九年セフレ

三雲久遠

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二十二話

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「木田にいいとこ全部もっていかれたな。
 俺ってそんなに分かり易かったのか?
 木田に悟られてたなんて、何かショックだ」
 
 新堂は背もたれに体を預けて、ぐったり脱力している。
今夜の木田の細やかな気遣いはひとつひとつが心に染みた。
新堂のカミングアウトも、もしみんなのいる居酒屋で、なぜ緒方のところにいるんだと突っ込まれていたら。

 ――俺が緒方を好きだから。
 ――違うよ。新堂はそんなんじゃ……
 
 木田は新堂の反応を予測して、あの場では聞かずに、わざわざ三人だけの二次会をセッティングしてくれた。
これは新堂のためじゃなく、おどおどと怯える俺のためだったと思えた。

 俺は一体、何から逃げようとしていたのだろう。
本当の自分を曝け出せずに、ずっと恐れていた何かは、本当に実体のあるものだったのか。
胸いっぱいに息を吸い込み、静かに吐き出してみた。
体の力がいい具合に、溶け出すみたいに抜けていく。

「木田のせっかくの好意だし、ホントにもう少し飲んでいくか」
「うん」

 俺は喜んで同意して、うんと悩んでもう一杯カクテルをオーダーをする。
そして新堂に、気になっていたさっきの話を聞き直した。

「ねぇ、新堂。辞表は取り下げって、どういうこと……?」

 さっきの新堂の口ぶりでは、常務の旗色が悪そうだった。
あれは、どういう意味だったか。

「実は、常務の不正が社内で問題になってる。特定の顧客にリベートを渡してた」
「特定のって、まさか……」
「あの医療法人の理事長個人。今、その調査で社内が動いてる。
 しかも、どうやら金額は億単位。その全額が会社の損失だ。
 もし婚約を継続してたら、俺も巻き添えを食ってたかもしれん」

 億単位、巻き添えと聞いて、大きな声が出そうになった。

「大丈夫だよ。さっき木田にも言ったけど、俺はリベート授受に関与してない。
 関係してたのは、常務が社長やってる子会社だ」
「それって、叔父さんの会社を吸収合併しようとしてたところ?」

 新堂は、そうだと目で言い、頷いた。
ということは、もし合併話が進んでいたら、叔父さんの会社もヤバかったということか。
もはや、救済どころの話じゃなくなっている。

「常務さん、ピンチだな……」
「ピンチどころか、もうダメなんじゃないかな。
 たぶん懲戒免職で、もらえるはずだった巨額の退職金もパー。
 会社は当然、刑事、民事で告訴するだろうから、損害賠償額は当然、億以上。
 再就職しようにも、そんな前科持ち、採用する会社はない。
 まぁ自己破産、社会的に抹殺されるだろうな。
 身から出たサビだと思うが、他人事ながらちょっと怖い」

 新堂は顔をしかめる。
ビジネスパーソンとして地位も名誉もあった人の転落。

「常務は強引だけどやり手ってことで通ってた。
 だけど、結局は裏ガネだったとはお粗末な話だ。
 俺の結婚ゴリ押しも、無事成婚の見返りは、あの医療法人からの先端医療機器の大量受注。
 医療法人としては、何百億規模の大型投資だった。
 そし子会社経由で理事長へ、また多額のリベートが支払われる構造だ。
 子会社の合併話もバレて、それをエサに社員を人身御供に差し出したってことで、もう非難囂々。
 で、俺の辞表は取り下げになって、人事部長から電話があったと、そういうワケ」

 パワハラどころの騒ぎじゃない。
これは悪質な犯罪だ。
新堂がもしその犯罪に巻き込まれていたかと思うと、血の気が引いた。

「今回の件、俺は緒方に救われた」
「俺に?」
「だってそうだろ?
 もし俺の側に緒方がいなかったら、俺はどうなってた?
 成り行きに流されて、常務の片棒をかつがされてた。
 自分の結婚ぐらいどーでもいいなんて、やっぱりバカだったんだよ」 

 新堂は、俺の手をぐっと握り、ありがとうと呟いて、俺の肩にこつんと頭を預けてきた。
奥まった席で周囲の目は気にならない。

 膝の上で手をつなぐ。
こんな外で手をつなぐなんて初めてで、トクンとひとつ心臓が、さっきまでとは違う跳ね方をした。
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