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第17話 ロン、戦う
しおりを挟むジェシーと初デートをしたあの日、結局フルーツタルトを食べた後は少し散歩をしてすぐにジェシーを屋敷に送り届けた。理由は当然、叔父さんにそういう条件を出されていたからだ。
公爵家の子供同士のデートだから、実際護衛は信じられない程にいる。まぁ雰囲気を壊さない程度に、多少距離を置いてくれているんだけど。それでも親心としてはジェシーのことが心配で心配で堪らないんだと思う。
叔父さんにとっては俺が一番の心配の種かもしれないけど、身勝手に狼になったりしない。だって俺は、ジェシーのこと大切にしたいから。
あの日から数週間、俺とジェシーにはほんの少しの変化があった。俺はツンツンしながらも「好き」と言えるようになったし(会う度にではないけど)、ジェシーは照れたように微笑む時間が増えた。かわいい。
少しずつだけど“恋人”という形を目指して、俺たちの関係は進化してきている。俺に対するジェシーの評価もまんざらではない感じだし、更に良いところを見せてあわよくば俺を好いてほしい。
ーーだから今日城のホールで行われる『武術大会』ではいいところを見せなくてはいけない。
「ねぇ‥ロン、本当に大丈夫なの‥?」
「余裕でしかないんだけど」
嘘。余裕なんてない。
でもそんな弱音、ジェシーに吐けるわけないだろ。
武術大会は三部門あって、『騎士の部』『成人の部』『少年の部』がある。
騎士の中でも自身の力により自信のある者が参加するのが『騎士の部』、騎士に限らずに力試しをしたい者が参加するのが『成人の部』、15歳を迎えた少年が腕を試すのが『少年の部』だ。
街で行われる武術大会もあるけど、今回のは城主催。もちろん参加者は貴族ばかりだ。
これはひと言で言えばただの“娯楽”。城主催のお祭りみたいなもの。
だけどここにはジェシーもいるんだ。いくら祭りのようなものであっても、かっこ悪いところを見せるわけにはいかない。
剣の稽古は毎日毎日行っていたし、学校の剣術の授業でも2歳年上の人たちに引けを取ってはいないと思う。
それでも緊張してしまうのは、俺が得意なのはあくまでも剣術だからだ。
俺の対戦相手は同い年でありながら2学年下の後輩でもあるマイクという男だった。
この武術大会はトーナメント式になっている為、勝ち抜けば何度も戦うことになる。もちろん俺はジェシーにいいところを見せたいし、さすがに初戦敗退は恥ずかしい。
ルールは簡単だ。蹴ったり殴ったりは禁止。
相手を投げ飛ばしたり、相手の背中や臀部を地面につけることができればその時点で勝ちになるというルールだ。ちなみに地面に書かれた円から出てしまっても負けだし、寝技で関節技を決められても負け。
身長や体重が考慮されるわけじゃないから、熊のような男と当たればそれだけで詰んだも同然。マイクはまだ俺と背丈が変わらないからよかった。
試合が始まる寸前に、俺は観客席にいるジェシーを見た。相変わらず可愛いが、興奮しているのか遠くからでも息を荒くしているのが見て取れる。
観客席にはジェシーと叔母さんの2人のみ。父と叔父さんは今日この会場を取り仕切る為に色々とやらなければならない仕事があるらしい。ちなみに母アリーは今日、珍しく熱が出てしまい屋敷で留守番だ。
マイクはレフリーが試合開始の声を上げるのと同時にタックルしてきた。予想以上に勢いが強い。吹き飛びそうになるのを何とか堪えてマイクの力を受け流す。
剣術においても、熱いパッションで勢いよく戦う人たちも大勢いる。強さには種類があって、自分に合った強さがあるんだと思う。俺はどちらかと言うと、静かに見極めて冷静に戦うタイプだ。
マイクが掴みかかってきた為、その勢いを利用してマイクの腕を掴んで自分の方へと引く。
「ーーーへ?」
マイクの素っ頓狂な声が漏れる。軽く自分の体を捻って、マイクを避けながら体制を崩させただけ。マイクは腹から地面に倒れ込んだ。
素早くマイクの背中に乗り、関節技を決めようとしたその時ーー
「きゃあ!」
歓声の間から聞こえたか細い声。俺の耳だから届いたと言っても過言ではない、ジェシーの小さな悲鳴。
バッとジェシーを見る。
「‥いない?!」
観客席にいた筈のジェシーがいない。ここは城の中、貴族たちが集まっているから警備も厚い。何かが起こるわけがない。
そう思っていても、走り出さずにはいられない。
「ジェシー!!!!」
突然走り出した俺を見てか、会場中が急にざわめき始めた。
どこだ、ジェシー。どこにいるんだよ!!
きょとんとした叔母さんの姿が見える。
すぐ目の前まで駆け寄って、また俺は大きな声を出した。
「ジェシーは?!?!」
「‥‥ここよ」
叔母さんが語尾にハートをつけながらも、困ったように指を差す。
「‥え」
「ーーーあっ、えっと、ロン‥ごめん、試合が凄くて驚いたら‥足がカクンってなって‥!」
大勢の人がいたから‥しゃがみ込んだジェシーの姿が見えなかった‥。でも、よかった‥。
「ほら」
ジェシーに向かって手を伸ばす。これはさすがに手を繋いだうちに含まれないだろ?
「ロン、し、試合は‥?」
「あ、忘れてた」
「えぇ?!?!」
「仕方ないだろ、ジェシーが攫われたのかと思ったんだから」
「っ」
気付いたら会場中が静まり返っていた。何故かものすごい数の視線を浴びている気がする。
「ーーーし、勝者、マイク・ジョーンズ!!!」
レフリーの声が響いて歓声が上がった。
呆気なく1試合目で負けてしまったけど、ジェシーはなんだか頬を赤らめてくれているし、攫われていなかったから‥良しとするか。
俺はこの日を境に、『公子は氷の王子であるが、婚約者には全く冷静になれない』と噂を立てられるのだが、この時の俺はまだそれを知らない‥。
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