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第一章
第三十九話 集結
しおりを挟むまさか抱きしめられるとは思っていなかった薫子は、違う意味で顔面蒼白になる。
(これは抱きしめ返すべき?それとも突き放すべき?)
すっかり行き場を失った、茜鶴覇の腹に回していた両手をウロウロさせる。
そして薫子の頭の中を色々な思考が巡る中、ふと思い出すことがあった。社に行く前、玄関で家族と抱きしめあった情景が脳裏に浮かぶ。
だがいくら色恋沙汰に関わってこなかった薫子でも、流石に察しがついた。茜鶴覇が自分に向けているその感情は家族愛でも、長く連れ添った故の情などでもない。それには明確な名前が存在する。しかし立場上、薫子は察しはしても憶測で済ませるしかない。下手に踏み込めば痛い目を見るのは人間なのだから。
(……私はこの人に、何を返してあげられるのだろう)
肩口にある茜鶴覇の横顔には、汗で純白の髪が張り付いていた。薫子はここまで必死で助けに来てくれた事を察し、申し訳なくなる。生憎薫子は茜鶴覇に上げられるような宝物や、美しい容姿は持ち合わせていない。できる限りの感謝と謝罪をするしかないのである。
暫くして。行き場を失った手で、兄妹をあやす様に一定の速度で背中を撫でていると、ふいに身体が離れた。そして茜鶴覇は薫子の肩に手を置いて訊ねる。
「怪我や体に異変はあるか」
「いいえ、ありません。この外套は地獄の熱や邪気を完全に遮断する物らしいです。こちら側に引きずり込まれた瞬間被せられました」
薫子は一旦諸々の事を置いて、状況報告をした。
「ひどい扱いも受けていませんし、それどころか菓子をくれたり札遊びを教えて頂いたり、色々とお世話になりました」
(まさか地獄に甘味があるとは思わなかったけど)
見た目はただの泥団子で、お世辞にも美味しそうとはいえなかったのだが、味は中々に美味だった。圓月なら延々と食って居そうな味である。聞けば番兵の中にも料理が比較的できる個体が居るらしい。
それを聞いた茜鶴覇は何かを察したらしく、薫子から閻魔へと視線を流す。そして目を細めた。閻魔は顔が強張って冷や汗をだらだらと流している。
「……まさか貴様、この私をおびき寄せる為に薫子を攫ったのか」
「その言い方だとすこぶる悪いですが……概ねその通りです」
閻魔は言い訳せずに頭を下げた。後ろで待機していた地獄の番兵達も深々とお辞儀をする。
薫子は閻魔たちが頭を下げるのを見て、茜鶴覇に話しかけた。
「……茜鶴覇様、この度はご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、どうか閻魔様のお話を聞いてください。もしかしたら、現世であやかし達が暴れた事や神殺しの実と何か関わりがあるかもしれません」
「……」
茜鶴覇は薫子の言葉を聞いて考える。もしそれが本当だとすれば、話を聞く価値はある。
「分かった。閻魔よ、話を聞かせてもらおう」
「承知致しました。……しかし、お連れ様にも聞いて頂きたい話になります」
「連れ…?」
茜鶴覇は薫子の肩から手を離すと、繰り返して呟く。閻魔は頷いた。
「はい、特にあやかしの長である圓月殿には」
「良かったなぁ薫子!無事で何よりだ」
事の顛末を聞いた圓月は、ワッハッハと笑い飛ばしながら薫子の頭を撫でる。払うわけにもいかないので、薫子は「ははは」と乾いた笑みを零した。
地獄に散らばっていた圓月たちが城に集結すると、閻魔の案内で居間のような畳張りの部屋に通された。実は薫子が今まで過ごしていたのもこの部屋である。隅の方を見ると、札が入った箱が置いてあった。先ほど薫子が札遊びの途中で走り出した為、代わりに番兵達が綺麗に片付けて箱に入れて置いてくれたようである。
茜鶴覇は今更ではあるが、地獄への通行許可証を取る為に閻魔と共に別の部屋へと向かった。護衛代わりとして風牙が茜鶴覇について行っている。本来は式神を送りあって許可証を発行するらしいが、今回は例外として受理されるらしい。
今は圓月と武静、そして薫子とは初対面のあやかしが四名が居間で座っていた。
「主、娘っ子が困ってるからやめてやれ」
そう言って薫子の頭をガシガシと撫で続ける圓月に注意してくれたのは、大きな上背に頭に角が生えた男、嶄である。
「わりぃわりぃ、つい嬉しくてよ。……ん?そういえば薫子はこいつらと初対面だったよな」
