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出題篇 □■□■君は
第十四話 (6) 『礼拝堂の暗号』
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そして十数分後、僕たちは暗号の指し示した場所、最初に暗号を見つけた礼拝堂(チャペル)の祭壇に集まった。
ここまでの道中で夢莉さんからあらかたの事情は説明して貰ったらしい佐久間さんは興奮気味にメモ帳にペンを走らせていた。
「さて、じゃぁここだね……」
最初の祭壇、暗号が隠されていた木の置物の中を夢莉さんは覗き込んだ。
しばしの沈黙の後、「あった!」と白い紙を取り出した。一つ目の暗号の時とは違い、ルーズリーフではなく、印刷用紙だ。
いそいそとそれを広げ、みんなして覗き込み――――そして夢莉さんが落胆の声を上げた。
「えぇぇ……そんなぁ」
WOOPS! You are loser IN GAME! (あらあら、あなたの負けです!)
I pray we can meet when cicadas emerge. “Nothing” will go forward once, but take nothing.
From Vigenere
そう書かれた文字の横には、何やら美しい女性の絵が印刷されていた。
誰だろう、これ……? 高級そうなシルクの衣服を身に着け、フカフカのベッドの上でくつろいで、街を見下ろしている。
高貴な身なりをしている。場所は昔のヨーロッパ、かな? 街の方に明るい光が見えるけど……。
「おっかしいなぁ……あの解読法はフェイクだったってこと? やっぱりあの縦線の謎を解かないと真相にはたどり着けないってことなのかなぁ……」
悔しそうに呟く夢莉さんの言葉を聞きながら、僕は顔を上げた。
まぁ、もう暗号にこだわる必要はない。
夢莉さんのお陰で、暗号は解けなくとも真相は解明できたのだから。
「佐久間さん。今回の依頼は、『真相の解明』だったよね」
「うん、そだよー。こうなってくると、一から出直しってことになるのかな? それはそれでわくわくする展開だけど!」
「いや」
僕は首を振る。全く、いい様に踊らされたものだ。
「これで終わりだよ。佐久間さん、ララちゃん」
「え……?」
「ほう?」
欠けていたピースはもうすでに出そろっている。後は確認作業だけだ。
「この暗号、作ったのはララちゃんだし、仕掛けたのは佐久間さんだよね?」
「え、そうなの⁈」
暗号と睨めっこしていた夢莉さんが顔を上げ、素っ頓狂な声を上げた。
気持ちは分かる。依頼主が犯人だなんて、おかしな話だ。だけど、今回に限ってはそれが有り得る。
「くく、何故その結論に至ったかは、勿論説明して貰えるんだろうな?」
「そうだね。それが今回の依頼内容でもあるみたいだから」
ちらっと佐久間さんの方を見ると、明後日の方向を向いてへたくそな口笛を吹いていた。うん、やっぱり中々いい根性をしているよね君は。
「前提として、暗号は「誰かに」「何かを」伝えるためにあるものだ。そうだよね、夢莉さん」
「う、うん。元祖暗号のシーザー暗号は、元々ジュリアス・シーザーがガリア戦争の時に敵に知られることなく味方と通信するための方法だったし……」
そう、つまり発信者がいたとするならば、受信者がいなくてはならない。
ならば今回、その受信者は誰なのか?
誰か特定の人物を狙っているのか?
あるいは、なんらかの目的のため、不特定多数に届けたいのか?
「そう。その暗号の受け手が、今の今まで僕には分からなかった。だけど、夢莉さんのお陰で、ようやく分かった。これは、不特定多数に見られるのを前提とした暗号だよ」
暗号を解く鍵となるのは「一週間に一度」という部分だった。
仮に、これが特定の人物にだけ解けるようになっている暗号だったとするならば、暗号を解く鍵となる部分は当然、本人のみが知り得るようなものにするはずだ。暗号の鍵となる部分が不特定多数に分かるようなものになっている時点で、それは暗号足りえない。
ならば逆説的にも、この暗号は不特定多数を相手にしたものだと考えて良いだろう。
「不特定多数を前提とした暗号。そういう暗号も、もちろんあるとは思うけど……でも、それだと矛盾が生じるんだ」
「ほう、矛盾か」
「うん。この暗号が不特定多数に解かれる前提で置かれているなら……どうしてこんなに目立たない場所に置いたんだろう?」
この暗号は、誰かに見られなければ意味がない。
ならば、暗号を置く場所は当然、もっと目立つ場所であるべきではないだろうか?
