3 / 3
第3話
しおりを挟む*
そいつはマドンナ的同級生の妹だった。
美人で世渡り上手な姉と、美に無頓着な自然体の妹。
小学生の頃から同じ地区だったし、仲間内同士が仲良かったから幼い頃は割と頻繁に皆で遊んだ。
大人になってからは頻繁には会わなくなったけど、年に一回のBBQは毎年開催してる。
ふいに姉の方が俺に近づき耳打ちした。蝉が一瞬鳴きやんだ気がした。そのくらい衝撃的だったひと言。
「谷地‥。あんたいつになったら素直になるわけ?いい加減私をダシにするのやめてくれない?」
「‥は?」
「老若男女に愛される天然人たらし‥なんてよく言うよね。あんたただの意気地なしの腹黒じゃん」
もともとはっきり物申すタイプなのは知っていたけど、ここまでのパンチを貰ったのは初めてのことだった。
「‥‥まさか、お宅の妹さんのこと言ってる?」
そう尋ねながら縁側で蚊取り線香を覗き込む妹に目をやる。年に一回、今年も見れた自然体な彼女の姿。
愛しい、と思う。手を伸ばしたくもなる。
彼女は何故か俺を過大評価していて、俺はいつからか彼女が求めているような人間像を体現することに必死になった。
彼女は俺を好きだけど、彼女は自身が俺に愛されることを望んでいるわけじゃない。
その証拠に数年前、彼女は他の男と付き合っていたこともある。俺を見る視線の熱は変わらなかったくせに。
それがずっと心に引っかかっていて、でも他の男といながらも俺を想っているあの目が無性に俺の胸を焦がした。
俺が姉を想っていると誤解しているらしいけど、そのままでもいいと思った。
彼女もまた、俺の元に踏み出せない。俺が彼女に踏み出せないように。
向き合ったらこの互いの拗れた想いの強さが、いまとは形を変えてしまうかもしれない。
そんな歪んだ想い。
「あの子、結婚するよ」
姉がそう言って目を細めた。
そのひと言だけでぶわっと鳥肌が立つのが分かった。
ーーー結婚?嘘だろ、だってまだ社会人になりたてだし、第一そんな相手‥‥
「おめでとうって言ってあげなよ」
姉に背中を叩かれた。おっとっと、と足が数歩前に出る。目の前にはキョトンとした彼女の姿。
結婚、するのか。
正直そんなのまだまだ何年も先のことだと思ってた。誰かのものになるのか。俺のこと、まだそんな目で見ているくせに。
口を開く。でも言葉が出てこない。
「‥谷地?どーしたの?聞いてよ私今日もベッドから起き上がってクーラーつけたんだよ。すごいっしょ」
へらへらと笑う彼女。
この自然体な彼女が堪らなく、
「好きだ」
「‥‥へ?あ、この蚊取り線香?いいよねこれ。普通の蚊取り線香と匂いが違うんだよ。これもこの時代ならではだよね」
口数が多い。動揺している証拠だ。
だけど懸命にその態度を隠そうとしてる。
「‥‥俺、今まで逃げてた。ずっとおまえが好きだったんだ」
「‥‥え」
「‥‥結婚なんて、しないで‥」
「‥‥‥‥‥え?しないけど‥?」
「え‥」
バッ、と姉を見る。ビールを豪快に飲み干した彼女はにやりと笑った。
「もうあんたら面倒くさすぎて。ごめんね」
どういうこと?と首を傾げる妹。目と目が合っていて、その目は変わらず熱が篭っていて、俺は唸るような声をあげながら両手で顔を隠した。
もう、逃げられないか。
彼女が本当に誰かのものになってしまう前に、踏み出さないといけない。
「‥‥‥好き」
「う、そ‥だ‥」
ーーー蝉が、煩い。
炭が一向に燃えずに、燻る煙が揺蕩う。ぼうっとする、くらくらもする。
初めて踏み出せた、夏。
燻り続けた想いが、弾けた夏。この日俺は、初めて彼女の手を取った。
ー完ー
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】夏色の玻璃
那月 結音
恋愛
大学一年生の日野紫(ひのゆかり)は夏が苦手だった。
夜空に咲いた大輪の花。優しい二人の笑顔。
美しいはずの夏色の記憶が、紫を暗い暗い過去に縛りつける。
だが、ミステリアスな麗人——久我響(くがひびき)との出会いにより、紫の運命は大きく変化することに。
八月一日。
紫にとって儚く、けれど、特別な夏が始まった——。
❈ ❈ ❈
※2018年完結作品
※エブリスタ小説大賞2020「スターツ出版文庫大賞」優秀作品
ラストグリーン
桜庭かなめ
恋愛
「つばさくん、だいすき」
蓮見翼は10年前に転校した少女・有村咲希の夢を何度も見ていた。それは幼なじみの朝霧明日香も同じだった。いつか咲希とまた会いたいと思い続けながらも会うことはなく、2人は高校3年生に。
しかし、夏の始まりに突如、咲希が翼と明日香のクラスに転入してきたのだ。そして、咲希は10年前と同じく、再会してすぐに翼に好きだと伝え頬にキスをした。それをきっかけに、彼らの物語が動き始める。
20世紀最後の年度に生まれた彼らの高校最後の夏は、平成最後の夏。
恋、進路、夢。そして、未来。様々なことに悩みながらも前へと進む甘く、切なく、そして爽やかな学園青春ラブストーリー。
※完結しました!(2020.8.25)
※お気に入り登録や感想をお待ちしています。
バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~
スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。
何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。
◇◆◇
作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。
DO NOT REPOST.
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる