27 / 96
第一章
第二十七話 文のやり取り
しおりを挟む
翌日。
薫子は桜の花弁を集め終えて焼却炉に捨てていた。焼却炉は秋庭に面した場所にあり、涼しい風が時折葉を揺らしている。
(あれは…)
木の葉を見上げていると、鳥のようなものが薫子に向かって飛んでくるのが見えた。式神である。
飛んできた式神は、薫子の周りを一周すると手の中に収まった。
(もしかして、伊吹さんか?)
案の定、中を確認すると神来社の家紋がある。神来社の家紋は薊の花らしい。
薫子はその場で文を広げる。そこには綺麗な文字で薫子宛に文章が綴られていた。
『薫子さん、先日はありがとうございました。初めての友人が出来てとても嬉しく思います。僕はこの通り式神を出せるので、薫子さんは気を遣わずに文をお返しください。
話は変わりますが、最近西の方であやかし達が妙な動きを見せています。北玄でも街の人が皆噂をするようになりました。きっと社でもその話題が出ている筈ですよね。僕も色々な角度から調べている最中なので、何か分かり次第文を送ります。もし薫子さんの方から何かしら調べて欲しい事や質問があれば、遠慮なく言ってくださいね』
薫子は手紙を閉じる。やはり流石は神来社の家。情報を得るのが早い。薫子達と遜色無い程度にはこの状況を把握しているようだ。
(調べて欲しい事…)
薫子は神殺しの実について考える。毒であり薬でもあるという事は分かった。どこに発生するのか不明という事も知った。しかし、今現在敵の手に実が渡ってしまった以上、もしもの対処方や処置の仕方を探さねばならない。
(解毒の仕方や、興奮状態から戻す鎮静剤の作り方とか)
そうすれば、仮に神たちが毒を食らっても命は助かるかもしれないし、あやかしも理性を失うことはないだろう。そんな便利な薬があるかは不明だが。
薫子は文を懐にしまうと、箒と手箕を持って秋庭を回る。
《さっさと落ち葉拾って文を送ろう)
薫子は気合を入れ直して箒を動かしたが、結局すべて回り終わったのは日が暮れる手前だった。
「この羊羹うめぇな。ほれ、史と薫子も食え」
夕食の時間になり、居間に集まった薫子達の中に、相変わらず甘味を食っている烏天狗の姿があった。どうやら暫くは社で居候するらしい。昼間はどこかへ出かけているようなので居ないが、日が暮れるとこうして飯と風呂と寝床を求めて帰ってくる。
「圓月様……食事の最中ですので、今は遠慮いたします」
甘いものとしょっぱいものを交互に食べたくなる気持ちは分かるが、食事中にしようとは思わない。薫子は丁重にお断りする。圓月は「そうか…」と少し残念そうな様子で羊羹を口に放り込んだ。
味噌汁を啜りながら、薫子は圓月から茜鶴覇へ視線を向ける。美しい所作で食事をしている様は、まさしく天女そのもの。その辺の娘が見たらため息を吐いてそうだ。
今日は祭事が二つあったので、茜鶴覇はいつもより忙しかったのだろう。普段は部屋に籠って文や書物を書いたり、巨大な式神を出しては社からどこかへ送ってい居たりしているのであまり社内で見かけない。しかし祭事のある日は色んな所で見かける。今日も貢物の整頓の為、史と共に宝物庫を出入りしているのを見た。天井の御人も大変である。
薫子は楽しそうに談笑する圓月に相槌を打ちつつ、颯爽と食事を済ませた。
(こんなもんか)
風呂から上がり、全員に就寝の挨拶をして回った薫子は自室で文を書いていた。無論宛先は伊吹である。
文の内容は主に二つだ。薫子が把握している情報の開示と、神殺しの実の処置の方法についてである。どこまで伊吹が知っているかの判断が難しかったが、ひとまず風神の事は伏せて置いた。
薫子は綺麗に文を折り畳み、縁側に出る。そして茜鶴覇に教えてもらった手順で不格好な式神を飛ばし、銀木犀と紅葉が揺れるのを横目に部屋に戻った。
「馬鹿なやつめ。自らこちら側に堕ちるとはな」
ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎に照らされ、一人の女が椅子に腰かけ頬杖をつく。その声音はしっとりと妖美なものだった。
そっと炎から視線を逸らし、異国の湯呑に注がれた紅い茶から立ち上る湯気を見つめる。彼女の長い髪は漆の様に黒く艶やかで、闇に溶け込んでしまいそうだ。
沢山の茶葉が置かれた部屋には、ざわざわと風に揺られて木々が会話するのが聞こえる。時折フクロウの鳴き声も混じっていた。女はそんな窓から見える見慣れた風景を、無気力な瞳で見つめる。太陽の光が失せた闇夜の部屋の中、一本の蝋燭の炎だけが女の横顔を照らしていた。
「このまま、共に燃えてしまえば或いはーーー…」
そうして呟くと、鼻で嗤って牙のある妖艶な口元に弧を描く。
「いや、甘ったるい戯言こそ燃やすべきだねぇ」
そう言って喉の奥を鳴らすように嘲笑うと、ふっと息を吹きかけて炎を消した。真っ暗になった部屋に、僅かな月光が窓の側を照らす。
「……お前は本当に、身勝手なやつだよ」
女は月光に照らされた床を眺めながら、誰に掛けるでもない言葉をぽつりと呟いた。
薫子は桜の花弁を集め終えて焼却炉に捨てていた。焼却炉は秋庭に面した場所にあり、涼しい風が時折葉を揺らしている。
(あれは…)
木の葉を見上げていると、鳥のようなものが薫子に向かって飛んでくるのが見えた。式神である。
飛んできた式神は、薫子の周りを一周すると手の中に収まった。
(もしかして、伊吹さんか?)
