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第一章
第二十七話 文のやり取り
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翌日。
薫子は桜の花弁を集め終えて焼却炉に捨てていた。焼却炉は秋庭に面した場所にあり、涼しい風が時折葉を揺らしている。
(あれは…)
木の葉を見上げていると、鳥のようなものが薫子に向かって飛んでくるのが見えた。式神である。
飛んできた式神は、薫子の周りを一周すると手の中に収まった。
(もしかして、伊吹さんか?)
案の定、中を確認すると神来社の家紋がある。神来社の家紋は薊の花らしい。
薫子はその場で文を広げる。そこには綺麗な文字で薫子宛に文章が綴られていた。
『薫子さん、先日はありがとうございました。初めての友人が出来てとても嬉しく思います。僕はこの通り式神を出せるので、薫子さんは気を遣わずに文をお返しください。
話は変わりますが、最近西の方であやかし達が妙な動きを見せています。北玄でも街の人が皆噂をするようになりました。きっと社でもその話題が出ている筈ですよね。僕も色々な角度から調べている最中なので、何か分かり次第文を送ります。もし薫子さんの方から何かしら調べて欲しい事や質問があれば、遠慮なく言ってくださいね』
薫子は手紙を閉じる。やはり流石は神来社の家。情報を得るのが早い。薫子達と遜色無い程度にはこの状況を把握しているようだ。
(調べて欲しい事…)
薫子は神殺しの実について考える。毒であり薬でもあるという事は分かった。どこに発生するのか不明という事も知った。しかし、今現在敵の手に実が渡ってしまった以上、もしもの対処方や処置の仕方を探さねばならない。
(解毒の仕方や、興奮状態から戻す鎮静剤の作り方とか)
そうすれば、仮に神たちが毒を食らっても命は助かるかもしれないし、あやかしも理性を失うことはないだろう。そんな便利な薬があるかは不明だが。
薫子は文を懐にしまうと、箒と手箕を持って秋庭を回る。
《さっさと落ち葉拾って文を送ろう)
薫子は気合を入れ直して箒を動かしたが、結局すべて回り終わったのは日が暮れる手前だった。
「この羊羹うめぇな。ほれ、史と薫子も食え」
夕食の時間になり、居間に集まった薫子達の中に、相変わらず甘味を食っている烏天狗の姿があった。どうやら暫くは社で居候するらしい。昼間はどこかへ出かけているようなので居ないが、日が暮れるとこうして飯と風呂と寝床を求めて帰ってくる。
「圓月様……食事の最中ですので、今は遠慮いたします」
甘いものとしょっぱいものを交互に食べたくなる気持ちは分かるが、食事中にしようとは思わない。薫子は丁重にお断りする。圓月は「そうか…」と少し残念そうな様子で羊羹を口に放り込んだ。
味噌汁を啜りながら、薫子は圓月から茜鶴覇へ視線を向ける。美しい所作で食事をしている様は、まさしく天女そのもの。その辺の娘が見たらため息を吐いてそうだ。
今日は祭事が二つあったので、茜鶴覇はいつもより忙しかったのだろう。普段は部屋に籠って文や書物を書いたり、巨大な式神を出しては社からどこかへ送ってい居たりしているのであまり社内で見かけない。しかし祭事のある日は色んな所で見かける。今日も貢物の整頓の為、史と共に宝物庫を出入りしているのを見た。天井の御人も大変である。
薫子は楽しそうに談笑する圓月に相槌を打ちつつ、颯爽と食事を済ませた。
(こんなもんか)
風呂から上がり、全員に就寝の挨拶をして回った薫子は自室で文を書いていた。無論宛先は伊吹である。
文の内容は主に二つだ。薫子が把握している情報の開示と、神殺しの実の処置の方法についてである。どこまで伊吹が知っているかの判断が難しかったが、ひとまず風神の事は伏せて置いた。
薫子は綺麗に文を折り畳み、縁側に出る。そして茜鶴覇に教えてもらった手順で不格好な式神を飛ばし、銀木犀と紅葉が揺れるのを横目に部屋に戻った。
「馬鹿なやつめ。自らこちら側に堕ちるとはな」
ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎に照らされ、一人の女が椅子に腰かけ頬杖をつく。その声音はしっとりと妖美なものだった。
そっと炎から視線を逸らし、異国の湯呑に注がれた紅い茶から立ち上る湯気を見つめる。彼女の長い髪は漆の様に黒く艶やかで、闇に溶け込んでしまいそうだ。
沢山の茶葉が置かれた部屋には、ざわざわと風に揺られて木々が会話するのが聞こえる。時折フクロウの鳴き声も混じっていた。女はそんな窓から見える見慣れた風景を、無気力な瞳で見つめる。太陽の光が失せた闇夜の部屋の中、一本の蝋燭の炎だけが女の横顔を照らしていた。
「このまま、共に燃えてしまえば或いはーーー…」
そうして呟くと、鼻で嗤って牙のある妖艶な口元に弧を描く。
「いや、甘ったるい戯言こそ燃やすべきだねぇ」
そう言って喉の奥を鳴らすように嘲笑うと、ふっと息を吹きかけて炎を消した。真っ暗になった部屋に、僅かな月光が窓の側を照らす。
「……お前は本当に、身勝手なやつだよ」
女は月光に照らされた床を眺めながら、誰に掛けるでもない言葉をぽつりと呟いた。
薫子は桜の花弁を集め終えて焼却炉に捨てていた。焼却炉は秋庭に面した場所にあり、涼しい風が時折葉を揺らしている。
(あれは…)
木の葉を見上げていると、鳥のようなものが薫子に向かって飛んでくるのが見えた。式神である。
飛んできた式神は、薫子の周りを一周すると手の中に収まった。
(もしかして、伊吹さんか?)
