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解答篇 僕はアイを知る
エピローグ 『僕らはこれから』
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スマホの画面に、ぽんっとポップが一つ湧いた。
僕は相手がログインしたのを確認して、文字をフリックして入力していく。
【IRRATIIONAL】
やっほー。久しぶりー
【ECHO】
久しぶり
【IRRATIIONAL】
どしたの急に?
【ECHO】
最後に挨拶をしておこうと思って。
【IRRATIIONAL】
え? 最後ってどういう事⁈ ちょっとちょっと、変な冗談はやめてよねー
【ECHO】
……
【IRRATIIONAL】
……なーんて、茶番はもういっか。久しぶり、奏汰くん
【ECHO】
久しぶり、夢莉さん
【IRRATIIONAL】
さすがに気づくよね(笑)
【ECHO】
まぁね
――――――――――――――――
よくよく考えてみれば、おかしい点はあったんだ。
『【IRRATIIONAL】
海外⁈
【ECHO】
そう、海外 (笑)
【IRRATIIONAL】
どうしてそうなった(笑)
【ECHO】
それは前話した通り、父さんの仕事の都合の関係。
【IRRATIIONAL】
なるほどねぇ。だから時差でこんな時間に連絡が来たわけかー。
そっちは今夜中かな?』
僕が海外に行っていることは知らなかったのに。
この子は時差をぴたりと言い当てた。
サマータイムまで完全に把握して。
海外といっても時差の有り方は多種多様なはずなのに。
加えて、ダメ押しの確認になったのは、アイさんの名前だった。
アイ。
i(虚数)。
そして七々扇夢莉という名前。
夢莉。
ユウリ。
有理。
IRRATIIONAL、は日本語で無理数の事だ。
有理数と無理数。
二つ合わせて、実数。
七々扇夢莉と七々扇アイは。
実数と虚数の様な関係なのかもしれない。
なんて……なんて下らない言葉遊びだ。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
ごめんね、色々とほっぽり出したまま消えちゃって。
【ECHO】
別にいいよ。
【IRRATIIONAL】
……怒ってる?
【ECHO】
怒ってないよ。
【IRRATIIONAL】
怒ってるじゃん。
【ECHO】
怒ってないってば。
【IRRATIIONAL】
じゃぁ……悲しんでる?
【ECHO】
うん。
【IRRATIIONAL】
そっか。
――――――――――――――――
いつの間にか左手を強く握りこんでいて、少し伸びて来ていた爪が手のひらに跡をつけるくらいに食い込んでいた。慌てて手を開き、ぐっぱを繰り返す。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
許して、とは言わないよ。
【ECHO】
そんなのは別にどうだっていいんだ。
ただ……
――――――――――――――――
少しためらってから、僕は送信ボタンを押す。
――――――――――――――――
【ECHO】
ただ、僕に近づいてきたのは、今回の事件を遂行するためだったのかなって。
それに……僕がチャットの相手だって、いつから気付いてたのかなって。
【IRRATIIONAL】
あー、なるほど(笑)
【ECHO】
わあらいこだいんだけど。
【IRRATIIONAL】
慌てて打ちすぎー(笑)ミスタイプひどいよ(笑)
【ECHO】
笑い事じゃないんだけど。
第一
【IRRATIIONAL】
まずは二つ目の答えから。
そんなのは最初からだよ。
【ECHO】
……最初から、僕を狙っていた……っていうこと?
【IRRATIIONAL】
大数の法則だよ。別に貴方だけが特別なわけじゃない。
それだけ言えば、分かるよね?
【ECHO】
……
【IRRATIIONAL】
それから、一つ目の質問への答え。
そうだよ。
――――――――――――――――
全身の血がひいていく。
さっきまでうるさいくらいに飛び跳ねていた心の臓も、水を打ったみたいに静かになった。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
私が君と仲良くしたのも。べたべたしたのも、どきどきしたのも、どきどきさせたのも。全部演技だよ。虚構だよ。
【ECHO】
そう。
――――――――――――――――
相手の顔が見えないのって嫌だなぁ、なんていつもは思っていたけれど。
今回ばかりは、相手に表情を見られなくて本当に良かったと思った。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
うん、ごめんね。
【ECHO】
いいんだ別に。それだけ確認出来たら、大丈夫。
それじゃぁ、体に気を付けてね。
【IRRATIIONAL】
待って。
――――――――――――――――
ログアウトのボタンを押そうとしたその時、ポップがぽよんと浮き出てきた。
――――――――――――――――
【ECHO】
なに?
【IRRATIIONAL】
……あのね
【ECHO】
うん。
――――――――――――――――
すぐにメッセージが送信されてこないことも珍しい。
まぁどうせ最後だしと、僕は待つことにした。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
私があそこで過ごした日々は。私が……君と交わした言葉の数々は。全部全部、嘘に塗り固められて、いたわけなんだけど
【ECHO】
うん。
【IRRATIIONAL】
一つだけ、裏表なく、私の本心を言った言葉があるんだ。
【ECHO】
……そう。
【IRRATIIONAL】
うん……もし、良ければ……それだけは、信じて欲しい……。
私のわがまま、なんだけど。
【ECHO】
考えとくよ。
【IRRATIIONAL】
ありがと。やっぱり優しいね、奏汰くんは。
――――――――――――――――
あぁ……これ以上はきついな……。
僕はページを閉じることにした。
――――――――――――――――
【ECHO】
じゃぁ、今度こそさよなら。
【IRRATIIONAL】
うん……また、ね。
――――――――――――――――
「さよならだって、言ってるじゃんか……」
電源を落として、僕はトイレの個室の壁に頭を打ち付けた。
画面には彼女が送ってきたメッセージが浮かんでいる。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
私があそこで過ごした日々は。私が……君と交わした言葉の数々は。全部全部、嘘に塗り固められて、いたわけなんだけど
【ECHO】
うん。
【IRRATIIONAL】
一つだけ、裏表なく、私の本心を言った言葉があるんだ。
――――――――――――――――
「そんなの……」
『はりゃぁ……』
『あの……?』
『結構好みかも……』
『は、はい?』
「……そんなの、期待しちゃうだろ……っ」
ごつんと、もう一度打ち付ける。
断ち切るつもりでやったチャットは、結局僕に勇気を与えてはくれなかった。
ただ僕は再確認しただけだった。
彼女に対する気持ちは、僕をこれからもまだ縛り続けて。
じゅくじゅくとした心についた生傷は、まだしばらくかさぶたを作ってくれそうになくて。
彼女の事を思い出す度に。
彼女の面影を、この学院で見つけるたびに。
絹糸で心を締め付けられるような思いを、するのだろう。
目の奥がつんと痛んだ。
強めにこすって、鼻をすすって、僕は立ち上がった。
いつか。
いつか。
いつか、この思いを忘れることはできるのだろうかと、答えのない問いを抱きながら。
◇◇◇
一人の少年が人生で初めての傷を負った。
一人の少女が初めて完膚なきまでの敗北を知った。
一人の少女が、初めて自由を手に入れた。
うら若き少年少女は、鮮烈な体験をその実に刻んで、大きくなっていく。
彼らの物語は、いつだって。
そこから始まるのかもしれない。
僕は相手がログインしたのを確認して、文字をフリックして入力していく。
【IRRATIIONAL】
やっほー。久しぶりー
【ECHO】
久しぶり
【IRRATIIONAL】
どしたの急に?
【ECHO】
最後に挨拶をしておこうと思って。
【IRRATIIONAL】
え? 最後ってどういう事⁈ ちょっとちょっと、変な冗談はやめてよねー
【ECHO】
……
【IRRATIIONAL】
……なーんて、茶番はもういっか。久しぶり、奏汰くん
【ECHO】
久しぶり、夢莉さん
【IRRATIIONAL】
さすがに気づくよね(笑)
【ECHO】
まぁね
――――――――――――――――
よくよく考えてみれば、おかしい点はあったんだ。
『【IRRATIIONAL】
海外⁈
【ECHO】
そう、海外 (笑)
【IRRATIIONAL】
どうしてそうなった(笑)
【ECHO】
それは前話した通り、父さんの仕事の都合の関係。
【IRRATIIONAL】
なるほどねぇ。だから時差でこんな時間に連絡が来たわけかー。
そっちは今夜中かな?』
僕が海外に行っていることは知らなかったのに。
この子は時差をぴたりと言い当てた。
サマータイムまで完全に把握して。
海外といっても時差の有り方は多種多様なはずなのに。
加えて、ダメ押しの確認になったのは、アイさんの名前だった。
アイ。
i(虚数)。
そして七々扇夢莉という名前。
夢莉。
ユウリ。
有理。
IRRATIIONAL、は日本語で無理数の事だ。
有理数と無理数。
二つ合わせて、実数。
七々扇夢莉と七々扇アイは。
実数と虚数の様な関係なのかもしれない。
なんて……なんて下らない言葉遊びだ。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
ごめんね、色々とほっぽり出したまま消えちゃって。
【ECHO】
別にいいよ。
【IRRATIIONAL】
……怒ってる?
【ECHO】
怒ってないよ。
【IRRATIIONAL】
怒ってるじゃん。
【ECHO】
怒ってないってば。
【IRRATIIONAL】
じゃぁ……悲しんでる?
