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第十三章 思いがけない王命

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「あー、それは……」

 バルバラ様に弱いお父様は、とたんにこれまでの威勢を失った。バルバラ様が、わざとらしくハンケチで目頭を拭う。するとお父様は、あからさまにうろたえ始めた。いつものパターンだ、と私はため息をついた。

「ひどいですわ、あなた! あなたはやっぱり、前の奥様とモニクの方が大切なのね。私とローズのことなんて、どうでもいいのだわ!」
「そ、そんなことはないぞ!」
「でしたら、この縁談をお断りして、マルク殿下にはローズを勧めてくださいまし!」
「いや、さすがにそれは……。陛下のご命令に、背くなど……」

 お父様は困り果てた様子で、もごもごと呟いた。話にならないとばかりに夫をにらみつけると、バルバラ様はこちらを振り向かれた。キッと、私を見すえられる。

「おとなしく見せかけて、とんでもないアバズレですこと! 次から次に、男性を手玉に取るなんて……。果ては、妹の相手を奪うなんて!」
「奪うつもりなんて、ございませんわ。私も、このお話には困惑して……」
「嘘仰い!」
 
 バルバラ様は、甲高い声でわめくと、ドレスの裾を翻した。

「もう結構ですわ。私、ローズを連れて、この屋敷を出て行きます!」
「な、何だって!? おい、待ってくれ……」

 青ざめるお父様に構わず、バルバラ様は部屋を飛び出して行かれた。お父様も、彼女を追いかけて出て行かれる。仕方なく私は、自分の部屋に戻ることにした。

 一人きりになると、私はアルベール様がくださった指輪を取り出した。

(こんなことになるのなら、アルベール様と別れたふりなど、するのじゃなかったわ……)

 そう思っても、後の祭りだ。どのみち、国王陛下のご命令に背けるはずは無い。黙って嫁ぐより他、無いのだろうか。
 
(ああ、でも。アルベール様を、愛しているわ……!)

 指輪を見つめていると、控えめなノックの音がした。扉を開けると、モーリスとコレットが、心配そうな表情で立っていた。

「お嬢様。一体、何事でございます?」

 私は、二人を室内へ通した。事情を打ち明けると、彼らは息を呑んだ。

「何てことだ……」
「私、すぐにアルベールに伝えて参りますわ! 一刻も早く、結婚の申し込みに来るよう言います。もしかしたら旦那様も、お考えを変えられるかも……」

 コレットは腰を浮かせたが、私は押し止めた。

「無駄よ。アルベール様が、明日申し込みに来られる話はしたのだけれど。私を王太子妃にというお父様のお気持ちは、変わらないようだった」

 そんな、とコレットが悲壮な表情を浮かべる。するとモーリスは、何とこう言い出した。

「お嬢様。この家を、こっそり出るのはどうでしょう。そして、アルベール様の元へ行かれては?」
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