案の定、中を確認すると神来社の家紋がある。神来社の家紋は薊の花らしい。
薫子はその場で文を広げる。そこには綺麗な文字で薫子宛に文章が綴られていた。
『薫子さん、先日はありがとうございました。初めての友人が出来てとても嬉しく思います。僕はこの通り式神を出せるので、薫子さんは気を遣わずに文をお返しください。
話は変わりますが、最近西の方であやかし達が妙な動きを見せています。北玄でも街の人が皆噂をするようになりました。きっと社でもその話題が出ている筈ですよね。僕も色々な角度から調べている最中なので、何か分かり次第文を送ります。もし薫子さんの方から何かしら調べて欲しい事や質問があれば、遠慮なく言ってくださいね』
薫子は手紙を閉じる。やはり流石は神来社の家。情報を得るのが早い。薫子達と遜色無い程度にはこの状況を把握しているようだ。
(調べて欲しい事…)
薫子は神殺しの実について考える。毒であり薬でもあるという事は分かった。どこに発生するのか不明という事も知った。しかし、今現在敵の手に実が渡ってしまった以上、もしもの対処方や処置の仕方を探さねばならない。
(解毒の仕方や、興奮状態から戻す鎮静剤の作り方とか)
そうすれば、仮に神たちが毒を食らっても命は助かるかもしれないし、あやかしも理性を失うことはないだろう。そんな便利な薬があるかは不明だが。
薫子は文を懐にしまうと、箒と手箕を持って秋庭を回る。
《さっさと落ち葉拾って文を送ろう)
薫子は気合を入れ直して箒を動かしたが、結局すべて回り終わったのは日が暮れる手前だった。
「この羊羹うめぇな。ほれ、史と薫子も食え」
夕食の時間になり、居間に集まった薫子達の中に、相変わらず甘味を食っている烏天狗の姿があった。どうやら暫くは社で居候するらしい。昼間はどこかへ出かけているようなので居ないが、日が暮れるとこうして飯と風呂と寝床を求めて帰ってくる。
「圓月様……食事の最中ですので、今は遠慮いたします」
甘いものとしょっぱいものを交互に食べたくなる気持ちは分かるが、食事中にしようとは思わない。薫子は丁重にお断りする。圓月は「そうか…」と少し残念そうな様子で羊羹を口に放り込んだ。
味噌汁を啜りながら、薫子は圓月から茜鶴覇へ視線を向ける。美しい所作で食事をしている様は、まさしく天女そのもの。その辺の娘が見たらため息を吐いてそうだ。
今日は祭事が二つあったので、茜鶴覇はいつもより忙しかったのだろう。普段は部屋に籠って文や書物を書いたり、巨大な式神を出しては社からどこかへ送ってい居たりしているのであまり社内で見かけない。しかし祭事のある日は色んな所で見かける。今日も貢物の整頓の為、史と共に宝物庫を出入りしているのを見た。天井の御人も大変である。
薫子は楽しそうに談笑する圓月に相槌を打ちつつ、颯爽と食事を済ませた。
(こんなもんか)
風呂から上がり、全員に就寝の挨拶をして回った薫子は自室で文を書いていた。無論宛先は伊吹である。
文の内容は主に二つだ。薫子が把握している情報の開示と、神殺しの実の処置の方法についてである。どこまで伊吹が知っているかの判断が難しかったが、ひとまず風神の事は伏せて置いた。
薫子は綺麗に文を折り畳み、縁側に出る。そして茜鶴覇に教えてもらった手順で不格好な式神を飛ばし、銀木犀と紅葉が揺れるのを横目に部屋に戻った。
「馬鹿なやつめ。自らこちら側に堕ちるとはな」
ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎に照らされ、一人の女が椅子に腰かけ頬杖をつく。その声音はしっとりと妖美なものだった。
そっと炎から視線を逸らし、異国の湯呑に注がれた紅い茶から立ち上る湯気を見つめる。彼女の長い髪は漆の様に黒く艶やかで、闇に溶け込んでしまいそうだ。
沢山の茶葉が置かれた部屋には、ざわざわと風に揺られて木々が会話するのが聞こえる。時折フクロウの鳴き声も混じっていた。女はそんな窓から見える見慣れた風景を、無気力な瞳で見つめる。太陽の光が失せた闇夜の部屋の中、一本の蝋燭の炎だけが女の横顔を照らしていた。
「このまま、共に燃えてしまえば或いはーーー…」
そうして呟くと、鼻で嗤って牙のある妖艶な口元に弧を描く。
「いや、甘ったるい戯言こそ燃やすべきだねぇ」
そう言って喉の奥を鳴らすように嘲笑うと、ふっと息を吹きかけて炎を消した。真っ暗になった部屋に、僅かな月光が窓の側を照らす。
「……お前は本当に、身勝手なやつだよ」
女は月光に照らされた床を眺めながら、誰に掛けるでもない言葉をぽつりと呟いた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる