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その日の夜。
あらかたの事情を話し終えると、御影は開口一番に言った。
「あのなあ、俺はお悩み相談窓口じゃなんだが」
「知ってるよ、そんなこと」
「毎度毎度、納期ギリギリに電話かけてきやがって……」
知るもんか。
お前だって僕の予定なんてガン無視で、イラストのチェッカーさせるじゃないか。
「ったく織江のやつ……もうちょっと声落として話せっつーの……」
「なんか言った?」
「いや、なんでもない」
何事もなかったように、御影が言う。
「んで、お前はその婚約者の話を聞いて、ショックを受けていると」
「……ちょっと違う」
「何が違うんだよ」
「ショックを受けてることに、ショックを受けてるっていうか……」
期待なんてしていないつもりだった。
四季宮さんと僕では、住んでいる世界が違う。
クラスで人気者の彼女が、僕と仲良くしてくれているのは、たまたま僕が、自遊病のことを知ったからだ。
あの日、階段で僕が彼女を受け止めなければ、きっと卒業まで会話を交わすことすらなかっただろう。
家によばれたり、プールに一緒に遊びに出かけたりしたのは、彼女の要望に合致する人物が、たまたま僕だったというだけの話だ。
だから、勘違いしてはいけない。
期待するなんてもってのほかだ。
そう自分に言い聞かせていたはずなのに、今日婚約者の話を聞いた瞬間、頭が真っ白になってしまった。そんな自分に、ショックを受けた。
彼女と特別な仲になれるのではないかと無意識下で期待していた自分に、幻滅した。
「ふーん。面倒くさいやつ」
「うるさいな……。お前にだけは言われたくない」
「それで、お前はこれからどうするわけ。四季宮さんとのつながりを全部、切っちまうのかよ」
「それは……」
例えばまた、彼女から遊びに誘われたら……僕はどう思うのだろうか。
……うん、嬉しいだろうな。
四季宮さんと遊ぶのも、話すのも、とても楽しいから。
だけど同時に、辛くもあるだろう。
これまでと同じように、四季宮さんに接することができるかどうか、自信はなかった。
「……分からない」
「ま、そうだろうな」
炭酸の抜ける音がして、御影は少しの間黙り、そして続けた。
「何はともあれ、お前はまず、四季宮さんから直接話を聞くべきだと思うぜ。お前が走って逃げた時、呼び止めてくれてたんだろ?」
「……多分」
幻聴だったかもしれないけど。
「だったら一度、ちゃんと二人で話し合ってみるんだな。愚痴ったり嘆いたりすんのは、その後でも遅くないだろ」
「それはそうだけど……」
その時、スマホが一つぶるりと震えた。
四季宮さんからだった。
着信音が聞こえたのか、御影が問う。
「メッセ?」
「うん、四季宮さんから。今日のことについて、明日詳しく話したいって」
「ふーん、良かったじゃん」
「良かった……のかな?」
僕は、今日突然逃げてしまったことを謝りつつ「了解」と打ち込む。
いつも通りの味もそっけもない返事が、なのになぜか、よそよそしく見える。
「お前、鈍感だな」
「何がだよ」
良かったとか鈍感だとか……いったい何の話をしてるんだ?
僕が問うと、御影はあきれたようにため息をついて、続けた。
「あのなあ。婚約者がいることなんて、別にわざわざお前に言う必要ないだろ? ただの友達に家の事情を全部話す義務なんてないしな」
「うん」
「なのに四季宮さんは、お前に話したいって言ってるわけだ。わざわざ、メッセまでおくってきて」
「だから、それがどうしたんだよ」
「脈ありってやつじゃねぇの?」
僕は数舜、御影の言葉の意味を考えて。
御影の言いたいことを理解して。
そして力なく笑った。
「それはないよ」
確かに僕たちがただの友達なら、そういう解釈もあったかもしれない。
だけど、僕たちは普通じゃない。
幻視と自遊病。
互いの秘密を知っている関係。
四季宮さんにとっては、自分の全てをさらけ出せる、唯一のクラスメイト。
そんな普通じゃない僕らの間には、仲間意識のようなものが芽生えているから。
だからきっと四季宮さんは、僕に隠し事をしていたことを気に病んで、すべてを話したいと思ったのだろう。
僕の覇気のない声を聴いて、今日は何を言っても無駄だと思ったらしい。
御影は話をまとめた。
「とにかく、さっさと明日話を聞いてスッキリさせて来い」
「うん、分かった。ありがとな、御影」
「礼なんていらねーよ。こんな電話は二度とごめんだからな」
通話がぶつんと切れる。
僕はスマホをベッドに投げ出して、そのまま自分の体も横たえた。
明日の夜には、この心のもやもやも、晴れているだろうか。
それとも、もっと陰鬱な気持ちになっているのだろうか。
たった六十秒先の未来しか見ることのできない僕には、あずかり知らぬことだった。
そして翌日。
僕は思わぬ形で、四季宮さんの婚約者について知ることになる。
もっと正確を期して言うならば――僕は彼女の婚約者と、会うことになる。