圓月は思い出したように呟き、あやかし達に命令した。
「お前ら軽く名乗ってやれ。あ、こいつは人間の薫子」
(こっちの自己紹介も適当だな)
一応助けに来た側なんだよなと突っ込みを入れたくなったが、薫子は我慢する。
あまりの適当さに呆れているのか、視界の端で頬に蜘蛛の巣の入墨が入った辿李が青筋を立ててため息をついていた。薫子も一緒になってため息を吐きたい気分だ。
「俺は鬼の嶄。この阿呆な主とは随分長い付き合いよ。よろしくな、薫子」
(やっぱ鬼なんだ)
薫子は頭に生えている角を見ながら思う。
(どちらかと言えば、地獄には番兵みたいなのよりも鬼が居そうなものだけど)
やはり事実は、己の目で見て確かめるのが一番だと薫子は思った。態々地獄に来てまで確かめる事になるとは思わなかったが。
「……土蜘蛛だ。名は辿李」
圓月の隣に座っていた辿李は、不愛想に名を名乗ったあと眉間にシワを寄せて薫子を見ている。薫子は何かしたのかと不安になったが、嶄が呆れたように笑った。
「お前そろそろ初対面のやつにその態度やめろよ」
「うっせーな、俺の勝手だろうが」
「てーんり」
「んぎゃっ」
ケッと言い捨てた辿李の頭に、圓月の容赦ない拳骨が落ちた。
「わりぃな薫子。こいつ人間でいう人見知りでよ。慣れれば普通に喋るんだが、最初はどうしてもただでさえ無い愛想が、全て消え失せちまうんだ」
(言い方)
脳天を押さえてのたうち回る辿李は、何か言い返したそうではあるが痛みでそれどころではないらしい。
「……私は雪女の六花です。薫子さんのお話は粗方主から聞いております。よろしくお願いします」
綺麗にお辞儀する六花。薫子も釣られてお辞儀を返した。
「六花は蛇歌や史と仲がいいんだ。お前も混ぜて貰え」
女同士楽しいだろうと付け加える圓月。確かに薫子としては同姓と仲が深められるのは嬉しい。
「ただ気をつけろよ?蛇歌もそうだが六花も怒らせると怖い。やべえと思った次にはもう体の一部が凍ってる」
圓月はこそっと辿李とは逆隣りに居た薫子に耳打ちをする。六花は「今から凍らせて城から落としましょうか」と提案してきた。ちなみにこの居間は城のほぼ最上階にある。
圓月は青ざめた顔で首を横に振りまくって拒否していた。
(どっちが主なんだこれは)
半目で圓月の情けない姿を見ていると、狐の耳と尻尾が生えた男が口を開く。
「俺は九尾狐。名を火響といいます。よろしく頼みます」
「あ…よろしくお願いします」
ピコピコと動く耳を見ながら薫子はお辞儀をする。
(今尻尾は一本ってことは、ちゃんとした姿になると九本に増えるのかな)
もふもふとした尻尾が増えるという話なら、薫子としては興味がある。とはいえ触らせてくれるはずもないので、ぐっと心の中に抑え込んだ。
「……あ、えっと。人間の薫子です。この度は迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
薫子は改めてその場にいる者達に謝罪をする。元はと言えば自分が簡単に攫われたのが原因で皆ここに居るのだ。一部は暴れまわって愉しんでいたようだが、面倒だと思っていた者も少なからずいただろう。そんな中、よく助けに地獄へ乗り込んできてくれたと思う。
「……なめんなよ。あんな雑魚相手で疲れるわけねぇだろ。まあ遊び程度にはなったがな」
辿李はやっと体を起こし、ぎろりと薫子をにらみつける。そこへ間髪入れずに嶄が口を開いた。
「辿李が言いたいのは、『薫子を助ける為に戦ったけど、怪我も疲労も全くないから気にしなくていい。むしろ久しぶりに思いっきり妖術が使えて嬉しかった』ってことだ」
「ふざけんな言ってねぇよ‼馬鹿が‼」
畳をバンと叩きつけて怒鳴る辿李。しかしその顔は真っ赤で説得力は皆無である。
「まあ辿李の言う通り、俺達は全く問題ねぇ。お前の無事も分かったし、体も動かせたし、ある種地獄に来て一石二鳥だったわ」
圓月もワハハと笑いながら答えた。その隣では目じりを吊り上げて「言ってねぇぞ‼」と辿李が喚いている。
「……それになんだか、別の情報も得られそうだしな」
一通り笑い終えると、深呼吸をして圓月は胡坐の上に頬杖を着いた。そしてスッと表情落ち着かせる。その青い瞳は、貫禄や品格のある長にふさわしい目つきをしていた。
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