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偽りの共感
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東京都心のビル街を駆け抜ける通勤電車。25歳の会社員、小林裕也(こばやし・ゆうや)はいつもどおりスマートフォンでSNSをチェックしている。大学時代からフォローしているニュースサイトや友人の投稿に目を通すのが日課だが、ここ半年ほど彼のタイムラインには「フェミニズム」「ジェンダー平等」「MeToo」といったワードが急増していた。
最初は興味半分で読んでいただけだった。しかし、ある女性が「男性からセクハラ発言を受けた」と告発した投稿が爆発的に拡散され、その加害者とされる男性が一瞬で職場を追われるようになったというニュースを目にしたとき、裕也の胸には強い不安が芽生え始める。「もし自分が同じ立場になったらどうしよう――女性に嫌がられていたら? SNSで糾弾されたら?」。そんな想像が頭を離れなくなった。
彼は決して女性嫌いというわけではなかった。むしろ大学時代は男女混合のサークルでそこそこ楽しく過ごし、今の会社でも女性社員と雑談することは多かった。しかし、このSNS上の過激な言説を目にすると、一歩踏み込むたびに「無自覚なセクハラ」や「性差別」と受け取られかねない怖さを感じるようになる。やがて「恋愛なんてリスキー」と思い始め、女性を遠巻きにするようになっていった。
裕也が働くメーカー系子会社は社員数が300名ほど。同年代の社員も多く、男女比もほぼ半々だ。同期の仲間とは仕事終わりに飲みに行ったり、旅行に出かけたりしていたが、そんな空気が徐々に変わり始めたのは、同期の女性たちが「ジェンダー平等」「働き方改革」の話題を積極的に口にしはじめたころだった。
それに呼応するように、社内でも「女性の活躍」「ダイバーシティ推進」の声が高まる。女性幹部やキャリア志向の女性社員らが研修やイベントを企画し、部内でも「男女が公平に発言できる場を作ろう」と呼びかける動きが盛んになる。裕也が以前なら「いいことだね」と素直に感じたこうした活動も、いまや彼には複雑なものになっていた。下手に意見を言えば炎上するかもしれないという恐怖がちらつくのだ。
そんな裕也を、同期の佐々木拓海(ささき・たくみ)も静かに見守っていた。拓海はもともと「女性と付き合うつもりはない」「恋愛も結婚も興味ない」と公言するタイプで、周囲からは“変わり者”扱いされている。だが入社三年目の今、彼もまたSNSのフェミニズム言説を見て「かかわらない方が無難だ」と思うようになりつつあった。
「裕也、お前も最近あんまり女性と絡まないよな」
「うん、まあ……いろいろ考えると、面倒くさくて。下手にトラブル起こしても嫌だしさ」
二人はいつしか「男性同士だけでつるむ」ことが多くなった。昼休みに女性社員が「ランチ行こうよ」と声をかけてきても、「ごめん、先に拓海と約束があって」とやんわり断る。時折、「えー、また男同士?」と不満げに言われるが、彼らは「ゴメン」と笑って済ませる。そうして、女性との接触を最低限に抑えていった。
一方、職場ではフェミニズムやジェンダーの話題が日常的に語られる。女性リーダーや若手女性社員が「もっと男性も家事や育児を担うべき」「アンコンシャスバイアスをなくそう」など熱心に話す時、裕也も拓海も「そうですね、その通りだと思います」とにこやかに相槌を打つ。
実は彼らが心の底からそう感じているわけではない。むしろ「こんな話題に下手な意見を言ったら、フェミニズムを否定していると受け取られるかもしれない」という恐怖が先に立ち、表面上は積極的に賛同する姿勢を取るしかないのだ。もし議論に加わって「うちの会社、男女どちらも大変ですよね」なんて言ったら、「男性の苦労なんか女性の比じゃない」と糾弾されるかもしれない――SNSでそんな光景を何度も見てしまったからだ。
「小林くん、そう思うなら、社内のダイバーシティ研修を一緒に企画してくれない?」
「……あ、はい。ぜひ協力したいです」
そう頼まれたときも、裕也は内心「面倒だな」と思いながらも断れず、「やります」と答えてしまう。後から拓海に「あれ、やるの?」と聞かれると、「断ったら『協力的でない』って思われるだろ……怖いじゃん」と漏らすのだった。拓海も「まあ、お前がそういうなら仕方ないか」と首をすくめ、2人で「表向きはフェミニズム賛成派」を演じることを決める。
こうして2人は社内のジェンダー関連イベントや研修があるとき、妙に積極的な素振りを見せるようになった。女性リーダーが「みんなで提案を出しましょう」と言えば、「賛成です! 男性の意識改革が必要ですよね」などと口にする。フェミニスト寄りの意見に反論しそうな社員がいたら、即座に「でも、女性の声を聞くのが大事じゃないですか?」とフォローを入れる。
周りから見れば、「小林くんと佐々木くん、すごく理解があるよね」「いい人たちだわ」と好感を持たれている。だが、その実態は「トラブルを避けたいから、あらゆるリスクを前もって排除している」だけ。彼ら自身は内心で「恋愛? 結婚? そんなことしたら、大きなリスクを背負うことになる」と考えている。
「お前さ、ほんと器用に合わせてるよな」
残業後のオフィスで机を片付けながら拓海が苦笑する。「俺なんか女性社員とあんまり話す機会自体がないから、表面上でも合わせるのに苦労してるけど、裕也は上手だよね」
「いや、上手じゃないよ。ひやひやしてる。俺なんかが偉そうにジェンダー平等を語ったら『お前が言うな』って叩かれそうじゃん。だから、できるだけ無難なことしか言わないんだ」
「それで言うと、やっぱり恋愛や結婚に踏み込むのはもっとリスキーだろ? 相手の女性を傷つけないようにする自信ないもん」
「うん……俺も同じ。結婚はしないし、彼女も作る気ない。どうせ一緒に暮らすなら家事分担も考えなきゃいけないし、『無意識の差別』とか何か指摘されたら立ち直れないわ」
2人は以前こそ「草食系」と揶揄される程度だったが、いまや完全に“絶食系”へと移行している。女性と親しくなることを避け、その一方で「フェミニズムは大事ですよね」と建前を繰り返す。そんな彼らを見て、「いい子ぶりっ子じゃない?」と目を細める男性社員もいれば、「どこまでも女性に優しいんだね」と勘違いして好感を持つ女性社員もいる。
社内で開かれたダイバーシティ研修では、裕也と拓海が一緒になって「女性の意見を優先しましょう」とプレゼンを行い、拍手を受けた。周囲は「いやあ、男性社員がこうして真剣に考えてくれるのは心強い」と感激しているが、2人は帰り道で「ふう……危なかった」とため息をつく。「本当のところは自分も大変だよ、と言いたくても言えない。言ったら炎上しかねないからな……」
こうして社内外で微妙な“好評価”を得ながら、2人はますます女性との交友を避ける“絶食ライフ”を固めていく。休日は男性友達だけでゲームをしたり、スポーツ観戦に行ったりして過ごし、恋愛の話題が出るたびに「俺らはいいや」と笑って流す。社内恋愛の噂が立つと「大変そうだよね。俺たちには無理だわ」と冷ややかに口を揃えるのだ。
一見すると「進歩的な考えを持っている男性社員」に見える彼らだが、プライベートでは極力女性を回避し、恋愛や結婚を否定している。そんな二重生活に疲れはしないのか――実際、時折は「なんでこんな息苦しいことをしているんだろう」と思う瞬間もある。
しかし、SNSのタイムラインを開けば、また誰かの「男性によるセクシズム被害告発」が炎上している。会社の上司が軽口を叩いたら女性社員を怒らせ、SNSにさらされ、結果として左遷された――などという話を耳にすると、やはり「恐ろしい」としか感じられない。だったら最初から表向きはフェミニズムを支持する姿勢を取り、波風を立てずに距離を置くのがベストだ、と2人は再認識する。
社内の人間関係の中で、女性たちに「敵じゃないよ」と見せながら、しかし核心部分では一切踏み込まない。適度に情報交換はするが、プライベートな質問をされそうになると、「ああ、すみません、ちょっと仕事が」と話を切り上げる。いつしか、そんな対応が彼らの習慣になっていた。
ある夜、会社からの帰り道。オフィスビルのネオンがきらめく中、2人は並んで駅へ歩いていた。途中、ふと裕也が口を開く。
