はじまらない物語 ~僕とあの子と完全犯罪~

玄武聡一郎

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出題篇 □■□■君は

第五話 (1) 『図書室の妖精』

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 この学院ならではの規則、イベントについて、三点ほど説明しておきたいと思う。
 まず一つ、僕たちの起床時間が定められている。午前七時に鐘の音と共に起こされ、七時半には中庭に集合し、ラジオ体操をやらなくてはならない。
 
 夏は暑く、冬は寒い。
 朝っぱらから毎日やるラジオ体操は、生徒全員の(きっと一部の先生にとっても)面倒くさい習慣であることこの上なかったらしい。

 なかったらしい。

 そう、過去形だ。何故なら今、大多数の男子にとって、朝のラジオ体操の時間はある意味至福の時間でもあるのだから。

「揺れてるな……」
「あぁ、今日も今日とて元気おっぱ……いっぱいやで……」
「雅樹、ギャグのキレが悪いね。寝ぼけてんの?」
「いやぁ、だって揺れてるねんもん……」

 身長順で並ぶと、丁度、僕、雅樹、わっきーの順になる。背の高いこんちゃんは後ろの方だ。
 ラジオ体操の音に合わせて適当に腕や足を動かしながら、僕らはこそこそと朝のローテンションで会話を交わしていた。
 伝統的に、ラジオ体操は生徒会役員が前に出て模範として台に乗って行う事になっている。丁度、全校生徒と生徒会役員が対面する形だ。
 しかし今、その中に一人、生徒会でない人間が混ざっていた。
 七々扇さんだ。

『腕を大きく回して手足の運動―』

 こうなった経緯は
 「生徒会長がとんでもない運動音痴でラジオ体操すらろくにできないから」
 ということと
 「七々扇さんのラジオ体操がとんでもなく綺麗だったから」だそうだ。
 ラジオ体操すらできない生徒会長さんの勇姿は、いずれ是非拝見したいところだが、そんなこんなで今、七々扇さんは特例で、皆の間でラジオ体操を行っている。

 ラジオ体操は体を大きく使う運動が多い。

 飛ぶし。
 跳ねるし。
 回すし。
 のけぞる。

 その全ての動作があるものを強調させることにつながっており……。
 男子生徒としては嬉し苦しい朝を送る事となった。
 具体的には何故か前かがみになる男子生徒の数が激増したそうだ。何故だかはよく分からない。まぁ、僕はラジオ体操をやると腰痛が発生するから仕方がないんだけどね。……本当だよ?

 ラジオ体操が終わると、たまに七々扇さんと目が合う事がある。そんな時向こうは笑顔で小さく手を振ってくれるんだけど、僕は持病の腰痛が発症しているから、何とも言えない表情で手を振り返すしかなかった。 



 もう一つは礼拝。
 この学校の母体である東応大学はキリスト教に基づく教育を行っていて、分校であるここ東応英国学院もその例に漏れず、毎朝礼拝があった。
 朝食後、授業が始まるより前に、教室棟の最上階にある礼拝堂チャペルへ全生徒と先生が赴く。そこで十五分~二十分程度、讃美歌を歌ったり、聖書を朗読したり、司教様のお話を聞いたりするわけだ。

 後、週に一度、日曜日には「日曜礼拝」がある。これは一時間近くかかる、礼拝のロングバージョンみたいなものだった。
 何がそんなに長くなるのかというと、歌う讃美歌の数が増えて、司教様のお話が長くなる。

 ぬるい空気がまったりと流れ、司教様の声以外には何も聞こえない、静かな礼拝堂チャペルの中で意識をしっかりと保っている生徒は少なく……半数以上の生徒は寝ていると思う。
 日曜だけ配られる分厚い讃美歌集が、ごとんごとんと落ちる音が度々聞こえるから、間違いない。
 司教様のお話の後の讃美歌斉唱の時になり、みんな慌てて讃美歌集を開く有様だった。
 もちろん僕は日本人らしく、どの宗教にも深く属しているわけではないけれど、これもいい経験かなと思った。流石に毎日やってると飽きて来るけど。



 そして最後の一つは、十一月の頭に開かれる文化祭、通称「スクフェス」だ。

「はーい、じゃぁスクフェスの出し物決めるよー!」

 五月も後半に差し掛かりましたし、そろそろスクールフェスティバルの出し物について決めてもらいましょうか、という美代先生の言葉を皮切りに、委員長である七々扇さんが前に立ち、司会進行を始めた。
 因みに男子の委員長はこんちゃんで、ホワイトボードに「出し物 案」と意外にかわいらしい文字で書いていた。

 こんちゃん位の身長があれば、ホワイトボードの上まで余裕で文字が書けるだろうし、書記にはうってつけだ。身長の小さい美代先生は、いつも頑張って手を伸ばしてぎりぎりなので、よく皆にからかわれている。

「と言っても、私も今年から参加だから、どんな風に進めたらいいのか、イマイチ分かってないんだよねー。近藤君、どうしたらいいかな?」
「そうだなぁ。知ってると思うけど、うちのスクフェスでは各学年が一つの教室を改装する、いわゆる『クラス展示』を行う事になってるんだ。と言っても、今年から入学した人たちにはぴんと来ないだろうから、今までのクラス展示の例を書いてみるね」
「さっすが近藤君! 頼りになるー!」
「はは、それほどでも……。ところで七々扇さん、そのメガネ似合ってるね。ちょっとSごめんなんでもない。板書するね」

 おい、あいつ今なんて言おうとした。
 絶対「ちょっとSっぽく僕に命令してくれない? 絶対興奮すると思うんだよね」って言おうとしたぞ。
なんでそんなに具体的に想像できるかって? それは勿論僕も同じことを思ったからさ!

 いつもはコンタクトの七々扇さんだけど、今日は目の調子が悪いのか朝からメガネをつけていた。暗めの赤縁のメガネは、それはもう大層七々扇さんに似合っていて、あとタイトスカートと指示棒があれば完璧、とみんなで盛り上がったものだ。

「と、こんな感じかな? 『世界のパワースポット』『海底二万マイル』『日本の遊び』『恐竜大百科』。こんな感じでテーマを設定して、教室内を改装するんだ。例えば去年一番人気のあった『海底二万マイル』なら、入り口は浅瀬にして、教室内を進むにつれてどんどん暗くして、深海に潜っていく演出をしたりしてたね。もちろん、大きな模造紙に絵を描いて壁紙にしたり、深海魚の模型を作って、その説明を書いたり、内装にもこだわってたなぁ」
「へー! 面白そう!」

 高一から入学した生徒は、僕と同じくスクフェスへの参加は初めてだ。皆どんなテーマにするのがいいかと、早速近くの席の人と小声で相談を始めている。
 それにしても変わった文化祭だな、と僕は頬杖をついてぼんやりと思った。
 
 良く知らないけど、普通文化祭っていうのはお化け屋敷をしたり、メイド喫茶をしたりするものなのではないだろうか。それがここでは「クラス展示」と言う形で生徒が調べたものを発表させている。
 「学習」と「遊び」が混合した文化祭、それが「スクフェス」という訳か。
 聞けば、近隣の外人の方々も遊びに来るという事だから、異文化交流も兼ねているのだろう。一粒で二度も三度も美味しい、欲張りな行事だ。

「だから一先ず、『どんなテーマにするか』を決めるのがいいと思う。それを軸に、今後は内容とか内装とか模型とか、順番に決めていく事になると思うから」
「なるほど! すっごく分かりやすかった! 近藤君ありがと! 後前から思ってたけど、いい声してるよね!」
「あ、ありがとう」

 直球の誉め言葉を受け、こんちゃんが「にへらっ」とだらしない顔で笑った。
 うん、気持ちは分かる。
 七々扇さんの言葉ってストレートなんだけど、タイミングが読めないから変化球ばりに意表を突かれるんだよね。

