桜咲く社で

鳳仙花。

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第二章

第四話 神否抗派

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 「茜鶴覇、まずはどこから行く?」
「山頂に近い村から順に。ひとまず人間達をこの山から出す」
屋敷を出た二人は馬小屋で、暁と黄昏にくらと手綱を着けていた。ただならぬ空気に、二頭は少し興奮状態になっている。桜花は馬の首を撫でながら作業を手早く済ませた。
 乗馬して鳥居に向かって走っていると、石階段の所に大勢の人影が見える。ザッと砂埃を上げて馬を止めると、桜花は口を開いた。
「な、何してるの村長!」
そこに居たのは麓に住む桜花の村の男達である。皆農具や太い木の棒を持ってそこに立っていた。
「茜鶴覇様、桜花!」
桜花が声を掛けると、一人の老爺ろうやが振り返る。かなり取り乱した様子で階段を駆け上がって鳥居の下へとやってきた。他の男達も階段を上がる。
 桜花はその様子を見て何事かと下馬して村長を見た。
「どうしたの、これは一体――…」
「反乱じゃ、反乱が起きたんじゃよ!」
青ざめたその表情に桜花は察した。
「……まさか、神否抗しんひこう派が暴動を起こしたの?」
桜花の冷や汗が頬を伝い、地面に落ちる。茜鶴覇は目を少し細めて下馬した。
「一体どういうことだ。詳細を話せ」
「……今から四半刻三十分程前です。隣の村から武器を手にした大勢の人間達が、社に攻めてきて居るとの知らせを受けました。なのでわしらは茜鶴覇様方をお守りしようと、男手を率いて馳せ参じたのです」
よく見ると皆普段の農作業や林業のおかげで均等に鍛えられ、強い肉体を持っている。そのうち数人は上背もあり、力が強い事で有名な男達も居た。男達は階段に立って真剣な面持ちで頷いている。もしこれが農具ではなく刀や槍で、ちゃんとした鎧を身に着けていたとしたら、かなり強力な兵士になっていただろう。
 「人間の事は人間が落とし前を着ける。この社には一歩たりとも入れませぬゆえ‼」
そう言うと村長は男達へと向き直り、手にしていた農具を掲げた。
「お前ら全員覚悟決めろォ!」
それにこたえる様に男達は雄叫びを上げる。
「で、でも待って村長!聞いてほしい事があるんだ。今北東からあやかしが攻めて来てる。そっちはもう対処してるけど、時期に四方八方からここへ集まって来るんだ。早く村の人連れて逃げなきゃ危ない!」
「なんじゃと⁉それは誠か!」
村長は目を見開いて驚愕の表情を見せた。
「まずい、北東と言えばわしらの村がある。しかも今防衛に当たれる男手が無い…」
恐らくここに居ないのは子供と動けぬ程の老人、病人などだろう。確かに迎撃できるとは思えない。相手が人ならざるものなら余計に。
「村長、どうしますか」
「数人で今から村に戻りましょう!」
「だめだ、それでは少ない。半数は行くべきだ」
「いいや、ここの人数は減らせないぞ」
焦った顔の男達が次々に意見を言うが、村長は決断しあぐねて唸っている。
 それを見ていた茜鶴覇は、ふと目を見開いた。
「……今から全ての人間を山から出すのは現実的ではない、か」
そうポツリと呟くと、村人たちを見渡す。
「皆、一度心を落ち着かせよ」
神楽鈴のような美しい声音が通り、口論していた男達が静かになった。桜花は皆の不安を感じ取ったようで、茜鶴覇に問いかける。
「…だけど、どうする」
茜鶴覇は桜花を横目に見ると「考えがある」と一言挟み、地面にしゃがんで右手を着けた。
「今からこの山周辺の村に結界を張る」
「……はぁ⁉」
一瞬何を言っているのかわからず硬直したが、理解した瞬間桜花は声を上げる。そして「無茶苦茶だ」と言おうとしたが、その時にはもう茜鶴覇は目を閉じて集中していた。
 やがて山のあちこちから円柱の光が上がり、徐々に収まっていく。
「暫くはこれで何とかなる筈だ」
立ち上がり、手に着いた砂を払う茜鶴覇。桜花は色んな所で上がる光を見ながら口を開く。
「あの光って結界?」
「ああ。今の状況だと全ての村を回るよりも、私が結界を張る方が早い」
桜花は「そんな方法普通無理なんだよ」と心の中で突っ込みを入れつつ、これでとりあえず安心できると息を着いた。
 「村長、社は大丈夫だから村戻って防衛に当たってよ。あの結界はあくまで即席だから、多分ある程度の力を持つあやかしには通用しない」
そう言って説得するが、村長は苦虫を嚙み潰したような顔で渋る。
「しかし、元はと言えば人間の下らぬ争い。茜鶴覇様方の手はわずらわせとうないのじゃ」