「こうやって、俺たちずっとこのままなのかな。表では『女性を応援します』『ジェンダー平等万歳』って言いながら、実際には誰とも付き合わず、結婚もせず、ただ過ごすっていう」
「そうなるんじゃない? 少なくとも、今の俺には恋愛したいとか結婚したいって気持ちがまったくないし。リスクばかりだし、相手を傷つけたらどうしようって心配もあるしね」
「……そうだよな。まあ、そのほうが安全だし気が楽だよね」
2人はどちらともなく、苦笑し合う。このまま本当に彼らが一生“絶食系”でいるのかは分からない。だが当面は、フェミニズムが勢いを増す社会で“加害者”にされる恐怖から逃れるために、必要最小限のコミュニケーションにとどめ、女性に寄り添うふりをしつつ決して心を開かない――そんなスタンスを維持していくのだろう。
次の週末、社内のダイバーシティイベントが開かれた。女性社員のアイデアで「もっと男性も家事育児を理解しよう」と家庭体験ワークショップをするという企画に、裕也と拓海も駆り出された。エプロン姿の男性社員が赤ちゃん人形を抱き、疑似育児を体験する様子があちこちで見られる。
「お二人、本当に協力的ですね。素晴らしいです!」
女性スタッフが拍手を送るなか、2人は満面の笑みで「いえいえ、学ぶべきことが多いですね」と返す。しかし、その心の奥では「絶対にこんな現実は来ないだろうな」と思っている。自分は結婚もしないし、子どもを持つつもりもない。こうして愛想よく振る舞うのは、あくまで社会的に“無難”でいるための手段。もし本音をぶちまけたら「時代遅れだ」「不誠実だ」と叩かれるかもしれないのだから。
ワークショップ終了後、2人は周りの社員たちから「ありがとね、また協力よろしく」と労われる。上司までも「お前ら、ジェンダー意識高いんだな」と褒めるので、もう苦笑いするしかない。こうして「いい人」扱いされながらも、2人はひたすら女性とのプライベートなかかわりを避け、「恋愛もしないし、結婚も興味ない」というスタンスを守り続ける。
周囲には、2人がそんな偽りを抱えながら生きていることに気づく者はいないかもしれない。だが彼らは納得している。今の社会情勢やSNSの風潮では、これが最も安全で、誰も傷つけずに済む方法なのだ――そう自分に言い聞かせながら、今日も「フェミニズムは大切ですね」と微笑んでみせるのである。
最初は興味半分で読んでいただけだった。しかし、ある女性が「男性からセクハラ発言を受けた」と告発した投稿が爆発的に拡散され、その加害者とされる男性が一瞬で職場を追われるようになったというニュースを目にしたとき、裕也の胸には強い不安が芽生え始める。「もし自分が同じ立場になったらどうしよう――女性に嫌がられていたら? SNSで糾弾されたら?」。そんな想像が頭を離れなくなった。
彼は決して女性嫌いというわけではなかった。むしろ大学時代は男女混合のサークルでそこそこ楽しく過ごし、今の会社でも女性社員と雑談することは多かった。しかし、このSNS上の過激な言説を目にすると、一歩踏み込むたびに「無自覚なセクハラ」や「性差別」と受け取られかねない怖さを感じるようになる。やがて「恋愛なんてリスキー」と思い始め、女性を遠巻きにするようになっていった。
裕也が働くメーカー系子会社は社員数が300名ほど。同年代の社員も多く、男女比もほぼ半々だ。同期の仲間とは仕事終わりに飲みに行ったり、旅行に出かけたりしていたが、そんな空気が徐々に変わり始めたのは、同期の女性たちが「ジェンダー平等」「働き方改革」の話題を積極的に口にしはじめたころだった。
それに呼応するように、社内でも「女性の活躍」「ダイバーシティ推進」の声が高まる。女性幹部やキャリア志向の女性社員らが研修やイベントを企画し、部内でも「男女が公平に発言できる場を作ろう」と呼びかける動きが盛んになる。裕也が以前なら「いいことだね」と素直に感じたこうした活動も、いまや彼には複雑なものになっていた。下手に意見を言えば炎上するかもしれないという恐怖がちらつくのだ。