僕は犯人の気持ちになって考えてみた。
不特定多数が解ける様、フェアに作った暗号。
しかもその暗号自体、決して簡単なものではない。作るのにも時間がかかっただろう。
夢莉さんをもってしても解くのに数日を要したことからも、それは明らかだ。
だったら、自分が作った暗号は、誰かに見てもらいたい。解いてもらいたい。そう思うのが自然ではないだろうか?
なのに、それとは相反するように、この暗号は隠されていた。
偶然そこに置かれただけ?
いや違う。偶然ではない。
何故なら、この暗号は毎週火曜に置かれているのだから。
矛盾がある、乖離がある。行動と現象の間に、整合性が取れていない。
「そこまで考えた時、次々と疑問が浮かんできたんだ。そもそも、佐久間さんに教えてくれたという後輩はピアノを弾きに来たはずだ。ならピアノとは間反対に位置する祭壇の、しかもその裏側まで、わざわざ見に来るとは思えない。本当にこの暗号を見つけたのは後輩だったのかなって」
「くく……なるほど。だがカナタ。それではまだ十分な説明とは言えないんじゃないか?」
「あぁ、そうだね」
ここまでだとまだ半分。
暗号とその置き場所に矛盾を感じただけで、その犯人にまでは至ることができない。
仮に、佐久間さんが仕組んだことだと推測したとしても、ララちゃんが作ったという所までは行きつかない。
「少し憶測が混じるけど……ここまでくると、看過できない事実がいくつもあるんだよ」
「聞こうか」
「まず一つ目。佐久間さんは『麗華さんには相談しないでね』って言ったけど……なんで名指しだったのかな」
「それは、麗華さんが並外れた頭脳の持ち主だからで……」
「違うよ。そうじゃない。君の目的を考えたら、誰にも相談して欲しくなかったはずだ」
佐久間さんの目的はそもそも、小説のネタとしてこの暗号を夢莉さんと僕に解いて欲しい、という事だったはずだ。
と、するならば、夢莉さんと僕だけでこの暗号に挑む必要がある。ララちゃんだけじゃなく、クラスにはワッキーを始め、頭のいい人は他にもいる。そういう人たちへの相談も、本来であれば止めるべきだった。現に彼女は、ワッキーを主役にする「BL探偵」なる不穏な単語も発していた。
「だけど佐久間さんはララちゃんを指名した。多分これは無意識だったんだと思う。普通なら僕だって気付かない。けど、暗号の事を考える過程で佐久間さんへの疑いを持った僕にとっては、見過ごせないセリフだったんだ」
「うぅぅ……確かにぽろっと最初に出たのが麗華さんの名前だったからなぁ……」
「それともう一つ。あまりにもこれが、僕と夢莉さん向きな事件だってこと」
想像力が豊かで、論理的な思考が特異な夢莉さん。
犯人の気持ちを考えて、別の視点から解決の糸口をつかむ僕。
今回は、その二人が協力することで、初めて解き明かすことができる謎だった。
どちらかが欠けていても、真実にはたどり着けなかった。まるで、そう用意されていたみたいに。
「暗号が隠されていた場所をあえてここにしたのは、ララちゃんでしょ? そこに僕が矛盾を感じるように」
「くく……いくつか仕掛けていたヒントの内の一つであることは、認めよう」
「やっぱりね……」
更にもう一つ。
ララちゃんを疑うきっかけとなったのは、教室での出来事だ。
僕が本を読み終わって、推理をし終えた時、彼女は言った。『どうやら推理力も上がっている様だ』と。
けれど僕はあの時、「その『鍵』と『相手』、か」としか言っていない。今回の依頼について何も知らなかったララちゃんが、その言葉だけで推理力が上がったと断定できるのは、おかしな話なのだ。
「と、まぁ……色々御託を並べたけどさ。結局この暗号自体を仕掛けたのが佐久間さんだって分かった時点で、僕はララちゃんを疑ってたよ」
「ほぅ、どうして?」
「だって、夢莉さんが悩むような暗号を作れて、佐久間さんが相談しやすい相手なんて、同じクラスで一番頭のいいララちゃんが怪しいに決まってるし」
「ふ、身もふたもないな」
「生憎と、僕も名探偵ではないからね。グレーな人間を黒に近づける要素が沢山あったから、若干カマかけたってこと」
