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第十六章 もう一人の候補
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扉を開けると、エミールが立っていた。真剣な面持ちだ。
「今、よろしいですか?」
「入れ」
アルベール様が、短く答えられる。エミールは、つかつかと部屋へ入って来ると、彼のベッドの傍へ近寄った。思いつめたような表情で、口を開く。
「兄様。ずっと思っていたのですが……。兄様は、王太子になりたくないのではないですか」
アルベール様が、私のお顔をご覧になる。私は、とっさにかぶりを振っていた。
「私、何も言っておりませんわよ!」
「じゃあ、俺はそんなにあからさまな態度だったですかね」
アルベール様は微苦笑されたが、エミールは至って真面目な様子だった。
「兄様の様子を、ずっと観察していればわかります……。だからね、もしよければなのですが」
一瞬言いよどんだ後、彼はアルベール様の目を見て、きっぱりと告げた。
「僕、王太子に立候補しようと思います!」
私たちは、一斉にぽかんと口を開けた。
「……馬鹿を言うな。お前は、まだ十二だろう!」
「あのね、立候補してなれるものじゃないわ。政治家じゃないんだから」
私たちは口々に言い聞かせたが、エミールは頑なに言い張った。
「国王陛下の血を引いているのだから、僕にだって資格はあるでしょう。幼いと仰いますが、五年もすれば、僕は十七歳になります。現陛下は五十歳、まだまだお元気でいらっしゃる。少なくとも、五年以内に崩御、なんてことは考えられませんよ」
その口調は、驚くほどしっかりしていて、私たちは顔を見合わせた。
「……小さい小さいと思っていたが、いつの間にか頼もしくなってきたな」
アルベール様は、感慨深そうに仰った。
「とはいえ、じゃあ任せるというわけにはいかない。俺を気遣ってくれる気持ちはありがたいが、だからといってお前が身代わりになる必要は無い」
「それだけではありません」
エミールは、きっぱりとかぶりを振った。
「鷹狩りの際、国王陛下とはいろいろなお話をしたのです。モルフォア王国をさらに発展させるためのアイデアを、陛下はたくさん語ってくださいました。陛下には、ある夢がおありなのだとか……。昔、僕によく似た女性に同じ話をなさったことがあるそうで、懐かしいと仰っていました。――今にして思えば、僕の母様だったのでしょうね」
確かにあの時、陛下はエミールと長らく話し込まれていたが。そんなお話をなさっていたとは。
(陛下、子作りに励まれていただけの方では無かったのね……)
「今、よろしいですか?」
「入れ」
アルベール様が、短く答えられる。エミールは、つかつかと部屋へ入って来ると、彼のベッドの傍へ近寄った。思いつめたような表情で、口を開く。
「兄様。ずっと思っていたのですが……。兄様は、王太子になりたくないのではないですか」
アルベール様が、私のお顔をご覧になる。私は、とっさにかぶりを振っていた。
「私、何も言っておりませんわよ!」
「じゃあ、俺はそんなにあからさまな態度だったですかね」
アルベール様は微苦笑されたが、エミールは至って真面目な様子だった。
「兄様の様子を、ずっと観察していればわかります……。だからね、もしよければなのですが」
一瞬言いよどんだ後、彼はアルベール様の目を見て、きっぱりと告げた。
「僕、王太子に立候補しようと思います!」
私たちは、一斉にぽかんと口を開けた。
「……馬鹿を言うな。お前は、まだ十二だろう!」
「あのね、立候補してなれるものじゃないわ。政治家じゃないんだから」
私たちは口々に言い聞かせたが、エミールは頑なに言い張った。
「国王陛下の血を引いているのだから、僕にだって資格はあるでしょう。幼いと仰いますが、五年もすれば、僕は十七歳になります。現陛下は五十歳、まだまだお元気でいらっしゃる。少なくとも、五年以内に崩御、なんてことは考えられませんよ」
その口調は、驚くほどしっかりしていて、私たちは顔を見合わせた。
「……小さい小さいと思っていたが、いつの間にか頼もしくなってきたな」
アルベール様は、感慨深そうに仰った。
「とはいえ、じゃあ任せるというわけにはいかない。俺を気遣ってくれる気持ちはありがたいが、だからといってお前が身代わりになる必要は無い」
「それだけではありません」
エミールは、きっぱりとかぶりを振った。
「鷹狩りの際、国王陛下とはいろいろなお話をしたのです。モルフォア王国をさらに発展させるためのアイデアを、陛下はたくさん語ってくださいました。陛下には、ある夢がおありなのだとか……。昔、僕によく似た女性に同じ話をなさったことがあるそうで、懐かしいと仰っていました。――今にして思えば、僕の母様だったのでしょうね」
確かにあの時、陛下はエミールと長らく話し込まれていたが。そんなお話をなさっていたとは。
(陛下、子作りに励まれていただけの方では無かったのね……)
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