そんな裕也を、同期の佐々木拓海(ささき・たくみ)も静かに見守っていた。拓海はもともと「女性と付き合うつもりはない」「恋愛も結婚も興味ない」と公言するタイプで、周囲からは“変わり者”扱いされている。だが入社三年目の今、彼もまたSNSのフェミニズム言説を見て「かかわらない方が無難だ」と思うようになりつつあった。
「裕也、お前も最近あんまり女性と絡まないよな」
「うん、まあ……いろいろ考えると、面倒くさくて。下手にトラブル起こしても嫌だしさ」
二人はいつしか「男性同士だけでつるむ」ことが多くなった。昼休みに女性社員が「ランチ行こうよ」と声をかけてきても、「ごめん、先に拓海と約束があって」とやんわり断る。時折、「えー、また男同士?」と不満げに言われるが、彼らは「ゴメン」と笑って済ませる。そうして、女性との接触を最低限に抑えていった。
一方、職場ではフェミニズムやジェンダーの話題が日常的に語られる。女性リーダーや若手女性社員が「もっと男性も家事や育児を担うべき」「アンコンシャスバイアスをなくそう」など熱心に話す時、裕也も拓海も「そうですね、その通りだと思います」とにこやかに相槌を打つ。
実は彼らが心の底からそう感じているわけではない。むしろ「こんな話題に下手な意見を言ったら、フェミニズムを否定していると受け取られるかもしれない」という恐怖が先に立ち、表面上は積極的に賛同する姿勢を取るしかないのだ。もし議論に加わって「うちの会社、男女どちらも大変ですよね」なんて言ったら、「男性の苦労なんか女性の比じゃない」と糾弾されるかもしれない――SNSでそんな光景を何度も見てしまったからだ。
「小林くん、そう思うなら、社内のダイバーシティ研修を一緒に企画してくれない?」
「……あ、はい。ぜひ協力したいです」
そう頼まれたときも、裕也は内心「面倒だな」と思いながらも断れず、「やります」と答えてしまう。後から拓海に「あれ、やるの?」と聞かれると、「断ったら『協力的でない』って思われるだろ……怖いじゃん」と漏らすのだった。拓海も「まあ、お前がそういうなら仕方ないか」と首をすくめ、2人で「表向きはフェミニズム賛成派」を演じることを決める。
こうして2人は社内のジェンダー関連イベントや研修があるとき、妙に積極的な素振りを見せるようになった。女性リーダーが「みんなで提案を出しましょう」と言えば、「賛成です! 男性の意識改革が必要ですよね」などと口にする。フェミニスト寄りの意見に反論しそうな社員がいたら、即座に「でも、女性の声を聞くのが大事じゃないですか?」とフォローを入れる。
周りから見れば、「小林くんと佐々木くん、すごく理解があるよね」「いい人たちだわ」と好感を持たれている。だが、その実態は「トラブルを避けたいから、あらゆるリスクを前もって排除している」だけ。彼ら自身は内心で「恋愛? 結婚? そんなことしたら、大きなリスクを背負うことになる」と考えている。
「お前さ、ほんと器用に合わせてるよな」
残業後のオフィスで机を片付けながら拓海が苦笑する。「俺なんか女性社員とあんまり話す機会自体がないから、表面上でも合わせるのに苦労してるけど、裕也は上手だよね」
「いや、上手じゃないよ。ひやひやしてる。俺なんかが偉そうにジェンダー平等を語ったら『お前が言うな』って叩かれそうじゃん。だから、できるだけ無難なことしか言わないんだ」
「それで言うと、やっぱり恋愛や結婚に踏み込むのはもっとリスキーだろ? 相手の女性を傷つけないようにする自信ないもん」
「うん……俺も同じ。結婚はしないし、彼女も作る気ない。どうせ一緒に暮らすなら家事分担も考えなきゃいけないし、『無意識の差別』とか何か指摘されたら立ち直れないわ」
2人は以前こそ「草食系」と揶揄される程度だったが、いまや完全に“絶食系”へと移行している。女性と親しくなることを避け、その一方で「フェミニズムは大事ですよね」と建前を繰り返す。そんな彼らを見て、「いい子ぶりっ子じゃない?」と目を細める男性社員もいれば、「どこまでも女性に優しいんだね」と勘違いして好感を持つ女性社員もいる。
社内で開かれたダイバーシティ研修では、裕也と拓海が一緒になって「女性の意見を優先しましょう」とプレゼンを行い、拍手を受けた。周囲は「いやあ、男性社員がこうして真剣に考えてくれるのは心強い」と感激しているが、2人は帰り道で「ふう……危なかった」とため息をつく。「本当のところは自分も大変だよ、と言いたくても言えない。言ったら炎上しかねないからな……」