【ECHO】
うん。
【IRRATIIONAL】
そっか。
――――――――――――――――
いつの間にか左手を強く握りこんでいて、少し伸びて来ていた爪が手のひらに跡をつけるくらいに食い込んでいた。慌てて手を開き、ぐっぱを繰り返す。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
許して、とは言わないよ。
【ECHO】
そんなのは別にどうだっていいんだ。
ただ……
――――――――――――――――
少しためらってから、僕は送信ボタンを押す。
――――――――――――――――
【ECHO】
ただ、僕に近づいてきたのは、今回の事件を遂行するためだったのかなって。
それに……僕がチャットの相手だって、いつから気付いてたのかなって。
【IRRATIIONAL】
あー、なるほど(笑)
【ECHO】
わあらいこだいんだけど。
【IRRATIIONAL】
慌てて打ちすぎー(笑)ミスタイプひどいよ(笑)
【ECHO】
笑い事じゃないんだけど。
第一
【IRRATIIONAL】
まずは二つ目の答えから。
そんなのは最初からだよ。
【ECHO】
……最初から、僕を狙っていた……っていうこと?
【IRRATIIONAL】
大数の法則だよ。別に貴方だけが特別なわけじゃない。
それだけ言えば、分かるよね?
【ECHO】
……
【IRRATIIONAL】
それから、一つ目の質問への答え。
そうだよ。
――――――――――――――――
全身の血がひいていく。
さっきまでうるさいくらいに飛び跳ねていた心の臓も、水を打ったみたいに静かになった。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
私が君と仲良くしたのも。べたべたしたのも、どきどきしたのも、どきどきさせたのも。全部演技だよ。虚構だよ。
【ECHO】
そう。
――――――――――――――――
相手の顔が見えないのって嫌だなぁ、なんていつもは思っていたけれど。
今回ばかりは、相手に表情を見られなくて本当に良かったと思った。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
うん、ごめんね。
【ECHO】
いいんだ別に。それだけ確認出来たら、大丈夫。
それじゃぁ、体に気を付けてね。
【IRRATIIONAL】
待って。
――――――――――――――――
ログアウトのボタンを押そうとしたその時、ポップがぽよんと浮き出てきた。
――――――――――――――――
【ECHO】
なに?
【IRRATIIONAL】
……あのね
【ECHO】
うん。
――――――――――――――――
すぐにメッセージが送信されてこないことも珍しい。
まぁどうせ最後だしと、僕は待つことにした。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
私があそこで過ごした日々は。私が……君と交わした言葉の数々は。全部全部、嘘に塗り固められて、いたわけなんだけど
【ECHO】
うん。
【IRRATIIONAL】
一つだけ、裏表なく、私の本心を言った言葉があるんだ。
【ECHO】
……そう。
【IRRATIIONAL】
うん……もし、良ければ……それだけは、信じて欲しい……。
私のわがまま、なんだけど。
【ECHO】
考えとくよ。
【IRRATIIONAL】
ありがと。やっぱり優しいね、奏汰くんは。
――――――――――――――――
あぁ……これ以上はきついな……。
僕はページを閉じることにした。
――――――――――――――――
【ECHO】
じゃぁ、今度こそさよなら。
【IRRATIIONAL】
うん……また、ね。
――――――――――――――――
「さよならだって、言ってるじゃんか……」
電源を落として、僕はトイレの個室の壁に頭を打ち付けた。
画面には彼女が送ってきたメッセージが浮かんでいる。
――――――――――――――――
【IRRATIIONAL】
私があそこで過ごした日々は。私が……君と交わした言葉の数々は。全部全部、嘘に塗り固められて、いたわけなんだけど
【ECHO】
うん。
【IRRATIIONAL】
一つだけ、裏表なく、私の本心を言った言葉があるんだ。
――――――――――――――――
「そんなの……」
『はりゃぁ……』
『あの……?』
『結構好みかも……』
『は、はい?』
「……そんなの、期待しちゃうだろ……っ」
ごつんと、もう一度打ち付ける。
断ち切るつもりでやったチャットは、結局僕に勇気を与えてはくれなかった。
ただ僕は再確認しただけだった。
彼女に対する気持ちは、僕をこれからもまだ縛り続けて。
じゅくじゅくとした心についた生傷は、まだしばらくかさぶたを作ってくれそうになくて。
彼女の事を思い出す度に。
彼女の面影を、この学院で見つけるたびに。
絹糸で心を締め付けられるような思いを、するのだろう。
目の奥がつんと痛んだ。
強めにこすって、鼻をすすって、僕は立ち上がった。
いつか。
いつか。
いつか、この思いを忘れることはできるのだろうかと、答えのない問いを抱きながら。
◇◇◇
一人の少年が人生で初めての傷を負った。
一人の少女が初めて完膚なきまでの敗北を知った。
一人の少女が、初めて自由を手に入れた。
うら若き少年少女は、鮮烈な体験をその実に刻んで、大きくなっていく。
彼らの物語は、いつだって。
そこから始まるのかもしれない。
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