桜咲く社で

鳳仙花。

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第二章

第十一話 形勢逆転

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――― やしろ上空の東側。

 一方その頃上空では、自慢の竜巻を呆気なく相殺された事が恥ずかしいのか悔しいのか、仮面から少し見える肌が真っ赤になっている大天狗が居た。顔の熱のせいか、面から伸びている首も赤い。
「よくも…よくも…‼」
「はは、水に粉砕されてやんの」
そんな大天狗を更に煽っていく圓月に乗じて、飛竜フェイロンの元から飛んできた雀梅チュエメイが「みっともない」ととどめを刺す。
「貴様らァ、拙者を怒らせたな…ッ!」
「元々イラついてただろうが」
意味わかんねぇと言いたげに蟀谷こめかみに青筋を浮かべた圓月。大天狗はその態度も気に入らないようで、面と同じくらい更に肌を赤くしている。
「大天狗様を怒らせちまったなァ、お前ら。明日の朝日は拝めないぞ」
「大丈夫、拝めるから」
黒鳥がケケケと笑うと、雀梅は炎を集約させて巨大な大刀を作り出した。身の丈よりも大きな大刀を握ると、雀梅は火の足場で使っていた炎を翼に変換させる。大きな炎の翼を背負うと、大刀を構えて黒鳥へ突っ込んだ。
 あまりにも素早いその動きに、黒鳥は一瞬戸惑いながらも大きく距離を取る。しかし雀梅は黒鳥が居なくなった場所で止まると、そのまま大きく大刀を振った。
「何だと⁉」
ゴオッと言う空気を揺らす音と共に、炎の斬撃が黒鳥目掛けて矢のように飛んでいく。なんとか避けたが、翼の一部を切り落とされた黒鳥は、慌てて燃え移った火を消した。
 「雀梅の炎は飛ぶ炎。炎は雀梅の手足」
そう言うと、彼女の周りに浮かんでいた炎が大きく揺れる。
「相変わらずだなお前。その刀振り回す腕力はどこから出てくんだよ」
圓月はそう言って雀梅を見た。圓月と雀梅の身長はかなり差があり、どれ程かと言うと圓月の鳩尾みぞおちに雀梅の頭が来るほどである。
「どこから…?腕」
「そうだがそうじゃない」
「圓月たまに分からない事言うね」
「俺のせいなのか?これ」
はてと首を傾げる雀梅に、圓月は突っ込みを入れる。雀梅は頭は切れるものの基本的に戦いに興味は無く、鈍感で淡白で非常に単純だ。彼女が四神としてやっていけるのは、武静や飛竜のようなさとい仲間がいるおかげである。
 ちなみに、虎文フーウェンも力比べが好きな突っ走り癖が目立つ問題児だが、頭が悪いわけじゃ無い。むしろ相手の言動の裏まで読み探っていくので、単純、鈍感、無神経の三拍子が揃う雀梅とは真逆の性格をしている。
 だがどちらも何かしらの厄介事を手土産に帰ってくるような性格なので、雀梅と虎文はどっこいどっこいの扱いを受けているのだ。
 自分と闘っている最中に雑談し始めた事が余計に癪に障ったのか、大天狗は唸り声を上げて風の渦を背後にいくつも出現させる。
「吹き飛べェ‼」
圓月と雀梅に仕向けられた風の渦は、大気を飲み込んで巨大化しながら迫ってきた。それを見た圓月は、呆れたように鼻で笑う。
「天狗にそれは意味ねぇよ」
そう言うと風を巻き上げる様に下から上に腕を振り上げた。圓月が出したのは一本の竜巻。しかしそれは大天狗の風をも飲み込み粉砕した。その時刃物の様に鋭い風が弾け、大天狗を切りつける。
 血だらけで距離を取った大天狗を見て、圓月は喉の奥を鳴らして笑った。憎しみの籠ったような目で睨みつける大天狗。
大天狗てめぇら烏天狗俺らの上位互換?だからどうしたよ。俺はいずれあやかしの長になる男だ。てめぇなんぞに負けるわけねぇだろ」
確かに笑ってはいるのだが、恐怖を覚える程に瞳の色は静かだった。

―――境内の風の防壁内。

 「あいつら来て早々派手にやってんな」
鼻から下の狼の仮面を着けた爪雷が笑う。八岐大蛇ヤマタノオロチを挟んで反対側には、同じ面を着けた風牙が居た。
「だがこれで戦況は大きく変わる。皆力を使えるようになるぞ」
 懺禍ざんか襲来直後から風の防壁内で八岐大蛇と対峙していた爪雷と風牙。唯一あやかしではなく神獣と闘っているのだが、思った以上に手強く苦戦を強いられていた。無限にも感じる体力と、生半可な打撃では通じない鱗の硬さが厄介である。動き自体は遅い為、ふたりに目立った怪我は無いのだが、それは八岐大蛇も同じだった。
 「俺達も遊んでねぇでさっさと終わらせるぞ。こんな所で足止めされてる場合じゃねぇ」
爪雷はいかづちを腕に纏わせ八岐大蛇へ向かっていく。風牙も両腕に風を纏わせると、爪雷とは逆方向から攻め込んだ。八岐大蛇は八つの首をうねらせ鋭い牙で何度も食らいつこうとする。
「おせぇよ。俺達は雷と風だ。捕まるかよ」
そう言って懐に飛びこむと、攻撃直後でがら空きだった胸部を渾身こんしんの力で殴り上げた。うめき声を上げる巨体は少し宙に浮く。そして間髪入れずに背中に飛び乗った風牙が鱗をバキバキと破壊して肉をえぐった。
 ドォンと地鳴りを鳴らしながら八岐大蛇は地に首を半数叩きつける。流石に効いたらしい。
「神獣が神に勝とうなんてな、一万年早ぇんだよ」
「爪雷、それ言ったら多分悪党」
風牙は八岐大蛇の背中から爪雷の隣に降り立つと、八岐大蛇から目を逸らさずに突っ込みを入れる。爪雷は「うるせぇな…」言いつつゴニョゴニョと言葉を濁した。
 「外の様子からするに、そろそろ他の者達はケリがつきそうだな」
不服そうな爪雷を他所よそに、防壁外の状況を感知する風牙。首の数が半数になったとはいえ、相変わらず八岐大蛇に死角はない。勝つには力で真正面から突っ込むしかなさそうだ。
「他に遅れは取りたくねぇな。それに…」
爪雷はちらりと茜鶴覇が居る方向を見る。
「なんか嫌な予感するわ」
「…奇遇だな。俺もだ」
爪雷に同感なのか、風牙は軽く頷いた。
 首を持ち上げて威嚇をする八岐大蛇を見つめ、爪雷は更に強く雷を腕に纏う。
「早くねじ伏せて茜鶴覇んとこ行くぞ風牙」
「ああ、分かってる」
突っ込んでいく爪雷に応え、一拍遅れて風牙は追いかけた。