こうして社内外で微妙な“好評価”を得ながら、2人はますます女性との交友を避ける“絶食ライフ”を固めていく。休日は男性友達だけでゲームをしたり、スポーツ観戦に行ったりして過ごし、恋愛の話題が出るたびに「俺らはいいや」と笑って流す。社内恋愛の噂が立つと「大変そうだよね。俺たちには無理だわ」と冷ややかに口を揃えるのだ。
一見すると「進歩的な考えを持っている男性社員」に見える彼らだが、プライベートでは極力女性を回避し、恋愛や結婚を否定している。そんな二重生活に疲れはしないのか――実際、時折は「なんでこんな息苦しいことをしているんだろう」と思う瞬間もある。
しかし、SNSのタイムラインを開けば、また誰かの「男性によるセクシズム被害告発」が炎上している。会社の上司が軽口を叩いたら女性社員を怒らせ、SNSにさらされ、結果として左遷された――などという話を耳にすると、やはり「恐ろしい」としか感じられない。だったら最初から表向きはフェミニズムを支持する姿勢を取り、波風を立てずに距離を置くのがベストだ、と2人は再認識する。
社内の人間関係の中で、女性たちに「敵じゃないよ」と見せながら、しかし核心部分では一切踏み込まない。適度に情報交換はするが、プライベートな質問をされそうになると、「ああ、すみません、ちょっと仕事が」と話を切り上げる。いつしか、そんな対応が彼らの習慣になっていた。
ある夜、会社からの帰り道。オフィスビルのネオンがきらめく中、2人は並んで駅へ歩いていた。途中、ふと裕也が口を開く。
「こうやって、俺たちずっとこのままなのかな。表では『女性を応援します』『ジェンダー平等万歳』って言いながら、実際には誰とも付き合わず、結婚もせず、ただ過ごすっていう」
「そうなるんじゃない? 少なくとも、今の俺には恋愛したいとか結婚したいって気持ちがまったくないし。リスクばかりだし、相手を傷つけたらどうしようって心配もあるしね」
「……そうだよな。まあ、そのほうが安全だし気が楽だよね」
2人はどちらともなく、苦笑し合う。このまま本当に彼らが一生“絶食系”でいるのかは分からない。だが当面は、フェミニズムが勢いを増す社会で“加害者”にされる恐怖から逃れるために、必要最小限のコミュニケーションにとどめ、女性に寄り添うふりをしつつ決して心を開かない――そんなスタンスを維持していくのだろう。
次の週末、社内のダイバーシティイベントが開かれた。女性社員のアイデアで「もっと男性も家事育児を理解しよう」と家庭体験ワークショップをするという企画に、裕也と拓海も駆り出された。エプロン姿の男性社員が赤ちゃん人形を抱き、疑似育児を体験する様子があちこちで見られる。
「お二人、本当に協力的ですね。素晴らしいです!」
女性スタッフが拍手を送るなか、2人は満面の笑みで「いえいえ、学ぶべきことが多いですね」と返す。しかし、その心の奥では「絶対にこんな現実は来ないだろうな」と思っている。自分は結婚もしないし、子どもを持つつもりもない。こうして愛想よく振る舞うのは、あくまで社会的に“無難”でいるための手段。もし本音をぶちまけたら「時代遅れだ」「不誠実だ」と叩かれるかもしれないのだから。
ワークショップ終了後、2人は周りの社員たちから「ありがとね、また協力よろしく」と労われる。上司までも「お前ら、ジェンダー意識高いんだな」と褒めるので、もう苦笑いするしかない。こうして「いい人」扱いされながらも、2人はひたすら女性とのプライベートなかかわりを避け、「恋愛もしないし、結婚も興味ない」というスタンスを守り続ける。
周囲には、2人がそんな偽りを抱えながら生きていることに気づく者はいないかもしれない。だが彼らは納得している。今の社会情勢やSNSの風潮では、これが最も安全で、誰も傷つけずに済む方法なのだ――そう自分に言い聞かせながら、今日も「フェミニズムは大切ですね」と微笑んでみせるのである。
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