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第二章
第十二話 剣ヶ峰
しおりを挟む―――社上空。
「何してるんだ…ッあいつはァ」
氷ごと腕を砕かれた餓者髑髏を見下ろし、渋い顔をする大天狗。鋭い風の竜巻を真正面から受けてしまった彼は。全身血だらけだった。息を整えながら圓月へと視線を戻す。その表情は焦りそのものだった。段々と押し返されている戦況によるものだろう。
「お前、他人の心配してる場合かよ」
圓月は大天狗の懐に飛び込み、腹部に手を当てて風を集約させた。バァンと言う破裂音と共に大天狗の腹部には穴が開く。沢山の血を撒き散らして吐血しながら後ろへ下がると、大天狗は獣のような目で圓月を睨みつけて風を放った。
「芸がねぇな、大天狗サマ」
身体の傷が深刻なのか、風の渦は手で薙ぎ払える程度の強度しかない。そこで易々と回復させる訳もなく、圓月は風を翼で吹き飛ばして大天狗に迫った。
「一つ聞きてぇ」
容赦なく彼の顎を殴った圓月は、ふらつく大天狗の首を持ち上げて訊ねる。
「お前ら今から何するつもりだ」
大天狗はその質問に少し間を開け、笑みを浮かべた。
「社の制圧と、そこに居る奴らの皆殺し」
「そうじゃねぇ。今から何するつもりかって聞いてんだ」
圓月の問いかけの意味が分からず、大天狗は目を細める。圓月は眉間にシワを寄せた。
「人間どもがこうして戦線から離脱して、俺達が力を解放できるようになった。実際それで今の形勢は茜鶴覇側に傾いていやがる。だがなんでだ。なんで誰も逃げねぇ。まるで作戦が実行される前みてぇな顔だ」
そう言うと、大天狗は呻きにも似た声で答える。
「今に分かる。その時こそ天上の崩壊だ」
大天狗はそう答えた後、狂ったように笑い始め次第に灰となっていった。
「大天狗様!おのれ圓月…!許さんぞォ‼」
黒鳥が雀梅の炎を潜り抜け、圓月目掛けて鋭い足の爪を向ける。
しかしその切っ先は圓月まで届くことなく、黒鳥は体を発火させた。
「⁉」
黒鳥が振り返ると、そこには大刀を振り切った形で身を低くしている雀梅の姿がある。
「雀梅言った。雀梅の炎は飛ぶ炎。……風牙様の速度にだって追いつける」
雀梅がそう言うと、黒鳥は更に火力を上げて燃え上がった。圓月は肩越しに振り返る。恨みと憎しみの籠った瞳と一瞬目が合い、黒鳥は灰となって朽ちて行った。
「……雀梅、ありがとな」
「何のお礼?圓月、一人でも十分勝てた」
「いや、まぁ……否定はしねぇが。相手の目的とか情報は絞り出したかったからよ、一度に複数相手するのは結構きつかったんだ」
圓月が答えると、雀梅は「なるほど」と頷く。
「お前に助けに来たっていう感覚が無くたっていいさ。ありがとな」
「どうも」
淡白な返しをしつつ、雀梅は圓月に橙色の炎を溶かした。傷が癒えていく様子を見つめて口を開く。
「これすげぇよな。傷どころか若干体力も回復してねぇか?」
「雀梅、毎日修行してる。その内全快できるようにしてやる」
「ワッハッハ、頼もしいな」
豪快に圓月が笑い飛ばすと、雀梅は大刀を肩に乗せて自慢げに胸を張った。
―――境内正面の庭西部。
黒炎の塊を放つ懺禍。茜鶴覇は弾いていたが、その炎が草木に燃え移って庭の一部が火事になっていた。火の手はどんどん回って行っている。
「さっきから弾いてばかりでこっち来ねぇな。どうした、ビビってんのか?」
懺禍は挑発をしながら、黒炎の塊を撃ち続ける。茜鶴覇は炎と炎をぶつけて何とか軌道を逸らして爆発させていたのだが、それの爆炎に混じって懺禍の手を伸びてきた。茜鶴覇は黒炎を纏うその手を避けて後ろに飛ぶ。
距離が少し開いた所で、懺禍は肩をすくめた。
「まだまだ本気じゃねぇな、茜鶴覇」
そう言うと懺禍は良い事を思いついたと言わんばかりに口角を吊り上げる。
「社を消せば力出せるんじゃねぇか?」
「なに……?」
