上 下
210 / 240
第十六章 もう一人の候補

14

しおりを挟む
 扉を開けると、エミールが立っていた。真剣な面持ちだ。

「今、よろしいですか?」
「入れ」

 アルベール様が、短く答えられる。エミールは、つかつかと部屋へ入って来ると、彼のベッドの傍へ近寄った。思いつめたような表情で、口を開く。

「兄様。ずっと思っていたのですが……。兄様は、王太子になりたくないのではないですか」

 アルベール様が、私のお顔をご覧になる。私は、とっさにかぶりを振っていた。

「私、何も言っておりませんわよ!」
「じゃあ、俺はそんなにあからさまな態度だったですかね」

 アルベール様は微苦笑されたが、エミールは至って真面目な様子だった。

「兄様の様子を、ずっと観察していればわかります……。だからね、もしよければなのですが」

 一瞬言いよどんだ後、彼はアルベール様の目を見て、きっぱりと告げた。

「僕、王太子に立候補しようと思います!」

 私たちは、一斉にぽかんと口を開けた。

「……馬鹿を言うな。お前は、まだ十二だろう!」
「あのね、立候補してなれるものじゃないわ。政治家じゃないんだから」

 私たちは口々に言い聞かせたが、エミールは頑なに言い張った。

「国王陛下の血を引いているのだから、僕にだって資格はあるでしょう。幼いと仰いますが、五年もすれば、僕は十七歳になります。現陛下は五十歳、まだまだお元気でいらっしゃる。少なくとも、五年以内に崩御、なんてことは考えられませんよ」

 その口調は、驚くほどしっかりしていて、私たちは顔を見合わせた。

「……小さい小さいと思っていたが、いつの間にか頼もしくなってきたな」

 アルベール様は、感慨深そうに仰った。

「とはいえ、じゃあ任せるというわけにはいかない。俺を気遣ってくれる気持ちはありがたいが、だからといってお前が身代わりになる必要は無い」
「それだけではありません」

 エミールは、きっぱりとかぶりを振った。

「鷹狩りの際、国王陛下とはいろいろなお話をしたのです。モルフォア王国をさらに発展させるためのアイデアを、陛下はたくさん語ってくださいました。陛下には、ある夢がおありなのだとか……。昔、僕によく似た女性に同じ話をなさったことがあるそうで、懐かしいと仰っていました。――今にして思えば、僕の母様だったのでしょうね」

 確かにあの時、陛下はエミールと長らく話し込まれていたが。そんなお話をなさっていたとは。

(陛下、子作りに励まれていただけの方では無かったのね……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】推しとの同棲始めました!?

もわゆぬ
恋愛
お仕事と、推し事に充実した毎日を送っていた 佐藤 真理(マリー)は不慮の事故でまさかの異世界転移 やって来たのは大好きな漫画の世界。 ゲイル(最上の推し)に危ない所を救われて あれよあれよと、同棲する事に!? 無自覚に甘やかしてくるゲイルや、精霊で氷狼のアレン。 このご恩はいずれ返させて頂きます 目指せ、独り立ち! 大好きだったこの世界でマリーは女神様チートとアロマで沢山の人に癒しを与える為奮闘します ✩カダール王国シリーズ 第一弾☆

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...