「くく……やはりカナタ、君は成長したよ。少し貫禄が出てきたんじゃないか?」
「そりゃどーも」
その言葉を字面通り受け止めるほど、僕は能天気じゃない。
結局のところ、今回の事件は「解決される」ところまで含めて、ララちゃんの思い通りだったってわけだ。全く勝った気はしない。
「というわけで、こんなところで『真相の解明』は終了。どう? いいネタになった?」
「いやぁまさかの伏兵出現って感じで、ちょっと意外な展開ではあったけど……これはこれでいい話が書けそうだよ! ありがとね、日向君! あ、勿論ユーリちゃんも!」
喜んでもらえたなら幸いだ。
僕らの方としても、このネタならスクフェスの題材として使えそうだし、ありがたい。
礼拝堂(チャペル)に突如現れた謎の暗号! 一体だれが仕掛けたのか? その真相は⁈ みんなも一緒に考えてみよう! みたいなね。まぁ結局生徒のいたずらでしたってオチにはなりそうだけど。
そこまで考えた時
「えぇぇええ……それはひどいよー!」
突如、何の前触れもなしに、夢莉さんがそう叫んだ。
「……あ」
かと思ったら、今君たちがいるのに気付いた、とばかりに目を白黒させて僕たちを見つめ、口元に手を当てた。
その姿はまるで……言ってはいけないセリフを口にしてしまったみたいに見えた。
「……一体どうした――――」
「くっ……ははは!」
僕が夢莉さんに声を掛けようとすると、今度は急に隣でララちゃんが笑い出した。
一体何だって言うんだ……?
混乱する僕に向かって、ララちゃんは上機嫌に言った。
「ははははは! いいじゃないか。面白くなってきたよ……なぁ、カナタ?」
「ごめん、何のことがさっぱり分かんない」
心の底からの本音だった。
彼女はどう思っているのだろうと、ちらりと佐久間さんの方に意識を向けると、「ほぅ? これは良い物語が書けそうですねぇ……巨乳JKバーサス貧乳JK! 宿命の対決! 胸に一物あるのはどちらだ⁈ みたいな感じでいたいいったいごめんごめんって麗華さんごめんて……いたいたいたいたい! 待って私のおっぱいは着脱式じゃないからぁあああああ! ごめんてばあああああ!」と、楽しそうだった。全力で放っておくことにした。
一方の夢莉さんは、眉をハの字に垂れさせて、ちょっと困り顔で笑っていた。
「どうしたの、夢莉さん? 何かあった?」
「ううん。なんでも。……それより奏汰くん、今回もお手柄だね! 本当にすごいよ!」
どうやら、話してくれる気はないらしい。
隠したいのか、それとも本当に大したことじゃないのか、どちらかは分からないけれど、僕は深く追求しない事にした。
「いや、今回は夢莉さんの手助けもあってこそだから。暗号解読、お疲れ様」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな。奏汰くんもお疲れ様。この調子で、どんどん色んな謎、集めていこうね!」
そう言うと夢莉さんは、すっと右こぶしを突き出した。
なんかチームみたいでいいな、と思いつつ、僕も右こぶしをつき出した。
こつん、と優しく触れ合った拳から、嬉しさがこみあげてくる。
彼女の笑顔を見ていると、心臓の鼓動が早まっていくのを否応なく自覚する。
夢莉さんと一緒に謎を解くこの時間が楽しいと、そう感じている自分がいた。
まもなく七月、期末テストに夏季休暇。イベントごとが目白押しだ。
季節が移り替わる音が聞こえる気がした。
ここまでの道中で夢莉さんからあらかたの事情は説明して貰ったらしい佐久間さんは興奮気味にメモ帳にペンを走らせていた。
「さて、じゃぁここだね……」
最初の祭壇、暗号が隠されていた木の置物の中を夢莉さんは覗き込んだ。
しばしの沈黙の後、「あった!」と白い紙を取り出した。一つ目の暗号の時とは違い、ルーズリーフではなく、印刷用紙だ。
いそいそとそれを広げ、みんなして覗き込み――――そして夢莉さんが落胆の声を上げた。
「えぇぇ……そんなぁ」
WOOPS! You are loser IN GAME! (あらあら、あなたの負けです!)