「さてさてさてー! じゃぁスクフェスのテーマだけど……何か意見ある人は挙手して! ……ってするよりは、紙配ってそこに書いてもらった方がいいよね、麗華うららかさん?」
「何故そこで私に振る……。まぁおおむね同意だ。付け加えるなら、無記名制にするのが望ましいだろうな」
「だよねー! ありがと、麗華さん! じゃぁ今から紙配るよー! 思いついたテーマを最大一人三つまで! 書いて提出してー! 制限時間は十五分で!」

 紙に書いて提出……それも無記名制か。
 前から回ってきた紙を後ろに回しながら、僕は問いかける。

「なんで挙手制にしなかったんだと思う? わっきー?」
「んー……?」

 後ろの席のわっきーはいつもの通り爽やかな笑みを浮かべながら、紙を受け取りつつ言った。

「ごめん、何の話? 今、スカートってなんであんなに蠱惑こわく的なんだろう、って考えててさ」
「あぁうん、邪魔してごめん。どうでもいいけどさ、残念イケメンってわっきーの為にあるような言葉だよね」

 シャンプーの宣伝をしている女優さんみたいにさらさらな髪に、アーモンド形の茶色い瞳。鼻は高く、顎はシャープで、モデルみたいに顔が小さい。おまけに成績優秀でトークもうまいと来たものだ。
 どこの少女漫画から飛び出てきたんだよっていうくらい高スペックの持ち主だ。
 
 しかし残念ながらこいつ、ド変態である。

 雅樹やこんちゃんを陽の変態とするならば、わっきーは陰の変態だ。

「だってさ、スカートって腰に布一枚まいてるのとほとんど変わんないよ? 言ってみれば、僕らの風呂上りみたいなものでしょ? そんな状態で風が吹きすさぶ外を笑顔で皆闊歩かっぽしてるんだと思うとさ……あぁ、女子ってみんな変態なのかなぁ、なんて思って、ぞくぞくしちゃうよね」
「僕、男友達が変態で心底がっかりしたのってこれが初めてかもしれない」

 そんなことはどうでも良くて、と一旦わっきーの話を遮り、さっきと同じ質問をする。
 するとわっきーは、なんだそんな事か、と事も無げに答えた。

「まぁ、このクラスには発言力が大きい人が数名いるからね」
「というと……?」
「簡単に言えば、雅樹と麗華さん、どっちの意見を採用したい? って話」
「あぁ、なるほど。雅樹と七々扇さん、どっちの意見を採用したい? って話だね」
「おいそこ全部聞こえてんで」

 七々扇さんに麗華……ララちゃんに、それにわっきー。この三人の発言には、やはり重みがあるだろう。
 みんなが思考停止してその意見に賛同してしまうくらいには。
 だからこその無記名でのテーマ提出。
 言われてみれば納得だけど、あの短時間でそこまで思い至った七々扇さんは(そして勿論ララちゃんも)、やっぱり頭の回転が速いんだなぁと、僕は感心した。


 数あるテーマから、更に無記名投票を行った結果、僕たちの学年のテーマは「生物の進化」となった。先生方が泣いて喜びそうな健全なテーマだ。
 内装や具体的な内容についてはまた後日話し合うという事で、本日の話し合いは一先ひとまずお開きとなった。
 さて、残りの自習時間は本でも読むかと読みかけの文庫本を開いた時、机の脇からにゅっと雅樹が顔を出した。

「なぁ、かなたっち、バンド部入らん?」
「また唐突な……僕、楽器なんてできないよ?」
「えぇねんえぇねん、そんなん今から死ぬ気で練習したら。というか、全然唐突ちゃうで。スクフェスのこと考えたら、もうそろそろ動き始めなあかんもん」
「あぁ、そうか……」

 スクフェスには大きく分けて二つの出し物がある。

 一つはさっきまで話し合っていた、『クラス展示』。これには先生、生徒、お客さんによる人気投票が行われるらしく、一位のクラスにはとても豪華な景品があるらしい。

 そしてもう一つは『部活演出』。人数は少ないながら、この学院には、それなりの数の部活が存在している。それぞれの部活がスクフェス当日に出し物をする、これが部活演出だ。

 例えばバンド部なら、ホールを使ってのライブを行うし、運動系の部活は模擬店を出したり、ミニゲームを開催したりするそうだ。
 クラス展示は完成してしまえば後は受付に人が居ればいいだけなので、当日は部活演出の方に皆出払うらしい。
 
 スクフェスまでは『クラス展示』を頑張り、スクフェス当日は『部活演出』を頑張る。勿論部活演出の練習は、当日までにしなくてはならないが。
 いずれにせよ、放牧地内に囲まれた片田舎で、カラオケやボーリング、ファミレス、コンビニなどの娯楽施設がないこの学院の生徒にとって、スクフェスは学院生活の中心にある行事と言えるだろう。
 しかし……。

「なぁ、いっしょにやろうやー。あと一人でとりあえず人数は揃うねんてー」
「だから、楽器ができないんだってば……」

 僕は運動があまり得意ではないし、楽器も弾けない。演技だってできないし、茶道や華道にだって精通していない。

「この際ボーカルでもええよー。華のボーカル! 目立つでぇ、ごっつ目立つでぇ!」
「いや、そもそも別に目立ちたくないし……」

 というかパート決めってそんな適当でいいのか? 駄々をこねながら僕の手を上下に振る雅樹がいい加減鬱陶しくなってきた時、後ろから声がかかった。

「残念雅樹君! 日向君はもう文芸部員だから、お渡しできませーん」
「うぉおお⁈」

 がばっと首に腕が回され、同時にむせ返るくらい甘く艶やかな香りが鼻腔をくすぐった。
 なんだこれ? なんだこれ⁈

「っていうか、日向君ー? 文芸部に入ってくれるって言ってたのに、バンド部の誘いをすぱっと断らないのはどういう了見なのー?」
「いやだってあれからまったく音沙汰なかったし……っていうか近い! 近いよ七々扇さん!」
「んー? なーにー照れてるの? ふふ、愛いやつじゃのう」

 あぁああああ!
 なんか当たっってる気がする! 何かが当たってる気がする!
 息がかかるし、何かいい匂いするし柔らかいし色々と生々しすぎる!
 後さっきからクラスの男子からの視線がすさまじく痛い! 
 雅樹! お前なんて顔してんだ! くしゃみする前のシマウマみたいな顔になってんぞ!

「そ、そうじゃなくて! ……そもそも、人は集まったの?」

 なんとか七々扇さんのクラッチから解放された僕は、息を整えながら聞く。
 確か、前聞いた時は二人だけじゃなかったっけ。

「んーんー、まだ私と日向君の二人だけ。読書が好きって子は結構いるんだけどねー……。でも先生に聞いたらそれでも大丈夫だってさ」
「そうなの?」
「うん、スクフェスまでにあと一人くらいはいた方がいいだろうね、とは言われたけど」

 基本的にうちの学院では、部活動は三人から結成が認められている。特例が出たのは、七々扇さんのお願いだったからなのか、はたまた文芸部ならそこまで人数が居なくても成り立つと思われたのか。

「でも、スクフェスで何するの? 文芸部ってなると、それこそ出来る事限られちゃいそうだけど……」

 ぱっと思いつくのは、書評を書いたり、小説を書いたりして、文集を売る事だろうか。
 でも僕は読むのが専門だし、小説はちょっとなぁ……。
 もやもやと考える僕に、七々扇さんは相変わらず真夏に咲いた花の様な笑みを浮かべ、軽快に言った。

「大丈夫、私にいい案があるの。明日にでも、ちょっと話聞いてくれるかな?」

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