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第十章 蘇った記憶

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 今回のバール男爵殺しは、九年前の王妃殿下の死と、関連があるかもしれない。とはいえ、私は当時十四歳、社交界デビュー前だった。妃殿下とは、お目にかかれずじまいだったのである。そこで、彼女をよくご存じであろうドニ殿下に、探りを入れようと考えたのだ。

「……なぜ、そんなことを聞かれるのです?」

 ドニ殿下は、トピアリーに触れていた動きを止めると、こちらを振り向かれた。私は、とっさに言い訳を考えた。

「ええと……。ローズが、マルク殿下をたいそうお慕いしているようですので。でも、我が家の格からして、王太子妃などおこがましい話です。そこで、妃殿下のお話でも聞かせて、たしなめようと考えましたの」
「ふむ」

 殿下は、ちょっと首をかしげられた。

「とても誇り高く、お強い女性でしたよ。とはいっても、昔のことは、よく覚えていないのですが。妃殿下と接する機会は、あまり無かったもので」
「あら、そうでしたの?」

 ええ、と殿下は頷かれた。

「僕の母は体が弱く、国王陛下が用意してくださった離宮で、ずっと療養しておりました。彼女は、僕が五歳の頃に亡くなったのですが、僕もそれまで、一緒に離宮で過ごしておりましたからね」

 同じ頃にお母様を亡くしただけに、私は殿下に、少し親近感を覚えた。

「お母様が亡くなった後、殿下はどうなさいましたの?」
「国王陛下が、乳母を付けてくださいました。王妃殿下は、お立場上お忙しいですからね……。でも、僕のことは何かと気にかけてくださいましたよ。というのも、僕の母は、元々妃殿下の侍女をしておりましたから」

 そうだったのか、と私は納得した。

「王妃殿下は、立派な方だったのですわね。……それなのになぜ、あのような……」

 薬物と不倫のことは、さすがに口にするのははばかられた。だがドニ殿下は、私の言おうとしていることを悟られたようだった。

「魔が差されたのでしょうかね……。それにしても、国王陛下を裏切るだなんて。他にご側妃を迎えられることもない、真面目な陛下を」

 確かに、ジョゼフ五世陛下が迎えられたご側妃は、ドニ殿下のお母上お一人だ。歴代の国王陛下と比較しても、これは珍しいことだった。

「ご側妃に迎えられはしなかったけれど、陛下が寵愛された女性、というのはいらっしゃらなかったのかしら?」

 もしいらしたとしたら、その女性が王妃殿下殺しの依頼人ではないか、と私は想像したのだ。だが、その言葉を口にしたとたん、ドニ殿下の顔色は変わった。
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