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第4話 金髪で美少女でロリでアホ

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 元々無駄に広い寝室内でセルマを匿うのは何も苦ではなかった。ベッドも十分広いのだけど、セルマはソファで寝たいと言って旅装束のような服を着たまま横になった。

 セルマの旅装束はワンピースのような服の上から同色のケープを羽織っている形だ。紺色の生地の上には銀色の細かい刺繍が施されていて上品に見える。


「どうして私はネグリジェ姿にされたのかしら‥」


 ネルが猫のメイド達に強制的にネグリジェを着させられたことを思い出して呟くと、セルマは「あー‥」と声を漏らしながら口を開いた。


「俺昨日自分の部屋でめちゃくちゃ暴れたからな。そんで今日も懲りずに獣人たちが部屋にきたから暴れまくって部屋飛び出して、んで透明になったんだよ」


「な、なるほどぉ‥。‥‥でもさ、私はアリスターさんの心が読めたから詐欺に気付いたけど、セルマはそもそもどうして逃げ出そうとしたの?」


 部屋に着いてからネルも自身の能力をセルマに伝えた。セルマは驚いたように大きな瞳を見開いたけど、「俺も透明になれるし、似たようなもんか」とすぐに受け入れていた。

 セルマの回答を待ちながら、ネルは手櫛で波がかった茶色の髪を梳かす。ベッドに入りながらセルマと会話をしているこの時間は、どこか心が躍るような感覚もあった。
 ネルとセルマの置かれた立場はこの“女子会”を楽しめるような生ぬるいものではないのだが、同じ境遇・同じ目的の仲間がいるということは2人の気持ちをほんのりと明るくさせた。

 そもそもどちらも悲観的なタイプではないということも、この状況に嘆き悲しまない理由かもしれない。

 2人が抱えているのは絶望よりも、怒りだ。


「んー‥単純に気持ち悪いからな。番とかそもそも信じてなかったし。だってあの狼‥‥雄なのに、なんで俺が選ばれるんだよって話で。‥‥まぁ、俺は姉として生きてきたからアレなんだけど」


 後半にかけて言い淀んだセルマの言葉は、声のボリュームも低かった為にネルの耳に半分も届かなかった。

 よく聞こえなかったが、なんとなく言いたくないことなんだろう。


「そもそも本当は嫁ぎにきたくなかったってことだよね」


 ネルがセルマの気持ちを汲みとって要約すると、セルマは小さく頷いた。


「そういうこと。家を抜け出すいい機会だったから、最初だけ大人しく従うふりしてたって感じ」


「なるほどねー‥」


 きっと何か複雑なお家事情を抱えているのだろう、と察したネルはそれ以上言葉にするのをやめた。

 ーーここまでの美女なら、きっと私には見当もつかない苦しみがあったんだろうな。彼女の人生がこの先幸せでありますように‥。‥その為にも、何が何でもここから抜け出さなくちゃ!


 ネルは冷静に状況を判断できる少女なのだが、どこか抜けている部分がある。よって、彼女がセルマの本当の性別に気が付くのはまだまだ先の話である。



 翌日*


 昨晩も今朝も、扉がノックされるたびにセルマは透明になりベッドの下に潜った。おかげで獣人たちにセルマの存在はバレていない。
 朝食はお腹がペコペコだと嘘を吐き、2人分の食事をもらった。パンにサラダに野菜スープ。今日提供された食事も人間食とあまり変わらないことにネルはホッと安堵した。

