔を揺らす。鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が駆け抜け、ぐらりと眩暈がした。信じたくもない光景に、誰もが息を飲む。
桜花の目の前に立ちはだかったのは、先程まで懺禍と戦っていた筈の茜鶴覇だった。
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