上 下
62 / 240
第六章 偽装恋人宅の訪問

13

しおりを挟む
 だが、私の関心は次第に、演奏よりもアルベール様に移っていった。弦をつまびく男らしい骨張った指や、伏せられた意外に長い睫毛、そして形良い唇……。

(そういえば、あの唇に、口づけられたのだったわ……)

 あの時は、殺人やら記憶喪失やらでパニックになっていたが、今思い出すと急に恥ずかしく感じられる。顔が熱くなるのを、抑えられない。

(ダメダメ。せっかく弾いてくださっているのよ? 演奏に、集中しなくちゃ……)

「モニク嬢?」

 不意に呼びかけられて、私ははっと我に返った。いつの間にか、演奏が終わったのだ。

「……ああ、ごめんなさい。演奏に夢中になっていましたの」
「真剣に聴いてくださっていましたね。弾き手としては、嬉しいですよ」

 微笑みかけられて、私はやや後ろめたく感じた。夢中になっていたのは、演奏に、ではないのだけれど……。

「とても素敵でしたわ。癒やされた気がします」
「ならよかった。この後は、殺伐とした話をしなければいけませんからね」

 アルベール様は、リュートを脇へ寄せると、ソファから立ち上がられた。

「早速ですが、俺には今、追おうと考えている人物がいます。調香師なのですが……」

 アルベール様は、机の所へ向かうと、何やら書類を手に取られた。だが、こちらへ戻って来ようとされた彼の動きは、不意に止まった。彼の目は、私が腰かけているソファに注がれている。私は、きょとんとした。

「アルベール様? 何か……?」
「……お前は!」

 アルベール様は、突如目をつり上げると、私のソファへと近寄って来られた。ソファと壁との間に手を突っ込まれ、何かを引きずり上げる仕草をされる。

 数秒の後、私は目を疑った。アルベール様に首根っこをつかまれて引きずり出されたのは、愛らしい少年だったのだ。

「こんな所に隠れて、何をしているんだ、エミール!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】推しとの同棲始めました!?

もわゆぬ
恋愛
お仕事と、推し事に充実した毎日を送っていた 佐藤 真理(マリー)は不慮の事故でまさかの異世界転移 やって来たのは大好きな漫画の世界。 ゲイル(最上の推し)に危ない所を救われて あれよあれよと、同棲する事に!? 無自覚に甘やかしてくるゲイルや、精霊で氷狼のアレン。 このご恩はいずれ返させて頂きます 目指せ、独り立ち! 大好きだったこの世界でマリーは女神様チートとアロマで沢山の人に癒しを与える為奮闘します ✩カダール王国シリーズ 第一弾☆

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

処理中です...