 猫のメイドはひとり。メイドがベッド脇のミニテーブルに朝食を置く際に、ネルは徐ろにメイドの腕を掴んだ。


「わぁー。綺麗ですねぇこれ」


 メイドの腕に光るのは銀色のブレスレットだ。


『ニャン!急に何なのよ馴れ馴れしい!!』


「ど、どうも‥」


「ラスカ製のアクセサリーなんですか?いいなぁ。可愛い」


『っ、悪い気はしないけど‥。この人間はアリスター様の好みではないし、適当にあしらいたいわ』


「ラスカ製のものですよ。今度アリスター様におねだりしてみてはいかがですか?」


「ええ、そうしてみます!」


 ネルはニコッと満面の笑みを浮かべた。害の無さそうなその笑顔に、猫のメイドはやや引き攣りながらも微笑み返す。


『い、いつまで腕を掴んでる気なのよ』


「あ、そう言えば‥」


「な、なんでしょう」


「‥‥昨日の夜、廊下が騒がしかった気がして。アリスター様が噛まれたとかなんとか‥。聞き間違いですかね?」


「?!」


『兵士たちの声が聞こえていたの?!ジェナという娘が居るのはこの部屋の真上だけど‥この階でも兵士たちが騒いでいたのかしら‥』


「どうしました?顔色悪いですよ?」


 ネルがそう言って首を傾げると、猫のメイドはパッと腕を振り払い、懸命に作り笑顔を見せた。


「聞き間違いですよ。ではまた、昼食の時に‥」


 食事を乗せていたアンティークなデザインのワゴンを押しながら、猫のメイドはそそくさと部屋を出ていった。

 ボイラー室はこの部屋からそう遠くないし、オランウータンの兵士たちはそこそこ声が大きかった。別に聞こえてても不思議じゃないはず。


 ベッドの下から出てきたセルマは何かを発言する前にパンを齧った。どうやらよほどお腹が空いていたらしい。


「昨日アリスターさんを噛んだ子はこの部屋の真上のジェナっていう子だって」


「でかひた」


 もぐもぐと貪りながら、セルマはグッと親指を立てた。逃げたいと思っている少女を助けたいのは勿論のこと、ジェナも不思議な力を持っているのならかなり心強い。
 敵だらけのこの屋敷の中で仲間を増やしたいと思うのは当然のことだった。

 2人分の朝食のうち、ひとり分の朝食をペロリと平らげたセルマは口元を袖でグシグシと拭った後に窓に近寄った。

 窓の外には手入れが施された庭園が広がっている。裏庭に面しているのか、獣人の気配もなかった。


「ちょっくら様子見てくるわ」


「‥‥え?まさかと思うけど、窓からじゃないよね?」


「え?窓からの方が早いじゃん。それに、短時間の間に何度も透明になるとめっちゃ疲れるんだよ。行きは窓で、帰りは透明になって廊下から戻ってくるわ」


「ええっ、ちょっとワイルドすぎない?!」


「大丈夫だよ。俺いろいろ登るの得意だから」


 ネルの心配をよそに、セルマは躊躇なく窓から体を乗り出した。窓枠は外側下部に洒落たデザインの落下防止の柵がついており、セルマはその柵や外壁の窪みを利用しながら器用にも登っていった。

「お猿さんみたい‥」

 窓から身を乗り出してセルマを見守っていたネルは、それから僅か5分もせずに自身の部屋の扉がノックされたことに驚いた。

「‥まさか」

 そう思いながら扉を開けると、何もない空間に「ひー、疲れた」というセルマの声が響いた。

 部屋に入りきったセルマが扉を閉める。みるみるうちにセルマと見知らぬ少女が姿を現した。


「貴女がジェナ?!?!」


 セルマの隣にはとても小さな美少女がいた。黄金に輝くふわふわの髪。潤んだ緑色の瞳。陶器のような真っ白い肌に、果実のような小さな唇。そして、ネルの何十倍はあろうかというたわわなおっぱい。純白のネグリジェと相まって、まるで天使のように見える。


「‥‥‥うん、ジェナ‥‥」


 ジェナは時間をかけてゆっくりと口を開いた。


「私はネルよ。よろしくね!」


「‥‥‥よろ、しく‥」


 セルマはジェナの部屋で既に挨拶を済ませていたらしく、ネルたちの挨拶を見守っていた。


「あ、セルマ。ありがとね」


「楽勝だよこんくらい」


 ジェナにも何らかの能力はあるのか、これからみんなでどうやって逃げようか。ネルは何から順に話すか迷ったのだが、ジェナが何かを話そうと口を開いたのがわかった。


「どうしたの?ジェナ」


「‥‥‥‥‥眠い‥‥」


「「」」


 ジェナはセルマとはまた違った系統のド級の美少女‥なのだが、非常にマイペースであり、そしてあまり人目を気にせず空気を読まないアホなのである。


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