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第二章
第一話 無力
しおりを挟む地獄から帰還した茜鶴覇達は一睡もすることなく、社に残っていた十六夜達と緊急会議をしていた。その間、天界からの式神により懺禍と爪雷の捕縛命令が下り、益々全員の空気が重くなる。式神を送ってきたのは、この世の最高権力者であり茜鶴覇の仕える相手である天照大神と月読命だ。故にこの命令は誰にも覆せない。
茜鶴覇達は、洪水の様に多方から押し寄せる情報を話し合いながら整理していく。主に天界や現世に関連する話なので、薫子にも理解できる部分が少しはあった。例えば、かつてのあやかしの長が返ってきた事で、少なからず感化される輩が現れるという事。死んだはずの懺禍の身体をどうするのかは知らないが、全くの考えなしで脱獄するとは思えない。つまり何かしらの方法で復活を果たす。それにより、今の圓月に不満のあるあやかしが彼の元に集うかもしれないのだ。
(そうなったら大きな戦になってしまうかもしれない)
薫子は茜鶴覇達の話を聞きながら紙に纏められた情報を種類ごとに分けていく。居間には地獄から帰還した者達と、留守を預かっていた十六夜達の合計十四名が居た。いくら広いとはいえ、これだけの人数が色んな部屋から集めてきた机を囲んで座っていると、それなりに狭く見える。
「薫さん、これもお願いしていいかしら」
「はい、任せてください」
史は束になった紙を薫子に渡した。集めた紙は先に史が大まかに分けてくれているので、薫子は細かく整理していくだけである。紙以外にも書庫から過去の書物や記録を持ってきているので、居間の中はお世辞にも綺麗とは言えない状態だ。
薫子はせっせと手を動かしながら部屋に居る全員の顔を見渡す。
(皆顔色が悪い)
地獄から戻ってから少しも休まず話しているので、精神も体力も共に疲弊しているようだった。しかも茜鶴覇と風牙、そして圓月については天界会議をすっぽかし、現世に戻るなりすぐに地獄へ救出に来てくれたという。薫子としてはとても心が痛かった。
(ただの人間である自分には、こうして紙をまとめる事しかできない)
薫子が家を出て社に戻ってきた時、まさかこんな事になるとは思っていなかったし、天界の事情は何処か他人事のように思っていた。しかし今、何も力になれずにただ守られて見ているだけしかできない自分を、薫子は心の底から恥じる。そして再び手を動かし始めた。
「……まさか、懺禍と爪雷が繋がっていたとは」
「本当に間違いねぇのかよ、風牙」
十六夜が額を押さえて顔を歪めると、その隣に座っていた圓月が眉間にシワを寄せながら問いかける。しかしその表情は、事実を知っても尚どこか信じて居たい、何かの間違いであってくれという想いが滲んでいた。
「…ああ、間違いない。力の痕跡は殆ど燃えてしまったが俺には分かる。あれは、爪雷のものだ」
正気を取り戻した風牙は、いつも通りの雰囲気でそう答える。否、どちらかと言うと、いつも通りを必死に保っていると言った方が正しいかもしれない。
「ここ最近の爪雷の不自然な気配の消え方は、恐らく地獄に出入りしていたからだ」
風牙がそう言うと、虎文が口を開く
「確かにそう考えると辻褄は合いますね。地獄の入り口は、通行許可証を発行していなければ無作為に出現しますし、もしかしたら業火の間に繋がるのを何度も試して待っていたんじゃないでしょうか」
彼の推測は皆思った事らしい。爪雷の気配が消えた時期を考えても、その説はかなり有力である。
「……あいつは昔も今も、本当に馬鹿だねぇ」
その会話を黙って聞いていた蛇歌はポツリと呟いた。その声音は寂しげで呆れていて、それと同時に少しだけ懐かしんでいる。それを聞いた十六夜は目を瞑った。
「神殺しの実にあやかし、そして懺禍と混乱。まるで四千年前と同じじゃ」
十六夜の発言に薫子は手を止め、ぎゅっと唇を噛みしめると身体ごと彼の方を向く。
「……十六夜様、四千年前何が起きたのかお話して頂けないでしょうか」
「薫…お前…」
「私はもう耐えられません。知らない内に知らない事情で、心身共に傷ついていく皆様を只見て居られる程、私は……私の心は、強くございません」
薫子は目頭が熱くなりながら想いを口にした。そんな彼女を十六夜はジッと見つめている。今もまだ気を張り続けているからなのか、十六夜の身体は青年のままだ。
暫く見つめあって居たが、十六夜が押し負けたようでため息を吐く。
「分かった。もしかすると、今が全てを話すその時なのかもしれん。今回の件で薫子は完全に天界側に巻き込んでしまっているしな」
「……良いのか?」
圓月が訊ねると、十六夜は頷いた。
「構わぬ。薫とはその内全てを打ち明けると契りも交わしている。それに……」
十六夜は圓月から視線を逸らして薫子を見る。
「知らぬというのは時に、残酷な程痛みを負うものじゃ」
そう言うと、筆置きにそっと筆を収めた。
「よいか、薫。これは遠い昔……人間と神とあやかし、この三つの種族が今よりもずっと距離が近かった頃の話になるーーー……」
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