あらかたの事情を話し終えると、御影は開口一番に言った。
「あのなあ、俺はお悩み相談窓口じゃなんだが」
「知ってるよ、そんなこと」
「毎度毎度、納期ギリギリに電話かけてきやがって……」
知るもんか。
お前だって僕の予定なんてガン無視で、イラストのチェッカーさせるじゃないか。
「ったく織江のやつ……もうちょっと声落として話せっつーの……」
「なんか言った?」
「いや、なんでもない」
何事もなかったように、御影が言う。
「んで、お前はその婚約者の話を聞いて、ショックを受けていると」
「……ちょっと違う」
「何が違うんだよ」
「ショックを受けてることに、ショックを受けてるっていうか……」
期待なんてしていないつもりだった。
四季宮さんと僕では、住んでいる世界が違う。
クラスで人気者の彼女が、僕と仲良くしてくれているのは、たまたま僕が、自遊病のことを知ったからだ。
あの日、階段で僕が彼女を受け止めなければ、きっと卒業まで会話を交わすことすらなかっただろう。
家によばれたり、プールに一緒に遊びに出かけたりしたのは、彼女の要望に合致する人物が、たまたま僕だったというだけの話だ。
だから、勘違いしてはいけない。
期待するなんてもってのほかだ。
そう自分に言い聞かせていたはずなのに、今日婚約者の話を聞いた瞬間、頭が真っ白になってしまった。そんな自分に、ショックを受けた。
彼女と特別な仲になれるのではないかと無意識下で期待していた自分に、幻滅した。
「ふーん。面倒くさいやつ」
「うるさいな……。お前にだけは言われたくない」
「それで、お前はこれからどうするわけ。四季宮さんとのつながりを全部、切っちまうのかよ」
「それは……」
例えばまた、彼女から遊びに誘われたら……僕はどう思うのだろうか。
……うん、嬉しいだろうな。
四季宮さんと遊ぶのも、話すのも、とても楽しいから。
だけど同時に、辛くもあるだろう。
これまでと同じように、四季宮さんに接することができるかどうか、自信はなかった。
「……分からない」
「ま、そうだろうな」
炭酸の抜ける音がして、御影は少しの間黙り、そして続けた。
「何はともあれ、お前はまず、四季宮さんから直接話を聞くべきだと思うぜ。お前が走って逃げた時、呼び止めてくれてたんだろ?」
「……多分」
幻聴だったかもしれないけど。
「だったら一度、ちゃんと二人で話し合ってみるんだな。愚痴ったり嘆いたりすんのは、その後でも遅くないだろ」
「それはそうだけど……」
その時、スマホが一つぶるりと震えた。
四季宮さんからだった。
着信音が聞こえたのか、御影が問う。
「メッセ?」
「うん、四季宮さんから。今日のことについて、明日詳しく話したいって」
「ふーん、良かったじゃん」
「良かった……のかな?」
僕は、今日突然逃げてしまったことを謝りつつ「了解」と打ち込む。
いつも通りの味もそっけもない返事が、なのになぜか、よそよそしく見える。
「お前、鈍感だな」
「何がだよ」
良かったとか鈍感だとか……いったい何の話をしてるんだ?
僕が問うと、御影はあきれたようにため息をついて、続けた。
「あのなあ。婚約者がいることなんて、別にわざわざお前に言う必要ないだろ? ただの友達に家の事情を全部話す義務なんてないしな」
「うん」
「なのに四季宮さんは、お前に話したいって言ってるわけだ。わざわざ、メッセまでおくってきて」
「だから、それがどうしたんだよ」
「脈ありってやつじゃねぇの?」
僕は数舜、御影の言葉の意味を考えて。
御影の言いたいことを理解して。
そして力なく笑った。
「それはないよ」
確かに僕たちがただの友達なら、そういう解釈もあったかもしれない。
だけど、僕たちは普通じゃない。
幻視と自遊病。
互いの秘密を知っている関係。
四季宮さんにとっては、自分の全てをさらけ出せる、唯一のクラスメイト。
そんな普通じゃない僕らの間には、仲間意識のようなものが芽生えているから。
だからきっと四季宮さんは、僕に隠し事をしていたことを気に病んで、すべてを話したいと思ったのだろう。
僕の覇気のない声を聴いて、今日は何を言っても無駄だと思ったらしい。
御影は話をまとめた。
「とにかく、さっさと明日話を聞いてスッキリさせて来い」
「うん、分かった。ありがとな、御影」
「礼なんていらねーよ。こんな電話は二度とごめんだからな」
通話がぶつんと切れる。
僕はスマホをベッドに投げ出して、そのまま自分の体も横たえた。
明日の夜には、この心のもやもやも、晴れているだろうか。
それとも、もっと陰鬱な気持ちになっているのだろうか。
たった六十秒先の未来しか見ることのできない僕には、あずかり知らぬことだった。
そして翌日。
僕は思わぬ形で、四季宮さんの婚約者について知ることになる。
もっと正確を期して言うならば――僕は彼女の婚約者と、会うことになる。
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