案の定、中を確認すると神来社の家紋がある。神来社の家紋は薊の花らしい。
薫子はその場で文を広げる。そこには綺麗な文字で薫子宛に文章が綴られていた。
『薫子さん、先日はありがとうございました。初めての友人が出来てとても嬉しく思います。僕はこの通り式神を出せるので、薫子さんは気を遣わずに文をお返しください。
話は変わりますが、最近西の方であやかし達が妙な動きを見せています。北玄でも街の人が皆噂をするようになりました。きっと社でもその話題が出ている筈ですよね。僕も色々な角度から調べている最中なので、何か分かり次第文を送ります。もし薫子さんの方から何かしら調べて欲しい事や質問があれば、遠慮なく言ってくださいね』
薫子は手紙を閉じる。やはり流石は神来社の家。情報を得るのが早い。薫子達と遜色無い程度にはこの状況を把握しているようだ。
(調べて欲しい事…)
薫子は神殺しの実について考える。毒であり薬でもあるという事は分かった。どこに発生するのか不明という事も知った。しかし、今現在敵の手に実が渡ってしまった以上、もしもの対処方や処置の仕方を探さねばならない。
(解毒の仕方や、興奮状態から戻す鎮静剤の作り方とか)
そうすれば、仮に神たちが毒を食らっても命は助かるかもしれないし、あやかしも理性を失うことはないだろう。そんな便利な薬があるかは不明だが。
薫子は文を懐にしまうと、箒と手箕を持って秋庭を回る。
《さっさと落ち葉拾って文を送ろう)
薫子は気合を入れ直して箒を動かしたが、結局すべて回り終わったのは日が暮れる手前だった。
「この羊羹うめぇな。ほれ、史と薫子も食え」
夕食の時間になり、居間に集まった薫子達の中に、相変わらず甘味を食っている烏天狗の姿があった。どうやら暫くは社で居候するらしい。昼間はどこかへ出かけているようなので居ないが、日が暮れるとこうして飯と風呂と寝床を求めて帰ってくる。
「圓月様……食事の最中ですので、今は遠慮いたします」
甘いものとしょっぱいものを交互に食べたくなる気持ちは分かるが、食事中にしようとは思わない。薫子は丁重にお断りする。圓月は「そうか…」と少し残念そうな様子で羊羹を口に放り込んだ。
味噌汁を啜りながら、薫子は圓月から茜鶴覇へ視線を向ける。美しい所作で食事をしている様は、まさしく天女そのもの。その辺の娘が見たらため息を吐いてそうだ。
今日は祭事が二つあったので、茜鶴覇はいつもより忙しかったのだろう。普段は部屋に籠って文や書物を書いたり、巨大な式神を出しては社からどこかへ送ってい居たりしているのであまり社内で見かけない。しかし祭事のある日は色んな所で見かける。今日も貢物の整頓の為、史と共に宝物庫を出入りしているのを見た。天井の御人も大変である。
薫子は楽しそうに談笑する圓月に相槌を打ちつつ、颯爽と食事を済ませた。
(こんなもんか)
風呂から上がり、全員に就寝の挨拶をして回った薫子は自室で文を書いていた。無論宛先は伊吹である。
文の内容は主に二つだ。薫子が把握している情報の開示と、神殺しの実の処置の方法についてである。どこまで伊吹が知っているかの判断が難しかったが、ひとまず風神の事は伏せて置いた。
薫子は綺麗に文を折り畳み、縁側に出る。そして茜鶴覇に教えてもらった手順で不格好な式神を飛ばし、銀木犀と紅葉が揺れるのを横目に部屋に戻った。
「馬鹿なやつめ。自らこちら側に堕ちるとはな」
ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎に照らされ、一人の女が椅子に腰かけ頬杖をつく。その声音はしっとりと妖美なものだった。
そっと炎から視線を逸らし、異国の湯呑に注がれた紅い茶から立ち上る湯気を見つめる。彼女の長い髪は漆の様に黒く艶やかで、闇に溶け込んでしまいそうだ。
沢山の茶葉が置かれた部屋には、ざわざわと風に揺られて木々が会話するのが聞こえる。時折フクロウの鳴き声も混じっていた。女はそんな窓から見える見慣れた風景を、無気力な瞳で見つめる。太陽の光が失せた闇夜の部屋の中、一本の蝋燭の炎だけが女の横顔を照らしていた。
「このまま、共に燃えてしまえば或いはーーー…」
そうして呟くと、鼻で嗤って牙のある妖艶な口元に弧を描く。
「いや、甘ったるい戯言こそ燃やすべきだねぇ」
そう言って喉の奥を鳴らすように嘲笑うと、ふっと息を吹きかけて炎を消した。真っ暗になった部屋に、僅かな月光が窓の側を照らす。
「……お前は本当に、身勝手なやつだよ」
女は月光に照らされた床を眺めながら、誰に掛けるでもない言葉をぽつりと呟いた。
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