―――境内中央。

 「あーあ、やりやがったなあの土地神共」
屋敷の屋根の上で戦っていた懺禍は茜鶴覇を蹴り飛ばして落とすと、戦場を見渡した。
「やっぱ足止めじゃなくて、先に潰しておくべきだったかァ?」
懺禍は独り言を呟きながら顎を撫でて首を傾げる。すると、目の前に火炎玉が蛇の様に曲がって飛んできた。余裕そうな懺禍だったが、何かを感じたのかその場で大きく跳躍して避ける。再び軌道を変えて追撃してきた火炎玉を黒炎で吹き飛ばした。じりじりと肌が焼けるような火力に、懺禍はにやりと笑う。
「へえ…?」
 下を見ると、茜鶴覇が神力を解放していた。飛竜と六花のおかげである程度の人間の安全が保障された今、必要以上に周りへ気を遣う事もない。赤い炎が茜鶴覇の足元から燃え上がり、純白の髪が朱に染まる。
「やっとだ、やっとだぞ。これでお前を殺せる」
嬉々として屋根から飛び降りると、黒炎を腕に纏って茜鶴覇へ突っ込んだ。茜鶴覇は同じように炎を纏わせた手で拳を受け止めると、素早く回し蹴りを入れる。ミシミシという嫌な音を肋骨から立てて懺禍は吹っ飛んだ。
 茜鶴覇の足にも神力が張られていたようで、周りを気にしなくなったその威力と硬度はかなりのものだろう。だがゆらりと立ち上がった懺禍は、あばら骨を数本折ったようだがすぐに治してしまった。
 神が神力で傷を癒せるようにあやかしも同じことが出来るのだが、流石は長と言うべきか。妖力の扱いがそこらへんのあやかしとは比べ物にならない。
「はは、いいねェ。これだよ、俺がやりたかったのは‼」
「……」
しかし回復してくるのは想定内なのか、茜鶴覇は驚きもせずに身構える。
「じゃあもうこれ使っていいよなァ?」
鋭い八重歯を見せて笑うと、手のひらを茜鶴覇へ突きつけた。そして纏っていた黒炎を集約させると、大きな火炎玉を作り上げる。
「知ってんだろ?俺のお気に入りの技だ」
そう言うと茜鶴覇目掛けて黒い火炎玉を放った。茜鶴覇は炎で相殺しようとしたが、直前でやめてギリギリで身をよじる。その際髪に炎が触れたのか勢いよく燃え始めた。
「…!」
何の躊躇いもなく髪を切ると、炎に包まれた髪は先程胸倉を掴まれた時の様に不気味な煙を出して塵になる。
「……」
「驚いたか?お前に負けてからの二千年間、ただ呆けていたわけじゃねぇ。今の俺の炎は何であっても関係ない。全てを塵に変える…!」
そう言って再び背後に同じ火炎玉を複数出す懺禍。これだけの妖力を好き放題放っている辺り、扱いだけではなく貯蔵量も常軌じょうきいっしている。
 そんな懺禍を横目に見た嶄が、嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「あーまずいな。あの野郎ここ燃やすつもりか?」
「…あの炎、ただの炎ではありませんね。飛竜様も流石に対応できないでしょう。無論私も凍結できません」
「だろうな。唯一頼れそうな天大蛇命様頼みの綱は、大天狗の馬鹿に足止めされてるわけだし、結構きついな」
二人は餓者髑髏がしゃどくろの巨大な拳を避けつつ会話する。
「どこまでも舐めくさりおって…ふざけているのか貴様ら…!」
餓者髑髏は両手を組んで二人に振り下ろした。
「うるせぇな、ふざけてねぇよ」
その場を二人が離れると、餓者髑髏の組んだ両手が地面にぶつかる。嶄はガチガチと歯を鳴らす餓者髑髏に応えると、氷の金棒を足元に叩きつけた。地面が波の様に動き、餓者髑髏を飲み込んで泥や土の混じった山が出来上がる。
「小賢しい真似を」
しかし餓者髑髏は、巨大な腕で簡単に薙ぎ払って出て来た。
 「ではこちらもどうぞ」
その時、いつの間にか背後に居た六花が地面に手を着いてそう言う。バキバキと凍結する地面に餓者髑髏は驚愕した。そして思い出す。
「青龍ゥゥ…!余計な事しやがってェ‼」
飛竜が庭に降らせた水は今、地面に多く吸い込まれている。そんな状態の泥にも近い土を凍結させる事は、六花にとっては簡単な事だった。凍結から逃れようと身をよじった餓者髑髏だったが、骨と骨の間に石や砂が挟まり、思う様に身体が動かない。
 上に跳躍した嶄は、完全に凍結するか否かの餓者髑髏を目掛けて、自身の妖力を込めた金棒を力の限り振り下ろした。


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