I pray we can meet when cicadas emerge. “Nothing” will go forward once, but take nothing.
From Vigenere
そう書かれた文字の横には、何やら美しい女性の絵が印刷されていた。
誰だろう、これ……? 高級そうなシルクの衣服を身に着け、フカフカのベッドの上でくつろいで、街を見下ろしている。
高貴な身なりをしている。場所は昔のヨーロッパ、かな? 街の方に明るい光が見えるけど……。
「おっかしいなぁ……あの解読法はフェイクだったってこと? やっぱりあの縦線の謎を解かないと真相にはたどり着けないってことなのかなぁ……」
悔しそうに呟く夢莉さんの言葉を聞きながら、僕は顔を上げた。
まぁ、もう暗号にこだわる必要はない。
夢莉さんのお陰で、暗号は解けなくとも真相は解明できたのだから。
「佐久間さん。今回の依頼は、『真相の解明』だったよね」
「うん、そだよー。こうなってくると、一から出直しってことになるのかな? それはそれでわくわくする展開だけど!」
「いや」
僕は首を振る。全く、いい様に踊らされたものだ。
「これで終わりだよ。佐久間さん、ララちゃん」
「え……?」
「ほう?」
欠けていたピースはもうすでに出そろっている。後は確認作業だけだ。
「この暗号、作ったのはララちゃんだし、仕掛けたのは佐久間さんだよね?」
「え、そうなの⁈」
暗号と睨めっこしていた夢莉さんが顔を上げ、素っ頓狂な声を上げた。
気持ちは分かる。依頼主が犯人だなんて、おかしな話だ。だけど、今回に限ってはそれが有り得る。
「くく、何故その結論に至ったかは、勿論説明して貰えるんだろうな?」
「そうだね。それが今回の依頼内容でもあるみたいだから」
ちらっと佐久間さんの方を見ると、明後日の方向を向いてへたくそな口笛を吹いていた。うん、やっぱり中々いい根性をしているよね君は。
「前提として、暗号は「誰かに」「何かを」伝えるためにあるものだ。そうだよね、夢莉さん」
「う、うん。元祖暗号のシーザー暗号は、元々ジュリアス・シーザーがガリア戦争の時に敵に知られることなく味方と通信するための方法だったし……」
そう、つまり発信者がいたとするならば、受信者がいなくてはならない。
ならば今回、その受信者は誰なのか?
誰か特定の人物を狙っているのか?
あるいは、なんらかの目的のため、不特定多数に届けたいのか?
「そう。その暗号の受け手が、今の今まで僕には分からなかった。だけど、夢莉さんのお陰で、ようやく分かった。これは、不特定多数に見られるのを前提とした暗号だよ」
暗号を解く鍵となるのは「一週間に一度」という部分だった。
仮に、これが特定の人物にだけ解けるようになっている暗号だったとするならば、暗号を解く鍵となる部分は当然、本人のみが知り得るようなものにするはずだ。暗号の鍵となる部分が不特定多数に分かるようなものになっている時点で、それは暗号足りえない。
ならば逆説的にも、この暗号は不特定多数を相手にしたものだと考えて良いだろう。
「不特定多数を前提とした暗号。そういう暗号も、もちろんあるとは思うけど……でも、それだと矛盾が生じるんだ」
「ほう、矛盾か」
「うん。この暗号が不特定多数に解かれる前提で置かれているなら……どうしてこんなに目立たない場所に置いたんだろう?」
この暗号は、誰かに見られなければ意味がない。
ならば、暗号を置く場所は当然、もっと目立つ場所であるべきではないだろうか?
僕は犯人の気持ちになって考えてみた。
不特定多数が解ける様、フェアに作った暗号。
しかもその暗号自体、決して簡単なものではない。作るのにも時間がかかっただろう。
夢莉さんをもってしても解くのに数日を要したことからも、それは明らかだ。
だったら、自分が作った暗号は、誰かに見てもらいたい。解いてもらいたい。そう思うのが自然ではないだろうか?
なのに、それとは相反するように、この暗号は隠されていた。
偶然そこに置かれただけ?
いや違う。偶然ではない。
何故なら、この暗号は毎週火曜に置かれているのだから。
矛盾がある、乖離がある。行動と現象の間に、整合性が取れていない。
「そこまで考えた時、次々と疑問が浮かんできたんだ。そもそも、佐久間さんに教えてくれたという後輩はピアノを弾きに来たはずだ。ならピアノとは間反対に位置する祭壇の、しかもその裏側まで、わざわざ見に来るとは思えない。本当にこの暗号を見つけたのは後輩だったのかなって」
「くく……なるほど。だがカナタ。それではまだ十分な説明とは言えないんじゃないか?」
「あぁ、そうだね」
ここまでだとまだ半分。
暗号とその置き場所に矛盾を感じただけで、その犯人にまでは至ることができない。
仮に、佐久間さんが仕組んだことだと推測したとしても、ララちゃんが作ったという所までは行きつかない。
「少し憶測が混じるけど……ここまでくると、看過できない事実がいくつもあるんだよ」
「聞こうか」
「まず一つ目。佐久間さんは『麗華さんには相談しないでね』って言ったけど……なんで名指しだったのかな」
「それは、麗華さんが並外れた頭脳の持ち主だからで……」
「違うよ。そうじゃない。君の目的を考えたら、誰にも相談して欲しくなかったはずだ」
佐久間さんの目的はそもそも、小説のネタとしてこの暗号を夢莉さんと僕に解いて欲しい、という事だったはずだ。
と、するならば、夢莉さんと僕だけでこの暗号に挑む必要がある。ララちゃんだけじゃなく、クラスにはワッキーを始め、頭のいい人は他にもいる。そういう人たちへの相談も、本来であれば止めるべきだった。現に彼女は、ワッキーを主役にする「BL探偵」なる不穏な単語も発していた。
「だけど佐久間さんはララちゃんを指名した。多分これは無意識だったんだと思う。普通なら僕だって気付かない。けど、暗号の事を考える過程で佐久間さんへの疑いを持った僕にとっては、見過ごせないセリフだったんだ」
「うぅぅ……確かにぽろっと最初に出たのが麗華さんの名前だったからなぁ……」
「それともう一つ。あまりにもこれが、僕と夢莉さん向きな事件だってこと」
想像力が豊かで、論理的な思考が特異な夢莉さん。
犯人の気持ちを考えて、別の視点から解決の糸口をつかむ僕。
今回は、その二人が協力することで、初めて解き明かすことができる謎だった。
どちらかが欠けていても、真実にはたどり着けなかった。まるで、そう用意されていたみたいに。
「暗号が隠されていた場所をあえてここにしたのは、ララちゃんでしょ? そこに僕が矛盾を感じるように」
「くく……いくつか仕掛けていたヒントの内の一つであることは、認めよう」
「やっぱりね……」
更にもう一つ。
ララちゃんを疑うきっかけとなったのは、教室での出来事だ。
僕が本を読み終わって、推理をし終えた時、彼女は言った。『どうやら推理力も上がっている様だ』と。
けれど僕はあの時、「その『鍵』と『相手』、か」としか言っていない。今回の依頼について何も知らなかったララちゃんが、その言葉だけで推理力が上がったと断定できるのは、おかしな話なのだ。
「と、まぁ……色々御託を並べたけどさ。結局この暗号自体を仕掛けたのが佐久間さんだって分かった時点で、僕はララちゃんを疑ってたよ」
「ほぅ、どうして?」
