112 / 240
第十章 蘇った記憶
14
しおりを挟む
「本当ですか? お受けいただけると?」
ドニ殿下が、顔をほころばせる。ええ、と私は顔を赤らめながら答えた。自在に顔を赤くする技術は、以前ローズが、得意げに語っていたものだ。馬鹿げていると一笑に付したものだが、役に立つ日が来るとは思わなかった。初めて、義妹に感謝する。
「ありがとう……。嬉しいです」
殿下は、私の手を取ると、軽くキスをされた。
「当日を、楽しみにしていますよ」
「私もです」
にっこりと微笑みながら、私は殿下をお見送りした。その後、すぐに屋敷へ引き返す。すると、コレットがやって来た。深刻な顔をしている。
「モニク様、お話が」
「部屋へ来てちょうだい」
コレットを自室へ通すと、私は彼女が言い出すより先に尋ねた。
「ドニ殿下の香水に、覚えがあったかしら?」
「――!? どうして、それを……」
さすがのコレットも、口をあんぐりと開けた。
「私、記憶が戻ったのよ。バール男爵とシモーヌ夫人を殺したのは、殿下だわ」
コレットは、息を呑んだ後、ため息をついた。
「そうでしたか……。私も、鼻には自信があったのですが、さっきはよもやと思いましたわ。でも、確かに彼の香水は、アンバーの遺留品に付着していたのと同じ香りでした」
やはりか、と私は思った。コレットが、申し訳なさそうにする。
「すみません、もっと早くに思い出せればよかったのですが……。私がこのお屋敷に初めて来た日、ドニ殿下はモンタギュー侯爵と一緒に、モニク様の取り調べに来られましたよね。あの日、私は殿下と廊下ですれ違ったのです。確かにその時、彼からは香水の香りがしましたわ。だから、その後で遺留品のハンケチの香りを嗅いだ時、覚えがあると感じたのですわ」
すみません、とコレットがもう一度謝罪する。私は、彼女を慰めた。
「いいのよ、気にしなくて。それにしても、アンバーの恋人は、ドニ殿下だったのね……」
私は、アンバーの遺体が発見されたと言って、モンタギュー侯爵が来られた日のことを思い出していた。アンバーが生前、自分の恋人を自慢していたという話題になった時。殿下は、こう仰っていた。
――大げさに言ったのでは?
――そんな娘と付き合うような男性が、大した人物とも思えませんが。同じような類の男ではないのですか……。
今思えば、アンバーの恋人は身分の低い男だ、と私たちを誘導なさりたかったのだろう。
私は、何だかアンバーが哀れになった。おそらくドニ殿下は、私に仰ったのと同じように、妃に迎えたいとでも彼女を口説いたに違いない。『あなたたちの手の届かない所へ行く』というアンバーの発言が、それを証明している気がした。一介の侍女が王子に見初められたと、さぞ舞い上がったことだろう。利用され、果ては殺されるとも知らずに……。
私は、ぐっと拳を握りしめた。
(子供の頃から、ずっと一緒だったアンバー。彼女を利用するだけして、むごたらしく殺すなんて。ドニ殿下、私はあなたを、絶対に許さないわ……)
ドニ殿下が、顔をほころばせる。ええ、と私は顔を赤らめながら答えた。自在に顔を赤くする技術は、以前ローズが、得意げに語っていたものだ。馬鹿げていると一笑に付したものだが、役に立つ日が来るとは思わなかった。初めて、義妹に感謝する。
「ありがとう……。嬉しいです」
殿下は、私の手を取ると、軽くキスをされた。
「当日を、楽しみにしていますよ」
「私もです」
にっこりと微笑みながら、私は殿下をお見送りした。その後、すぐに屋敷へ引き返す。すると、コレットがやって来た。深刻な顔をしている。
「モニク様、お話が」
「部屋へ来てちょうだい」
コレットを自室へ通すと、私は彼女が言い出すより先に尋ねた。
「ドニ殿下の香水に、覚えがあったかしら?」
「――!? どうして、それを……」
さすがのコレットも、口をあんぐりと開けた。
「私、記憶が戻ったのよ。バール男爵とシモーヌ夫人を殺したのは、殿下だわ」
コレットは、息を呑んだ後、ため息をついた。
「そうでしたか……。私も、鼻には自信があったのですが、さっきはよもやと思いましたわ。でも、確かに彼の香水は、アンバーの遺留品に付着していたのと同じ香りでした」
やはりか、と私は思った。コレットが、申し訳なさそうにする。
「すみません、もっと早くに思い出せればよかったのですが……。私がこのお屋敷に初めて来た日、ドニ殿下はモンタギュー侯爵と一緒に、モニク様の取り調べに来られましたよね。あの日、私は殿下と廊下ですれ違ったのです。確かにその時、彼からは香水の香りがしましたわ。だから、その後で遺留品のハンケチの香りを嗅いだ時、覚えがあると感じたのですわ」
すみません、とコレットがもう一度謝罪する。私は、彼女を慰めた。
「いいのよ、気にしなくて。それにしても、アンバーの恋人は、ドニ殿下だったのね……」
私は、アンバーの遺体が発見されたと言って、モンタギュー侯爵が来られた日のことを思い出していた。アンバーが生前、自分の恋人を自慢していたという話題になった時。殿下は、こう仰っていた。
――大げさに言ったのでは?
――そんな娘と付き合うような男性が、大した人物とも思えませんが。同じような類の男ではないのですか……。
今思えば、アンバーの恋人は身分の低い男だ、と私たちを誘導なさりたかったのだろう。
私は、何だかアンバーが哀れになった。おそらくドニ殿下は、私に仰ったのと同じように、妃に迎えたいとでも彼女を口説いたに違いない。『あなたたちの手の届かない所へ行く』というアンバーの発言が、それを証明している気がした。一介の侍女が王子に見初められたと、さぞ舞い上がったことだろう。利用され、果ては殺されるとも知らずに……。
私は、ぐっと拳を握りしめた。
(子供の頃から、ずっと一緒だったアンバー。彼女を利用するだけして、むごたらしく殺すなんて。ドニ殿下、私はあなたを、絶対に許さないわ……)
0
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます
柚木ゆず
恋愛
ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。
わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?
当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。
でも。
今は、捨てられてよかったと思っています。
だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】推しとの同棲始めました!?
もわゆぬ
恋愛
お仕事と、推し事に充実した毎日を送っていた
佐藤 真理(マリー)は不慮の事故でまさかの異世界転移
やって来たのは大好きな漫画の世界。
ゲイル(最上の推し)に危ない所を救われて
あれよあれよと、同棲する事に!?
無自覚に甘やかしてくるゲイルや、精霊で氷狼のアレン。
このご恩はいずれ返させて頂きます
目指せ、独り立ち!
大好きだったこの世界でマリーは女神様チートとアロマで沢山の人に癒しを与える為奮闘します
✩カダール王国シリーズ 第一弾☆
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる