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第1話

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 私は毎日苛立っていた。
産声をあげたその日から、この世界が憎くて仕方がなかった。

 鉛のように重い鈍色の空も、絶えず漂う腐敗臭も、魔族に怯える人間どもも。この世が正義を失ったあの日から、人間界は地の底に腐り落ちたのだ。

 ーーーいや、その前から既にこの世は腐っていた。正義を失ったのは偶然ではない。腐った奴らがあえて正義の芽を焼き殺した。私は50年以上前のあの日、謀られて焼き殺されたのだ。

「アデルお嬢様!この先はいくらお嬢様といえど立ち入り禁止とされております!!」

 古い屋敷の地下深く。そこには汚らしい服装をした奴隷達がいる。
私が好んで使う古代魔法の《千里眼》を使えば、どんなに分厚い壁だろうと関係ない。秘密裏にしていようと、父親の裏家業が奴隷商だということは猿でも分かる。

「お前、私を止める気か?生意気な。
この扉の先に奴隷がいることなんて赤子の頃から分かっている」

 使用人は高圧的な私に内心腹が立っているかもしれない。だが実際私の中身は使用人よりも年が上だ。そのうえ前世で培った知恵や力を元に、低迷していたウルフ子爵家に力を与えているのも事実。
 その為、父と母はここ数年はまるで私を神の申し子とでも言わんばかりに崇め、商いの助言をくれとしつこいのだ。一人娘というだけあって元々可愛がられてはいたが、最近は尚のことだ。

「な、なぜ奴隷のことを‥!」

「父上が私を咎めるとでも?
ちょうど誕生日プレゼントを考えておけと言われていたところだ」

「ま、まさか‥‥!!」

 どうするべきかと困惑している使用人を横目に、私は分厚い扉を開けた。
ーーーー待っていたのだ。ずっと。

「10歳の誕生日プレゼントは奴隷にする」





「アデル‥
黒の髪に赤い目かグレーの髪に赤い目の人間を、南国の王族が欲してるという噂を話してただろ?王族が欲してると言うだけあって全然見つからなかったが‥やっと手に入れたんだよー。それなのにアデルが欲しいとねだるとはなぁ‥」

 父が腕を組んで唸るようにしてそう呟く。
そんなものははったりだ。南国の王族など知らん。私はずっと探し求めていたのだ。

 黒の髪に赤い目をしているのはオズバーン家。50年以上前に滅んだ由緒正しき勇者の一族。
 グレーの髪に赤い目をしているのはグレイディ家。オズバーン家からはるか昔に枝分かれした、オズバーン家以外に勇者の力を持つ唯一の一族。

 まさか本当に、見つかるとは。

「私が今まで何かを望んだことはありますか?」

「ないねー。うん、ないない。ずっと甘えてほしかったんだよ。
アデルは全く子どもっぽくないからね。達観しすぎてるというか、なんというか。それに‥まさか奴隷商をしているとバレちゃうとはねー‥あとであの使用人、首を刎ねないと」

 小太りでほんわかとした喋り方の父からは想像つかない物騒な言葉。
まぁこうした影の部分がないと悪徳商人は務まらないのだろう。

「首は刎ねなくていいですよ。床が汚れますから。
通常の商いでは計算がつかない金銭の流れに‥定期的に仕入れられている安物のパンは使用人すら食べている形跡がなく、地下の奥にある部屋は立ち入り禁止、地下に繋がる裏口は夜遅くに出入りする影がある‥。これらを鑑みれば父上が奴隷を扱っているのだと想像がつきます」

「アデルちゃーん!!父さんはむしろ怖いよ!君が!」

 本当は千里眼で全貌を見ていただけだ。
しかし千里眼は前世の頃ですら古いと言われていた古代魔法。たかだか10歳ほどの今の私が古代魔法を使えると知られれば何かと厄介だ。
 魔族が蔓延る人間界は魔族のいいようにできているらしく、古き良き時代に使われていた使が今の時代の人間たちには伝わっていない。
 だからこそ私は隠れて古代魔法を使う必要がある。

「それはそうと‥グレーの髪の赤い目の男の子、私にくださるんですよね?」

「わ、わかったよー‥。でも、生意気だったらすぐ言ってね?すぐに殺すから」

「はい、父上」

 ーーー殺すものか。どんなに生意気で、どんなに狂ったやつだったとしても。待ち望んだ“勇者の末裔”。

 私の体に眠る”勇者の力”を託せる、唯一の人間なのだから。

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