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崩壊
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「陽花っ!」
私を呼ぶ声がした。
目を開けると、綺麗な女性がぼろぼろと涙を流しながら私の肩を揺さぶっていた。
「お姉ちゃん……」
「陽花! 陽花! ようかぁああああああ!」
「どう、したの……?」
「どうしたの、じゃないわよ! 神託を受けた瞬間、たお、倒れてっ、もう何分も気を失ってたんだから! 私、よよ、よ、陽花まで、いな、いなくなっちゃうんじゃないかって、しっ、心配で、心配で……」
「そっか……心配かけてごめんね、お姉ちゃん」
いつもの凛とした姿からは想像できない位に顔中をくしゃくしゃにして、お姉ちゃんは泣いていた。
ぽろぽろと涙の雫が私の顔に落ちてくる。お姉ちゃんの中からあふれ出した、優しさと、悲しみみたいだなって思った。
「よしよし、もう泣かないで、お姉ちゃん。私、大丈夫だから」
「ほ、ほん、ほんとに?」
「うん」
お姉ちゃんの滑らかな黒髪を撫でながら、ふと、神託で見た女の子の事を思い出した。あの立ち姿、顔立ち、気品。少し、お姉ちゃんに似ていたかもしれない。
外見はお姉ちゃんで……中身は、私? そんなことあり得るはずが……。
あれは一体、何を予見した神託だったんだろう。
聞いてみようと首をひねると、とても気持ちよさそうに寝ているイナリ様の姿が見えた。酔いが回って、寝落ちしてしまったらしい。
「勝手なもんよね。自分だけ早々に寝ちゃって。腹立たしいったらありゃしない」
「まぁまぁ。神様なんだし、仕方がないよ」
鼻をすすりながらも悪態をつくお姉ちゃんは、少し調子が戻って来たみたいだ。私は言う。
「今日はもうお暇しよっか」
「そうね……ただ……陽花、あなた何を見たの?」
「神託?」
「えぇ。数分間、昏倒してしまう程の情報量。一体……どんな神託だったの?」
「んー……」
どこから話したものかと考え、考え……考えて。
私は自分の頭の中に、神託の内容が何一つ残っていないことに気付いた。
「あ、あれ……?」
何か……何か、すごい光景を見た気がするのだ。
聞かなければいけないことがあった気がするのだ。
なのに、何一つ思い出せなかった。
さながらそれは、起きた瞬間には覚えていた夢の内容が、さらさらと風化していくように。あまりにも早く、消え去っていった。
「どうしたの?」
「わ、忘れちゃった……」
「え?」
「全然、思い出せない……」
結局その後、いくら頑張っても神託の内容を思い出すことはできなかった。
数分後、お姉ちゃんは私を励ますように言った。
「ま、まぁそういうこともあるわよ。明日あのクソギツネに聞いてみたっていいんだし。ね?」
「う、うん……」
私は曖昧に頷いた。
何故か、もうイナリ様に聞くことはできない気がしたから。
イナリ様はゆっくりと、低く唸るような音を立てながら、寝息を立てていた。寝てるんだよね……?
「ほら陽花、行こ? お夕飯の準備しなくちゃ」
「うん。……え? 今日は手伝ってもいいの?」
「あー……皮むきまでね」
「えー、またー? たまには私も一品くらい作りたいよー」
「そ、そのうちね。そのうち……」
「……なんでいつもお料理の話になると目を合わせてくれないの?」
そして私たちはいつもの通り、神域を後にした。
小さな世界で、ちっぽけな私たちの人生は変わることがない。
定められた線の上を走るだけ。どうあがいたとしても、変わるのは進む速度だけで、線の行先は変わらない。
そう思っていた。
次の日、世界は崩壊した。
砂で出来た城のように。
砂糖菓子で出来た塔のように。
あっけなく、唐突に。
その時の記憶は、まだ戻っていない。
私を呼ぶ声がした。
目を開けると、綺麗な女性がぼろぼろと涙を流しながら私の肩を揺さぶっていた。
「お姉ちゃん……」
「陽花! 陽花! ようかぁああああああ!」
「どう、したの……?」
「どうしたの、じゃないわよ! 神託を受けた瞬間、たお、倒れてっ、もう何分も気を失ってたんだから! 私、よよ、よ、陽花まで、いな、いなくなっちゃうんじゃないかって、しっ、心配で、心配で……」
「そっか……心配かけてごめんね、お姉ちゃん」
いつもの凛とした姿からは想像できない位に顔中をくしゃくしゃにして、お姉ちゃんは泣いていた。
ぽろぽろと涙の雫が私の顔に落ちてくる。お姉ちゃんの中からあふれ出した、優しさと、悲しみみたいだなって思った。
「よしよし、もう泣かないで、お姉ちゃん。私、大丈夫だから」
「ほ、ほん、ほんとに?」
「うん」
お姉ちゃんの滑らかな黒髪を撫でながら、ふと、神託で見た女の子の事を思い出した。あの立ち姿、顔立ち、気品。少し、お姉ちゃんに似ていたかもしれない。
外見はお姉ちゃんで……中身は、私? そんなことあり得るはずが……。
あれは一体、何を予見した神託だったんだろう。
聞いてみようと首をひねると、とても気持ちよさそうに寝ているイナリ様の姿が見えた。酔いが回って、寝落ちしてしまったらしい。
「勝手なもんよね。自分だけ早々に寝ちゃって。腹立たしいったらありゃしない」
「まぁまぁ。神様なんだし、仕方がないよ」
鼻をすすりながらも悪態をつくお姉ちゃんは、少し調子が戻って来たみたいだ。私は言う。
「今日はもうお暇しよっか」
「そうね……ただ……陽花、あなた何を見たの?」
「神託?」
「えぇ。数分間、昏倒してしまう程の情報量。一体……どんな神託だったの?」
「んー……」
どこから話したものかと考え、考え……考えて。
私は自分の頭の中に、神託の内容が何一つ残っていないことに気付いた。
「あ、あれ……?」
何か……何か、すごい光景を見た気がするのだ。
聞かなければいけないことがあった気がするのだ。
なのに、何一つ思い出せなかった。
さながらそれは、起きた瞬間には覚えていた夢の内容が、さらさらと風化していくように。あまりにも早く、消え去っていった。
「どうしたの?」
「わ、忘れちゃった……」
「え?」
「全然、思い出せない……」
結局その後、いくら頑張っても神託の内容を思い出すことはできなかった。
数分後、お姉ちゃんは私を励ますように言った。
「ま、まぁそういうこともあるわよ。明日あのクソギツネに聞いてみたっていいんだし。ね?」
「う、うん……」
私は曖昧に頷いた。
何故か、もうイナリ様に聞くことはできない気がしたから。
イナリ様はゆっくりと、低く唸るような音を立てながら、寝息を立てていた。寝てるんだよね……?
「ほら陽花、行こ? お夕飯の準備しなくちゃ」
「うん。……え? 今日は手伝ってもいいの?」
「あー……皮むきまでね」
「えー、またー? たまには私も一品くらい作りたいよー」
「そ、そのうちね。そのうち……」
「……なんでいつもお料理の話になると目を合わせてくれないの?」
そして私たちはいつもの通り、神域を後にした。
小さな世界で、ちっぽけな私たちの人生は変わることがない。
定められた線の上を走るだけ。どうあがいたとしても、変わるのは進む速度だけで、線の行先は変わらない。
そう思っていた。
次の日、世界は崩壊した。
砂で出来た城のように。
砂糖菓子で出来た塔のように。
あっけなく、唐突に。
その時の記憶は、まだ戻っていない。
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