「だって、夢莉さんが悩むような暗号を作れて、佐久間さんが相談しやすい相手なんて、同じクラスで一番頭のいいララちゃんが怪しいに決まってるし」
「ふ、身もふたもないな」
「生憎と、僕も名探偵ではないからね。グレーな人間を黒に近づける要素が沢山あったから、若干カマかけたってこと」
「くく……やはりカナタ、君は成長したよ。少し貫禄が出てきたんじゃないか?」
「そりゃどーも」
その言葉を字面通り受け止めるほど、僕は能天気じゃない。
結局のところ、今回の事件は「解決される」ところまで含めて、ララちゃんの思い通りだったってわけだ。全く勝った気はしない。
「というわけで、こんなところで『真相の解明』は終了。どう? いいネタになった?」
「いやぁまさかの伏兵出現って感じで、ちょっと意外な展開ではあったけど……これはこれでいい話が書けそうだよ! ありがとね、日向君! あ、勿論ユーリちゃんも!」
喜んでもらえたなら幸いだ。
僕らの方としても、このネタならスクフェスの題材として使えそうだし、ありがたい。
礼拝堂(チャペル)に突如現れた謎の暗号! 一体だれが仕掛けたのか? その真相は⁈ みんなも一緒に考えてみよう! みたいなね。まぁ結局生徒のいたずらでしたってオチにはなりそうだけど。
そこまで考えた時
「えぇぇええ……それはひどいよー!」
突如、何の前触れもなしに、夢莉さんがそう叫んだ。
「……あ」
かと思ったら、今君たちがいるのに気付いた、とばかりに目を白黒させて僕たちを見つめ、口元に手を当てた。
その姿はまるで……言ってはいけないセリフを口にしてしまったみたいに見えた。
「……一体どうした――――」
「くっ……ははは!」
僕が夢莉さんに声を掛けようとすると、今度は急に隣でララちゃんが笑い出した。
一体何だって言うんだ……?
混乱する僕に向かって、ララちゃんは上機嫌に言った。
「ははははは! いいじゃないか。面白くなってきたよ……なぁ、カナタ?」
「ごめん、何のことがさっぱり分かんない」
心の底からの本音だった。
彼女はどう思っているのだろうと、ちらりと佐久間さんの方に意識を向けると、「ほぅ? これは良い物語が書けそうですねぇ……巨乳JKバーサス貧乳JK! 宿命の対決! 胸に一物あるのはどちらだ⁈ みたいな感じでいたいいったいごめんごめんって麗華さんごめんて……いたいたいたいたい! 待って私のおっぱいは着脱式じゃないからぁあああああ! ごめんてばあああああ!」と、楽しそうだった。全力で放っておくことにした。
一方の夢莉さんは、眉をハの字に垂れさせて、ちょっと困り顔で笑っていた。
「どうしたの、夢莉さん? 何かあった?」
「ううん。なんでも。……それより奏汰くん、今回もお手柄だね! 本当にすごいよ!」
どうやら、話してくれる気はないらしい。
隠したいのか、それとも本当に大したことじゃないのか、どちらかは分からないけれど、僕は深く追求しない事にした。
「いや、今回は夢莉さんの手助けもあってこそだから。暗号解読、お疲れ様」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな。奏汰くんもお疲れ様。この調子で、どんどん色んな謎、集めていこうね!」
そう言うと夢莉さんは、すっと右こぶしを突き出した。
なんかチームみたいでいいな、と思いつつ、僕も右こぶしをつき出した。
こつん、と優しく触れ合った拳から、嬉しさがこみあげてくる。
彼女の笑顔を見ていると、心臓の鼓動が早まっていくのを否応なく自覚する。
夢莉さんと一緒に謎を解くこの時間が楽しいと、そう感じている自分がいた。
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