懺禍は茜鶴覇の反応などどうでも良いようで「そうだ、そうじゃねぇか」と両手を前で組んだ。
「お前の後ろにある社が無くなっちまえば早いよな」
そう言った瞬間、今まで放っていた火炎玉の数倍にもなる巨大な塊を集約する。一瞬で現れた炎の玉に、茜鶴覇は更に距離を取って周囲に水を大量に浮かべた。しかし炎の温度に耐え切れず、至るとこから水蒸気が上がっている。
「なんじゃあれは」
あやかしを半数程吹き飛ばした所で十六夜は赤黒い光に気付いた。燃え盛る木々の中で、巨大な火炎玉が見える。
「まずいですね。あの炎、普通の性質ではないです。俺の水では消せませんよ…」
「天大蛇もまだ帰らぬというのに、懺禍のやつ馬鹿な真似しおって」
悪態をつき、飛竜が水でずぶ濡れにしたあやかし達へ電撃を打ち込むと、十六夜は背後から近づいて来たあやかしを蹴り飛ばす。
「…こやつら雑魚ばかりじゃが、その分数も多い。甚だ面倒じゃ」
倒しても倒しても新たにやって来る懺禍の雑兵に十六夜はため息を吐いた。
「しかし、他の方々の方へ向かわずこちらに集中しているのは都合がいいです…。できるだけ引き付けて一掃しましょう」
「ああ。それに茜鶴覇も相当まずい状況じゃ。さっさと助太刀に行った方が良さそうじゃな」
眉間にシワを寄せ真剣な表情を浮かべる十六夜。
「あれを社全体に放たれでもしたら、それこそここは焼け落ちる。六花の氷も無敵ではない。人間達は皆社と共に燃えてしまうじゃろう」
飛竜は十六夜と背を合わせて身構え、「そうですね…」と目を細めて答えた。
「懺禍…!」
茜鶴覇は水を火炎玉目掛けて勢いよく噴射するが、蒸気はでるものの火炎は変わらず燃え上がり続けている。
「効くかよそんなもん」
狂気的な笑みを浮かべて楽しそうな懺禍。茜鶴覇は舌打ちをして足を半歩下げた。彼の背後には社があり、そこには氷に守られていない桜花もいる。これ以上後ろに下がると、彼女の身の危険は避けられない。
「さあ、楽しもうじゃねぇか」
懺禍はそう言うと目を見開いて火炎玉を茜鶴覇目掛けて放った。周囲で見ていた十六夜達も息を飲む。誰もが焦りの表情を浮かべていた。
その時。
「…!」
十六夜の視界を何かが一瞬で通って行く。その何かは見覚えのある刀を抱えていた。
瞬時に察しがついた十六夜は、茜鶴覇に大きく叫ぶ。
「茜鶴覇ァ!受け取れェ‼」
十六夜の声に反応した茜鶴覇は振り向いた。その瞬間、火炎玉は大爆発を起こし、凄まじい熱風を周囲に撒き散らす。気管が焼けてしまいそうな風と、肌がじりじりと焦げ付く炎の熱に、誰もが口を閉じた。
爆風が収まり、火柱を上げる炎を見て桜花は顔を青くする。
「茜鶴覇…ッ!」
「お姉さん、行ってはいけません…‼」
少年は思わず走り出しそうな桜花の腕を掴んで首を横に振った。そして火の手が回って燃え落ちてきそうな枝を頭上に見つけ、桜花を引っ張って近くの小池に飛び込む。二人が池に落ちると共に、先程までいた場所に大きな木の枝が落ちた。危機一髪である。
「すいません、急にこんな…。お怪我はありませんか…?」
「……大丈夫、ありがとう」
落水した事よりも今目の前で起きた事の方が衝撃だったのか、桜花は酷く動揺した顔で黒煙を上げる炎を見つめた。
「……」
髪が頬に張り付いたまま呆然とする桜花。その横顔を見て少年も不安げな面持ちで、懺禍の笑い声が響く炎を見つめた。
だがしかし、すぐに状況は一転する。
スパンと炎が割れたと思うと、火と煙が風で吹き飛ばされた。突風の様に吹いた高温の風に、社にいた全員が腕で顔を覆って耐える。そんな中、懺禍はあくまで冷静にその状況を見ており、何事かと目を細めた。
グラグラと揺れ動く大気と炎。その中に立っていたのは、着物が多少燃えては居たがほぼ無傷の茜鶴覇だった。そして彼の右手には、橙色の刀身の刀が握られていた。
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