老爺はそう言うと、ぎゅっと拳を固く握り締めた。
 あやかしの問題と共に、神央国ではもう一つ大きな問題がある。それは人間同士の対立だった。
 ざっくりと割ると派閥は二つに分かれる。一方は神が統治する事を支持している人間たち。もう一方は、神が国を統治する事に何かしらの不満がある、もしくはそれに準ずる思想を持つ人間たち。
 こう言った具合に現在人間達の中では大きく亀裂が走り、両者を分け隔ててしまっていた。尚、後者の者達を総じて神否抗派と呼んでいる。
 ここ数年二つの派閥は睨み合って牽制けんせいし続けていたのだが、まさか直接やしろに攻め込んでくるなんて一体誰が想像しただろうか。
 「それにしても、人間が神やあやかしに敵うと本気で思ってるのか…?傷すらつけられないだろうに」
桜花は至極当然の疑問を口にする。人間の持つ武器は、神やあやかしには無力。かすり傷一つ付ける事さえできないだろう。
「それはこの国の誰もが知っている。だが神否抗派は、何かしらの手があるから進行を始めたのだろう。……もしくは」
茜鶴覇は視線を下げる。
「あまりにも強い負の感情が、邪気となったか」
「……そんなまさか。邪気に変化するなんて滅多に起こるもんじゃないのに」
しかし、有り得るのが現状だ。今の現世は混乱の真っただ中。家族をあやかしに喰われ、畑を荒らされ、森林を壊され、獣を殺される。こんな荒れた世の中で、何かを強く恨んでしまうのは不思議な話ではない。あやかしに向けられていた恨みの炎は、次第に統治者である茜鶴覇へと矛先を変えていったのだ。
 現在あやかしは、負の氣だけでなく人の血肉や、一部を喰らって生きている。それ故に負の氣が回収されず、邪気へとは変化してしまうものが多いのだろう。全てが悪循環でしかない。
 「……あり得ぬ話ではない。もしかしたら懺禍は人間達の状態を知った上で、攻めて来ておるかもしれん。…否、それどころか神否抗派のやつらを焚き付けたのは懺禍本人かもしれんのぉ」
桜花が後ろを振り返ると、十六夜が桜色の髪を靡かせて歩いてきていた。
「……どちらにせよ、時期は最悪じゃよ」
 十六夜の予測を聞いて、桜花は顔を歪める。
「全て計画だったってことか?……なんて下劣な男」
桜花がそう呟くのを一瞥し、十六夜は茜鶴覇を見た。
「茜鶴覇よ、今天大蛇が封印の解除をしに向かった。圓月はあやつを送った後すぐにこちらへ戻って来る」
「……分かった」
その会話を聞いた桜花は首を傾げる。
「え、待ってよ。封印ってなんのこと?」
そう問いかけると、茜鶴覇が答えた。
「私の刀だ。もう随分と長い間封印している」
「刀…?刀なんてあるの?」
初めて聞く事実に桜花は目を見開く。十六夜は「あるぞ」と淡白に答えた。
「こやつの刀はちと厄介でな。天大蛇が北の山で封印しておったんじゃ」
「知らなかった…。もしかして、懺禍の為に?」
桜花の予想は当たりらしく、十六夜は頷いて見せる。
 桜花はそれを見て視線を伏せた。そして何かを決めたように「よし」とだけ呟く。
「村長聞いて。今ここで引く気が無いのなら、村の様子は私が見て来るよ」
「え⁉いやでも今から馬の脚で下山するとなると…」
村長は眉間にシワを寄せるが、「問題ない」と首を振った。
に乗って行けばすぐだから大丈夫」
桜花はそう言い、茶色の毛並みが美しい馬の首筋を撫でる。茜鶴覇は少し心配そうに口を開いた。
「……式神を出す」
「要らないよ、こいつが居れば何とかなる。それに村の様子確認したらすぐ戻るからさ。今は懺禍に備えてて」
鞍に軽い身のこなしで跨りながら茜鶴覇の提案を断る。桜花はぎゅっと手綱を握りしめた。
「それに、ちゃんと見てないと村長たち無茶苦茶するからさ。茜鶴覇は十六夜とここに居て」
ハハッと笑い飛ばすと、凛とした力強い掛け声と共に手綱を大きく引く。暁はいななきを上げて宙へ駆けて行った。
 「本当に頼もしいですね…俺達の村の巫女は…」
「いつの間にあんなにたくましくなったんだろうな…」
「全くだ。男顔負けだぜ」
村の男達は呆れてるのか感心しているのか、少し口角を上げて見送る。
「兎に角、これでわしらの心配事は一つ無くなった。今は神否抗派に集中するんじゃ。この社にあやかしが攻めて来るとなりゃ、それこそ人間には構ってられん。わしらでケリをつけるぞ‼」
村長がそう言うと、村人たちは力強く頷いた。
 茜鶴覇は桜花が駆けていった方角を見つめる。その横顔は少し、不安げな面持ちをしていた。
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